第220話 最高の村

 

 そろそろお昼に近い時間、アンリ達は境界の森を村に向かって移動している。


 今日の朝、リーンの町を逃げるように出発した。


 昨日やってたお祭りはリーンでは珍しいみたいで夜通しやってたみたい。さすがに夜遅くなるとフェル姉ちゃんが限界だったので、適当な理由をつけてお祭りを逃れたけど。


 ヤト姉ちゃんとメノウ姉ちゃんの戦いは引き分けだったみたいだ。何をもって勝利とするのかは分からないけど、二人ともそう言ってる。


 そういえば、リーンを出るときにメノウ姉ちゃんのファンクラブの人達が見送りに来ていた。夜通し踊っていたのに全く疲れを見せていないのはさすがと言わざるを得ない。


 もしかしたら一緒に来るのかも、と思ったけど、ソドゴラ村までついてくることはなかった。ファンクラブの人もそれぞれ仕事があってそれをやらなくちゃいけないとか。確かにファンのお仕事なんてないから働かないとダメかも。


 ドワーフのガレスおじさんと雑貨屋のエリファ姉ちゃんの飲み比べも引き分けだったみたい。アンリは見てなかったけど、二人が「やるね」「お主もな」とか言ってがっちり握手していたってフェル姉ちゃんが言ってた。多分、友情が芽生えるとかそう言うあれ。


 ただ、朝にもう一回飲み比べをするからフェル姉ちゃんに審判をさせようとか言ってたみたい。フェル姉ちゃんはそれが嫌ですぐにリーンを出発したんだと思う。それに早くソドゴラ村へ帰りたかったのかも。それはアンリも同じ気持ちだ。


 でも逃げ帰る前に、ガレスおじさんにはヴァイア姉ちゃんが作った空間魔法が使えるバックを渡していた。亜空間の中にドラゴンの牙を入れて、お礼にあげたみたいだ。鍛冶師さんからしたら結構な価値があるとか。


 ただ、魔道具を作ったヴァイア姉ちゃん、なんとなく挙動不審だったような気がする。すごく上の空っていうか、ぼーっとしてると思ったら「えへへ」って笑いだすし、両手で頬を押さえてクネクネしてるし、急に顔が真っ赤にもなった。


 どう考えても複数のバッドステータスを受けている感じ。今はそんなことないみたいだけど、念のため確認しておこうかな。


 スザンナ姉ちゃんにお願いして、水のドラゴンに乗ったまま、猛スピードで移動しているゴンドラに近寄った。そしてヴァイア姉ちゃんをゴンドラの端に呼び出す。


「ねえ、ヴァイア姉ちゃん。その、大丈夫? 体の調子が悪いところはない?」


「え? なんでかな? 平気だよ? どちらかというと気分爽快って感じ。なんていうのかな、人界のすべてが私を祝福しているって感じだと思うけど?」


「その言葉がすでに危ない感じだけど、本当に大丈夫? ノスト兄ちゃんの家から帰って来てから、ちょっとおかしい気がするんだけど――もがか」


 ヴァイア姉ちゃんがゴンドラから身を乗り出してアンリの口を塞いだ。かなり危ないと思う。


「アンリちゃん! しー! そのことはトップシークレットだから! ちょっと色々あってそれは機密事項!」


 どういうことなのかは分からないけど、言ってはいけない類の話題だと見た。とりあえず頷こう。


「ヴァイアちゃん、ゴンドラから身を乗り出したら危ないよ? でも、何の話? 今、ノストさんの家って言った? ――もがが」


 ヴァイア姉ちゃんはディア姉ちゃんの口も塞いだ。そして周囲をキョロキョロする。


「待って! あとでちゃんと言うから今はお口にチャック! 絶対にリエルちゃんにはばれないようにして!」


 その言葉にアンリはピンときた。ディア姉ちゃんもピンと来たみたいで、アイコンタクトをしてからお互いに頷く。


 これはもしかすると、もしかするかもしれない。アンリの出番が近いということ。


 やれやれ、またフェアリーアンリとして活躍しないといけないかも。売れっ子はこれだから困る。


 でも、このお話は村についてからかな。リエル姉ちゃんは馬車のほうに乗ってるけど、こういう時のリエル姉ちゃんは野生の勘というか嗅覚がすごい。ばれたら阻止されるかもしれないから慎重に事を進めないと。アンリはヴァイア姉ちゃんの味方だ。


 とりあえず、スザンナ姉ちゃんにお願いしてゴンドラからちょっと離れた。


「さっきのは何の話? ヴァイアちゃんが結構慌ててたみたいだけど?」


「うん、アンリの推測だとヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんと近々結婚するかも。昨日、ヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんの家に行ったでしょ? その時になにかあったと思う。月が綺麗とか毎日パンを焼いてっていうあれ」


「ああ、そういう」


 スザンナ姉ちゃんがちらっと後ろにある馬車を見た。リエル姉ちゃんやマナちゃん達が乗った、ものすごいスピードで走っている馬車だ。


 本来ならリーンからソドゴラ村まで一日で走り切る距離じゃないんだけど、ジョゼちゃん達が補助をしてすごく速く走ってる。お馬さんがすごく大変そう。村に着いたら倒れちゃうかも。


 でも、それはそれとしてちょっと危ない。


「スザンナ姉ちゃん、前見て、前。木にぶつかったら大変」


「ごめんごめん。でも、なるほどね、それをリエルちゃんにばれないようにしてるんだ?」


「うん、最終的には伝えるだろうけど、もう後戻りできないところで伝えると思う。だからそれまではアンリ達もお口にチャック」


「そうだね。大丈夫だとは思うんだけど、リエルちゃんならやりかねないからね」


 アンリも結婚することになったらリエル姉ちゃんにはギリギリまで伝えないようにしよう。なんかこう、大変なことになりそうだし。


 でも、結婚か。アンリの旦那さんになる人はどんな人だろう?


 希望を言えば、アンリより強くて、格好良くて、男前で、情に厚い人かな? あと、食事をモリモリ食べる人がいいかも。アンリのピーマンも食べてくれるなら最高。


 ……あれ? なんかそういう人を知ってるような? すごく身近で――あ、フェル姉ちゃんだ。


 なんてこと。アンリの理想の男性像はフェル姉ちゃんだった。つまり、フェル姉ちゃん以上の人じゃないとダメってことだ。


 アンリはリエル姉ちゃん以上に結婚できないかも。だいたいフェル姉ちゃん以上の人なんているのかな?


 これは由々しき問題。どうしよう?


「アンリ、さっきからどうしたの? そろそろソドゴラ村へ着くよ?」


「ちょっと考え事。アンリの人生は結構な茨の道になりそうって思ったから」


「ふうん? よく分からないけど、私が助けてあげるから大丈夫だよ」


「うん、期待してる」


 スザンナ姉ちゃんも恋愛方面はちょっと弱そうだけど、いつか助けてもらおう。というより、スザンナ姉ちゃんは結婚するつもりがあるのかな? 今度スザンナ姉ちゃんと恋バナしてみよう。


 それはいいとして、そろそろソドゴラ村に着くみたい。確かになんとなく懐かしい感じがする。


 この道を通るのは初めてだ。懐かしいって思うこと自体あり得ないんだけど、森の空気と言うか臭いが懐かしいのかな。


 アンリは生まれたときからこの森にいた。今回初めて森の外へ出ていろんなところへ行ったけど、ソドゴラ村よりいいところがあったかと聞かれたら、そんなことところはないと答えると思う。今回の旅でこの森というかソドゴラ村が最高だってことに気づけたかも。


 いつかは村を出て冒険者みたいに旅をしたいと思っているけど、いつだって帰ってくるのはソドゴラ村かな。そして色々なところを見て回ったら、この村に戻って村長をやろう。その頃は町長かもしれないけど。


 そしてソドゴラ村を拠点に人界を征服だ。フェル姉ちゃんは突撃隊長。うん、夢が広がる。


「ディア、村まであとどれくらいだ?」


 フェル姉ちゃんがゴンドラの中でディア姉ちゃんにそんなことを聞いた。それはアンリも気になるけど、なんとなくもうすぐだと思う。


「もう着くよ。ほら、川の音が聞こえてきたでしょ? 川を渡れば村まで目と鼻の先だよ」


 本当だ。アンリの耳にも川の流れる音が聞こえる。


 ゴンドラや馬車のスピードが落ちると、水ドラゴンのスピードも落ちた。なんとなく見覚えのある木が見える。今度はハッキリと懐かしいって思えた。


 川にかかっている橋を渡ると、村の広場にはみんなが出迎えてくれているのが見えた。


 そしてゆっくりとアーチをくぐる。


 村のみんなが笑顔で「おかえり」って言ってくれた。


 フェル姉ちゃんがゴンドラの中で立ち上がり、皆に向かって「ただいま」と言った。


 村のみんなから歓声が沸く。村のみんなも、帰ってきたみんなも笑顔だ。見えないけどアンリも笑顔になっていると思う。


 うん、やっぱりここは最高の村だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る