第217話 聖母
夕食を食べ終わってディア姉ちゃんの部屋にやってきた。
午後は皆をガールズトークに誘っていたら結構時間がかかっちゃった。でも、時間の割にはあまり人を呼べなかった。やっぱりみんなお疲れみたい。
この部屋にいるのはヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃん、それにスザンナ姉ちゃんとマナちゃんだ。この部屋にはベッドが二つあって、一つにはディア姉ちゃんとヴァイア姉ちゃん、もう一つにはアンリ達が座って向かい合ってる。
備え付けのテーブルにはちょっとした食べ物もあるし、飲み物も完備。プチガールズトークの準備は万端だ。
でも、参加者が少ないのはちょっと残念。
フェル姉ちゃんはメノウ姉ちゃん達に捕縛されて最上階にある王宮と言う場所から出てこれないみたい。控えめに言っても監禁なんじゃないかな?
ヤト姉ちゃんは「メイドの技術を盗むニャ!」って言ってどこかに行っちゃった。
リエル姉ちゃんは町の色々なところに挨拶回りをしているから、遅れてくるって言ってた。聖人教の布教活動もしているみたいだし、色々忙しいみたい。
アビスちゃんはこの町にある遺跡に行っちゃったし、ジョゼちゃん達は町の周辺を探索するみたい。強い相手がいたら戦うとか言ってたけど、ジョゼちゃん並みに強い魔物っていないと思う。
……よく考えたらお疲れじゃなくてみんなそれぞれやることがあるっぽい。
今のところ五人しかいないけど、ここはアンリが発起人として盛り上げていこう。
でも、ディア姉ちゃんはさっきからお裁縫をしてる。まだ終わらないのかな?
「ディア姉ちゃんはさっきから手が動きっぱなしだけど何をしてるの? 裁縫をしているのは分かるけど、なんの服?」
「んー? これはマナちゃん達の服だよ。リエルちゃんに服を作ってやってくれって頼まれたんだ。マナちゃんの服はもうちょっとでできるから、すこーし待ってね」
「は、はい、ありがとうございます」
マナちゃんがディア姉ちゃんにぺこりと頭を下げた。お礼を言える子はいい子。さすがリエル姉ちゃんの子だ。
マナちゃんが着ている服はちょっと寒そうな白いワンピース。この服しか持っていないみたいだし、確かに新しい服は必要かも。リエル姉ちゃんはそう言うところに良く気が回るんだと思う。
そういえば、リエル姉ちゃんはいつもの修道服だった。女神教から聖人教になったけど、服はそのまま使うのかな?
「リエル姉ちゃんの服は作ってないの?」
「んー? その依頼はなかったねー。私も聞いてみたんだけど、『俺の美貌は服になんか影響されねぇんだよ』とか寝ぼけたことを言ってたかな。代わりに、マナちゃん達を可愛くしてあげてくれとは言ってたね」
ディア姉ちゃんはこっちを見ずにずっとちくちくと服を縫ってる。終わるまでは邪魔しないほうがいいかも。
ディア姉ちゃんはいいとして、ヴァイア姉ちゃんのほうも気になる。マナちゃんのほうを見てちょっと心配そうにしてるけど、どうしたのかな?
「そういえば、マナちゃん。メイドギルドに来た時に結構興奮してたけど、大丈夫なの? なにかあった?」
ヴァイア姉ちゃんの言う通り、確かにマナちゃんは興奮してた。マナちゃんと言うより、マナちゃん達と言うのが正しいけど。アンリとしてはなんとなくわかる。
マナちゃんはすごく嬉しそうに、ふんすふんす、と鼻息を荒くした。
「パレードです! リエル母さんに対してパレードをしてくれるなんてすごい! 聖都でもやったことなんてないのに!」
「あー、確かにすごかったね。私は良く知らないけど、この町で病気が蔓延したときに、リエルちゃんが病気を片っ端から治したみたいだよ。その頃から人気者みたいだね」
ヴァイア姉ちゃんの言葉に、スザンナ姉ちゃんが手をあげた。
「私はそれを近くで見てたよ。確かにリエルちゃんはすごかったね。徹夜で百人くらいを治癒魔法を使って治してた。魔力がなくなっても、魔力を回復する飲み物を飲みながら不眠不休でやってたよ」
「そうなんです! リエル母さんはすごい! それが私のお母さん! 私も将来、リエル母さんみたいになりたいなぁ……実はちょっとだけ治癒魔法を習っているんだ。少しでもリエル母さんみたいになれたらいいなぁ……」
マナちゃんはうっとりした感じでそんなことを言っている。確かにリエル姉ちゃんは普段ちょっとあれだけど、ここぞという時はすごく頼りになる。
普段からああだったら、誰からも結婚を申し込まれると思うんだけど。
ディア姉ちゃんがお裁縫の手を止めて、マナちゃんを見た。
「リエルちゃんを目指すのはいいんだけど、目指しちゃダメなところがあるから気を付けてね」
ものすごく真顔。そして目力が強い。でも、すぐにお裁縫のほうへ戻っちゃった。
「マナちゃんは将来、リエル姉ちゃんみたいになるの? と言うことは聖女様になる?」
「聖女様を目指すって言うか、リエル母さんみたいになりたいかな。優しくて、純粋で、古典に出てくる天使様のようになりたいって」
「誰の事?」
「だから、リエル母さん」
どちらかというとリエル姉ちゃんはワイルドで不純な感じだと思う。見た目が天使様って言うのはなんとなくわかるけど。
ヴァイア姉ちゃんが手をポンと叩いた。
「そういえば、聖人教の各聖人に対してそれぞれ聖女を任命するって言ってたよ。リエルちゃんの聖女を目指したらどうかな?」
「恐れ多くて無理だと思う。リエル母さん、つまり聖母様の聖女になる……そんな大役は出来ない……」
聖人と言うと、勇者さんとか賢者さんもそうだった気がする。それぞれに聖女を任命するという意味かな? そしてリエル姉ちゃんはセイボ……聖母って意味だと思うけど、ちょっとどうなんだろう?
「リエル姉ちゃんは結婚してないのに聖母なの?」
「うん、結婚してなくても私達のお母さんだから。聖人教の人もみんなそう言ってたよ。すごいよね。まだ出来たばかりなのに、リエル母さんを信仰する人が一番多いんだって。それが私のお母さん……ふふっ」
マナちゃんはすごく嬉しそうだ。自分の好きな人がみんなから好かれてたら確かに嬉しいと思う。アンリもフェル姉ちゃんが皆に好かれていると思うと嬉しい。メイドさん達に好かれているのはちょっとどうかと思うけど。
「結婚、結婚かぁ」
ヴァイア姉ちゃんがつぶやくようにそう言った。
ヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんと結婚を前提にお付き合いをしているはず。まだ結婚しないのかな?
でも、これを聞いてもいいか分かんない。ディア姉ちゃんもチラッとヴァイア姉ちゃんのほうを見たけど、そのままお裁縫に戻っちゃった。多分、聞くと大変なことになるってやめたんだと思う。アンリもそれに習おう。何か別の話題を――。
「ヴァイアちゃんはノストって人と結婚するんじゃないの?」
スザンナ姉ちゃんが言っちゃった。
その言葉にヴァイア姉ちゃんは笑顔になる。そして幸せなオーラがまき散らされた。
「そうなんだよ、聞いてくれるスザンナちゃん!」
「え? あ? えっと、うん……」
すでにスザンナ姉ちゃんはヴァイア姉ちゃんのオーラに飲み込まれた。マナちゃんもその余波を受けて硬直している感じだ。
「もうね、秒読み段階だと思うんだ! でも、ほら、女の子の方からいつ頃結婚するって聞くのは重い感じじゃない? それに最近まではフェルちゃんのことがあったからお互いに何も言えなくてね! でも、もう大丈夫だから、ノストさんの方から最後の一押ししてくれれば、私のほうはいつだっていいんだよ? でも、そこがノストさんのいいところって言うか、無理に話を進めないところは私のことを大事にしてくれてるのかなって――」
ヴァイア姉ちゃんのトークが止まらない。ディア姉ちゃんは我関せずって感じで自分のゾーンに入ってる。スザンナ姉ちゃんは石化したみたいに動かない。
マナちゃんがこそっとアンリのほうに耳打ちした。
「ヴァイアさんてすごいね。ノストさんって人はヴァイアさんの護衛をしている人でしょ?」
「うん、そう。結婚を前提にお付き合いをしているってお話。アンリのリサーチだと、早くくっつけって意見が多い。アンリもその多数派に所属してる。少数派は爆発しろって過激なことを言ってるから要注意」
そこで部屋の扉が勢いよく開いた。
「おう、待て、ヴァイア。前にも言ったが、俺の許可なく結婚できると思うなよ! いいか、お前らが結婚できるのは俺の後だ!」
リエル姉ちゃんだ。マナちゃんがいるんだからそう言うことは言わないで欲しい。もうすこし夢を見せてあげたい。ここは何とか話を逸らそう。
「リエル姉ちゃんお帰りなさい。挨拶回りは終わったの?」
「おう、終わった。だが、そんなことはどうでもいいんだ。もっと重要な話がある。いいか? 俺が結婚するまでヴァイア達も結婚するなよ? もししたら裏切者として未来永劫語るぞ?」
すごく真剣な顔で言われた。リエル姉ちゃんに話題逸らしは通じない。アンリは無力。
でも、リエル姉ちゃんはマナちゃんを見ると笑顔になった。もしかして話題が変わる?
「マナも呼ばれてたか。皆とは仲良くなれたか?」
「うん、アンリちゃんやスザンナ姉さんのおかげで皆とお友達になれた」
「おお、そうか。アンリ、スザンナ、ありがとうな!」
「村に住むならみんな家族。当然の事――ヴァイア姉ちゃん何してるの?」
ヴァイア姉ちゃんから膨大な魔力を感じる。たぶん、何かの魔道具を作っていると思うんだけど。
「うん、最大の障害はリエルちゃんと言うことが分かったからその対策用の魔道具を作ってるんだ。言葉には出来ないくらい大変なことになると思うけど、仕方ないよね?」
「目が本気だから止めた方がいいと思う。時間はあるからまずは対話しよう?」
こんな殺伐としたガールズトークは想定外。やっぱりフェル姉ちゃんがいないとダメなのかも。今度はフェル姉ちゃんがいるときにガールズトークをしよう。
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