第66話 魔物ギルド
ディア姉ちゃんが履歴書をジョゼちゃんに渡している。
ジョゼちゃんは戸惑いながらもそれを受け取った。ものすごく困ってると思う。ここはアンリがガツンと言ってあげないと。
「ディア姉ちゃん。これは遊びじゃない」
「もちろんだよ! 正直、冒険者ギルドの稼ぎだけじゃいつまで経っても仕立て屋さんを始められないからね。お金になりそうな副業を色々やっていくつもりなんだよ。それにほら、冒険者ギルドを魔物ギルドの本部にしちゃえばいいんじゃない?」
それは人としてどうかと思う。
「ディア姉ちゃん、言いにくいんだけど、魔物の心を持つより、人の心を持って」
「言いにくいって言った割には、ものすごくはっきり言ったね……でも、どうかな? 私なら冒険者ギルドの受付嬢として色々なノウハウを持ってるよ? お買い得と言ってもいいね!」
お買い得かもしれないけど、すぐに返品するくらいの品質だと思う。それにディア姉ちゃんは裁縫の腕以外は色々と信用できない。ギルドの立ち上げだけでも手伝って貰いたい気はするけど、不安のほうが勝る。
ジョゼちゃんを見ると、目が合った。そして頷く。アイコンタクトが成立。ディア姉ちゃんを雇うのはなし。
「アンリ様、ディア様にお伝えしてくれますか。書類選考で落ちましたと」
「うん、わかった。ディア姉ちゃん、ジョゼちゃんの言葉を訳すね」
「どんと来て」
「履歴書から時間をかけて検討したけど、まことに残念ながら今回は見送ることになりました。今後のディア姉ちゃんのご健勝をお祈り申し上げます。あと、おととい来て」
ディア姉ちゃんどころか、ジョゼちゃんまでびっくりした目でアンリを見ている。
「ちょ、ジョゼフィーヌちゃん、ひどくない!?」
「い、いえ、ディア様。私はそこまで言ってません。アンリ様、今のはものすごく悪意がある訳し方じゃありませんか!?」
「これくらい言わないとダメ。ディア姉ちゃん、今のお仕事を大事にしたほうがいい。お仕事がなくて暇かもしれないけど、掛け持ちするのは良くない。時間のある時に裁縫関係の副業をするのはいいと思うけど」
「アンリちゃんに言われるとグサッとくるね! まあ、半分冗談みたいなものだから不採用でも構わないけどね」
半分は本気だったことに物申したい。でも、分かってくれたみたいだから良しとしよう。
「ジョゼちゃん、ディア姉ちゃんのノウハウは貰えないけど、みんなで一から魔物ギルドを作ろう。みんなのやり方で運営していったほうが楽しいと思う」
「はい、ベースを冒険者ギルドみたいな感じにして、あとは問題が起きたら、その都度、修正していきましょう」
そんな感じで魔物ギルドをやることになった。
アンリがおじいちゃんから手に入れた情報と、いままでディア姉ちゃんを見ていて覚えていた冒険者ギルドの情報をジョゼちゃんと共有。それと依頼票を渡した。
ディア姉ちゃんは魔物ギルドの受付嬢にはならないけど、冒険者ギルドの情報を色々と提供してくれた。一応冒険者ギルドのライバルなんだけど、全然気にしてないみたいだ。ディア姉ちゃんのそういう細かいことを気にしないところは好き。
だいたいの方針が決まったので、今日から魔物ギルドを始めるみたい。でも、ちょっとだけ気になることがある。
「ディア姉ちゃん、ギルドって勝手に作っていいのかな? 国に届けを出したりしないと認めてくれなかったりする?」
「魔物ギルドなんだから、人族のルールに縛られることはないよ! そう! 思うがまま、望むがままにギルドをやっていくべきじゃないかな!」
ディア姉ちゃんが右手の人差し指で天を指して、左手は腰に当ててる。そして足は右足をちょっとまげて、左足を横に伸ばす感じ。なんでポーズを取ったんだろう? まあまあのポーズだと思うけど、魔物のみんなは拍手してる。
「うん、それじゃ勝手に魔物ギルドを作るってことでいいね。それじゃみんなで頑張ろう――」
「アンリちゃん、待った!」
急にディア姉ちゃんがアンリの言葉を止めた。どうしたんだろう?
「ギルドを作る上で決めなきゃいけないことがまだあるよ!」
「決めなきゃいけないこと? もうほとんど決まったと思うけど?」
ディア姉ちゃんが自分の口の前で、人差し指だけ左右に振った。
「チッチッチ。ギルド設立には一番大事なことだよ。それは……グランドマスターを決めることだね!」
そうだった。それは大事。ギルドの中で一番偉い人を決めないと。でも、決めるまでもない。それはジョゼちゃんだ。
ジョゼちゃんのほうを見ると、なぜかジョゼちゃんは首を横に振った。
「グランドマスターはアンリ様でお願いします」
「ジョゼちゃん、アンリがグランドマスターでいいの? アンリは人族で魔物じゃないよ?」
「問題ありません。アンリ様は我々のボス。ならば一番偉いのもアンリ様です。抵抗があるなら会長とか頭取でも構いません」
みんなも頷いている。そこに抵抗はないんだけど、グランドマスターよりも会長のほうが格好いい気がする。
よし、それなら今日からアンリは魔物ギルドの会長。でも、会長って何をするんだろう?
「会長をやるのはいいんだけど、会長って何をするの?」
「魔物ギルドの象徴として、いてくださるだけで問題ありません。細かいことは私のほうでやりますので」
それならできると思う。でも、偉いんだから何かしたいな……そうだ。
「フェル姉ちゃんを魔物ギルドに入れる。特別採用枠。いつかアンリがフェル姉ちゃんを部下にするための布石。こういうところからフェル姉ちゃんの上に立っていこう」
「フェル様はものすごく嫌がると思いますが、まあ、大丈夫でしょう。フェル様はアンリ様に甘いですから」
「うん、アンリに持ってきてくれたお土産のこともあるし、フェル姉ちゃんはアンリに甘いと思う」
「……まあ、フェル様の場合、甘いというよりも、お優しいと言ったほうが正しいかもしれません。フェル様は困っている人を放っておけないのです。それに救われた魔族や獣人の皆様、そして魔物は魔界に多くいます」
「うん、何となくわかる。フェル姉ちゃんは優しい」
ルネ姉ちゃんからも聞いてる。フェル姉ちゃんは魔界で孤立した魔族を救うために魔物暴走へ突撃した。それは優しくないとできない。それに強くないと。
そうだ。アンリが会長として魔物ギルドの方針を決めよう。フェル姉ちゃんのように優しくて強いギルドにするんだ。そしてその最終目標はあれしかない。
「みんな聞いて。会長として魔物ギルドの方針を伝える。魔物ギルドはフェル姉ちゃんのように、優しくて強いギルドを目指す」
みんなが「おおー」といって盛り上げてくれた。とくにスライムちゃん達や魔界出身の魔物さん達が嬉しそうにしてる。カブトムシさんのような人界出身の魔物さんはいまいちかな? でも、次を聞いたら盛り上がってくれるかも。
「そして魔物ギルドの最終目標は人界征服とする。武力を持って人界を制し、平和と安寧をもたらそう!」
背中の魔剣七難八苦を天に掲げてそう宣言した。
一瞬だけ静まった後に、みんなが雄たけびをあげた。うん、いい感じ。ディア姉ちゃんはポカーンとしてるけど。
「それじゃみんな、お仕事をしながら力を蓄えてね。お金も大事だし、武力も大事。そして優しい気持ちも大事。最初の目標は人界中の魔物を支配下に置こう」
みんなが頷いている。うん、これで会長としてのお仕事は終わった。あとはジョゼちゃんに任せよう。
……いけない。盛り上がってたからいつのまにか夕食の時間だ。
「それじゃアンリは家に帰るね。また明日」
みんなが手を振ってくれたのでアンリも手を振り返す。
ディア姉ちゃんは一緒に帰るみたいだ。
「アンリちゃんは人界を征服するんだ?」
「うん、フェル姉ちゃんを部下にすれば出来ると思う。そしてみんなで楽しく暮らす。勉強もピーマンもない、そんな理想郷を作る」
「……まあ、頑張ってね。その時は私も一緒に人界を征服するよ。服のことなら任せて」
「うん、その時はみんなでおそろいの服を着るから、ディア姉ちゃんに作ってもらう。そうだ、魔物ギルドの紋章を考えないと。それを服に付けてもらうからよろしくお願いします」
そんな話をしながらディア姉ちゃんと広場まで戻ってきた。
ディア姉ちゃんは森の妖精亭で夕食を食べるみたいだから、広場で別れた。アンリは家に帰ろう。
「ただいま」
「おかえり、アンリ。うがいをして手を洗ってきなさい。もう夕食だよ」
「うん、バイキンは根こそぎ落としてくる」
うがいをして手を洗い、アンリ専用の椅子に座った。
おじいちゃんがアンリのほうを不思議そうに見てる。どうしたんだろう?
「アンリ、なにかいいことがあったのかい? すごく楽しそうだよ?」
そっか。アンリは楽しそうにしてたんだ。
「うん、色々あった。でも、おじいちゃん達には内緒。ちょっとだけ先の未来で度肝を抜く感じになるから、それまで楽しみにしていて」
「そうなのかい? ならその時を楽しみにしているよ。さあ、夕食にしようか」
「うん、モリモリ食べる。アンリはもっと強くならないと」
たくさん食べて力をつけよう。そしていつかちゃんとフェル姉ちゃんを部下にしないと。そうしないと人界征服できない。魔物ギルドの方針にしたし責任重大だ。よーし、頑張るぞ。
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