第72話 秘密を持つ者

 

 話を聞こうと思ったけど、ロンおじさんがちょっと怖い感じで、ディーン兄ちゃんとロックおじさんを見ているから、聞いていいかどうかわかんない。


 普段温厚なロンおじさんがこんな顔をするなんてどうしたんだろう? うん、ここはアンリがこの場をなんとかしよう。


「ロンおじさん、顔が怖くなってる。どういう事情か分からないけど、ここはアンリに免じて怒りをおさめて」


「……そうだな。だが、ちょっとだけ話をさせてもらうぞ?」


 ロンおじさんはそう言いながら、さっきまでベル姉ちゃんが座っていた場所に座り込んだ。そして大きく溜息をつく。


「あんたら、どこの誰だ? 冒険者みたいだが、俺やニアのことを知っているということは、ムンガンの手の者か? 修行と言ったが本当はどんな理由で来た?」


「ムンガン? ルハラ帝国にあるズガルの領主のことですか? いえ、まったく関係ありませんよ。私たちは冒険者で、ここへはフェルさんの紹介で来たんです。ドワーフの村でお会いしまして、そこから直接来ました」


「だが、俺やニアのことを知っているのはルハラの出身、しかもそれなりに地位のある奴だ。ただの冒険者が知っているとは思えない。ムンガンの依頼で俺達を探していたんじゃないのか?」


「そうじゃありませんけど、それをどう証明したらいいかわかりませんね」


 ロンおじさんは「確かにな」と言って考え込んじゃった。それにしてもムンガンって言うのは誰なんだろう? ズガルって言えば、ルハラ帝国の南にある町のことだったかな? トラン国の領地に一番近い町。おじいちゃんからそう教わった気がする。


 トラン国がルハラ帝国へ攻め込むならまずはそこを攻める必要があるって聞いた。今は休戦協定が結ばれているから安全みたい。でも、そんなのはいつ破られるか分からないともおじいちゃんは言ってた。


 そんなことを考えていたら、ロンおじさんがディーン兄ちゃんのほうを見た。


「なら、なんで俺やニアのことを知っているか教えてくれ。白の三日月亭はルハラでも三本の指に入るくらいの高級店だ。貴族や金持ちくらいしか行けない。ましてやニアの名前を知っているなんて、よほどの常連でなければ無理だろう。それこそ皇族とかだ。それに俺の黒壁という二つ名は知っていても本名を知っている奴は少ないぞ?」


 ディーン兄ちゃんは困った顔をしている。もしかしたら、ディーン兄ちゃんが黙っていたいことが理由になってるのかな?


 ここは正直に言っちゃうほうがいいと思う。ロンおじさんは意外と男気溢れる人。黙ってて欲しいって言えば、黙っててくれるはず。


「ディ――ルート兄ちゃん。ロンおじさんなら、秘密を黙っててくれる。アンリが保証する」


「アンリ、何を言ってるんだ? そういえばなんで一緒にいる? 知り合いなのか?」


「うん、実は知り合い。でも内緒。今日初めて会ったことになってる」


「いや、でも、アンリが知り合いの冒険者なんて――」


「ロンさん、よろしいですか?」


 ディーン兄ちゃんがロンおじさんの言葉を遮った。そして首にかけているペンダントをテーブルの上におく。


 ロンおじさんはそのペンダントを見て固まっちゃった。


「私の本当の名前はディーンです。私の名前とこのペンダントに描かれている紋章を見てくだされば、私がどういう者なのか理解していただけるかと。そして、貴方のことやニアさんのことを知っているのも分りますよね?」


「……そうか、生き延びていたのか。死体が見つからなかったという話を聞いてはいたが……見た目の年齢が合わないのは何かの魔法を?」


「ご明察。そして今はルートという名前を使わせてもらってます。本物のルートはディーンを名乗っていますがね。なので内緒にしていただけると助かります。もちろん、ロンさんやニアさんのことも誰かに言ったりはしませんので」


 ロンおじさんはしばらくディーン兄ちゃんを見つめていたけど、一度だけ深く頷いた。


「分かった。お互い秘密を持つ者同士ってことだな。でも、なんでアンリはディ――ルートのことを知ってるんだ?」


「エルフの森へフェル姉ちゃんを迎えに行ったら、ルート兄ちゃん達がいた。フェル姉ちゃんがエルフに連行されたのは、ルート兄ちゃんたちのせい。フェル姉ちゃんは冤罪」


「……ほう?」


「ちょ、アンリちゃん、なんでいまそれを言うんですか! いや、あの件は謝罪して手打ちになってますよね!?」


「そうだっけ? エルフの人達へは謝ってたけど、フェル姉ちゃんに謝っていたのは見てない」


「確か、謝ったと、思い、ます、よ……?」


 なんで疑問形なんだろう? でも、フェル姉ちゃんは気にしてないかな。この村を紹介しているし、フェル姉ちゃんは優しいからもう許してるのかも。


 それはいいとして、実はロンおじさんのことが気になってる。ルハラで何かあったのかな?


 確か以前、ニア姉ちゃんが言っていた気がする。ニア姉ちゃんは貴族の人にお嫁さんにされそうになってロンおじさんが助けてくれたって。そしてここへ来たとか。


「ロンおじさん。今、アンリはルハラ帝国のことを勉強中。ロンおじさんの過去話を聞かせて。そもそも黒壁ってなに?」


「いや、恥ずかしいだろ。男の過去は聞かないもんだぞ?」


「大丈夫。言いにくいけど、ロンおじさんは普段からちょっと恥ずかしい。猫耳に対する情熱がちょっと引く感じに」


「いや、だって、猫耳はいいもんだぞ?」


 一点の曇りもない目。確かに猫耳はいいもの。でも、ロンおじさんが猫耳と言うのは恥ずかしい案件だと思う。その情熱にアンリはちょっと引きそう。ディーン兄ちゃんとロックおじさんはかなり引いてる。


「アンタ、大きな声でなに言ってんだい。恥ずかしいね」


 ニア姉ちゃん達がやってきた。最初に目につくのはやっぱりベル姉ちゃんかな。ピンクと白のウェイトレス服を着てトレイを持ってる。


「黒装束にエプロンでいいのにウェイトレスの服を着せられた。たぶん、羞恥の中で心を鍛え、早く影移動の極意をマスターしろって意味だと思う」


「そんな修行はないニャ。ウェイトレスをやるならウェイトレスの服を着るニャ。これは自然の摂理ニャ」


 ベル姉ちゃんがびっくりしている。今の今まで知らなかったみたい。


「なんだよ、似合ってるじゃねぇか。あれだろ、馬子にも衣裳ってやつだな。なかなかイケてるぞ!」


 ロックおじさんがそんなことを言った。アンリでも分かる。それは褒め言葉じゃない。むしろ貶していると言ってもいい。アンリは若いけど女。こういう男はダメって直感的に分かる。


 ……でも、ベル姉ちゃんはなぜか顔を真っ赤にした。そして影に入っちゃった。これが影移動スキルなんだ。


 ディーン兄ちゃんが溜息をついてから、ロックおじさんのほうを見た。


「ロック、あれはどうかと思うよ? 褒めるならちゃんと褒めたほうがいい」


「あ? 最高の賛辞を送ったつもりだぞ? それに喜んでただろ?」


 喜んでいたようには見えたけど、あれって褒め言葉だっけ?


「さて、それじゃお披露目はここまでだね。早速、夕食の仕込みをするから手伝っておくれ」


 ニア姉ちゃん達はまた厨房のほうへ戻って行っちゃった。途中、ヤト姉ちゃんがベル姉ちゃんを影から引きずり出してたけど、あれってどういう理屈なんだろう?


「さて、それじゃ俺も仕事に戻るか。まあ、フェルの知り合いみたいだし、事情も分かったから問題ないだろう。それにお互い秘密を持つ者同士だ。仲良くやろう」


 ロンおじさんはニヤリと笑うと、外へのドアのほうへ足を向けた。


「ロンおじさん、お仕事に戻っちゃうの? 話を聞きたかったのに」


「昔のことを言うのは照れ臭いんだよ。どうしても知りたかったら、そこのディ――ルートに聞いてくれ。ある程度は知ってるみたいだからな」


 ロンおじさんはそう言って外へ出て行っちゃった。


 仕方ない。それならディーン兄ちゃんたちに聞いてみよう。


「ロンおじさんのことを知ってるの? アンリは知らないから教えて」


「ご本人の許可が出ているので構いませんが、それほど多くを知っているわけではありませんよ?」


「うん、それで問題ない。一応、ルハラの勉強をしている振りはしないと。あとでおじいちゃんにどんな話を聞いたかチェックされたら大変」


「抜け目がないですね。分かりました。それじゃお話しましょう」


 ちょっとドキドキする。ロンおじさんの昔はどんな感じだったんだろう? こう波乱万丈な感じなのかな?


 そういえば、フェル姉ちゃんはどうなんだろう? ジョゼちゃんに色々と話を聞いているけど、フェル姉ちゃんが子供のころの話が多い。ここに来る直前は何をしていたのかを全然知らない。


 うん、フェル姉ちゃんが帰ってきたら教えてもらおう。でも、まずはロンおじさんのことだ。

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