第124話 バックダンサー
お昼ご飯を食べたあと、スザンナ姉ちゃんと一緒に森の妖精亭へ突撃した。
今日の食堂は閑古鳥。フェル姉ちゃん達もいないし、お天気だからベインおじさん達は畑でお仕事をしてるんだと思う。普段からこんな感じなんだろうけど、なんとなく寂しい。
フェル姉ちゃん達がいつも使っているテーブルに座りながらそんなふうに思っていたら、厨房からヤト姉ちゃんがやってきた。
「いらっしゃいませニャ……なんニャ、アンリとスザンナニャ」
「ヤト姉ちゃん、確かにアンリはお金を持ってない。何も注文しないし泊まらないけど、胸を張って客だと言える。そんなに残念そうにしないで」
「私はギルドにお金をいっぱい預けてるからお金持ち。でも、注文はしないし、ほとんどアンリの家に泊ってるから、ここには泊まらないけど、客だって言える」
「注文しなくても客は客だけど、売り上げに全く響かない客ニャ。それがちょっと顔に出ただけニャ」
ヤト姉ちゃんはそう言いつつも、亜空間から水の入ったコップを取り出してテーブルに置いてくれた。
「それで二人はどうしたニャ? フェル様はオリン国のほうへ向かったし、ここに遊び相手はいないニャ」
「うん、ちょっとメノウ姉ちゃんに会いに来た。オリン国のことを知ってるかと思って。たしかここでウェイトレスを始めたんだよね? ロンおじさんがメノウ姉ちゃんを雇ってた」
「メノウ~?」
あれ? なんだろう? 普段クールなヤト姉ちゃんが嫌そうな顔をした。珍しいというか始めて見た気がする。ヤト姉ちゃんにメノウ姉ちゃんのことを聞くのはまずいのかな?
「えっと、ヤト姉ちゃん、どうかした? メノウ姉ちゃんになにかあるの?」
「別に何もないニャ。ちょっとアイドルで売れてて、料理の腕が良くて、ウェイトレスの仕事が完璧なだけで、別に嫉妬なんかしてないニャ」
ヤト姉ちゃんのしっぽがピンと立って威嚇状態だ。うん、ヤト姉ちゃんがそう言うなら、そういうことにしておこう。ヤト姉ちゃんは嫉妬なんて全然してない。
「えっと、ここにいたら休憩時間に来るかな?」
「……もう少しで休憩になるから呼んで来てやるニャ。水でも飲んで待ってるニャ」
ヤト姉ちゃんはそう言うと厨房のほうへ歩いて行っちゃった。
もしかしてヤト姉ちゃんとメノウ姉ちゃんは仲が悪いのかな? 小さな村なんだし、みんな仲良くしてほしいんだけど。
スザンナ姉ちゃんも思うところがあるのか、ヤト姉ちゃんが向かった厨房のほうを見て首を傾げている。
「ヤトちゃんはメノウちゃんに何か含むところがあるのかな?」
「さっきの話を聞いていた限りだと、メノウ姉ちゃんに嫉妬している感じ。アイドルとしても、料理人としても、それにウェイトレスとしても勝てない感じなのかな?」
「フェルちゃんがルハラから帰ってくる前にヤトちゃんの料理を食べたけど、美味しかったよ? アイドルとしてのヤトちゃんは良く知らないし、ウェイトレスの良し悪しも良く分からないけど」
これはあれかな。ライバル関係。おかあさんがいつも言ってる。女は家を出たら七人のライバルがいるって言ってた。でも、この村にはいないから安心とも言ってた気がする。
ライバルと言うのは競争相手。二人とも村に住んでいるわけだから、どっちも応援したいけど、アンリの心情的にはヤト姉ちゃんかな。フェル姉ちゃんを助けにエルフの森へ一緒に突撃してくれたし。
そうだ、今度ニャントリオンとしてメノウ姉ちゃんに勝負を仕掛けよう。それでいい勝負が出来れば、ヤト姉ちゃんもちょっとは気が晴れるかも。
ならさっそく練習を――いけない。ディア姉ちゃんがいなかった。バックダンサーが足りない。
「アンリはさっきから何か考えているの?」
スザンナ姉ちゃんが心配そうにアンリの顔を覗き込んでいる――アンリの頭に閃光が走った。
「スザンナ姉ちゃん、今度ニャントリオンのバックダンサーとしてデビューしよう」
「どうしたの、いきなり? えっと、ニャントリオンってヤトちゃんがやってるアイドルの名前だよね? アンリがバックダンサーをしているとか聞いたけど」
「そう、それ。ヤト姉ちゃんがメノウ姉ちゃんといい勝負をすればちょっとは嫉妬も治まるかもしれない。でも、今はディア姉ちゃんがいないから練習できない。そこで注目。ここにその代わりになるバックダンサーがいる」
「もしかして、その代わりって私?」
「もしかしなくてもスザンナ姉ちゃん。踊りに関しては前に基礎を教えたよね? あとは練習あるのみだから」
「えー? 踊るのはいいけど、人前で踊るのは、その、恥ずかしい」
「大丈夫。恥ずかしさの先にアンリ達が求めるものがある」
「それ、適当に言ってるよね?」
「こういうのは勢い」
そんなこんなでスザンナ姉ちゃんを説得した。
なかなか手ごわかったけど、アンリの交渉技術で事なきを得た。たぶん、フェル姉ちゃん達が帰ってきたら宴会になると思うからその時がデビュー戦。新しいニャントリオンとしてみんなの度肝を抜こう。
「なかなか面白い話をしているニャ」
「はい、ヤトさんと一つの決着をつけることができそうです」
いつの間にかヤト姉ちゃんとメノウ姉ちゃんがそばに居た。たぶんだけど、気配を絶っていたと思う。どう見てもウェイトレスとメイドさんなんだけど、間違いない。
「今度の宴でどっちが上かをはっきりさせてやるニャ」
「いいでしょう。どちらがよりフェルさんにふさわしいかを分からせてあげます」
視線がぶつかって火花が散っている感じ。そういう感じの勝負ではないはずなんだけど、水を差すのも良くないからこのままにしておこう。
しばらくしたら、二人とも視線を外してアンリ達のいるテーブルに座ってきた。
ヤト姉ちゃんもメノウ姉ちゃんも休憩中みたい。そして勝負のお話をしている。
その勝負では、お互いに有利不利がないように、アンリとスザンナ姉ちゃんの両方がバックダンサーで踊ることになったみたい。つまり、アンリ達は二回踊る。
メノウ姉ちゃんの踊りのほうは知らないけど、フェル姉ちゃん達が帰ってくるまで結構時間があるから覚えられると思う。
「では、お二人とも今日から猛特訓です」
メノウ姉ちゃんの目が怖い。すごくやる気だ。
「うん、任せて。えっと、衣装は任せていいの?」
「ええ、お二人にステージ用のゴスロリ服をプレゼントします。手は抜きませんよ! ドラゴンはゴブリンを倒すのにも全力を尽くす……私はそういうアイドルですから!」
「メノウは自分がドラゴンだと思っているのかニャ? 悪いけどドラゴンなら魔界で何匹も葬ったニャ。フェル様と一緒にニャ!」
「ぐぬぬ、またそうやって自慢する……!」
すでに戦いは始まってるみたいだ。これはアンリも負けられない。二人には悪いけど、アンリは下克上を狙ってる。バックダンサーだけど主役を食って見せる。それがアンリの生き様。
「踊りの勝負なのになんでみんな殺気を出してるの? 踊りってもっと楽しいものだよね?」
スザンナ姉ちゃんがそう言うと周囲から殺気が無くなった。確かにちょっと興奮しすぎていたかも。
「失礼しました。ところで、アンリさんが私に用だとか?」
そうだった。これが本命。踊りの話だけで終わるところだった。
「メノウ姉ちゃんならオリン国のことに詳しいと思って聞きに来た。フェル姉ちゃんのおおよその予定を教えてもらおうかと思って」
「そういうことですか。私もアイドル冒険者としてオリン国を色々回りましたので多少は説明できますよ。それじゃ休憩時間の間だけですが、お話させてもらいますね」
よし、しっかり聞こう。もしかしたら、スザンナ姉ちゃんと村を脱出して、フェル姉ちゃんを追いかけるという可能性もあるし、頭に叩き込むぞ。
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