第28話 ファーストインパクト

 

 今日はおじいちゃんとおかあさんにこってり絞られた。


 お勉強もハードだったし、皿洗いのお手伝いもした。今のアンリはグロッキー。


 でも、アンリは自由を手に入れた。もう夕方だけど、遊びに行こう。


「おじいちゃん、遊びに行ってきます」


「それは構わないが、どこへ行くんだい?」


「冒険者ギルドへ行くつもり。ディア姉ちゃんと遊ぶ予定」


「ディア君は仕事中――いや、大丈夫か。でも、あまり邪魔しちゃいけないよ?」


「うん。お仕事の邪魔はしない」


 そもそもディア姉ちゃんがお仕事しているのを見たのは数回。多分、今日も大丈夫。


 そんなわけで家を飛び出して、冒険者ギルドへ来た。


「アンリちゃん、いらっしゃい」


「うん、いらっしゃった――ディア姉ちゃん、そんなに笑顔でどうしたの?」


「あ、笑顔だった? フェルちゃん達がギルドの仕事でリーンへ行ったからね。その仕事、依頼料が高いんだ。これで冒険者ギルドの会議で肩身の狭い思いをしないで済むよ」


「ディア姉ちゃん。アンリにそんな嘘は通用しない。冒険者ギルドに仕事が来るはずがない。あったとしてもそれは多分、依頼詐欺。フェル姉ちゃん達は大丈夫?」


「いやいや、本当だってば。依頼主は司祭様だよ? 女神教はともかく、司祭様は信頼できるから大丈夫だよ」


 女神教の司祭様? 確かに司祭様なら依頼詐欺なんてしない。よかった。


 でも、よく考えたらフェル姉ちゃん達は何のお仕事でリーンに行ったんだろう? 危険かもしれないって言ってたけど。


「ディア姉ちゃん、フェル姉ちゃん達はリーンへどんなお仕事へ行ったの? 守秘義務があるかもしれないけど、アンリとディア姉ちゃんの仲ということで、ここは一つ教えてください」


「守秘義務はあるけど、これくらいなら問題ないよ。フェルちゃん達はね、人探しに行ったんだ」


「人探し?」


「そ。この村に女神教のシスターが来るはずだったんだけど、リーンの町で足取りが途絶えたみたい。それを司祭様が心配して、護衛も兼ねてフェルちゃんに依頼したんだ。ヴァイアちゃんが付いて行ったのは、リーンの町に詳しいからね。道案内みたいな感じかな」


 シスターさんというと、女神教を信仰している女性の人かな? 何回かこの村を通ったのを見たことがある。あんまり強そうじゃなかった。


 そのシスターさんをフェル姉ちゃん達は探しに行ったんだ。やっぱりアンリも一緒に行きたかったな。人探しだけならそんなに危険じゃないと思うんだけど。


「あまり危険そうに思えない。その情報を得ていれば、もっと交渉できたかもしれないのに……残念」


「危険じゃないっていうのはちょっと違うかな。結構危ないかもしれないよ?」


「どうして? 迷子の人を探すだけだよね? アンリもお手伝いできると思う」


「シスターがタダの迷子だったら危険じゃないんだけど、もしかしたら攫われている可能性もあるじゃない? そうなると、ほら、夜盗みたいのがリーンにいるかもしれないから」


 そういう可能性があるんだ。それだと確かにアンリは危険かも。もっと強くならないと。


「とはいえ、いなくなったシスターって結構問題児みたいだから、なにか寄り道しているのかもね」


「問題児?」


「シスターの履歴書にそんなことが書かれてたんだよね。私としては女神教の人ってだけで結構苦手だけど。さらに問題児って――あー、ちょっと嫌な事を思い出しちゃったよ。早く忘れたい」


「ディア姉ちゃん、頭をコンコン叩いても記憶は無くならない。もっと衝撃が必要。アンリがやる?」


「ただのポーズだからやらないでね。ちょっと嫌な事、ううん、苦手な人の事を思い出しただけだから」


「そうなの? 誰の事?」


「アンリちゃんの知らない人だよ。私がこの村に来る前に会った知り合いみたいなものかな。今思うと、色々と残念な人だったね。口を開くたびに好感度が下がるって言うか。すっごい美形なのに、その言動ですべてが台無しになる感じ。悪い子じゃないんだけどね、その、どうしようもないって言うか、手の施しようが無いって言うか……なんでアレが聖女になれるのかが不思議だよねぇ……」


 想像つかないけど、ディア姉ちゃんの顔を見ている限り、ものすごく嫌な思い出があるんだと思う。あまり触れない方がいいのかも。


 でも、ディア姉ちゃんの昔の事ってあまり聞いたことがない。ディア姉ちゃんの昔の事を聞いてみよう。


「ディア姉ちゃんはここに来る前に何をしていたの? アンリの予想だと暗殺者的ななにかだと思うけど」


「……アンリちゃんの中で私はどういう感じなのかな? 冒険者ギルドで普通に美人受付嬢をしてたよ? ここに来てからはギルドマスターもやってるけどね!」


「本当に? ディア姉ちゃんが一年前ここに来た頃は、尖ったナイフみたいな感じだったよ? 近寄ったら斬るって感じのオーラが出てたし、変なポーズをいつもしてた。広場で」


「アンリちゃん、あれは変なポーズじゃなくて、格好いいポーズだからね? そこ、間違えちゃダメだよ?」


 そうかな? アンリには分からないけど、あれは格好いいポーズなんだ? そんなことよりも、ディア姉ちゃんの子供の頃を知りたい。


「ディア姉ちゃんは確かロモン聖国の出身だよね? 子供の頃は何をして遊んでいたの? やっぱりへん――格好いいポーズの練習とか?」


 ディア姉ちゃんは腕を組んで目を瞑り、ちょっと首を傾げた。どうしたんだろう?


「実は子供のころの事をあんまり覚えてないんだ。でも、色々勉強してた気はするね。遊ぶ暇なんてなかったよ」


「それは嘘。ちゃんと勉強してたら、今のディア姉ちゃんみたいにはならない」


「それはどういう意味かな? いやいや、冗談じゃなくて本当だよ? でも、勉強と言っても格闘技とかそう言うのだね。それに昔は女神教徒でもあったから、その辺りの勉強をしてたんだ……もう縁は切ったけど」


「そうなんだ? 女神教の勉強というのは良く知らないけど、今までの話を聞いて一つだけ確実に分かったことがある」


「え? 何かな?」


「ディア姉ちゃんは遊ぶ暇がない子供時代だったから、今こんな感じになってる。だからアンリが今、遊んであげる」


 ディア姉ちゃんはちょっとびっくりしてから、すぐに笑顔になった。


「その発想はなかったよ。なら、アンリちゃんに遊んでもらおうかな。外で遊ぶにはちょっと遅いから、ここでババ抜きでもやる?」


「その挑戦は受けて立つ」


「それじゃカードを持ってくるね――あ、ちょっと待って。通信用の魔道具に連絡が来てるみたい」


 ディア姉ちゃんはカウンターの下から水晶玉を取り出した。それにちょっとだけ魔力を流すと、水晶玉が綺麗に光る。


「はーい、こちら冒険者ギルドソドゴラ支部です」


『もしもし? こちらは冒険者ギルドリーン支部です』


 水晶玉から声が聞こえた。フェル姉ちゃんが行った町の冒険者ギルドの人かな。


「はい、聞こえてます。どうしました?」


『えっと、ソドゴラ支部の専属冒険者フェルさんの事なんだけど……』


 フェル姉ちゃんの事だ。もうリーンに着いたのかな? 普通なら二日かかるはずなんだけど。カブトムシさんの飛行速度が速いのかも。


「フェルちゃんがどうかしました?」


『フェルちゃん……? うん、まあ、その魔族なんだけど、バリスタと西門を破壊した行為でギルドに捕まえているから』


 さすがフェル姉ちゃん。ファーストインパクトは大事。


「ああ、そうなんですか。多分ですけど、そっちから手を出したんじゃないですか? 怒らせない方がいいですよ?」


『その情報を最初に欲しかったわ……領主様からお咎めなしの念話を貰っているから明日には釈放されるけど、一応、連絡だけしておくわね』


「はい、分かりました。いいですか? くれぐれも武力で訴えちゃダメですよ? 何もしなければ暴れたりしないので注意してくださいね」


『そうしたいんだけど、うちのギルドマスターは戦いたそうにしてるのよ。本当に困るわ……』


 水晶玉の輝きがなくなった。念話が終わったみたい。


 それにしてもフェル姉ちゃんは凄い。アンリの予想の斜め上をいつも行ってくれる。


「ヴァイアちゃんがいるから派手な事はしないと思ってたんだけど、そんなことはなかったね。予想通りというかなんというか。大丈夫だとは思うんだけど、ちょっと心配かな」


「フェル姉ちゃんは強いから心配しなくても大丈夫だと思う」


「強さに関しては心配してないよ。ギルドマスターぐらいの実力でフェルちゃんをどうこうするのも無理。でも、ほら、フェルちゃんは人族と仲よくしようとしてるじゃない? 何があったか知らないけど、魔族として怖がられちゃうかなって」


「フェル姉ちゃんなら大丈夫。全然怖くないし。むしろ皆と仲良くなって帰ってくる可能性の方が高い」


 ディア姉ちゃんがきょとんとした後、笑った。


「そうだよね。フェルちゃんはあんなに強いのにやさしいし嫌われる要素はないか。心配するだけ無駄だね。よーし、それじゃババ抜きしようか?」


「ううん。今日はもう帰る。そろそろ夕飯のお時間。フェル姉ちゃんのことが聞けただけで満足」


「そお? でも、アンリちゃん、私のために遊んでくれるんだよね?」


「大丈夫。ディア姉ちゃんは今のままでもアンリは好き」


「あはは、ありがと。それじゃまた明日ね。フェルちゃんの事が分かったらまた教えてあげるよ」


「うん。それじゃ、バイバイ」


「それじゃーねー」


 ディア姉ちゃんに手を振ってから外へ出た。いつの間にか結構暗くなってる。


 フェル姉ちゃんについていけなかったのは残念だけど、ディア姉ちゃんから情報を貰える感じだから悪くないかな。また、明日フェル姉ちゃんの事を聞こうっと。

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