第219話 リーンのお祭り
夕日が西に沈む頃、リーンの町に着いた。
なぜか壊れている南門から町に入ったんだけど、ほとんどフリーパス状態。フェル姉ちゃんと顔見知りの門番さんがいて、聞いたところクロウおじさんから許可が出ているって話だった。
ただ、そのクロウおじさんや執事のオルウスおじさん達は町にいないみたい。お仕事でどこかに行ってるとか。お屋敷を勝手に使ってくれて構わないって話だけど、フェル姉ちゃんがさすがにそれは失礼だろうってことで町の宿屋に泊まることになった。
こんな時間からたくさんの人が泊まれる宿屋があるのかなって思ったんだけど、そこはさすがのオルウスおじさん。フェル姉ちゃんならそう言うだろうと宿屋のほうも手配してくれていたみたいだ。
今、その宿屋に向かって大きな通りを移動している最中なんだけど、途中でドワーフのおじさんと、ゴスロリ服をきた女性の集団に通せんぼされた。
フェル姉ちゃんが不思議そうな顔をして首を傾げていたけど、「あ!」って何かを思い出した感じになる。
「もしかして、ドワーフの村にいた宿屋のおっさんか?」
「そうじゃ! なんで村に来んのじゃ! ずっと待ってたと言うのに!」
「いや、ドワーフの村ってここからもっと東だろう? まったく通り道じゃない。かすりもしないぞ?」
このドワーフのおじさんはフェル姉ちゃんがドワーフの村へ行ったときに泊まっていた宿屋の人みたい。フェル姉ちゃんの話だと、食事が美味しくなくて食べれたもんじゃないとか。それでも全部食べたみたいだけど。
ドワーフのおじさんのことは分かったけど、その後ろにいるゴスロリ服を着た集団は誰なのかな? ゴスロリ服と言えばメノウ姉ちゃんだけど。
「メノウ様! お待ちしておりました! メノウ様ファンクラブのシングルナンバーであるこの私が――」
「あ、はい。町の人の迷惑になるので道を塞がないようにしましょう」
「さすがメノウ様! 皆さん! メノウ様のお言葉に従いましょう! 道を開けて!」
メノウ姉ちゃんのファンクラブの人達みたい。アンリやスザンナ姉ちゃんはフェル姉ちゃんのファンクラブに所属している。順調に人が増えてるって聞いたから、幹部待遇のアンリとしては結構うれしい。
メノウ姉ちゃんの話によると、ドワーフおじさんの宿屋は潰れそうだったんだけど、フェル姉ちゃんとメノウ姉ちゃんのおかげで持ち直したとか。でも、泊まりに来る客がメノウ姉ちゃんのファンクラブの人だけしかいないみたい。それとなぜかその宿屋は聖地扱いになってるとか。これも一つの宗教なのかな?
フェル姉ちゃんの場合、聖地はソドゴラ村の森の妖精亭で決まりだ。あそこを聖地としよう。
「それでおっさんは何しに来たんだ?」
「つれないのう。娘から話を聞いてリーンで待っておったんじゃ。良くは知らんが怪我をして寝ていたんじゃろう? 心配だったから顔を見に来たんじゃ」
「そうか、それは心配をかけたな。見ての通りもう大丈夫だ。ところで娘ってやっぱりゾルデの事か?」
「それ以外に誰がおるんじゃ。久々に連絡を貰ったらフェルと知り合いになったとかで驚いたわい」
このドワーフおじさんはゾルデ姉ちゃんのおとうさんなんだ?
それはびっくり。でも、似てる、かな? もしかしたらゾルデ姉ちゃんはおかあさん似なのかも……そういえば、アンリはおかあさんにもおとうさんにも似てない気がする。
おじいちゃんとアンリは目元が似てるとかよく言われるけど。もっと大きくなったらおかあさんに似てくるかな? レディとしておとうさんに似るのはちょっとだけ避けたい。
「私もおっさんの娘がアダマンタイトの冒険者だったのは驚いたけどな。それと名前がガレスって。名前負けしてないか?」
「格好いい名前じゃろうが!」
「格好良すぎて似合ってないというか。なんかこう、ヒポポタマスとかそんな名前かと……まあ、それはどうでもいいな。鍛冶師ギルドからも女神教が邪教って声明を出してくれたんだよな? 感謝してる」
「儂の名前がどうでも良いのか……? まあ、確かにどうでも良いな。なに、鍛冶師ギルドのほうは儂に感謝する必要はない。儂はもうギルドに所属しておらんし、ちょっと口添えをしただけだからな。礼と言うなら以前見せてもらったドラゴンの牙で良いぞ?」
「そうなのか。分かった。ドラゴンの牙でいいならそれをおっさんと鍛冶師ギルドにそれぞれ提供しよう。結構お金を稼げるようになったから無理に売る必要はないし」
「お……おお? それは本気で言っとるのか?」
「もちろんだ。世話になった礼だな。重いから空間魔法を付与した魔道具に入れて渡そう。ヴァイアに作ってもらうからちょっと待ってくれ」
「……言ってみるもんじゃな。よし! 儂の宿にフェルのミスリル像を飾ってやろう!」
「絶対にやめろ。そんなことしたら宿ごと破壊するぞ」
フェル姉ちゃん達のお話はまだ続いているみたいだけど、まずは宿屋に行こうって話になった。
フェル姉ちゃんとメノウ姉ちゃんをこの場において、他の皆で宿屋に向かった。
宿屋では一軒まるごと貸し切り状態で、お金はすでにクロウおじさんから必要以上に支払われていたみたい。宿屋のご主人さんはホクホク顔だ。そのおかげかものすごく丁寧に案内してくれたし、何かあればすぐにお呼びくださいって言ってた。
これで寝床は確保。もう夕食にしてもいいんだろうけど、フェル姉ちゃん達はまだ戻ってきてない。迎えに行ったほうがいいのかな?
おじいちゃんの許可を得て、スザンナ姉ちゃんと一緒に宿屋の受付までやってきた。
入口の近くにヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんがいる。
「ここで何をしてるの?」
「あ、アンリちゃん、スザンナちゃん。あのね、私とノストさんなんだけど、ノストさんの実家に顔を出してくるから。ノストさんの妹さんから一緒にお食事をどうですかって誘われちゃって。フェルちゃんや村長さんに伝えておいてもらえる?」
「そうなんだ? うん、伝えておく。えっと、頑張って」
「う、うん、頑張るよ!」
ヴァイア姉ちゃん達は手をつないで外へ出て行っちゃった。
何を頑張るかはよく分かってないけど、なんとなくそんな気がしたから自然に言葉が出た。そういえばノスト兄ちゃんはこの町の出身だったっけ。妹さんがいるって言うのは初めて聞いたかな?
なんとなしにスザンナ姉ちゃんを見た。アンリにはお姉ちゃんができた。もしかしたらいつかアンリにも弟や妹が出来るのかな? あとでおかあさんに聞いてみよう。
フェル姉ちゃんから貰った物語には赤ちゃんは桃から生まれるって書いてあった。結構留守にしたから家に帰ったら桃があるかもしれない。ちょっと楽しみ。
よし、フェル姉ちゃんを迎えに行こう。
宿を出ると、広場みたいになっているところに沢山の人が集まっている。盛り上がっているみたいだけどなんだろう?
「スザンナ姉ちゃん、あれって何かな? 人がいっぱいいるよね?」
「なんだろうね、お祭りでもあるのかな……? あれ? メノウちゃんの声が聞こえない?」
よく聞いてみると、確かにメノウ姉ちゃんの声が聞こえる。というか歌を歌ってる?
人がいっぱいいるところに近づいてみると、メノウ姉ちゃんが中央広場の噴水前で踊りながら歌ってた。周囲にはファンクラブの人たちもいて一緒に踊っているみたいだ。一糸乱れぬ踊り。あれはプロ。プロのファン。
そしてフェル姉ちゃんはドワーフのおじさんと噴水からちょっと離れた場所にいる。フェル姉ちゃんは朝と同じようにげっそりした感じでメノウ姉ちゃんの踊りを見ている感じだ。
ドワーフのおじさんは瓶を片手にコップに液体を注いで飲んでいるみたい。あれはお酒かな? 村にいるグラヴェおじさんに渡したお酒、ドワーフ殺しと同じラベルが張られてるから間違いないと思う。
フェル姉ちゃんのところへ行ってみよう。
フェル姉ちゃんのところへ行くと、また死んだ魚のような目をしていた。
「えっと、この騒ぎはどうしたの?」
「……ん? 今日はいい天気だな。こういう日は派手に暴れたい。むしろすぐにでも暴れていいんじゃないかって思う」
「フェル姉ちゃん、気をしっかり持って。それは朝も言ってたけど、止めた方がいいって言ったでしょ」
移動中に元気になったと思ったんだけど、また朝みたいになってる。近くにメイドさんはいないのに。
メイドさんを探そうとしたら、ドワーフのおじさんがアンリ達を見てニカっと笑った。
「二人はアンリとスザンナじゃな? 娘のゾルデから聞いておるよ。儂はドワーフのガレスじゃ、よろしくな」
「こんばんは。私はアンリ。ゾルデ姉ちゃんをお世話してます」
「私はスザンナ。ところでこの騒ぎはなに?」
「メノウがファンの言葉に応えて、噴水の近くで踊りだしたんじゃ。そうしたら町を巻き込んでの大騒ぎじゃ。それなのにフェルが宿へ行こうとするから止めたんじゃよ。こんな楽しい催し中にどこへ行くんだと言いたいわい。礼儀がなっとらんな」
初めて聞く礼儀。そんな礼儀があるんだ? でも、確かにお祭り中に家に帰るのはご法度。全力で楽しむのが筋だと思う。
フェル姉ちゃんはおもいっきりため息を吐いた。幸せが逃げるどころか不幸も逃げそうな感じのため息だ。
「疲れてるから早く宿で寝たいんだよ。昨日から精神的に色々と耐えがたいことがあって倒れそうなんだ」
「こんなに楽しく騒いでいるのに寝るなんて魔族はおかしな種族じゃな? こういう時は体力の限界まで酒を飲んで騒ぐもんじゃぞ? それが礼儀じゃ」
「ドワーフや人族と一緒にしないでくれ。魔族にそんな礼儀はない。疲れたら休むのが礼儀だ」
疲れたら休むという礼儀は人族にもあると思うけど、体力の限界まで騒ぐ礼儀はどうなんだろう?
あれ? おばあさんが近づいてきた。そしてフェル姉ちゃんを見てちょっとだけ目を細める。笑っている、のかな?
「何の騒ぎかと思ったらアンタが原因かい?」
「ああ、婆さんか。言っておくが私が原因じゃないぞ。原因はあそこで踊っている奴だ」
おじいちゃんよりも年上っぽいおばあさん。話の感じからするとフェル姉ちゃんの知り合いみたいだ。
「おばあさんはどちら様?」
「ん? なんだいこの子達は? アンタの知り合いかい?」
「ああ、私が世話になっている村の子達だ」
「そうなのかい? なら挨拶しておこうかね。私はそこにある雑貨屋の店主でエリファって言うんだ。フェルとは、まあ、知り合いだよ。アンタ達の名前はなんていうんだい?」
「私はアンリ。こう見えて村長の孫」
「私はスザンナ。こう見えてアダマンタイトの冒険者」
「儂はガレス。こう見えてドワーフじゃ!」
「いや、ドワーフはそのまんまじゃないか。言われなくても分ってるよ。でも、ガレス……? 鍛冶師ギルドの前グランドマスターがそんな名前だったような……?」
「言っておくがそのドワーフは小さくても村の子じゃないからな?」
「アンタは私を馬鹿にしてんのかい? それも分ってるよ。そういえば、この間一緒にいたドワーフの子はいないのかい?」
「ゾルデの事か? ああ、今日はいないな」
「なんだ、つまらないね。次は私にお酒で飲み勝つって言ってたから期待してたんだけどね」
エリファおば――姉ちゃんがそう言うと、ガレスおじさんの目がキラリと光った。あれは獲物を見つけたときの目だ。
「お主、ゾルデに酒で飲み勝ったのか……?」
「うん? まあそうだね。たとえドワーフでも若い奴には負けないよ。まあ、年寄にだって負けないけどね」
「面白い! 娘の仇は親である儂が討つ! 酒をじゃんじゃんもって来い!」
「なんだい、あの子の親なのかい? なら結構飲むんだね? いいよ、勝負してやろうじゃないか」
二人が対峙して視線を合わせている。視線がぶつかって火花が出てる……気がする。本にそういう表現が書かれている場合があるけど、実際には見たことないからぜひとも火花を散らしてほしい。
それを見ていたフェル姉ちゃんは大きく頷いた。
「分かった。それじゃそう言うことで私は宿に戻る。あとは老いた者同士で盛り上がってくれ」
「何言っとるんじゃ。勝負には第三者の目が必要じゃろうに」
「そうだよ。何を勝手に帰ろうとしてるんだい。最後まで見届けな」
「私って前世で何かしたのか……? 最近酷い目に合ってばかりだ……」
断って逃げないところがフェル姉ちゃんのいいところなのかな? でも、すごく貧乏くじを引いているような?
「メノウ! ここで決着をつけてやるニャ!」
「受けて立ちます。長年の戦いに終止符を打ちましょう」
ヤト姉ちゃんが場に中央広場に乱入してきてダンスバトルが開始された。そして場がすごく盛り上がってる。いつの間にか広場で食べ物を売ってるみたいだし、本当にお祭りになっちゃったのかも。
これはみんなで楽しんだ方がいいと思う。宿に戻って知らせて来ようっと。
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