第218話 勉強の依頼

 

 朝早い時間なのにメーデイアの北門に沢山の人が集まってる。


 フェル姉ちゃんやリエル姉ちゃんのお見送りだろうけど、町の人が全員いるくらいの多さ。二人の人気がよく分かる光景だ。


 でも、リエル姉ちゃんはともかく、フェル姉ちゃんは大丈夫かな? なんというか、死んだ魚の目をしてる。ニア姉ちゃんが料理する直前の川魚を見せてくれたことがあるけど、まさにあの目。すべてをあきらめた感じ。


「フェル姉ちゃん、大丈夫?」


「……ん? ああ、今日はいい天気だな。こういう日は派手に暴れたい。むしろすぐにでも暴れていいんじゃないかって思う」


「確かにいい天気だけど、暴れるのは止めた方がいいと思う」


 思いのほか重症だ。精神的なダメージをかなり受けているような感じ。


 今はそうでもないけど、朝にフェル姉ちゃんに会ったらげっそりしていた。代わりにメイドさん達はお肌がツヤツヤ。具体的に何があったかは聞かなかったけど、メノウ姉ちゃんがものすごい笑顔で「これでもかとお世話しました!」って言ってた。


 ステア姉ちゃんも気力が漲っている感じだ。メガネの輝きがすごい。


「フェル様、もう二、三日いてくださっても構わないのですよ?」


「私が構う。一分一秒でも早く逃げ――帰りたい。みんなを早く村に戻してやりたいんだ。私のために一ヶ月以上も聖都にいたからな。それに村の皆にも元気な姿を見せてやりたい。聞いた話だと結構心配してくれていたみたいだからな」


 おじいちゃんが村と頻繁にやり取りしているから村との情報交換は結構やってるみたいだけど、やっぱりフェル姉ちゃんの姿を見せないと安心はできないと思う。言葉だけと実際に見るのは違うはず。


 フェル姉ちゃんが目を覚まさなかったときなんて、ニア姉ちゃんが料理を焦がしちゃうというミスをしたみたい。たとえニ、三日でもここに留まるというのは、村の皆をやきもきさせちゃうかも。


「残念ですがそれなら致し方ありませんね。では、メノウ。私達の代わりにフェル様にしっかりとお仕えしなさい。もし粗相をしたらギロチンどころか大霊峰の火山口に放り込みますよ?」


「はい! メイドの名に懸けてフェル様にお仕えします!」


「勝手に仕えるんじゃない。主従契約はさっきまでだろうが。というか、メノウを置いて行っていいか?」


「ダ、ダメですよ! なんてこと言うんですか! 大体、ソドゴラ村にメイドギルドの支部を作ってるんですから! 意地でも着いて行きますよ!」


「そうか、ダメか。なんかこう、メイド服を見るだけで拒絶反応が出てるんだが。メイド恐怖症って病気かもしれない……おかしいな、魔眼で見てもそんなステータス異常はない」


 重症どころか瀕死レベルだ。フェル姉ちゃんは不老不死の魔王なのに、ここまでのダメージを与えるなんてメイドさんって怖い。


「分かりました! ならここはゴスロリアイドルメノウとしてフェルさんについて行きますから!」


「根本的な解決にはなっていないけど、多少は効果があるか……?」


 メノウ姉ちゃんが着替えて戻ってきたら出発することになった。


 メーデイアを出たら次はリーンの町だ。今日中に着くみたい。そこまで行けばソドゴラ村まで目と鼻の先。村に着いたらアンリのリベンジの旅も終わりだ。みんなにちゃんと報告しようっと。




 メーデイアを出て四時間。そろそろお昼と言うことで休憩することになった。


 道と木以外、何もないただの草原だから魔物さんに襲われやすいけど、ジョゼちゃん達がいるから特に問題はないみたい。それに何もない分、視界もいいし突然襲われることもないから、安心してお昼を食べられるってスザンナ姉ちゃんが言ってた。


 こういう時のスザンナ姉ちゃんの知識はすごく勉強になる。この調子で色々教えてもらおう。


 勉強で思い出したけど、このところ全然勉強をしていない。それはそれで嬉しいんだけど、しわ寄せが来そうな感じでちょっと不気味。いままでは一日四時間の勉強だったけど、これから毎日八時間とかになったら大変かも。


 でも、おじいちゃんを見た限り大丈夫かな?


 最近のおじいちゃんはすごく機嫌がいい。雰囲気が以前よりも柔らかくなった感じだし、たまにあった険しい感じの顔もしなくなった。それに最近のおじいちゃんはお寝坊さん。以前は絶対にアンリより先に起きてたのに、今はアンリのほうが早く目を覚ます時がある。


 なにかいいことでもあったのかな? もしかしたら村に帰ってもこのまま勉強はしない日々が続くのかも。ぜひともそうなって欲しい。


「おーい、村長、ちょっといいか?」


「おや、リエル君、どうしたのかな?」


 リエル姉ちゃんがやって来た。おじいちゃんに用事があるのは珍しい感じがする。ちょっとだけ真面目な顔をしているけどどうしたんだろう?


「俺の子供たちに勉強を教えてやって欲しいんだけど、そういうのって頼んでも大丈夫か?」


「リエル君の子達に勉強? もちろん構わないが、彼女や彼達の年齢ならそれなりの教育を受けているのでは?」


「一応女神教でも色々教わってはいたらしいんだけど、どんな知識か怪しいもんだから、ちゃんとした知識を教えてやりたいんだ。俺は治癒魔法や医学知識くらいしか教えてやれねぇから、それ以外の知識は村長にお願いしたいと思ってんだけど」


「なるほど。そういうことなら引き受けるよ。家の大部屋なら全員入れるくらいに大きいから場所は問題ないだろうしね」


「悪いな。金銭的なことは村に帰ってから詰めるってことでよろしく頼むよ」


「いや、お金を受け取るつもりは――」


「村長、知識は宝だ。安売りは良くねぇ。それに同じ村に住んでいる間柄だとしても一方的に何かを与えられるわけにはいかねぇよ。アイツらが村で仕事を手伝って金銭を得る、そしてそのお金を使って知識を得るって寸法だ。そういうところから教えてやらねぇとな」


「……そういうことなら報酬として金銭を受け取ろう。でも、同じ村の住人として割引してあげるよ。住人割引だね」


「おう、それは頼むぜ! それじゃ細かいところは村に帰ってからな!」


 リエル姉ちゃんは笑顔でそう言ってからマナちゃん達のほうへ歩いて行った。


 勉強ってお金を払って教わる物なんだ? アンリはお金を払ってでも勉強をしたくないけど。


「リエル君はちゃんと母親をしているようだね。一時的な気の迷いとかではないようだ。リエル君はたまに結婚願望が高すぎて困った感じにもなるが、それを帳消しにするくらい立派な人だね」


「うん。昨日の夜もヴァイア姉ちゃんの結婚を阻止しようとしたけど、それでもいい人」


「そういう具体的なことを言われるとちょっとフォローが難しいのだが……まあリエル君達はお互いに親友だからね。本気で結婚を阻止したいわけじゃないと思うよ」


 アンリもそう思うんだけど、本気で止めそうな可能性がわずかながらにある感じ。でも、リエル姉ちゃんは本当に自分が結婚できないから阻止しようとしているのかな? なんというか、それ以外の理由で阻止しようとしている気もするけど。


 そういえば、マナちゃんはリエル姉ちゃんのあれを目の当たりにしてびっくりしていたけど、「リエル母さんは寂しいんじゃないかな?」って言ってた。


 ヴァイア姉ちゃんが結婚すると一緒に遊ぶ機会が減るから寂しいって意味らしいけど……正直微妙。リエル姉ちゃんがそういうことを気にするかな? でも可能性はほんの少しありそうな気もする。


「さて、それじゃ生徒も増えることだし、村に帰ったらしっかり勉強しようか」


 おじいちゃんが嬉しそうにそんなことを言った。


 生徒が増える。つまり元から生徒がいたという意味。それはアンリとスザンナ姉ちゃんの事だと思う。


 これはいけない。アンリの目論見がいきなり崩れた。リエル姉ちゃんはなんてことを言っちゃったんだろう。ここは何とか勉強をしないように話をもっていかないと。


「おじいちゃん、アンリはお金を払っていないから勉強できない。お金を稼ぐようになってから勉強するから気にしないで」


「あ、あ、あの! 私も無料で勉強するのはリエルちゃんの子供たちに悪い気がするから勉強はしない形で……」


 スザンナ姉ちゃんが乗ってきた。うん、二人で勉強しない形にしよう。


「ははは、アンリとスザンナ君はおじいちゃんの家族だろう? 家族割引で無料だから気にしなくていいよ。村に帰ったらしっかり勉強しようね」


 そんな割引はいらない。


「家族でもケジメは必要。お金を稼ぐまで待って。ううん、待ってください」


「村に帰るまでは勉強をしなくていいから、村に帰ったらアンリやスザンナ君も頑張ろう。それにしても、たくさんの子に勉強を教えられる日が来るなんて嬉しいね。いやぁ、村に帰るのが楽しみだ」


 これは駄目だ。おじいちゃんはどうあってもアンリ達に勉強をやらせる気。儚い夢だった。


 どこか勉強のない土地へ行きたい。もうちょっと大きくなったら逃げ出そう。その時はフェル姉ちゃんも誘おうっと。

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