第73話 ロンとニア

 

 さっそく話をしてもらえるかと思ったら、ちょっとだけ待つことになった。でも、これはいい待ち。ディーン兄ちゃんがアンリにリンゴジュースをおごってくれる。


 ディーン兄ちゃんは牛乳で、ロックおじさんはお酒を飲むみたい。昼間からお酒を飲むなんて、やっぱりロックおじさんはダメ男。アンリのダメ男センサーは正しかった。


 そしてそれを持ってくるのがベル姉ちゃん。テーブルにコップを置いてくれる。でも、ぎこちない上に表情が硬い。ヤト姉ちゃんからもっとちゃんと笑うようにとダメ出しされてる。


 ヤト姉ちゃんも普段無表情だと思うけどな。しっぽは違うけど。


 色々あったけど、とりあえずこれでお話を聞く準備は整った。


「それじゃ、ロンおじさんのことを聞かせて」


「わかったよ。とはいっても自分が知ってるのはごくわずかだね。まず、ロンさんはルハラ帝国の黒騎士団に所属していたよ。四、五年前の話だけど、当時はその騎士団の団長をやってたね」


「すごい、騎士団の団長なんて普通の人にはなれないと思う」


「その通り。ロンさんは貴族ではあったけど、領地を持たない貴族だったはずだね。物心つく前の話なんだけど、トラン国やウゲン共和国との戦いで数々の武功を手にして団長に上り詰めたんだよ」


 武功。一番槍とかそういうのだと思う。戦争は良くないと思うけど、それはそれとして手柄をあげられるのはすごい。今度、ロンおじさんとも模擬戦をしたい。


「普段はそう見えないけど、ロンおじさんは強いってことなんだよね?」


「具体的には知らないけど、弱くはないだろうね。でも、ロンさんの強さは対人戦よりも建設技術で発揮されるんだよ」


「建設技術? 家を建てたりする技術のこと?」


「その通り」


 なんでそれが強さなんだろう? 家を建てても強くないと思うけど。


「どうして、建設技術がロンおじさんの強さになってるの? 立派な家を建てられるのは知ってるけど、それが強さにつながっているとは思えないんだけど?」


「それじゃ質問だけど、敵に攻め込まれたとき、平原で戦うのと、砦で戦うのは、どちらがより安全で勝ちやすいかな?」


「アンリを子供だと思って甘く見ないほうがいい。どう考えても砦。砦を落とすのは大変だっておじいちゃんが言ってた……あ、そういうこと?」


 ディーン兄ちゃんが柔らかく笑った。知ってる。これはイケメンスマイル。ディア姉ちゃんが言ってた。


「理解してくれたようだね。ロンさんは何もない場所に砦を建てられるほどの建設技術を持っている。戦場に守りやすく攻めにくい砦を数日で建てて、戦況を良くするのが主な戦い方かな。もともと黒騎士団はそういう建築技術をもった集団で、団員の四分の一くらいは戦いよりも資材運びを主としていたんだよ」


「すごい。ロンおじさんはそういう戦い方ができるんだ」


「そうだね。そしてロンさんは黒い鎧と黒い剣がトレードマークだった。また、敵の侵攻を止める砦を良く作ったということで、そのことから黒壁という二つ名を持っていたんだよ」


「おおー」


 普段の姿からは全く想像できないけど、ロンおじさんはすごかったみたい。確かにロンおじさんは広場にステージを作ったりする場合、すごく上手。それに村で家を建てたときもみんな丈夫だって言ってた。この森の妖精亭もそうだし。


「おう、それにロンが造った砦は敵の侵攻を防ぐだけじゃなく、味方を逃がすのにも有効でな。結構世話になったことがあるぜ」


 ロックおじさんが、笑いながらそんなことを言った。世話になったってどういうことだろう?


「もしかしてロックおじさんは黒騎士団にいたの?」


「上半身裸の男を雇ってくれるわけねぇだろ。だいたい、俺だって鎧なんか着たくねぇ」


 ポリシーがあるのはいいけど、もうちょっと周囲に気を使って欲しいと思うのは、アンリのわがままじゃないと思う。


「俺たちがディーンに会う前は『紅』って言う名前の傭兵団だったんだが、その頃の傭兵なんてのは使い捨てみたいなもんでな。よく殿をやらされたよ」


 クレナイ……紅かな。エルフの家でヴァイア姉ちゃんがそういう話をしていた気がする。しんがりって言うのは殿のことだと思う。確か逃げながら、最後尾で敵の追っ手を相手するようなこと。一番危険なポジションだ。


「だが、ロンが建てた砦のおかげで多くの傭兵が救われたんだぜ? あれが牽制になって敵さんもなかなかこっちを追えなくてな。それに砦と言っても弱点を残しておくもんだ。逃げて砦を奪われても、簡単に砦を破壊できた」


「敵を倒した数が多いと英雄になれるかもしれないけど、多くの命を守ったのも英雄と言える。そして、それはロンさんだと言っても過言じゃないよ」


「ロンおじさんはそういうタイプの英雄なんだ? すごい格好いい。普段、猫耳にしか興味がないちょっとダメなおじさんだと思ってた」


「……そうなんだ。知りたくなかったよ。まあ、その後のロンさんについては良く知らないね。自分のことで精いっぱいだったから、あまり詳しくはないんだ。ただ、一年くらい前に、とある貴族と揉めてルハラを去ったという話は聞いたね。おそらくそれがニアさん絡みのことだったんじゃないかな」


 一年くらい前って言うと、ロンおじさんとニア姉ちゃんが村に来た頃かな。ヴァイア姉ちゃんと三人で一緒に来たのを覚えてる。


 あの頃は森の中を三人歩いてくるなんてものすごく危険だっておじいちゃんは言ってた。ロンおじさんが二人を必死に守って連れてきたんだろうとも言ってたかな。


 しばらく村に滞在してから身の振り方を考えなさいっておじいちゃんに言われて、最終的にはこの村に森の妖精亭を作ったんだっけ。一緒にヴァイア姉ちゃんも雑貨屋さんを始めた気がする。そういえば、雑貨屋はアンリがお客さん第一号の名誉を貰った。


 色々話を聞いたけど、ロンおじさんは結構すごいことが分かった。それに戦い方にも色々ある。敵を倒す戦いじゃなくて、味方を救う戦い方なんて、格好よすぎる。


「ロンさんについて知ってることはこんなものだけど大丈夫かな?」


「うん、色々勉強になった。ありがとう」


「お気になさらずに。アンリちゃんにはエルフの森で色々教わったからね。それにフェルさんの考えもアンリちゃんを通して教えてもらった感じだから、そのお礼みたいなものだよ。ほかに聞きたいことはあるかい?」


 そういえば、フェル姉ちゃんの考えを聞けたのはアンリのおかげだっけ。なら、もっと教えてもらおう。


「良かったらニア姉ちゃんのことも教えてもらえる?」


「本人の許可は貰ってないけど、アンリちゃんに教えるなら問題ないかな。でもロンさんのことよりも知ってることは少ないよ。ルハラ帝国にある高級な食堂、白の三日月亭の料理長だったくらいかな」


「高級な食堂?」


「そう、貴族や商人くらいしか行けないレベルの超高級店。どんな料理も大金貨一枚から、と言われてるね」


「知ってる。それはぼったくり」


「あはは、確かにぼったくりだね。でも、それは冗談だよ。それくらいの高級店だっていう意味なだけだね。本当にそんなお金を取ることはないよ。希少な食材を使って、相当な技術を持つ料理人が作る料理を出すお店。ニアさんはそういうところの料理長だったということだね」


 よかった。ニア姉ちゃんがぼったくりの食堂で料理をしていたら悲しくなっちゃう。


「これは噂でしかないけど、ニアさんもある貴族と揉めて、ルハラを去ったという話を聞いたことがあるね。ロンさんからの話から考えると、お二人が揉めた貴族と言うのはムンガンのことなんだろうね。そして二人でルハラを去ってここへ来た、というところだね」


「そのムンガンと言う人はだれ?」


「ルハラの貴族だね。典型的な貴族、なんだろうね。貴族に生まれただけで、自分が特別だと勘違いするような、取るに足らない人かな……フェルさんに帝位を簒奪した後に仲間になってくれる人を探せって言われたのを覚えてるかい?」


「うん、覚えてる。でも、急に何の話?」


「ウルが仲間になってくれそうなルハラの貴族に接触をしているんだけど、このムンガンという貴族、候補から真っ先に除外されたよ。どうも、トラン国とつながっているとか、税金を着服しているとか、黒い噂が絶えない人でね。皇帝になったら真っ先に処罰する貴族の一人だよ」


 信用できない人ってことかな。確かにそういう人は仲間に引き込みたくないかも。


「有能な人がルハラから出ていき、黒い噂の絶えない人が貴族として残る。兄であるヴァーレは今の状況をどう思っているのだろうね。家族を手にかけてまで皇帝になったのに、徐々に国力は低下して、帝国から逃げ出す人も増えている……もしかしたらフェルさんはこういうことにならないように皇帝になってからのことを考えろって言ってくれたのかもしれないね」


 フェル姉ちゃんの真意は分からないけど、そんな気もする。皇帝になるだけじゃダメで、なってからのことをしっかり考えないといけないんだろうな。そうしないと、今のルハラ帝国みたいになっちゃう。


 ロンおじさんやニア姉ちゃんの話からこんな話になるとは思わなかったけど、これはこれで勉強になる。これならおじいちゃんに勉強の内容を聞かれても大丈夫かな。


 あ、そろそろ夕飯の時間だ。おじいちゃんと合流したら、今度はヴァイア姉ちゃんの話を聞いてみよう。ヴァイア姉ちゃんもルハラ帝国の出身だし、色々知ってるかも。


 よし、夜更かしの覚悟でヴァイア姉ちゃんとお話するぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る