第29話 相談事

 

 アンリは今日も今日とてお勉強。


 しかも二倍いい子にしないといけない。黙々と勉強しないと。でも、今度ヴァイア姉ちゃんに魔力を通すと自動で計算してくれるような魔道具を作って貰う。算術なんて無くなっていいはず。


「おじいちゃん、これは問題が変。発火の魔道具を五個買ったら、ヴァイア姉ちゃんだと一個おまけしてくれる。それに小銀貨で発火の魔道具を買う人はいない。大銅貨で買う」


「アンリ、これは例題だからね。そういうところは見て見ない振りをするんだ」


 お勉強の算術は現実よりも厳しい。アンリだったら、買い物の時、お釣りは取っといて、と言いたい。アンリはまだお金を稼げないからそんなことはしないけど。


 そういえば、アンリの魔剣は商人さんと交渉して安くしてもらった。お値段以上のいい買い物だったと思ってる。ためてたお小遣いが全部なくなったけど、後悔はない。


 おとうさんとフェル姉ちゃんのお土産は魔剣並みに期待してる。三刀流は無理だけど、二刀流はできそうだし、使っていない剣を地面に刺して戦うというのは剣士の憧れ。


 おとうさんもフェル姉ちゃんも早く帰ってこないかな。


 そうだ。ディア姉ちゃんのところにフェル姉ちゃんの事を聞きに行かないと。そろそろ夕方だし、色々な情報が来てるかも。


「おじいちゃん、計算が終わった。合ってる?」


「どれどれ……? うん、合ってるね。でもね、アンリ。この問題にポイントカードのポイント二倍とかのサービスデーはないからね? 買う日は指定しなくていいよ。確かにお得だけどね」


「塵もつもれば大霊峰って言葉もある。そういう日は逃さない。でも、ポイントのために無駄にお金を使うという罠があるから危険。それは本末転倒」


 あれは買い物の心理を突いた巧妙な罠。貰えるポイント以上に余計な買い物をするのは愚の骨頂。


「……アンリはなかなかしっかりしてるね。それじゃ今日の勉強はここまで」


「ありがとうございました。勉強道具を片付けたら遊びに行ってきます」


「帰りが遅くならないようにするんだよ」


 おじいちゃんの言葉に頷いてから、大急ぎで勉強道具を片付ける。そして家を出た。


 冒険者ギルドの前で入口の扉をみる。


 今日もディア姉ちゃんは暇そうにしてるのかな。昨日、遊んであげられなかったから今日は遊んであげよう。


「やあ、アンリちゃん。冒険者ギルドに用なのかい?」


 いきなり背後から声を掛けられた。振り向くと、ロミットお兄ちゃんとオークさんが二人いる。


 あ、ワイルドボアだ。それに何かの鳥。それが三体も。ワイルドボアは木に足を括り付けて、オークさんが二人で担いでる。


「こんにちは、ロミットお兄ちゃん、オークさん。アンリはディア姉ちゃんと遊ぶために来た。ロミットお兄ちゃん達は狩りの帰り? 戦果は上々?」


「そうだね。オークさん達のおかげでこんなに大きなワイルドボアを仕留められたよ」


「うん、すごい。こんなに大きいのは初めて見た。さすがオークさん」


 オークさん二人が照れてる。誇っていいと思う。


「それじゃすぐに解体しないといけないからもう行くね」


「うん。解体は鮮度が命。オークさん達も解体頑張ってね」


「フゴフゴ」


 えっと、お任せくださいって言ったのかな? アンリに敬礼してくれたので、アンリも敬礼を返す。その後、ロミットお兄ちゃん達は小屋の方へ歩いて行っちゃった。


 ロミットお兄ちゃんはオリエお姉ちゃんと結婚するって言ってたから頑張ってるのかな。結婚式には料理が必要だし、食材がいっぱい必要なのかも。


 結婚式ではアンリもフェル姉ちゃんみたいにいっぱい食べないと。多分、あれが強さの秘密。胃袋の限界を超えて見せる。


 それはおいといて、まずは冒険者ギルドに入ろう。扉を開けて中に入る。


「ディアねえちゃん、こんにちは。フェル姉ちゃんの情報を教えて」


「ああ、アンリちゃん、いらっしゃい。えっと、フェルちゃんの情報なんだけどね……」


 なんだろう? ディア姉ちゃんが眉間にシワを寄せてる。怒ってるわけじゃなくて困ってる?


「なにかあったの? 救出に行く?」


「ああ、そういうんじゃないんだ。問題は解決してるみたい。二人から連絡は来てないけど、リーンにいる受付嬢さんから情報をもらったんだ」


「そうなんだ。でも、ならなんでそんなしかめっ面してるの?」


「聞いた報告がよく分からないんだよね。シスターと一緒に行動してるみたいだから見つけたんだとは思うんだけど……」


 なにか他の問題ごとなのかな? アンリも聞きたい。


「良くわからなくても教えて。二人で考えれば理解できるかも」


「そうかな? じゃあ、教えるけど、フェルちゃん、牢屋を脱獄したんだって」


「それくらい、フェル姉ちゃんならやれる。多分、アダマンタイトの牢屋とかじゃないと無理。何もおかしいところはないと思う」


 ミスリルやオリハルコンの牢屋でも駄目だと思う。


「私もそう思うよ。でも、フェルちゃんが脱獄なんかするかな? 他にも変な報告があってね、領主様の次男をヴァイアちゃんがボコボコにしたんだって」


「それは意外。ヴァイア姉ちゃんは蚊だって殺さない感じなのに。むしろ遠慮なく血を吸わせちゃう感じ」


 アンリは蚊を許さない派。見敵必滅。


「だよね? そしてフェルちゃんはギルドマスターをボコボコにして牢屋に入れたって」


「昨日、リーン支部の受付嬢さんが言ってたよね、ギルドマスターがフェルちゃんと戦いたいって。ギルドマスターが戦いを仕掛けたのかな? それをやり返した?」


「その可能性はあるけど、最後はリーンにいる女神教徒の司祭様もボコボコにしたらしいんだ。確かにその三人はあの町だと嫌われているみたいなんだけど、どういう事かな?」


「それだけの情報じゃ分からないけど、多分、その三人はフェル姉ちゃんになにかしたんだと思う。それに怒ったフェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんが暴れた感じじゃないかな?」


 フェル姉ちゃんが何もしていない人をボコボコにするわけない。なにかしらの事情があるはず。


「まあ、その線だよね。その件に関してもお咎めは無いって言ってるし、詳細は帰って来てから聞こうか。ちゃんとシスターさんを見つけているみたいだし、すぐに帰ってくるだろうからね」


「本当? 明日くらいには帰ってくる?」


「どうだろうね? 多分、明後日あたりだと思うよ。お咎めなしでも色々と手続きは必要だと思うから」


 そっか、早ければ明後日には帰ってくるんだ。


「お土産が楽しみ」


「ミスリルの剣とかを頼んでたっけ? それは無理だと思うけどなー」


 ディア姉ちゃんが不吉な事を言っている。でも、それはフェル姉ちゃんの事を分かっていないと言ってもいい。


「大丈夫。フェル姉ちゃんはアンリと約束した。ミスリルかオリハルコン製の剣をお土産に持ってきてくれる」


「リーンなら売ってはいると思うんだけど、そういう金属の武具は高いよ? フェルちゃんの持ってるお金で買えるかな? 一応、ギルドカードで借金すれば買えるけど」


「そうなの? 分かった。その時はアンリが出世払いでフェル姉ちゃんに返す――お金を返すまでフェル姉ちゃんの従者として頑張る所存」


「そんなこと言ってフェルちゃんに合法的についていくつもりなんでしょ? 私にはお見通しだよ!」


 ものすごくバレてる。ディア姉ちゃんにバレたという事はおじいちゃんにもバレる可能性が高い。こういう作戦はダメかも。即興にしてはいい作戦だと思ったんだけどな。


 そう思ったら、入り口のドアがカランカランとなった。誰か来たのかな?


 振り向くとヤト姉ちゃんがウェイトレスの服装で立っていた。


「ディアはいるかニャ?」


「ヤトちゃん、いらっしゃい」


「ヤト姉ちゃん、こんにちは」


 ヤト姉ちゃんはアンリを見てちょっとびっくりしたみたい。


「こんにちはニャ。どうしてアンリがいるニャ?」


「フェル姉ちゃんの情報収集。ディア姉ちゃんでリーンにいるフェル姉ちゃんの事を色々聞いてた」


「そうだ、ヤトちゃん。リーンの町で――」


 ディア姉ちゃんがアンリにしてくれた話をヤト姉ちゃんに話した。


 フェル姉ちゃんと付き合いの長いヤト姉ちゃんならどういう行動だったのか分かるかな?


「フェル様の行動の意味なんて誰にも分からないニャ。魔界でも色々と訳の分からないことをして周囲を驚かせていてたから、考えるだけ無駄ニャ。そんなことよりも、達成依頼票を持って来たからお金に替えてもらいたいニャ」


 ヤト姉ちゃんは、何もない所から紙を取り出してディア姉ちゃんに渡した。ディア姉ちゃんはそれをカウンターの中にある金庫に張り付けて何かやってるみたい。


 でも、そうか。フェル姉ちゃんの行動はヤト姉ちゃんでもよく分からないんだ。でも、気になることを言った。


「ヤト姉ちゃん。フェル姉ちゃんが魔界で訳の分からないことをやったって何?」


「色々あるニャ。例えば、魔界には魔神城という遺跡があるニャ。何もないだだっ広い遺跡なのに、フェル様はいきなりそこへ行くとか言い出したニャ。そういうのは探索部に任せておけばいいのに、なんでもかんでも自分でやろうとするニャ」


「マジンジョウって何? お城のこと?」


「魔族の神を魔神って言うニャ。その魔神のお城って意味ニャ。そういう遺跡があるだけで、魔神はいないけど、数百年前までは魔族で信仰されていたみたいニャ」


 魔族の神。魔神、かな? 名前だけで強そう。いつか戦いたい。


「そうなんだ。そこにフェル姉ちゃんが行ったの? 何しに? 何もないんだよね?」


「それが分からないニャ。しかもいつの間にかに帰っていた上に、服がボロボロだったからびっくりしたニャ」


「そうなんだ? もしかして魔神と戦った?」


「いくら調べてもその遺跡には何もないって報告を受けているニャ。それに魔神も元々いないって言われているし、フェル様に聞いても何も教えてくれないから、何しに行ったのかまったく分からないニャ」


 確かに不思議。フェル姉ちゃんに聞けば教えてくれるかな?


「はい、ヤトちゃん、これ依頼料ね」


 ディア姉ちゃんがヤト姉ちゃんにお金を渡してる。なかなかの大金。ウェイトレスって儲かるのかな?


「確かに受け取ったニャ。それでちょっとディアに相談したいことがあるニャ。時間はあるかニャ?」


 ヤト姉ちゃんがものすごく思いつめた顔をしている。ここは微力ながらアンリも力を貸そう。人生経験は少ないけど、柔軟な発想には自信がある。


「え? 私に? なになに?」


 ヤト姉ちゃんは大きく深呼吸をしてからディア姉ちゃんを見つめた。


「アイドル冒険者ってどうやるニャ?」


 ヤト姉ちゃんの相談事、ものすごく興味がある。誰がなんと言おうとも参加しないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る