第68話 負けられない戦い

 

 ユーリおじさんとディア姉ちゃんをつれて、森の妖精亭に来た。


 そして食堂にあるテーブルの一つに三人で座る。そろそろ夕飯の時間だけど、ベインおじさん達はまだ畑から帰ってきてないみたい。食堂はガラガラだ。


「なるほど、ここが宿泊施設ですか。それに食事もできそうですね。ドワーフの村にある宿では食事なしの宿泊だったので大変だったんですよ。まあ、パンとジャムを貰いましたけど」


「ドワーフの村から来たってことはフェル姉ちゃんと会ったんだよね?」


「ええ、もちろん。フェルさん本人には話を聞けたので、今度は知り合いの方に話を聞こうかと思いましてね。えっと、お二人はフェルさんを良く知ってるんですよね?」


 ディア姉ちゃんと一緒に頷く。


「マブダチって言ってもいい。あとちょっとでソウルメイト」


「私は親友だね! ツーと言えばカーというくらいの仲だよ!」


「はあ、お友達ということですか……でも、フェルさんは魔族ですよ?」


 今度はディア姉ちゃんと一緒に首を傾げちゃった。ユーリおじさんは何を言ってるんだろう?


「それが何か関係あるの?」


「……なるほど。昔は昔、今は今ですか」


 良く分からないけど、納得してくれたみたい。


 そんな話をしていたら、ヤト姉ちゃんがやってきた。ものすごく不審そうな目でユーリおじさんを見てる。


「ディア、アンリ、これは誰ニャ? 見た限り村の住人じゃないように見えるニャ。アンリの親せきかニャ?」


「この人はユーリおじさん。アダマンタイトの冒険者で、フェル姉ちゃんのことを聞きに来たみたい。アンリとディア姉ちゃんでフェル姉ちゃんのことを余すことなく教えてあげるつもり。あ、情報料としてリンゴジュースをおごってもらう。ヤト姉ちゃん、リンゴジュースをお願い」


「間違ってはいないんですけど、おごるなんて一言も言ってないんですけどね――え? リンゴ? なんでそんなものが? まさか盗品じゃないですよね?」


「店の中で変なこと言わないで欲しいニャ。ちゃんとエルフと取引しているリンゴニャ。とりあえずリンゴジュースを持ってくるニャ」


 ヤト姉ちゃんはそう言うと、厨房のほうへ行っちゃった。


 久々のリンゴジュース。おかわりも視野に入れよう。フェル姉ちゃんの情報は安くないはず。夕飯前にはあまり飲まないほうがいいから、おかわりの分はテイクアウトしようかな。


 ユーリおじさんを見ると、厨房のほうにずっと顔を向けている。ユーリおじさんは目が細いからどこを見ているか分からないけど、これは間違いなく厨房を見てると思う。


「厨房が気になるの? ヤト姉ちゃんが言ってた通り、リンゴは盗品じゃないよ」


「ああいえ、それも気になりますが、よく考えたら、今の方は獣人ですよね? この村では獣人を雇っているのですか?」


「ヤト姉ちゃんはフェル姉ちゃんの部下だけど、住み込みで働いてる。料理の腕はなかなかのもの」


 この間、ニア姉ちゃんが風邪で休んでいた時にヤト姉ちゃんが作った料理を食べたけど、美味しかった。ちょっと薄味だった気もするけど。


「フェルさんの部下? 魔界から連れてきたということでしょうか?」


「それは――もがが」


 いきなりディア姉ちゃんに口を押さえられた。どうしたんだろう?


「アンリちゃん、情報をタダであげすぎだよ。ここはリンゴジュースを待って、それからお話しよう?」


 いけない。その通りだ。今の時代、情報はお金になる。フェル姉ちゃんのことは色々言いたいけど、タダじゃダメだ。


 口を押さえられたまま、ディア姉ちゃんに頷く。そうすると、口から手を放してくれた。


「ユーリおじさんの話術にはまるところだった。タダで情報を得ようなんて、なんて抜け目ない」


「そんなつもりはなかったのですが……でも、リンゴって高いですよね? 払えなくはないですけど、ちゃんとした情報をくださいよ?」


「ユーリさん、その前に、なんでフェルちゃんのことを知りたいのか教えてくれませんか? ユーリさんはグランドマスターの専属冒険者ですよね? その人がここまで来るってことはグランドマスターの依頼ってことになると思うんですけど」


 グランドマスターって冒険者ギルドで一番偉い人だったはず。ユーリおじさんはその人の専属冒険者なんだ。


「魔族の方を調べるのに理由が必要ですか? 私もそうですが、ほとんどの人は人魔大戦を経験していません。ですが、経験した人から話を聞いた限りだと、魔族はとても危険なんです。いまのところフェルさんは人族に敵対していませんが、それがいつ変わるか分かりませんからね。そのためにも、色々と情報を集めているのですよ」


「それは弱点を探っているということ?」


「それもありますが、何を考えているのか調べたい、と言ったところでしょうか。なんせ五十年も魔族は人界に来ませんでしたからね。なぜこのタイミングで来たのか、そもそも人界で何をしているのか、そういうのを探ってます」


「フェル姉ちゃんは人族と仲良くなるために来た。あとたぶん、美味しいものを食べに来た。アンリはグルメ旅行だとにらんでる」


 ディア姉ちゃんはうんうんと頷いてくれたけど、ユーリおじさんはポカーンとしちゃった。タダですごい情報を出したのに。


 そこへヤト姉ちゃんがリンゴジュースを持ってきてくれた。トレイの上には三つのコップが置かれている。たぶん、二つはアンリの分。


 ヤト姉ちゃんはテーブルにコップを三つ置くとユーリおじさんのほうへ手を出した。


「小銀貨三枚ニャ」


 ポカーンとしてたユーリおじさんは、さらにポカーンとしたみたい。でも、すぐに気を取り直したのか、ヤト姉ちゃんとコップを交互に何度も見てる。


「え? 一つ小銀貨三枚ですか?」


「違うニャ。一つ小銀貨一枚で、三つで小銀貨三枚ニャ。ちなみにキャッシュだけニャ。ギルドカードでの支払いは受け付けてないニャ」


「あ、いえ、それはいいんですが……安くないですか? リンゴ一個でも、その十倍以上はしますよ?」


「そんなのは知らないニャ。この店の販売価格は小銀貨一枚だから、それで支払うニャ」


 ユーリおじさんは首を傾げながらもポケットからお金を出してヤト姉ちゃんに渡した。ヤト姉ちゃんは一度だけ頷いて、「それじゃごゆっくりニャ」と言って、また厨房へ戻って行っちゃった。


「ずいぶんと安いですね……本当にリンゴなんですか? あれ? なんでアンリさんの前にコップがふたつあるんでしょう?」


「二つともアンリのだから。フェル姉ちゃんの情報は安くない。リンゴジュース一杯で全部聞けると思わないで。でも、飲み過ぎは良くないから一つはテイクアウトにする」


「ユーリさん。私は夕食をスペシャル盛りでおごってくれればいいから。リンゴジュースよりも、お値段的には良心的だよ?」


「……本当にフェルさんの情報を持ってるんですよね? なんかこうたかられているだけのような気がするのですが?」


「フェル姉ちゃんのことなら、アンリの右に出る人はいないと自負してる。いつか、フェル姉ちゃんを部下にするつもりだし」


「……そうですか。まあ、頑張ってください。ところで、アンリさんの次に詳しい人って誰かいますか?」


 アンリの次に詳しい? 候補は何人かいる。もしかしたらアンリより知っている可能性があるかも。


「もしかするとアンリより知ってるかも」


「お二人の話も聞きたいですが、その人にも話を聞いていいでしょうか? もちろんリンゴジュースをおごりますので」


「そうなの? わかった。アンリが知らないことも知っている可能性は高いからちょっと呼んでくるね。そうだ、今日はアンリもここで食事にしよう。ついでにおじいちゃんと交渉してくる」


「それって私がおごるんですかね?」


 ユーリおじさんの声が聞こえたけど、それには答えずに森の妖精亭を出た。


 まずはおじいちゃんと交渉。


 おじいちゃんもその冒険者を見たいということで一緒に来ることになった。おかあさんとおとうさんはお留守番。というか、二人でロマンチックに食事を食べるって、お母さんが息巻いてた。


 そしてもう一人のゲストを連れて、改めて森の妖精亭へ移動。


「連れてきた」


 ユーリおじさんはくわっと目を見開いた。


「あの、そちらのおじいさんは分かるのですが、そっちの方って、人の形をしてますけどスライムですよね? おじいさんはテイマーなのですか?」


「この子はジョゼフィーヌちゃん。フェル姉ちゃんの従魔だから、アンリよりも詳しいかもしれない」


「フッ、詳しいかもしれない、ではなく、実際に詳しいのです」


「ジョゼちゃん、それはアンリに対する宣戦布告だと見た」


 負けられない戦いが、そこにある。今日の夕食は荒れそうだ……!

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