第31話 ニャントリオン
「今日のアンリは随分とソワソワしているね。何かあるのかな?」
お勉強中、おじいちゃんからそんなことを言われた。さすがおじいちゃん。観察眼が鋭い。でも、ヤト姉ちゃんのアイドル冒険者デビューに関しては当日まで秘密になっているから言う事はできない。お口にチャック。
「アンリは反抗期。たとえおじいちゃんでも言えないことがある」
ちょっとおじいちゃんを傷つけたかもしれない。
「あら。ならお母さんには教えてくれる?」
「おかあさんも同様」
おかあさんも傷つけた。ちょっとだけ罪悪感がある……仕方ない。すこしだけネタバレしておこう。
「反抗期というのは嘘。ちょっと秘密にしたいことがある。ヒントを言うと、結婚式の出し物をディアねえちゃん、ヤト姉ちゃんとやることになった。今日からその特訓をするから秘密にしたい」
「ああ、そういうことか。でも、ディア君はともかくヤト君も? 一体何をするのかな?」
「それは当日のお楽しみ。度肝を抜かす感じだと思う」
今のアンリ達はエンターテイナー。ダンスで皆を楽しませないと。
でも、エンターテイナーならおじいちゃんもそう。たまに聞かせてもらう音楽は結構好き。
「おじいちゃんはいつもの楽器? えっと、トランペット?」
「まあ、そうだね。あれくらいしかできないから。ただ、今回はおじいちゃんにも色々と隠し玉があるとだけは言っておこう」
おじいちゃんはやる気だ。なら受けて立つ。
「分かった。これはアンリとおじいちゃんの勝負。アンリが勝ったら勉強は未来永劫しない」
「そんな約束はしないよ。アンリには未来永劫勉強はしてもらうからね」
おじいちゃんはアンリを傷つけた。未来永劫勉強って。もしかしたら家出するしかないのかも。フェル姉ちゃん達をつれて逃避行するのも悪くない。
いや、待って。よく考えたら、おじいちゃんより勉強ができる様になったら勉強をしなくていいと思う。教わることがないなら、勉強もない。なんて完璧な理論。
「おじいちゃん、破れたり。アンリは勉強をしないでいい方法を思いついた」
「……それはどんな方法だい?」
「おじいちゃんより勉強ができるようになればいい。アンリの頭脳におそれおののいて」
おじいちゃんが笑い出した。そしてお母さんも。あれ? 間違ってないはずなんだけど。
「さすがアンリだ。そこに気付くとは……」
やっぱり正解なんだ。
「早速どんどん教えて。おじいちゃんが教えることがなくなったらアンリはもう勉強しない。自由に生きる」
「そうか、そうか。なら色々教えてあげよう。さあ、引き続きトラン王国の歴史について教えてあげるからね」
よし、頑張るぞ。
冒険者ギルドの扉を開けて中に入った。
「アンリちゃん、いらっしゃい。お勉強は終わったの?」
「うん、アンリの手に掛かれば勉強なんてイチコロ。そんなことよりも今日は何をするの? 腕立て伏せ? 腹筋?」
なんかこう、いても立ってもいられない感じ。バリバリ頑張りたい。
「ダンスに筋力は必要だけど、それはしなくていいかな。ヤトちゃんが来る前にアンリちゃん、ちょっとこれを着てくれないかな? 今の服に羽織る感じでいいよ」
ディア姉ちゃんがカウンターの中からキラキラした服を取り出した。それに猫耳のカチューシャと尻尾の付いたベルトがある。
ピンときた。これでアンリはヤト姉ちゃんみたいな獣人になるんだ。
ディア姉ちゃんに頼まれた通りに服を羽織ってから腰にベルトをまく。そしてカチューシャを装備した。
「アンリは今、獣人さんにクラスチェンジした……間違えた、クラスチェンジしたニャ!」
「いやいや、語尾は別にニャにしなくていいよ。そんなことよりどうかな? 服の上に羽織ってるからちょっときついかもしれないけど」
「そんなことないよ。重ね着しているとは思えないくらい。でも、これはどうしたの?」
「着なくなった服を村の皆からもらってるんだよ。それをちょっと手直ししたんだ。キラキラなのは光が反射するようにちゃんと計算してるんだよ。ものすごく小さい金属を張り付けたりしてね」
「そうなんだ? でも、どうしよう? これじゃヤト姉ちゃんよりも目立っちゃう。アンリは罪な女」
「アンリちゃんだけの訳ないでしょ。ヤトちゃんも私も同じ服を着てダンスするんだってば」
「つまり、服の差はなく、実力勝負ってこと?」
「まあそうだけど、そんなガチで勝負しなくていいからね? まずは皆に楽しんでもらわないと。お客が一番、自分は二番。たとえ燃え尽きようともお客さんを楽しませる。それがアイドル道、略してアイ道」
目からうろことはまさにこの事。アンリは一つ賢くなった。アイ道とは死ぬことと見つけたり。そんな言葉を聞いたことがある。
「でも、実際に一番楽しむのは自分だからね? 自分が楽しくないのに周りが楽しいわけないから」
最初に言ったことと内容が違うような気がするけど、何となくわかる気がした。自分は二番目だけど、まずは自分が楽しまないとダメってことかな。
そんな風に思ったら、ヤト姉ちゃんが入ってきた。
「遅れたニャ」
これで全員揃った。どんな訓練をするのかな?
「とりあえずこんな感じだね。振り付けの内容は紙にまとめておいたから、各自で時間のある時に練習しておいてね。ただ、一日一回は通しでやろうか。あ、服はこっちで用意しておくから大丈夫だよ」
音楽を奏でる魔道具を使って、曲に合わせて皆で踊った。ディア姉ちゃんが説明しながら踊ったからまだまだだけど、踊り方はマスターした。これからもっと研鑽していこう。
アンリだけはこの服を着ながら踊ったけど、さすがディアねえちゃん。全然動きを阻害しない。これはアンリのためだけにある服だと言ってもいい。
「服というのはアンリが身に着けている服ニャ? なかなか可愛いニャ」
「知ってる。猫耳を付けて魅力アップの効果があるから、いつもの二倍くらい可愛い。下手すると三倍に達するかも」
「アンリはいつでも自信満々だニャ。まあ、それはそれで頼もしいニャ。それじゃ今日は終わりかニャ?」
「ダンスは終わりだけど、言っておくことがあるんだ。そう、プロデューサーとしてね!」
なんだろう? プロデューサーということは……甘いものの差し入れかな? リンゴを所望する。
「このグループ名はニャントリオンに決定しました! ひゅー!」
「ニャントリオンニャ? それがグループ名なのかニャ?」
「そう、猫の獣人三人でやるからニャントリオン! どうかな!?」
アンリもディア姉ちゃんも獣人さんじゃないけど、猫耳を付けている時は獣人さんと言っても過言じゃない。完璧な名前だと思う。
「私はそれで構わないニャ。でも、二人はいいのかニャ?」
ヤト姉ちゃんが聞いている意味が分からない。
「いいも何も最高だと思う。この名前は人界中に轟くと思う――ううん、轟かせる。今度の結婚式がその伝説の第一歩。そこから歴史は始まる」
「問題ないみたいだね、それじゃ皆で頑張ろう! そうそう、明日にはフェルちゃん達が帰ってくるみたいだけど、この事は内緒だよ? 結婚式当日にびっくりさせるんだからね!」
うん、サプライズは大事。でも、そっか。フェル姉ちゃんは明日帰ってくるんだ。お土産が楽しみ。
そういえば、おとうさんはまだかな? そろそろ帰ってくるはずなんだから、おじいちゃんに聞いてみようっと。
「それで二人とも。心して聞いて欲しいことがあります」
ディア姉ちゃんが真面目な顔をしている。なにか大変な事なのかな?
「ニャントリオンの目標はアイドル界のトップになること。そのためには避けて通れない二人のアイドル冒険者がいます」
「それは強敵とかいてライバルって読むアレ?」
「アンリちゃんは的確だね。その通り、ニャントリオンのライバルだよ。その内の一人が、ゴスロリアイドル、メノウ! カルト的なファン――どちらかというと狂信者だね。過激な事はしないけど、機能的にどうかと思うゴスロリ服に身を包んだファン達が大勢いるから結構怖がられてます。黒と白ってなんか威圧感があるよね。それに本人よりもファンの方が有名って言うのもどうかと思うけど」
ゴスロリメノウって覚えておこう。
ニャントリオンはデビュー前だからファンはいない。フェル姉ちゃんとかヴァイア姉ちゃんに事情を話してファンになって貰おうかな。
「そしてもう一人。ミステリアスな上にクールビューティ。しかもビキニアーマーというセクシーさを売りにしている感じのアイドル、ウェンディ! アイドルとしてだけでなく、冒険者としても強いんだ。冒険者ギルドの最高ランク、アダマンタイトなんだよ。盛り過ぎだよね」
盛り過ぎウェンディって覚えよう……うん、二人とも覚えた。
「アダマンタイトの強さは知らないニャ。でも、負ける気はないニャ。アイドルとしても、冒険者としてもニャ!」
「その意気だよ、ヤトちゃん! その調子でその二人が所属しているギルド支部のギルドマスターにぎゃふんと言わせよう!」
「ディアねえちゃん。支部のギルドマスターと知り合いなの? ものすごく私怨を感じた」
「……アンリちゃんには分からないかもしれないけどね、大人には色々あるんだよ……」
うん、確かに分からない。でも大人って大変なのは分かる。ディア姉ちゃんにも色々あるんだろうな。
「まあ、そんなわけで、単純に目標として覚えておいてって話だから」
目標は大事。でも、まずはデビュー戦を頑張らないと。結婚式まで忙しくなりそうだけど楽しみ。
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