第69話 優しい魔族

 

 森の妖精亭の食堂。


 ひとつのテーブルにアンリ、おじいちゃん、ディア姉ちゃん、ジョゼフィーヌちゃん、そしてユーリおじさんが座っている。理由は簡単。ユーリおじさんにフェル姉ちゃんのことを教えてあげるからだ。


 はっきり言ってアンリはフェル姉ちゃんに詳しい。でも、ジョゼフィーヌちゃんが自分のほうが詳しいと胸を張った。


 分かってる。フェル姉ちゃんとジョゼフィーヌちゃんの付き合いは長い。アンリはまだ一ヵ月かそこら。勝てる訳がない。でも、ここで引くわけには行かない。せめて一矢報いないと。


 そう思って精神統一していたら、ディア姉ちゃんが不思議そうな顔をしてアンリのほうを見た。


「ねえ、アンリちゃん、なんで死地へ向かうような顔をしているの? フェルちゃんのことをユーリさんに教えるだけだよね?」


「その予定だったけど、ジョゼフィーヌちゃんから宣戦布告された。絶対にジョゼフィーヌちゃんが知らない情報を言うつもり。今、頭をフル回転させて思い出してる」


「そうなんだ。フェルちゃんのことでは負けられないってことだね」


 ユーリおじさんがちょっとだけ呆れた顔をしている。


「まあ、情報を頂けるならありがたいんですけどね。ただ、ドワーフの村にいたファンクラブの人たちみたいでちょっと怖いです。あの集団になんとなく身の危険を感じて昨日の夜のうちにこっちへ来ちゃいましたけど」


 ファンクラブ? そっか。今度フェル姉ちゃんのファンクラブを作ろう。そこで情報を共有するのはありかもしれない。


 よく考えたら、今日もジョゼフィーヌちゃんに胸を借りる気持ちで挑むべきかな。アンリの知らないフェル姉ちゃんの情報を引き出す感じで進めるのがいいかも。いつか勝つために今日負ける。それは間違っていないはず。でも、出来るだけ頑張ろう。


「ところでそちらのおじいさんを紹介していただけますか?」


「私はこの村の村長をしているシャスラと申します。ユーリさんがアダマンタイトの冒険者ということでご挨拶に」


「そうでしたか。それでは改めまして、ユーリと申します。この村へはフェルさんのことを調べに参りました。これは冒険者ギルドのグランドマスターからの依頼です。もし、話をすることで村が不利益を被ることがあったなら冒険者ギルドへご連絡ください。色々と補償しますので」


「それはありがたいですが……フェルさんのことを調べているのですよね? 魔族と戦いを起こすつもりなので?」


「いえいえ、そんなことはしませんよ。ただ、やはり不安でしてね。フェルさんはとてもお強い。実はドワーフの村でフェルさんと戦いました。ですが、ボコボコにされましてね」


 ユーリおじさんはフェル姉ちゃんと戦ったんだ。しかもフェル姉ちゃんの圧勝。その戦いを見たかった。


「私はアダマンタイトの中でも強いほうだと思っています。ですが、その私が手も足も出なかった。それは人族にとって由々しき問題なのですよ。なのでフェルさんの情報を出来るだけ集めておきたいということです」


「なるほど。わかりました。ただ、一つだけお話しておきたいことがあります」


「なんでしょうか?」


「もし、フェルさんと敵対するなら、この村の全員が敵対することになると思ってください」


 おじいちゃんはユーリおじさんをまっすぐに見据えている。ユーリおじさんは細い目をさらに細めた感じでおじいちゃんを見た。


 アンリもおじいちゃんに賛成。フェル姉ちゃんと敵対するなら、アンリもユーリおじさんの敵になる。


「魔族の味方をすると?」


「いえ、勘違いなさらないでください。私たちはフェルさんの味方ということです。魔族という括りではありません」


「なるほど、フェルさんと言う個人に味方するということですか。どうやらフェルさんはこの村でかなりの信用を得ているようですね。どうしてそうなっているのかを詳しく教えてもらっても良いでしょうか?」


 うん、ここからが勝負だ。まずは先手を取る。


「フェル姉ちゃんは村を夜盗から救ってくれた。それからずっとこの村に住んでる」


「夜盗……ああ、思い出しました。冒険者ギルドの本部にも連絡がきてます。ギルドカードによる鑑定魔法すら隠ぺいできるほどの魔道具を持った夜盗がいたとか。今、その夜盗は危険な鉱山で働いているのですが、不思議なことにその魔道具に関しては、どこで手に入れたのか覚えていないようです――おっと、これはどうでもいいですね。その夜盗達をフェルさんが倒したので?」


「いえ、私たちがフェル様の命令で倒しました。夜盗のボスはフェル様が倒しましたが」


 ジョゼちゃんがユーリおじさんの質問にすぐ答えた。でも、言葉が通じていないみたい。ここはアンリの出番だ。


 ジョゼちゃんの言葉をみんなに伝えると、ユーリおじさんはびっくりしたみたい。


「フェルさんの従魔はたとえスライムでも強いということですか。そういえば、ウェイトレスをしてる獣人の方もお強いのですか? フェルさんの部下なんですよね?」


「強いですね。魔界にいる獣人の中でならトップクラスでしょう。ワイバーンくらいなら単騎でも余裕でしょうね」


 ヤト姉ちゃんの話だとアンリは良く分からない。ジョゼちゃんの言葉をそのまま伝えよう。


「ワイバーンを単騎!? それほどの戦力をあの獣人の方が……なんでウェイトレスをしてるんですか!?」


「フェル姉ちゃんもウェイトレスをしてたよ? 確かリストラでやらなくなったけど」


「……は? フェルさんがウェイトレスをしてたんですか?」


「うん。運んでくるとき、料理に対する視線が怖いから、チップ代わりに少しだけおすそ分けするのが暗黙のルールだったみたい。あと、フェル姉ちゃんの食事を邪魔しちゃいけないっていうルールも形成されつつある」


 ユーリおじさんが頭を抱えちゃった。どうしたんだろう?


「そんなイメージは全くないのですが、なんでそんなことになってるんです? なにがどうしてウェイトレスを?」


「フェルちゃんはお仕事を探してたから、冒険者の仕事として私が斡旋した感じですよ! ちなみにフェルちゃんはソドゴラ支部の専属冒険者なので、今度のギルド会議に連れて行きますね!」


 ディア姉ちゃんが嬉しそうに言ってる。冒険者ギルドのギルド会議……魔物会議みたいなものだと思うけど、確かオリン国の王都でやるとか聞いたことがある。フェル姉ちゃんが行くなら、アンリも行きたい。


「そういえば、その件も本部へ連絡が来てましたね。フェルさんが専属冒険者になったとか。それにたしか獣人も専属になったとか――まさか」


「あ、それはそこでウェイトレスしてるヤトちゃんのことです。今はアイアンランクで頑張ってます」


「ワイバーンを単騎で倒せるのにアイアンランクですか。オリハルコンのランクだって無理なのに……いや、色々と諦めました。それじゃ、ほかにフェルさんの話を聞かせてもらえませんか?」


 それじゃまたアンリが先陣を切ろう。


「フェル姉ちゃんはエルフと仲良くなって、村で取引できるようにしてくれた。リンゴジュースは至高」


「エルフと……仲良く……すみません、確認したいのですが、フェルさんは魔族なんですよね?」


「ユーリおじさん、大丈夫? 何も飲んでないのに酔っぱらった?」


「酔ってませんよ。でも、色々とおかしいでしょう? 聞いていた魔族の話と全く違いますからね。魔族とは本来、極悪非道で血も涙もない悪魔のようなものだと言われているんです。そもそも五十年前は会話すら成り立たなかったと言われてますからね。それがウェイトレスをしている上にエルフと仲良くなるなんて……」


 ユーリおじさんががっくりした感じになった。そんなにショックなことかな? それとも理解が追い付かないのかな?


「五十年前の魔族は人族に対してそうだったのでしょう。ですが、フェル様は違います。フェル様は誰にでもお優しい。魔族にも、人族にも、エルフにも。そして魔物にも。そこに種族の差はありません」


 ジョゼちゃんがいきなりしゃべった。アンリが同時通訳してあげよう。


「優しい、ですか。なにかそういうエピソードがあるのですか?」


「そうですね……かなり前の話ですが、ウロボロスの中で一部の従魔たちが風邪をひいたのです。ああ、人界の風邪とは違うものでして、致死率の高い病気だと思ってください。そこで魔族の皆様は従魔達を隔離しました。当然ですね、ほかの魔族や獣人の皆様にうつったら大変です。本来ならその場で死んでいくしかなかったのですが、フェル様がウロボロスから少し離れたダンジョン、地下庭園メビウスへ行き、大量のユニコーンを連れてきまして、その角で全員を治したという話があります」


 ユニコーンというのは確かお馬さんに角が生えてるあれだ。その角で刺されると色々な病気を治してくれるっていう聖獣さん。


「フェル様はご自分の従魔でもないのに、危険を顧みずに従魔達を助けました。地下庭園メビウスは、当時のフェル様からしたら、かなり強い魔物がいたはずなんですけどね。従魔に、しかも他人の従魔のために命を懸ける魔族の方などいません。ちなみに、帰ってきたフェル様のセリフは『ユニコーンが勝手についてきた』でした。もうちょっとひねったほうがいいと進言したのですが、『事実だから』と言って取り合ってくれませんでしたね。それにいつの間にか、ユニコーンを連れてきたのはヤト様や私がやったことになってまして……懐かしい思い出です」


 そっか、フェル姉ちゃんは魔物さん達のために危険な場所へ行ったんだ。うん、フェル姉ちゃんはやっぱり優しい。


 通訳してあげると、ユーリおじさんが「そんなことがあったんですね」と言った後に、ちょっと溜息をついた。


「なるほど、それでフェルさんは優しい、ですか。それが本当かどうかはわかりませんが、ジョゼフィーヌさんが私に嘘をつく理由がないんですよね。そもそもフェルさんが人族の寝首をかくような真似をする必要もありません。普通に実力でねじ伏せることも可能ですから。とはいえ、色々なことを鵜呑みにするのもまずいような気がして……面倒な仕事ですよ」


 ユーリおじさんは落ち込んだ感じになった。でもすぐに顔を上げてニッコリ微笑む。


「まあ、話を聞いている限り、急いで結論を出す必要もないような気がしてきました。しばらくここに滞在して皆さんの話を聞いてみます。さて、それじゃ情報提供のお礼と言ってはなんですが、色々と食事を頼んでください。今日は私がおごりますので」


 ユーリおじさんがそう言うと、いきなり周囲が盛り上がった。いつの間にか、村のみんなが食堂に来てたみたい。


「え? 全員におごるってわけじゃ――」


「ユーリさん、こうなったらもう手遅れですよ。経費で落とせばいいんじゃないですか? 申請書はギルドにありますよ。私も良く使いますから」


「いや、まあ、そうなんですけど……仕方ないですね。しばらく滞在しますからお近づきの印におごりますか」


 さらに周囲が盛り上がった。よし、アンリはリンゴジュースをさらに追加しよう。あと、大盛で食べる。


 そして隣に座っているジョゼちゃんをちらっと見た。ジョゼちゃんも今日はここで食べるみたい。


 今日はジョゼちゃんには完敗だった。あんなエピソードを出されたらアンリの負けは確定。でも、フェル姉ちゃんのお話を聞けてうれしい。また今度、ジョゼちゃんにフェル姉ちゃんのエピソードを聞こうっと。そしていつかは下克上するぞ。

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