第127話 スザンナ姉ちゃん対メノウ姉ちゃん

 

 アンリとスザンナ姉ちゃんの包囲網が構築された日の翌日、いつものように勉強が始まった。


 お勉強は早く終わらせて、フェル姉ちゃんを追いかけないと。


 カブトムシさんは速い。スザンナ姉ちゃんが水で作った竜も空を飛べるけど、そこまで速くないらしいからすぐにでも村を出ないと。


「アンリもスザンナ君も、今日はずいぶんとソワソワしているね? なにかあるのかい?」


「おじいちゃんには内緒。子供にだって秘密はある。家族だからって全部を話すとは思わないで」


「……フェルさんを追いかけるのはダメだよ?」


「どうしてそのことを――あ!」


 いけない、慌てて両手で口を塞いだけど、おじいちゃんにばれた。これは誘導尋問。おじいちゃんは適当に言っただけ。それにアンリは引っかかった。


 でも、まだ挽回できる。ここは冷静に対処しないと。


「全然そんなことを考えていないのにいきなりそんなことを言うから、ちょっとだけ舌をかんじゃった。おじいちゃん、司祭様を呼んで来て。治癒魔法を使ってもらう」


「いや、アンリ。もうバレているから。昨日の夜にメノウさんがやって来て、教えてくれたんだよ」


「メノウ姉ちゃん酷い。内緒って言ったのに。これだから大人は信用できない」


「アンリ、エルフの森へ行った時のことを覚えているだろう? アンリは責任を取れないのにスザンナ君まで巻き込んでまた危ないことをするつもりなのかい?」


 痛いところを突かれた。確かにその通り。


「アンリ、安心して。責任は私がとる。アンリは私が連れだしたことにするから」


「スザンナ姉ちゃんは素敵」


 隣に座っているスザンナ姉ちゃんとガシッと抱き合った。


「いやいや、スザンナ君もまだ成人していないだろう? アダマンタイト級の冒険者としてとても強いとは思うけど、まだまだ子供だ。大人だって無責任な人はいるが、アンリやスザンナ君もそういう大人になりたいのかい? 今のうちから自分の行動が将来にどう影響するかをしっかり考えられるようにしないと大変なことになるよ?」


「確かにその通りだけど、アンリは今を大事にしたい。将来のことは将来に考える」


 おじいちゃんが呆れている気がする。でも、すぐに笑顔になった。


「フェルさんについて行きたいという気持ちは分かるけど、もっと大きくなるまで待ちなさい。それにアンリ達が村を抜け出そうとしても無理だと思うよ」


「それはもしかしてアンリ達の包囲網のこと?」


 昨日、メノウ姉ちゃん、ヤト姉ちゃん、それにラスナおじさんがアンリ達の行く手を阻む感じになってた。ラスナおじさんは分からないけど、メノウ姉ちゃんとヤト姉ちゃんは強敵。


 でも甘い。こっちにはスザンナ姉ちゃんがいる。アダマンタイトという最高の冒険者だから負けない。それにいざとなったらジョゼちゃん達がいる。アンリの陣営にはこの村最強の戦力がいるんだ。村を抜け出すのも時間の問題といっていい。


「そうだね。ヤトさん達を出し抜くのは難しいと思うよ。ああ、そうそう。ジョゼフィーヌさん達に頼るのも無理だからね。村長権限でアンリ達の味方をしないように昨日伝えておいたから。むしろ捕まえるほうだよ」


「え?」


「ボスの身を案じるなら村から出さないほうがいいと言ったら、快諾してくれたよ。ああ、もちろんアビスさんもだ」


 包囲網が大変なことになってる。メノウ姉ちゃんとヤト姉ちゃんだけでも大変なのに、ジョゼちゃん達とアビスちゃんまでそっちについちゃった。


 つまりアンリ達は孤立無援。どうしよう?


「アンリ、大丈夫。私が何とかする。アダマンタイトが伊達じゃないことを証明するから安心して」


「スザンナ姉ちゃんは最高」


 またスザンナ姉ちゃんと抱き合った。もう一生ついてく。


「はい、それじゃ勉強の続きをするよ。外へ逃げだすなら午後にしなさい」


「こんな状況でも勉強をさせようとするおじいちゃんをちょっとだけ尊敬する」


 仕方ないから、村から逃げ出すのは午後にしよう。




 勉強が終わってお昼ご飯も食べた。早速逃げ出す準備だ。


 アンリの魔剣、七難八苦だけを持ってスザンナ姉ちゃんと一緒に外へ出る。今日も空は晴れ渡っている。すごく逃走日和。


 でも、気になる。広場の真ん中にメノウ姉ちゃんがいる。しかもモップを持って。戦いの準備は万端ということなのかも。


「アンリちゃん、スザンナちゃん、こんにちは」


 アンリ達も挨拶をした。その直後にメノウ姉ちゃんはすぐにプレッシャーをかけてくる。あの笑顔は危険。


「今日はお二人のそばにずっといますので、そのつもりでいてくださいね。村の外へは絶対に逃がしませんよ」


「ウェイトレスのお仕事はいいの?」


「ニアさんから許可を頂いています。村長から直々のお願いと言うこともありまして、アンリちゃん達が村から出ないようにするのが私の仕事となりました」


 本気。おじいちゃんはアンリを本気で村の外へ出さない気だ。


 ……本気には本気で答えるまで。


「スザンナ姉ちゃん。まずはメノウ姉ちゃんを倒そう」


「私もそう思ってた。メノウちゃん、悪いけど本気出すよ」


「いいでしょう。スザンナちゃんは冒険者ギルドの最高戦力ではありますが、私とてメイドギルド最高ランクのファレノプシス……主人を守るための技術は持っています。倒すことではなく相手の無力化に特化した戦闘技術、メイド流格闘術をお見せしましょう」


 メノウ姉ちゃんはそう言うと、モップをくるくると回し出してから、拭くほうをスザンナ姉ちゃんに向けて、びしっと構えた。強そうだけど……モップ。そもそも格闘術なのに武器を使っていいのかな……モップだから武器じゃない?


「【水鳥】」


 スザンナ姉ちゃんが魔法を使った。水の鳥を相手にぶつける魔法だったかな? 十羽くらいの水の鳥がメノウ姉ちゃん目掛けて飛んでいった。


 でも、メノウ姉ちゃんはその鳥をモップですべて叩き落とす。しかも優雅に。水の鳥がはじけてタダの水になっても全く服にかからない。むしろ水が避けている感じにも見えちゃう。


「その程度、床拭きに比べたらなんてことないですね」


「む。意外とメノウちゃんは手ごわそう。でも、今のは挨拶代わり。これからが本番だから」


 スザンナ姉ちゃんは腰に付けている水筒を手に取ると、水をぶちまけた。でも、それは地面に落ちることなく、うねうね動いている。鞭っぽい感じ。


「それがスザンナさんのユニークスキルですか」


「怪我はさせないから安心して」


 水の鞭が意志を持つようにウネウネ動いてメノウ姉ちゃんに襲い掛かった。


 メノウ姉ちゃんはそれを優雅に避ける。でも、避けても水が動いてメノウ姉ちゃんに巻き付いた。水の鞭が縄みたいになって縛っているみたいだ。


「これで私の勝ち。そこからはたとえ怪力のオーガでも抜け出せないよ」


 スザンナ姉ちゃんが勝利を宣言した。あっさり勝負がついちゃった。でも、これでフェル姉ちゃんを追いかけられる。すぐに向かおう。


「スザンナちゃん、私がメイドと言うことをお忘れですか?」


「え?」


 きつく縛っていたと思ったけど、メノウ姉ちゃんは簡単に水の縄から抜け出しちゃった。


「え? どうして? すごくきつく縛ったよ?」


「縄抜けがメイドのたしなみなのは有名な話ですよ?」


 初めて聞いたけど……? そういえば、村が夜盗に襲われた時、ディア姉ちゃんが縄抜けしてた。もしかして結構簡単なのかな? アンリもあとで教わろう。


「では、こちらの番ですね。お覚悟を」


 メノウ姉ちゃんがそう言うと、スザンナ姉ちゃんのほうへ歩き出した。すごく速い上に優雅、しかもまったく音がしないんだけど?


 足音も服がこすれる音も聞こえない。どういう移動法なんだろう?


 しかもスザンナ姉ちゃんは簡単に接近を許してる。びっくりして動けなかった?


「え? あ! どうして!?」


「メイドに注意を惹きつける技です。では、いきますよ――メイド流格闘術、一之型『芍薬』」


 しゃくやく?


 何をしたか分からないけど、いつの間にかスザンナ姉ちゃんが地面に仰向けで倒れていた。


「え? あれ?」


 もしかしてスザンナ姉ちゃん自身も気づかないうちに倒れちゃった?


「二之型『牡丹』」


 ぼたん?


 速くて良く見えないけど、いつの間にかスザンナ姉ちゃんはうつ伏せになっていて、背中に回っている両腕はいつの間にか紐で縛られてた。その紐ってどこから?


「な、なんで!?」


「三之型『百合』」


 ゆり?


 今度はスザンナ姉ちゃんが猿ぐつわをされていた。スザンナ姉ちゃんもよく分かってない感じで芋虫みたいに体を動かしてモガモガ言ってる。


 一体、何をしたんだろう? 見てたんだけど、何をしたか全然見えなかった。


「これでスザンナさんは無力化しました。次はアンリちゃんですね」


 これはいけない。一応背中の魔剣を抜いたけど、勝てるイメージが全くない。そもそもスザンナ姉ちゃんに何をしたんだろう? メイドさん怖い。これが恐怖……!


 どうしよう、メノウ姉ちゃんが笑顔で近づいてくる。アンリもあんな芋虫みたいな感じにされちゃうのかも。


「アンリちゃん、何やってんだ? まさか襲われてるわけじゃないよな? おお! なんて美しいお嬢さん! この村にこんな美人がいたなんて、フェルの奴、黙ってたな! お嬢さんどうですか! 俺とお茶でも――いでぇ! 何すんですか隊長!」


「私のほうが何をするんだとお前に言いたい。エルフの品位を下げるようなことはするな……ええと、遊んでいるんだよな? 助けは必要ないと見たが……どっちだ?」


 エルフの人たちが来た。これはチャンスかも。

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