第70話 皇帝

 

 昨日は意外と遅くまで起きてたから、午後になって眠くなってきちゃった。お昼ご飯を食べたばかりだから、おなかいっぱいで眠いんだと思う。眠いのに寝ないのは自然の摂理に反すると思うんだけど。


 それにしても、昨日は楽しかったなぁ。あの後、宴会みたいになったから、食堂に簡単なステージを作ってみんなで出し物をした。もちろん、アンリもニャントリオンとして踊った。


 ユーリおじさんは目を丸くして、「獣人の方がアイドルですか」って驚いたけど、そこはアンリの踊りに驚いて欲しい。昨日はかなりのキレだったと思う。


 フェル姉ちゃんがいればもっと楽しかったと思うけど、フェル姉ちゃんは色々と忙しいから仕方ない。でも、早く帰ってきて欲しいな。そうしたら、また宴会しよう。そして夜更かして、翌日は二度寝までする予定。


「ほら、アンリ、勉強に集中しなさい。午後はルハラ帝国の歴史だよ」


 ルハラ帝国といえば、この森の西側にある軍事国家だ。あまりいい噂は聞かないって前におじいちゃんから聞いたことがある。そんな国の歴史なんて聞かなくていい気がするけど。どちらかといえば、特別講師にジョゼちゃんを呼んで魔界のことを聞きたい。


「ルハラ帝国はあまりいい国じゃないんでしょ? なら聞かなくてもいいと思う」


「いいかい、アンリ。学ぶというのは、良いことからも悪いことからも学べる。確かに今のルハラはお世辞にもいい国とは言えない。だからこそ、学べることもあるんだよ?」


「反面教師ってこと?」


「そうだね。それじゃさっそく勉強しようか。さて、さっそく質問だが、今のルハラ帝国の皇帝の名前を知っているかい?」


 皇帝の名前? 以前、教わった気もするけど、アンリの頭からは削除された。多分、必要ないから整理されたんだと思う。


「聞いたような気がするけど、忘れちゃった」


「なら、今度は覚えておきなさい。今の皇帝はヴァーレという名前だ。三年、いや、四年ほど前かな、前皇帝の第五子だったヴァーレは、継承権を持っていたものの、素行の粗さからそれを剥奪されてしまったんだ。もともと継承順位は低かったが、それでも前皇帝は危惧したのだろうね」


「そうなの? でも、今は皇帝なんだよね? なにがあったの?」


「色々あった、とだけ教えておくよ。そこは別に大事じゃないし、今のアンリに聞かせるような話でもないからね。とにかく、ヴァーレは皇帝の地位についた。そして帝国を恐怖で支配しているわけだね」


「恐怖で支配?」


「そう。皇帝に逆らう者はすべて反逆罪として捕らえてしまうんだよ。今では帝国全体が疑心暗鬼になっている感じでね。活気もなくなってきていると聞く。もし皇帝への不満なんかを言ったら、密告されて捕らえられちゃうからね」


 すごくつまらない国っぽい。楽しいほうがいいのに。


 でも、ちょっと気になる。そんな皇帝はみんなで倒しちゃえばいい。ヴァーレって人が強かったとしても、みんなでかかれば勝てると思う。いわゆるクーデター。


「どうしてルハラの人たちは皇帝に従っているの? 倒しちゃえばいいと思う」


「その辺りが絶妙なのだろう。皇帝への不満さえ言わなければ、普通に生きられるからね。それにルハラの国民は重い税により自分の生活だけで精いっぱいのところがある。なにか行動を起こすにしても、起こした行動に見合うメリットがなければ、動けないものだからね」


 そういうのは良く分からないけど、働いて生活するのは大変だから仕方ないのかも。ヴァーレって人を倒しても生活できなくなったら大変。


「でも、この間、アンリがエルフの森で会ったという人がいただろう?」


 いきなりなんの話かな? アンリがエルフの森で会った?


「もしかしてディーンって人のこと?」


「そう。彼はヴァーレの弟だ。そして、当然、継承権を持っている。そのディーンさんがルハラの皇帝になると言っていたんだろう? 彼が決起すれば、国民も立ち上がる可能性はあるね」


「あ、そっか。でも、アンリはディーンって人に、少数精鋭による帝都への強襲を提案しちゃった。もしかして作戦としてはダメだった?」


「どうだろうね。ディーンさんが決起しても、ヴァーレに勝てると確信出来るほどの戦力がなければ一緒に戦わないかもしれない。みんなだって無駄に命を落としたくないからね。ならアンリの作戦でいくほうがいいかもしれないよ」


 良かった。間違ってなかった。そもそも傭兵団の人数が良く分からないから、少数精鋭で行ったほうがいいと思ったんだ。それにあの場にいたほかの人たちが結構強そうに見えた。皇帝を倒すだけなら、大きな戦争を起こさないほうがいいと思う。


「さて、今の皇帝に関してはこれくらいにしておこう。次はルハラの別のことを教えようか。ルハラには、ヴィロー商会という、大きな商会があって――」


「あ、おじいちゃん、ちょっと待って。そういえば、ヴァイア姉ちゃんとかニア姉ちゃん、ロンおじさんもルハラの出身だよね? ルハラのことを聞くならだれかを呼んで聞いたほうがいいんじゃないかな?」


 ずっとおじいちゃんと一緒の勉強だから、たまには違う人に教えてもらいたい。いわゆるマンネリの解消。おかあさんが良く言ってる。マンネリと倦怠期には注意を払うべきだって。


「ふむ、それはそうかもしれないね。だが、ニアやロンは宿の仕事が忙しいだろうし、ヴァイア君も雑貨屋の仕事があるだろうから難しいかもしれないね」


「なら勉強は夜に森の妖精亭でやるというのは? 夜ならヴァイア姉ちゃんやロンおじさんも多少は手が空くと思う。ニア姉ちゃんはいつでも忙しいけど。それにアンリとしてもたまには別のところで勉強したい。フィールドワークってやつ」


「まったくフィールドワークではないけど、現地にいた人の話を聞くというのは確かにいい考えだね。でも、森の妖精亭には昨日も行ってるから、そう何度も行くわけには――」


「お父さんもアンリも行ってらっしゃいな。昨日と同じように私たちは家で留守番してるから。現地の人の話はすごく大事よ?」


 いきなりおかあさんが大部屋に入って来て、親指を立てながらそんなことを言った。今日のおかあさんは味方と見た。


「……お前はウォルフと二人きりになりたいだけだろう? それに食事の用意が楽になるからだな?」


「それを言っちゃ身も蓋もないですけど、たまにはいいじゃないですか。アンリも幸せ、あの人も幸せ、私も幸せ。ほら、みんな幸せですよ!」


 おじいちゃんが含まれてないけど、みんな幸せなんだ?


 おじいちゃんは苦笑いしながら、ちょっとだけ息を吐いた。


「まあ、いいだろう。フェルさんのおかげで結婚式ではお金を使わなかったし、昨日もユーリさんのおごりだったから、多少はお金に余裕がある。なら、アンリ、今日も森の妖精亭で食事をしようか。でも、あくまでも勉強だからね?」


「うん。ヴァイア姉ちゃんとロンおじさんにルハラのことをがっつり聞く。耳にクラーケンが出来るほど聞くつもりだから安心して」


「うむ。それじゃ別の勉強を――」


「それじゃ夜まで遊んでくる。勉強のしすぎは良くない。夕方ごろに現地集合でお願いします。とう!」


「あ、こら――」


 後ろを振り向かずにダッシュで外へ向かう。


 いける。アンリはいま一陣の風。素早く外へ出て冒険者ギルドにでも逃げ込む。そうすれば色々とうやむや。怒られるかもしれないけど、怒られるのは未来のアンリ。今のアンリじゃない……!


 扉を開けて外へ出た。これでアンリは自由だ。


 でも、外へでて、足が止まっちゃった。


 広場にお馬さんがいる。昨日ジョゼちゃんが言ってたユニコーンじゃなくて普通のお馬さん。それが三頭も。みんな毛並みが素敵。


 そのお馬さんの隣にそれぞれ人がいる。男性二人と、女性が一人。


 あれ? どこかで見たことがあるような……?


「よう、あんときの子供じゃねぇか。元気か?」


 上半身裸の人が話しかけてきた。アンリは知ってる。あれは露出狂。ダッシュで逃げたほうがいいかもしれない。でも、どこかで見た気がする。


 そうだ。思い出した。エルフの森であった傭兵団の人だ。


「こら、アンリ。捕まえたぞ。夜に勉強はするけど、もうしばらくは家で勉強を――おや? 冒険者の方たちですかな?」


 おじいちゃんがそう言うと、黒髪のイケメンさん、ディーンって人が一歩前に出てきて、頭を下げた。


「ええ、ドワーフの村でフェルさんにここを紹介してもらったので、武者修行にきました。しばらくの間、よろしくお願いしますね」


 武者修行。なんていい響き。アンリも勉強より、そっちに切り替えたい。

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