第30話 アイドル冒険者
ヤト姉ちゃんはアイドル冒険者をするにはどうすればいいのかをディア姉ちゃんに聞いた。それはヤト姉ちゃんがアイドル冒険者を目指すと言うこと。アンリは今、歴史の分岐点にいると言ってもいいかもしれない。
笑っていたディア姉ちゃんの顔がだんだんと真面目になっていく。そしてカウンターに両肘をついて両指を交互に絡めた。その手に口元を近づけて、ヤト姉ちゃんを見つめている。
「ヤトちゃん。アイドル冒険者になるのを薦めたのは私だけど、よく聞いて。アイドルになるだけなら簡単なの。でも、アイドルを続けていくのは簡単じゃない。それはいばらの道。群雄割拠のアイドル達と戦い、そして蹴落として行かなくてはダメなの。上を目指さない程度にアイドルをやるつもりなら、お勧めしないよ?」
ディア姉ちゃんが真面目に語っている。明日は雨かもしれない。
「心配無用ニャ。やるなら当然トップを目指すニャ。それにいばらの道ニャ? 魔界での生活はもっと厳しいニャ。いばらの道どころか針山ニャ。人界でぬくぬく暮らしていたアイドルなんかに負けるつもりはないニャ」
ヤト姉ちゃんが不敵に笑ってる。背後には炎が見える感じ。ヤト姉ちゃんはやる気だ。
ヤト姉ちゃんをジッと見つめていたディア姉ちゃんが「フッ」って鼻で笑った。
「その覚悟を聞きたかったんだ……いいよ、ヤトちゃん。私がヤトちゃんを立派なアイドルに育てて見せるよ! そう! 夜空で最も輝く星の様に、ヤトちゃんを最高のアイドル冒険者にして見せる!」
夜空で最も輝く星……お月様かな?
ディアねえちゃんとヤト姉ちゃんが固い握手を交わしている。
そこにアンリも手を乗せた。
「アンリもお手伝いする。こう見えて、アンリもアイドルにはうるさい。実は将来になりたい物ランキングのベストファイブにアイドルがある」
ディア姉ちゃんが頷いた。
「うん、それじゃ三人で頑張ろう。ヤトちゃん、大船に乗ったつもりでいていいからね!」
「よろしくお願いするニャ。で、そもそも何をすればいいニャ?」
それはアンリが教えてあげよう。
「アイドルに大事なのは、歌と踊り、それプラス、ユニークな魅力が必要。それを考えた方がいいかも」
歌と踊りが上手いだけなら沢山いる。そこにもう一つ欲しい。
ディア姉ちゃんがうんうんと腕を組んで頷いている。
「その通り。でも、ヤトちゃんの場合は既にユニークな魅力があるから、歌と踊りを頑張るだけで十分だよ」
「ユニークな魅力って何ニャ?」
「ヤトちゃんは自分の魅力に気付いていないんだね……そう! それは猫耳! というか獣人というユニーク過ぎるアイドルは売れるよ! まあ、最初の内は大陸の東側だけだね。西側はウゲン共和国と戦争してたりもするからそっちは徐々にかな。それに獣人のアイドルが生まれたら、共和国の獣人達も盛り上がるんじゃないかな? 獣人全員がファンになってくれると思うよ。アイドルのトップを取るのも夢じゃない」
それは凄いアドバンテージだと思う。獣人さんの人数は良く知らないけど、結構いるって聞いたことがある。
「獣人のファンが多いだけじゃ意味がないニャ。そもそも私がアイドルを目指すのは、獣人の地位向上ニャ。どちらかと言えば、人族達に人気になって欲しいニャ」
「一つ聞いていい? そもそもヤト姉ちゃんがアイドルをやると、獣人さんの地位向上になるの?」
その辺りがよく分からない。
「それは分からないニャ。でも、私はこの村の住人に意外と人気があるニャ。迫害されてないし、森の妖精亭では看板娘と言ってもいいほどニャ。それでピンと来たニャ。もしかしたら、人族は獣人の事を良く知らないから迫害してるんじゃないかと思ってるニャ」
よく知らないから迫害されている……ということは、その逆をやるって事かな?
「えっと、つまりアイドルになって獣人を良く知って貰おうってこと?」
「そんな感じニャ。魔界にいた頃は人族なんて大嫌いだったけど、ここへ来たらそんな風に思ってたのが馬鹿らしくなったニャ。いまでもよく知らない人族なら話をするのも嫌ニャ。でも、食わず嫌いみたいなものかと思い直したニャ。だから人族も同じで、獣人の事を知ってくれれば態度が変わるかもしれないニャ」
「ヤトちゃん、えらい!」
ディア姉ちゃんがいきなり大きな声をだした。
「よく知らないから話さなかったけど、話してみたらいい人だったなんてよくあるよ! 獣人であるヤトちゃんの方から人族に歩み寄ろうって思うのはすごく勇気がいるよね! だからえらい!」
「大したことじゃないニャ」
ヤト姉ちゃんは褒められて嬉しいのかな? 尻尾が荒ぶってる。あと耳も、ピコピコって感じに震えてる感じ。
「それじゃ、ヤトちゃんをデビューさせるために色々準備するよ。そうだね、今度村で結婚式があるんだけど、その時に皆で出し物をするんだ。その日がヤトちゃんのデビュー日でいいかな?」
「それはいつ頃ニャ?」
「なんともいえないけど、シスターさんは見つかったし、帰って来てから数日後くらいかな……一週間から十日くらいだと思うよ」
すごく早いような気がする。準備が間に合わないんじゃないかな?
「分かったニャ。時間がないから早速なにか始めるニャ。最初は歌かニャ?」
「うん、歌の歌詞はすぐ渡すから覚えておいてね。獣人や魔族の歌でもいいけど、踊りの振り付けが分からないから今回は人族の歌で行こう。踊りの振り付けに関しては明日までに準備しておくよ。あと、ステージ衣装もね。既製品をちょっと手直しするだけだからすぐに出来るよ。でも、ヤトちゃん一人で踊るのはちょっと寂しいね。魔界から獣人さんを呼んだりできない? 二人くらい」
「それは無理ニャ。人界への移動は制限されていて、許可がないと来れないニャ」
「そっか。それじゃこっちであと二人くらい踊れる人を探さないとね。ヤトちゃんのバックダンサーとして踊って貰った方が派手なデビューになると思うんだけど……アンリちゃん? どうしてくるくる回りだしたの?」
くるくる回って、最後に前かがみになりながら右手をお腹、左手は背中側にピンと伸ばしてやや斜めに天を指す。
そしてそのままヤト姉ちゃんの方を見た。
「ヤト姉ちゃん、ダンスの助っ人は要らない? 最高のダンサーが目の前にいるけど。これでも子供のころからダンスはやってる」
「アンリはまだ子供だと思うニャ……でも、なかなかキレのあるダンスニャ。分かったニャ、採用ニャ」
「アンリをタダのバックダンサーだと侮らない方がいい。主役さえ食えるほどの表現力を見せるつもり。下剋上とはアンリのためにある言葉だと思っていい」
「受けて立つニャ」
これはアレ。視線がぶつかって火花が散るってヤツ。商人さんが持ってた絵にそんなのが載ってた。仲間って書いてライバルって読むはず。
「そっかぁ、アンリちゃんが踊るんだ。それなら最後の一人も決まりだね」
「誰の事ニャ?」
ディア姉ちゃんは右手の親指だけを立てて、そのまま自分自身を指した。
「ある時は冒険者ギルドの美人受付嬢、そしてある時は美人ギルドマスター、そしてまたある時は! アイドルプロデューサー兼バックダンサーなのさ!」
ディア姉ちゃんもくるくる回りだして、最後はさっきのアンリと同じポーズをした。キレてる。これは侮れない。
「この三人で結婚式にダンスの出し物をしよう! それでヤトちゃんをデビューさせるよ!」
三人で頷いた。そしてディア姉ちゃんが右手をだした。アンリもヤト姉ちゃんもその手に自分の手を重ねる。
「時間は短いけど、最高の出し物になる様に皆でガンバロー!」
「了解ニャ!」
「アンリも本気出す」
これは楽しみ。結婚式までにしっかりダンスを覚えよう。今日からみっちり訓練だ。
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