第128話 千年樹の木材
メノウ姉ちゃんと戦う寸前でエルフのミトル兄ちゃん達がやってきた。
アンリの腕じゃメノウ姉ちゃんには勝てない。ならば、この状況を利用するまで。力だけが戦いじゃない。知力を使ってこその戦いだ。
「ミトル兄ちゃん、アンリはいま襲われている。助けて!」
迫真の演技。これならミトル兄ちゃんもコロッと騙される。ミトル兄ちゃんがメノウ姉ちゃんを押さえつけたら、スザンナ姉ちゃんを助けて村の外へ脱出だ。
「これは、私が村長からの依頼でアンリちゃんを外へ逃がさないために対応しております。決して襲っているわけではありません」
メノウ姉ちゃんは堂々としている。でも、アンリも堂々とする。例え嘘でもアンリは胸を張って嘘をつく。それがイタズラの極意。
「なにか騒がしいかと思ったら、エルフの皆さんじゃないですか」
おじいちゃんが来ちゃった。もうだめだ。
そんなこんなでアンリの嘘がばれた。残念だけど仕方ない。今日は諦めよう。チャレンジはまた明日。一日くらい遅れたって平気。
とりあえず、おじいちゃんに怒られてから森の妖精亭にやってきた。もちろんスザンナ姉ちゃんも一緒。明日の作戦を考えないと。
「なあなあ、アンリちゃん、さっきのメイドさんて誰?」
作戦会議をしようとしているのに、ミトル兄ちゃんがちょっとだけうるさい。ほかのエルフさんみたいに別のテーブルにつけばいいのに、ミトル兄ちゃんだけがアンリのテーブルへ来た。
「それは個人情報だから教えられない。そもそもミトル兄ちゃん達は何しに来たの? 今日は来る予定だったっけ?」
「俺達、これからリーンの町へ行こーとしてるんだよ。そのついでにフェルにリンゴや千年樹の木材を持ってきたんだけど、村にいねーみたいだな」
木材ってカブトムシさん達が運んでいたあれかな? エルフさん達のカブトムシさんは、村にいるカブトムシさんよりも一回り小さいけど、結構な力持ち。木材は結構たくさんあったけど、あれを全部フェル姉ちゃんにあげるんだ?
「ところでフェルはどこへ行ったんだ? ヴァイアちゃん達もいないんだろ?」
「フェル姉ちゃんはオリン国の王都へ行ってる。皆も一緒」
「へぇ? でも、なんでまた?」
仕方ないからミトル兄ちゃんに色々教えてあげた。ちゃんと過不足なく教えられたと自負してる。
「王都の冒険者ギルドでギルド会議ねー。しばらくリーンの町に滞在するから、帰りは一緒になれる可能性はあるのかもなー。ああ、いや、あっちのカブトムシは飛べるんだっけ」
ピンときた。もしかしてミトル兄ちゃんたちの荷物に紛れ込めば、リーンまでは行ける? そこからスザンナ姉ちゃんの竜に乗っていけばいいのかも。
「ミトル兄ちゃん。エルフさん達の荷物はどこにあるの? 持ってきた木材みたいにカブトムシさんが引っ張るのかな?」
「なんでそんなことを聞きてーの?」
「いいから教えて。教えてくれないと、ジョゼちゃんをけしかける」
「それはシャレになってないから、マジでやめてくれよ……荷物は全部空間魔法が付与された魔道具に入れてるよ。カブトムシたちは木材を運んだら村に帰ることになってる。木材のほうは量が大きくて亜空間の中に入りきらなかったからな」
残念。この作戦も失敗。さすがにアンリでもミトル兄ちゃんの亜空間には入らない。
おかあさんの話だと、亜空間の中にも空気はあるけど、中から外への座標がわからないから出れないとか。それに狭い空間に閉じ込められると普通の精神じゃ数分と持たないとも言ってたかな。よほど強い精神力を持っているか、外へ出られる方法がない限り、絶対に亜空間に入っちゃダメって教わった。
ジョゼちゃん達はフェル姉ちゃんの亜空間に入ることもあるけど、スライムは魔法生物だから耐えられるとか言ってた。亜空間の中でポーズの練習をしているとかも言ってたかな。
「おやおや、アンリ殿。奇遇ですな。よろしければ、そちらの方を紹介してくださいませんか?」
今度はラスナおじさんとローシャ姉ちゃんが来た。
いつまで経っても作戦会議に入れない。大体、ラスナおじさんが奇遇なわけがない。どう考えても狙って近寄ってきたはず。
「おお! 知的な眼鏡美人はドストライク! アンリちゃん、そっちの女性を紹介してくれよ!」
「め、眼鏡美人……」
ローシャ姉ちゃんが嬉しいような恥ずかしいような納得いかないような複雑な顔をしている。普段はもっとクールなのに。
仕方ないから早めに紹介して他へ移動してもらおう。
「えっと、こっちはミトル兄ちゃん。エルフの人でフェル姉ちゃんに色々持ってきた。こっちはラスナおじさんとローシャ姉ちゃん。ヴィロー商会の人。それじゃ皆そっちのテーブルで自己紹介して。アンリ達は今から作戦会議だから」
そっちで紹介してって言ったのに、アンリ達がいるテーブルで自己紹介が始まっちゃった。
仕方ないからアンリ達がテーブルを移ろう。
「スザンナ姉ちゃん、テーブルを移ろう。ここじゃ作戦会議ができない」
「うん、そうだね」
「まあ、お待ちくだされアンリ殿。こちらのミトルさんに我々ヴィロー商会がいい商会だと説明してくださいませんかな?」
「ヴィロー商会のいいところをアンリは知らないから説明できない。スザンナ姉ちゃんはできる?」
「無理かな」
「お二人とも厳しいですな! ですが、こちらのミトルさんにそう紹介してもらわないと取引が出来ないのですよ。というか、会長を口説いているだけなのですが……この手の方は私じゃなくて会長に任せますか」
「ちょっとラスナ何言ってるのよ! いいから助けなさいよ!」
「ローシャさんですね? なにかお困りごとでも? このミトルがこの身に代えてもお助けしましょう。ところで、あちらのテーブルで一緒にお茶でも飲みませんか?」
ミトル兄ちゃんのきらりと光る歯がまぶしい。でも、ミトル兄ちゃんは分かってない。ローシャ姉ちゃんが困っているのはミトル兄ちゃんのこと。
「何をやってるんだ?」
エルフの隊長さんがやってきた。おじいちゃんとメノウ姉ちゃんも一緒だ。
「あれ? 隊長、話は終わったんですか?」
「まだ終わったわけじゃないが、少々困ったことになってな。持ってきた木材を置く場所がない。フェルがいないし、ちゃんとした場所で管理するべきなんだが、どうしたものかと思って意見を聞きに来た」
「あー、そーいう。確かにフェルにはいい状態で渡したいですから、野ざらしはまずいですね」
隊長さんが「うむ」と言った直後に、ラスナおじさんがぐぐっと身を乗り出してきた。
「エルフの皆さんが持ってきた木材とは何でしょうかな?」
「貴方は? この村でお会いしたことはなかったと思うのだが……?」
「申し遅れました。ヴィロー商会のラスナと申します。こちらは会長のローシャ様ですな。この村に支店を出すことになりまして、出来るまで滞在しているのです」
ローシャ姉ちゃんも立ち上がってお辞儀すると、隊長さんも丁寧にお辞儀した。
「そうですか。エルフ族のテオと申します。この部隊を率いている者です。それで、木材のことですか?」
「ええ、差し出がましいとは思いますが、我々も木材を扱うことがありますので、保存のことでしたらお任せいただければ、と」
「それは願ってもないことですが……千年樹の保存方法をご存じなので?」
「千年……樹……」
千年の木ってことだと思うけど、ラスナおじさんとローシャ姉ちゃんが固まっちゃった。保存方法を知らないのかな?
ラスナおじさんが少しだけ動いてわざとらしい咳をした。
「残念ながら千年樹の保存方法を存じません。しかし、皆さんはフェルさんに良い状態で木材を渡したいとのこと。ならばこうしてはどうでしょう? 本日お持ちいただいた木材は我々ヴィロー商会へお売りいただけませんかな? フェルさんが戻られたら改めて千年樹の木材を渡すということで」
あ、ずるい。アンリでも分かる。これは千年樹の木材を欲しいからそれっぽいことを言ってるだけ。
「ラスナ様。フェル様の物を勝手に売り買いするなど言語道断。私がここにいる間にそんなことはさせませんよ」
「メノウ殿。なにもフェルさんの木材を買いたいという訳ではないのです。今、フェルさんはいらっしゃらないので、保存状態のいい物を渡せないというエルフの皆さんにご提案をしているだけでして」
「ラスナ殿、残念ながら、千年樹の木材はフェルのために切ってきたものなのだ。すまないが、ほかの人に売るつもりはない。俺達が欲しいものを持っているとも思えないしな」
隊長さんがそう言うと、メノウ姉ちゃんは勝ち誇った顔をした。でも、ラスナおじさんはまだあきらめていない感じだ。
「しかし、このままではフェルさんに保存状態のいい木材を渡すことができませんぞ? このまま腐らせるのならぜひともヴィロー商会に――」
ラスナおじさんがそう言ったところで、ピピピピって鳥の鳴き声のような音が聞こえた。音の出元は……メノウ姉ちゃん?
メノウ姉ちゃんは「あ!」と言って、金属の板をメイド服のポケットから取り出した。それを耳に当てる。すごく嬉しそう。
「はい。フェルさんの忠実なメイド、メノウです」
もしかしてフェル姉ちゃんから? アンリにもしゃべらせてくれないかな?
メノウ姉ちゃんはテーブルから離れて食堂の隅っこに移動した。しかも防音空間の魔法を使ってる。
メノウ姉ちゃんはすごく嬉しそうに話をしていたけど、最後はちょっとだけ残念そうにした。何があったんだろう?
「フェルさんからですか?」
おじいちゃんがそう聞くと、メノウ姉ちゃんは嬉しそうに「はい」とだけ答えた。そして隊長さんのほうを見る。
メノウ姉ちゃんは隊長さんにフェル姉ちゃんから聞いたことを全部伝えているみたい。木材はダンジョンで管理することが決まった。あと、リーンにあるエリファ雑貨店というところで物々交換に応じてくれるとか。そういえば、エルフさん達はお金を持っていないんだっけ?
そしてラスナおじさんには木材を売らないって連絡もあったみたい。ラスナおじさんは「諦めませんぞ!」とか言ってる。
そんなこんなで色々終わった気がする。
エルフさん達は木材をダンジョンの中に置くと、そのまま東のほうへ行っちゃった。
ラスナおじさん達はメノウ姉ちゃんに木材のことをフェル姉ちゃんに聞いてくれって言ってるけど、まったく受け付けてない感じ。
ようやく落ち着いたと思ったら、すでに夕食の時間だった。
「スザンナ姉ちゃん、明日の作戦は寝るときに考えよう。出来るだけ夜更かしするから」
「そうだね。でも、結構メノウちゃんが強い。というか何をされたのか分からなかった……さすがに危ない技は使いたくないし、明日は勝てるかな……?」
「二人で頑張ろう。一人でダメでも二人なら何とかなる」
「うん、弱気はいけない。頑張ろう」
よし、夕食を食べてシャワーを浴びたら部屋で作戦会議だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます