第71話 ルハラ帝国の人達
ディーン兄ちゃんたちと森の妖精亭にいる。まだ夕飯には早い時間だけど、おじいちゃんの許可をもらってやってきた。
四人で一つのテーブルを囲むように座ってる。アンリの目の前にいるのが、ディーン兄ちゃん。左側がロックおじさんで、右側がベル姉ちゃん。
でも、ディーン兄ちゃんはルート兄ちゃんと言うらしい。今はそう名乗っているみたい。見た目は二十代前半のイケメン。でも、なんとなく姿がもっと若く見える感じなんだけど、なんだろう?
ロックおじさんは三十代前後の……筋肉? こう、ムキムキな感じ。しかも上半身が常に裸。背中を思いっきりはたいて、モミジマークを付けたい。
ベル姉ちゃんはフェル姉ちゃんくらいのお姉ちゃん。黒っぽい服を着て暗殺者っぽい。
「ええと、アンリちゃん、だったね。さっきは黙っててくれてありがとう」
「気にしないで。これは取引。アンリは勉強を抜け出す必要があっただけ。ディーン兄ちゃんがルート兄ちゃんでも、アンリは気にしない」
「分かったよ、取引だね。それじゃ今後も僕の本名を言わないようにお願いするよ」
良く分からないけど、ディーン兄ちゃんをディーン兄ちゃんと呼んではいけないみたい。おじいちゃんにアンリの知り合いとして紹介しようとしたら、ベル姉ちゃんが口に人差し指を立てて言っちゃダメってジェスチャーをした。
アンリは空気を読める。とりあえず、紹介をしないでいたら、ディーン兄ちゃんはルート兄ちゃんと名乗った。そして傭兵団のことも伏せて、ルハラ出身の冒険者だとおじいちゃんに言った。
ここで、アンリの頭に稲妻が走る。
ディーン兄ちゃんにルハラのことを聞けば、家での勉強がなくなるんじゃないか、と。
最初は知らない人と話しちゃダメっておじいちゃんが言ってたけど、途中で通りかかったディア姉ちゃんが、ディーン兄ちゃんたちの身元を保証してくれた。もちろんそこでも傭兵団のことは言わない。ディア姉ちゃんも意外と空気が読める。
というわけで、アンリは合法的に勉強を切り上げて、ディーン兄ちゃんたちにルハラのことを聞けるようになった。
「ところでアンリちゃんはなんでルハラのことが知りたいんだい?」
「別にどうしても知りたいわけじゃないけど、午後の勉強のテーマはルハラ帝国だからかな。反面教師として色々学ぶつもり」
「反面教師……まあ、今のルハラ帝国を悪い例として考えるのは間違ってはいないね。でも、アンリちゃんくらいの年でルハラ帝国のことを学ぶのかい? たしかにあの時もアンリちゃんはびっくりするくらい博識だった気がするけど」
「おじいちゃんの勉強方針だから何とも言えない。アンリとしてはもっとワンパクな方針で育てて欲しいんだけど」
もっとおとうさんと模擬戦をしたり、アビスへ突撃したりしたい。あとはおかあさんと魔法の練習かな。でも、アンリは魔法の術式が苦手。頭が熱くなっちゃう。
「なんでお前たちがここにいるニャ?」
ヤト姉ちゃんがいつものウェイトレス姿でやってきた。でも、ちょっと怒っている感じ。
「たしか、ヤトさんでしたね? 実はドワーフの村でフェルさんにここで修行するように勧められたのです。なんでもこの村にはダンジョンがあるとか」
「そんな連絡は受けてないニャ。本当のことなのかニャ?」
「証明するのは難しいのですが……ああ、そうだ。フェルさんにドラゴンの牙を貰いました。これで武具を作ってもらうといいと言われて。えっと、ここで出すのはまずいですよね」
「フェル様が魔界から持って行った黒龍の牙のことかニャ……? まあ、見せなくてもいいニャ。それを知ってる時点でフェル様に接触したことは分かるニャ。でも、一つだけ言っておくニャ。もし、この村で暴れたり、誰かを傷つけたりしたら、五体満足で村を出られると思わないことニャ」
周囲の空気が重くなった感じ。すごいプレッシャー。でも、ディーン兄ちゃんはそれをサラッと笑顔で流してる。
「安心してください。ヤトさんもあの場にいたからご存知だと思いますが、自分たちからもめ事を起こすようなことはありませんよ」
「エルフの村で暴れておいて良く言うニャ」
「う……す、すみません。あれはエルフのみなさんを仲間に入れたいと考えた上での行動でして……」
「まあいいニャ。ただ、変なことをしたらフェル様の顔に泥を塗る行為だと理解しておくニャ」
ディーン兄ちゃんはハッとした感じになってから、ヤト姉ちゃんのほうへ深く頷いた。
「はい、もちろんです。フェルさんからの恩を仇で返すような真似はしないと、亡き両親に誓います」
「わかったニャ。それでなにか注文するかニャ? 夕食はまだ仕込み中だから出せないニャ。あるのは干し肉、パン、リンゴジュース、もしくは牛乳ニャ」
「貴方がヤト? 私に影移動を教えて」
ヤト姉ちゃんは注文を聞いているのに、ベル姉ちゃんはなぜか影移動を教えてって言ってる。これも一種の注文だとは思うけど。
「いきなり何ニャ?」
「フェルが言ってた。ヤトって人に影移動を教われって」
「ひどい丸投げニャ。でも、フェル様からの紹介じゃ教えないわけにもいかないニャ。とはいえ、今は仕事中ニャ……ちょっと待つニャ。店長に聞いて来るニャ」
ヤト姉ちゃんはそう言うと厨房のほうへ行っちゃった。
影移動って言うと、影の中に入ったり出てきたりするスキルだとか聞いたことがある。よくわかんないけど、「影」という別空間を移動できるとか。
「ふー、それにしてもさっきのプレッシャー、マジ怖えな。本気で戦ったとしても勝てそうにないぜ」
「ロック、先ほどヤトさんが言っていた通り、この村で問題を起こしたらフェルさんに合わせる顔がない。誰それ構わず勝負を挑むのはやめてくれ」
「ああ、わかってるよ。でも強い奴とは戦ってみたいって気持ちは分かるだろ?」
「わかる。アンリもフェル姉ちゃんと戦いたい」
「お! アンリは分かってるな! もう少し大きくなったら俺と戦おうぜ!」
「うん、完膚なきまでに叩きのめす」
ロックおじさんとそんな話をしていたら、ヤト姉ちゃんがニア姉ちゃんを厨房から連れてきた。
「この人はこの宿の店長、ニアさんニャ」
「店長はうちの旦那だけどね……ええと、アンタ達がヤトちゃんに修行してもらいたい人達なのかい?」
「お仕事中にすみません。うちのベルがヤトさんに稽古を付けてもらいたいのですよ。え、でも、ニアさん……?」
ディーン兄ちゃんはニア姉ちゃんを見て首を傾げている。どうかしたのかな?
「ヤトちゃんから聞いたけど、フェルちゃんの紹介なんだって? それじゃ無下にする訳にもいかないか。でも、ヤトちゃんはうちの大事な戦力だから、仕込みの時間でも抜けられるのは痛いねぇ」
ニア姉ちゃんがそう言うと、ヤト姉ちゃんのしっぽが荒ぶった。たぶん、すごくうれしいんだと思う。
「話は聞かせてもらったぞ! ここは俺に任せてもらおう!」
外へ通じる扉の所にロンおじさんがいた。牛とか豚さんがいる小屋の掃除が終わったのかな? そういえば、ディーン兄ちゃんのお馬さん達を預かる厩舎もあるんだっけ?
「アンタ、なにかいい案があるのかい?」
「おうよ! そちらにいるお嬢さんに食事の仕込みとか掃除、あとはウェイトレスをしてもらって、ヤトちゃんの時間を作ればいいと思うぞ!」
「おお! いいじゃねぇか! いつも殺伐とした仕事をしてるんだから、たまにはそういう仕事もいいと思うぜ?」
「ロックはいつか殺す」
ベル姉ちゃんがロックおじさんを睨んでる。さっきのヤト姉ちゃんと同じくらいのプレッシャーだ。
「手伝ってくれるなら、空いた時間を修行に使ってやってもいいニャ。どうするニャ?」
ベル姉ちゃんは眉間にしわを寄せてたけど、右手の人差し指でグリグリしてから大きく息を吐いた。
「わかった。それでお願いする。言っとくけど、ウェイトレスをしたことがない。色々教えて」
「まかせるニャ。一から十までみっちり仕込んで、立派なウェイトレスにしてやるニャ!」
「立派なウェイトレスになる気はない。メインに教えて欲しいのは影移動のほう」
ニア姉ちゃんと、ヤト姉ちゃん、それにベル姉ちゃんは三人で厨房のほうへ行っちゃった。これからベル姉ちゃんもウェイトレスをやるみたい。アンリもいつかやったほうがいいのかな?
「あの、すみませんが、どちら様でしょうか?」
ディーン兄ちゃんが、うんうんと頷いているロンおじさんを訝し気に見ている。アンリは知ってるけど、知らない人から見たら、いきなり来て変なことを言い出した人にしか見えないのかも。
仕方ない、アンリが教えてあげよう。
「その人はロンおじさん。ニア姉ちゃんの旦那さん。森の妖精亭の店長だけど、みんなニア姉ちゃんのほうが店長だと思ってる。アンリは知っててもそう思ってる」
「ははは、アンリは冗談が上手いなぁ……冗談だよな?」
現実は厳しい。ロンおじさんはそれを理解したほうがいいと思う。
あれ? ディーン兄ちゃんとロックおじさんが、さっきのベル姉ちゃんみたいに眉間にしわを寄せてる。どうしたんだろう?
「あの、まさかとは思いますが、黒壁のロンさんですか? 昔、ルハラの黒騎士団にいた団長の……もしかして、ニアさんと言うのも、白の三日月亭にいた天才料理人のことですか?」
ロンおじさんが驚いた顔でディーン兄ちゃんを見ている。
クロカベって黒い壁のことかな? それに白の三日月亭ってなんだろ? この村に来る前の話かな?
ロンおじさん達はルハラにいたんだから、話を聞くのはルハラのことを勉強していると言っても過言じゃないはず。
よし、ここはロンおじさんに根ほり葉ほり聞いてみよう。
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