第216話 アウェー

 

 昨日、ステア姉ちゃんが言っていた通り、お昼をちょっと過ぎたくらいの時間にメーデイアの町が見えてきた。


 ゴンドラのほうを見るとフェル姉ちゃんがものすごく挙動不審。ジッと町のほうを見つめたり、何かを探しているのか、周囲をキョロキョロしたりしてる。


 スザンナ姉ちゃんの水ドラゴンに乗ったままフェル姉ちゃんのほうへ声をかけてみた。


「フェル姉ちゃん、さっきからどうしたの? ハッキリ言って不審者と言われても仕方ないレベルなんだけど」


「ステアはパレードをしないと言ってたが、他のことをされる可能性がある。なにか変なことをしてないか確認中だ。してたら、ここにステアを置いて逃げる」


 同じゴンドラにいるステア姉ちゃんがそれを聞いて首を横に振った。


「フェル様にそこまで疑われるとは……このステア、今までフェル様に嘘を吐いたことはございませんよ?」


「嘘はつかなくても、変なことはするだろうが」


 ステア姉ちゃんはメノウ姉ちゃんよりも押しが強いからフェル姉ちゃんの警戒度も高いみたいだ。メノウ姉ちゃんみたいにじわじわ攻める感じじゃなくて、一点突破って感じ。


 でも、ステア姉ちゃん達は気づいているのかな? フェル姉ちゃんをもてなしたいという気持ちは分かるんだけど、まわりまわってフェル姉ちゃんへの嫌がらせみたいになってる気がする。


 ステア姉ちゃんにはもう何を言っても仕方ない気がするけど、メノウ姉ちゃんには一応教えておこうかな?


 メノウ姉ちゃんを手招きしてゴンドラの端まで来てもらった。


「メノウ姉ちゃん、あれ、いいの? フェル姉ちゃんがメイドさんに対してものすごく警戒してるけど。ちょっとやり過ぎな気がするけど」


「フェルさんはあれくらいのことで怒ったりしませんから大丈夫ですよ。警戒しているのもポーズです」


 そうかな? パレードに関しては本気で嫌がっていた気がする。でも、確かに本気で怒ることはないかな。すごく疲れた顔はするけど。


「それにメイドギルドではフェルさんを真の主にするという目標設定が掲げられました。そのためなら犯罪スレスレの行為だってしてみせますよ! いえ、むしろ罪を犯してでも!」


「これはあくまでも個人的な意見なんだけど、メイドギルドやメノウ姉ちゃんは色々間違っていると思う」


 それはそれとして、アンリはフェル姉ちゃんを部下にしたいから、メイドギルドとは敵対関係になるのかもしれない。聖都へ向かう時にここを通った時もそんなことを考えた気がする。


 フェル姉ちゃん争奪戦……負ける訳にはいかない。何か策を考えないと。


 メーデイアの南門に近づくと自動的に門がゆっくりと開いた。


 予想通り門から見える大通りの両側にはメイドさん達が等間隔で並んでいて、さらにその後ろには町の人たちがたくさんいた。道沿いの家の二階にもたくさんの人がいて、手を振っているみたいだ。


 その光景を見てフェル姉ちゃんがげんなりする。


「ステア、パレードはしないって言ったよな? それはプチパレードもしないって意味だと思うんだが、これはなんだ?」


「はい、フェル様のパレードは致しません。これはリエル様に対するパレードです」


「まてコラ。そんな言い訳が通じるわけ――」


 いきなり大きな歓声があがった。


 町の皆はアンリ達よりもちょっと後ろの方を見ているみたいだ。後ろを振り向くと、リエル姉ちゃんが馬車の窓から顔をだして手を振っていた。


「心配してくれてありがとうなー!」


 リエル姉ちゃんがそう言うと歓声がさらに大きくなった。皆が嬉しそうに手を振っている。二階からは紙吹雪みたいなものを飛ばしているし、道沿いにいる人たちはリエル姉ちゃんに色々な言葉をかけているみたいだ。


 フェル姉ちゃんはステア姉ちゃんに詰め寄っていたけど、ちょっとだけ息を吐いて落ち着いたみたい。


「この町の住人はリエルのことを心配していたから、こういうことも必要か……分かった、リエルのためのパレードと言うことならやるべきだろう」


「ご了承いただけると思っておりました。ところで心変わりはありませんか? ご安心ください。フェル様のパレードならすぐに準備できますので、いつでも行けます」


「一体、何の安心だ。そんな準備は永久にするんじゃない」


 フェル姉ちゃんは納得したみたいだ。


 でも、アンリの耳にはフェル姉ちゃんのことを讃えている声が聞こえてくるんだけど……リエル姉ちゃんのパレードと言いながら、フェル姉ちゃんへのパレードもやってるんじゃないかな……?


 やっぱりメイドさんは策士だ。




 ゆっくりと時間をかけて大通りを通った。


 町の人はみんな笑顔で喜んでくれていたみたいだ。この町はフェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんのおかげで助かった経緯があるからすごく人気なんだと思う。ソドゴラ村だって負けてないけど。


 大通りを半分まで来るとパレードは終わった。ここは町の中央広場という場所で、すぐ近くにはメイドギルドがある。今日はここに泊まるって言ってた。


 来るときも泊ったけど結構いいところ。屋根のある所で寝れるってすごく贅沢なんだなって今更ながらに思う。


 みんなが乗り物から下りて、メイドさんの案内でそれぞれの部屋に移動する。


 アンリはおじいちゃんやスザンナ姉ちゃんと同じ部屋だ。


「アンリ、スザンナ君、疲れただろう? まだ早い時間だがゆっくり休んだ方がいい」


「うん。でも、今日は夜更かしガールズトークを予定してる。寝てる場合じゃない」


「みんな疲れていると思うけどね。とはいえ、ヴァイア君やディア君もすぐ近くの部屋だ。明日に疲れを残さない程度なら構わないよ。スザンナ君、アンリのことを頼むね」


「はい。適当なところで切り上げさせますので」


 スザンナ姉ちゃんがちょっと大人の対応をしている。こういう時は体力の限界までお話するべきなのに。


 でも、確かに夜更かしは村へ戻ってからでも問題ないかな。なら今日はプチガールズトークだ……そうだ、マナちゃんも誘おう。さすがに恋バナはないだろうけど、聖都での生活に関しては興味がある。色々お話したい。


「さて、おじいちゃんはちょっと疲れたから休ませてもらうよ。二人とも遊びに行っていいけど、遠くへ行ってはいけないよ」


「うん、メイドギルドの建物からは出ないつもり。もしかしたら地下闘技場にいるかも」


「……まあ、無茶はしないようにね」


 おじいちゃんはそう言うと、ベッドで仰向けになり目を瞑った。少しだけ息遣いが聞こえるけど、もう眠っちゃったのかな?


 邪魔をしちゃいけないから部屋を出ておこう。スザンナ姉ちゃんのほうを見ると、頷いてくれた。アンリの意志が伝わったみたいだから、二人で音を立てないようにゆっくりと部屋を出る。


「村長さんは結構お疲れみたいだね」


「うん、野宿は結構体力を使うって言ってたからかなり疲れているのかも。スザンナ姉ちゃんは村に来る前、ほとんど野宿だったみたいだけど、大丈夫だったの?」


「大丈夫っていうか、私の場合はそれが普通だったから。でも、屋根のある所で寝るようになって、そっちの方がいいなって思うようにはなったかな……あれ? なにか話し声が聞こえない? フェルちゃんの声かな?」


 確かにアンリにもフェル姉ちゃんの声が聞こえた。ステア姉ちゃんとお話をしているみたいだ。


 ここはたくさんの部屋が並んでいる廊下。この廊下にはいないから、奥の右に曲がったところから聞こえてくるのかな?


 廊下を奥の方へ移動すると、声がはっきりと聞こえてきた。


「私もこういう狭そうな部屋がいいんだが」


「フェル様の部屋は最上階の王宮と決まっております。ええ、決まっておりますとも」


「本人が嫌がっているのだから察してくれ。いや、察してるよな? メイドなんだし」


「フェル様しか嫌がっておりません。ここは多数決で行きましょう」


「なんでここは私にとっていつもアウェーなんだ――ちょっと待て、なんでお前たちは私を包囲しているんだ……?」


「さあ、皆さん、フェル様を最上階へお連れするのです。今回の件、私達メイドはとても頑張りました。その報酬として、フェル様を一日主人のように扱いましょう。喜びなさい、我々の力を見せるときが来たのです……では『コード:槿花一日』を発動します。我々メイドは花。例え一日だけの儚い主従関係だったとしても主人のために咲き乱れるのです」


 ステア姉ちゃんがそう言うと、メイドさん達の力強い返事が聞こえてきた。そして「わっせ、わっせ」と言う掛け声が聞こえてくる。もしかして皆でフェル姉ちゃんを担いでる……?


 そして嫌がってるフェル姉ちゃんの声が遠ざかっていく。


 本気でやれば振りほどけるとは思うんだけど、フェル姉ちゃんは敵対していない人に強く出れないからそのまま連れて行かれちゃったみたいだ。


 確かに言われてみると、今回のリエル姉ちゃん救出に関してメイドさんはすごく頑張った。結界を張っている施設を事前に調べてくれたし、パンドラ遺跡にある施設を壊したのは大狼のナガルちゃんだけど、ステア姉ちゃんが連れてきたみたいなもの。


 ガールズトークはフェル姉ちゃんとしたかったけど、今日くらいはメイドさんにフェル姉ちゃんを独占させてもいいかな。


 うん、今日はフェル姉ちゃん抜き。他のみんなにガールズトークのお誘いをしてこようっと。

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