第67話 うさんくさい人
昨日、ディア姉ちゃんからフェル姉ちゃんのことを聞いた。
今日、もしくは明日にフェル姉ちゃんが帰ってくるかもしれないって話だ。フェル姉ちゃんが帰ってきたら、遊び倒そう。その日は勉強しない。徹底的に遊ぶ。何人たりともアンリは止められない。
「アンリ、今日は朝からずっと外を気にしているようだけど、なにかあるのかい? ちゃんと勉強に集中しないとダメだよ?」
「今日か明日にフェル姉ちゃんが帰ってくる可能性が高いという情報を得た。はっきり言って勉強している場合じゃない。それとおじいちゃんには宣言しておく。フェル姉ちゃんが帰ってきたら、その日は勉強しない。自主的に切り上げる。これは決定事項」
「相変わらずアンリはフェルさんが好きだね。まあ、しばらくはちゃんと勉強していたから、その日くらいは構わないけど、あまりフェルさんに迷惑をかけないように気を付けるんだよ?」
「安心しておじいちゃん。ちょっとだけ全力で遊ぶだけだから」
「……まあ、フェルさんならアンリの全力にも応えてくれるとは思うけどね……さて、フェルさんが帰ってくるまでは勉強だよ。集中しなさい」
やれやれ、アンリは囚われの身だ。早く帰って来てくれないかな。
改めて勉強を始めようとしたら、家の扉を叩く音が聞こえた。こんな昼間に誰だろう?
おじいちゃんが、椅子から立ち上がって、家の扉を開けた。
そこにはジョゼちゃんが立っている。アンリの家に来るなんて珍しい。たぶん、アンリに用があると思うんだけど、どうしたんだろう?
「ジョゼちゃん、こんにちは。今日はどうしたの? アンリに用事? いつでも遊べる準備は出来てるけど?」
「いえ、その、実は昨日の夜にフェル様からメーデイアの町へ向かうと連絡がありました。それをアンリ様にお伝えしようと思いまして」
「メーデイア? フェル姉ちゃんはその町へ行くの?」
「はい。リエル様やルネ様が病気の方を治しに行ったことはご存知だと思いますが、フェル様もそちらへ向かうことになったそうです」
「そうなんだ――ということは、フェル姉ちゃんの帰りが遅くなるってこと?」
「おそらく。リエル様でも治せない病気ならかなりの時間がかかるかもしれません……あの、アンリ様、大丈夫ですか? ちょっと目が死んでる感じですが」
そっか、フェル姉ちゃんはまだ帰ってこないんだ。それにいつ頃帰ってくるかもわからない。ショック。もうちょっとでフェル姉ちゃんと遊べると思ったのに。
でも、フェル姉ちゃんは人助けに行ってるわけだし、アンリが遊べないからといって文句をいう訳にもいかない。フェル姉ちゃんはみんなに頼られてるから、今回もそうなんだろうな。
「残念だけど仕方ないね。あ、もしかして移動の連絡ってことは、カブトムシさんを呼んだのかな?」
「はい、そうです。昨日の夜に飛んで、今頃はドワーフの村に着いている頃じゃないでしょうか」
それならあとでカブトムシさんにフェル姉ちゃんのことを聞こうかな。もしかしたら、アンリのことを何か言ってるかもしれない。それにアンリもメーデイアに呼ばれたらすぐに行かないと。
ジョゼちゃんは頭を下げてから畑のほうへ向かった。アンリがショックを受けるのを分かってても、大事なことだから伝えに来てくれたんだ。あとでお礼をしておこう。
「フェルさんはまだ帰ってこれないのかい?」
「うん、メーデイアっていう町へ向かうみたい」
「ああ、リエルさん達が向かった町だね。フェルさんも色々と大変だ」
本当にそう。もっと村にいて欲しいんだけどな。
でも、フェル姉ちゃんは優しいし、困った人がいると見捨てられないんだと思う。どれくらい帰ってこないのかは分からないけど、もうちょっと待とう。
だけど、つまんない。何かこう刺激的なことが起きないかな。フェル姉ちゃんがいないから、派手なイベントが起きて欲しい。結婚式は終わっちゃったし、誕生日はまだだから、しばらくは何もないかもしれないけど。
「ほら、アンリ、お行儀が悪いよ。机の上でぐでっとしない」
「アンリにもそういう日がある。今日はもう何もやる気が起きない。アンリはもう魔力切れ」
「まったく……フェルさんはいてもいなくてもアンリに影響を及ぼすね。ほら、フェルさんが帰ってきたら、その日は勉強をしないでいい日にしてあげるから今日は頑張りなさい」
「言質は取った。もう覆らない。その日のために今日頑張る」
ちょっとだけやる気が回復した。面倒だけど、勉強しよう。
勉強が終わってアンリは自由の身になった。夕飯までの一時間。有効に活用しないと。
でも、とくにすることはないかな。
ドワーフの村にフェル姉ちゃんがいないならディア姉ちゃんに聞いても分からないだろうし、アビスはヴァイア姉ちゃんが壁ドンしてるから入らないように言われてる。畑にはジョゼちゃん達がいるかもしれないけど、あまりお仕事の邪魔をしちゃいけないと思う。
なら一人で素振りでもしてようかな。フェル姉ちゃんが帰ってくるまでに強くなっておきたいし。
よし、そうと決まれば素振りだ。今日は魔剣に石の重りを付けて素振りしよう。グラヴェおじさんが作ってくれる剣はこの魔剣よりも重いはず。ならその重さに今のうちから慣れておかないと。
……広場に石がない。おかしい。よく考えたら、以前の広場には石とか雑草がたくさんあったのに、今はどこにも見えない。すごく綺麗。
あ、そうか。確かエリザちゃんが石を拾ってヴァイア姉ちゃんに売ってるんだった。村にある石はほとんどないんだっけ。
それじゃ何か代わりの重りを探そう。何がいいかな?
あれ? なんだろう? なにか変な音が聞こえる。ドッドッドッドって変なリズムの音が村に近づいてくる感じ。
だんだん音が大きくなってくると、誰かが変な乗り物に乗って姿を現した。そして村の入口をくぐって広場に入ってくる。
なんだろう。二つの車輪が付いた乗り物だけど、安定感がない気がする。こんなんじゃすぐに倒れそうなのに、なんでこの人は大丈夫なのかな?
変な人がその乗物から下りると、その乗物が地面に沈むように消えちゃった。もしかして魔法で作った乗り物なのかな?
「お嬢さん、ここはソドゴラの村で間違いないですかね?」
「知らない人と話しちゃダメって言われてる。それに服装がかなりうさんくさい。全身黒ってコーディネイトとしてどうなの? もしかして夜盗?」
前がちょっとだけ開いている黒いローブを身に着けているけど、そこからちらりと見える服も黒い。それにつばの広い帽子も黒。髪も黒いし、目も黒い。たぶん、三十代くらいの男性だけど、正直、うさんくさい。
「話しちゃいけない上に、初対面なのにひどい言われようですね……えっと、ならこの村に冒険者ギルドはありますよね? どこにあるか教えてもらえますか? ああ、もちろん夜盗じゃないですよ」
「知らない人について行っちゃダメだけど、アンリが連れて行くなら問題ないと思う。こっちだからついて来て」
「えーと、はい。よろしくお願いしますね」
広場を通って冒険者ギルドの前に来た。
「ここが冒険者ギルド。おじさんは冒険者なの?」
「おじさん……ええ、まあ、冒険者ですよ。というか、ここなら指でさしてくれれば十分だったと思うのですが」
「面白そうだから、アンリも冒険者ギルドへ一緒に行く。あ、ちなみに、このギルドに仕事はないから注意して」
「……は?」
驚いたおじさんをおいて、冒険者ギルドへ入った。
相変わらずディア姉ちゃんがお裁縫をしている。フェル姉ちゃんの執事服かな。
ディア姉ちゃんはアンリに気づいて笑顔になった。
「アンリちゃん、いらっしゃい。フェルちゃんのこと、残念だったね。メーデイアの町へ向かったみたいだよ」
「うん、それを聞いてショックを受けた。でも、帰ってきた日は勉強が免除されるから問題なし」
「それは良かったね。ところで、アンリちゃんの後ろにいるうさんくさい人は誰?」
「いや、まあ、自覚はありますけど、立て続けに言われたら私も傷つくんですけど……まあいいでしょう。お二人の会話でここが目的地なのはわかりましたから」
このおじさんは何を言ってるのかな? ディア姉ちゃんとの会話でなにがわかったんだろう?
おじさんは帽子を取り胸元に当ててからお辞儀した。
「初めまして。冒険者ギルド所属、ランク、アダマンタイトのユーリと言います。よろしければ、フェルさんのことを色々と聞かせてもらえませんか?」
なんだ、そういうことか。よーし、アンリがフェル姉ちゃんのことを余すことなく聞かせてあげよう。
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