第17話 戦いの匂い
なんだか周りが騒がしい。アンリはまだ眠いのに。張り切って二度寝したい。
「アンリちゃん、そろそろ起きて。ソドゴラ村へ帰るから支度しないと」
ヴァイア姉ちゃんの声が聞こえた。それに体がゆすられている。
なんでアンリのお家にいるんだろう? それにソドゴラ村へ帰る……?
――あ、そうだった。昨日はエルフの村にお泊りしたんだった。
上半身だけ起き上がる。ヴァイア姉ちゃんが笑顔でこっちを見てた。
「おはよう、アンリちゃん」
「おはよう、ヴァイア姉ちゃん」
「えっと、大丈夫かな? 昨日、遅くまで起きてたけど眠くない? 眠かったらおんぶしていくから言ってね?」
「顔を洗えば大丈夫だと思う。洗面所はある?」
ヴァイア姉ちゃんに教えてもらった場所で顔を洗う。歯も磨きたいけど、はみがきがないから家に帰るまで我慢。
うん、顔を洗ったから少しだけ目が覚めた。でも、気を抜くとまた寝ちゃいそう。ちょっとほっぺたを叩いておこう。
あれ? よく見たら、ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんしかいない? フェル姉ちゃんとヤト姉ちゃんはどうしたんだろう?
「フェル姉ちゃん達はどこ?」
ディア姉ちゃんがテーブルに何かを置いてから、アンリのほうを見た。
「なんだか分からないけど、傭兵団の人が来てるみたい。今、その見張りをしてるらしいよ……アンリちゃん? なんでそんなに私を見つめてるの?」
「ディア姉ちゃんの寝癖がすごい。一歩間違えば芸術。いつもはオシャレさんなのに」
「間違えたら芸術なんだ……? まあ、髪質がちょっとね。でも、頑固な寝癖も櫛でとかせば問題ないよ。あとはいつものバンダナをつければ完璧だね!」
「いつもの三角巾のこと? 緑色のオシャレなヤツ?」
ディア姉ちゃんの服は全体的に緑っぽいものが多い。頭に付けてる三角巾も。多分、森で迷彩するため。侮れない。
「三角巾でもいいけど、私的にはバンダナなんだよね! それはともかく、これがアンリちゃんのお弁当ね。ヤトちゃんから渡してもらったよ」
テーブルに並べていたのはお弁当だったんだ。アンリの物以外もある。ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんの分かな?
「ありがとう。夕食に食べるつもりだったけど、昨日はエルフのお食事だったから残ったままだった。ちゃんと食べておかないと」
「そうだね。さあ、ヴァイアちゃん、私達もお弁当食べよう。ニアさんのお弁当だから美味しいはず」
「うん、残すわけにはいかないから今のうちに食べちゃおうか」
三人でお弁当を食べ始めた。アンリのお弁当はサンドイッチ。昨日、あんなに食べたのに、朝にはお腹が減ってる。もしかしてアンリは燃費が悪いのかな? でも、それを言うならフェル姉ちゃんは悪いを通り越して最悪だ。いつもお腹がすいているみたいで、いくらでも食べちゃう。
あれ? ヴァイア姉ちゃんが干し肉を食べながら扉の方を見て心配そうにしてる。どうしたんだろう?
「ねえねえ、ディアちゃん。フェルちゃん達は大丈夫なの? 傭兵団の人が来てるんでしょ?」
「うーん、大丈夫じゃないかな? 一触即発って感じじゃなかったし。まあ、エルフさんと傭兵さんの問題だからね。私達は関係ないよ」
「そうかな? なにか巻き込まれそうな気がするけど……」
「そういう場合は力で押し通る……しまった。アンリの武器はヤト姉ちゃんに渡したままだ。ヤト姉ちゃんに返してもらおう」
「大丈夫大丈夫。何かあったとしてもフェルちゃんが何とかしてくれるよ。私達はご飯食べてから家の中を片付けしよ。昨日、結構飲み食いしたからね。掃除しておかないと」
うん、昨日はたくさん食べた。リンゴジュースは至高。
「リンゴってお高いもの? 大銅貨三枚で買える? アンリの肩たたき券と交換してもらいたい」
「こういうときは商人ギルドに所属しているヴァイアちゃんに聞こう。どうかな?」
「……肩たたき券が一万枚くらいあればなんとか……」
「一万というのは千の上だよね? そんなにない。リンゴはそんなにお高いんだ?」
「リンゴはエルフの森にしかないからね。それにエルフの人は人族と取引なんてしないから、市場に出回っているリンゴは全部盗品と言われているくらいで、正規で流通なんてしてないんだよね。だから値段も高いんだ」
残念。アンリの財力じゃリンゴを買うことはできないみたい。せめてリンゴを持ち帰っておじいちゃん達の機嫌を取ろうと思ったんだけど。
残念がっていたら、ディア姉ちゃんがポンと手を叩いた。
「でも、フェルちゃんのおかげでソドゴラ村へエルフの人がリンゴとかを売りに来てくれるって言ってたよね? 昨日のジャムとか美味しかったけど、ああいうのを売りに来てくれるのかな?」
「どうだろうね? エルフさんとフェルちゃんの個人的なやり取りだけかもしれないよ?」
フェル姉ちゃんの独占販売になるのかな? でも、フェル姉ちゃんと交渉すればリンゴを分けてもらえるかな? 同じ村のよしみで肩たたき券十枚くらいと交換して欲しい。
「ヴァイアちゃんはエルフさんと交渉できそうなものを持ってないの? お金じゃなくてもその辺の石ころで作った魔道具と交換して貰ったら?」
「そういう手はあるかもしれないね。ちょっとエルフさんと交渉してみようかな……」
ぜひとも頑張ってほしい。ヴァイア姉ちゃんの雑貨屋でリンゴが扱われるようになったらお裾分けとかもらえるかも。それに値段が高くても、村でリンゴが食べられるようになったら嬉しい。
ちょっと話込んじゃったから、掃除が遅くなっちゃった。残りのサンドイッチを急いで食べてからみんなで掃除を始めた。アンリのホウキ捌きをみておそれおののくがいい。
ある程度片付いたら、フェル姉ちゃんが入ってきた。
「掃除してたのか。助かる。さて、用事は終わったから帰るぞ」
ヤト姉ちゃんも家に入って来て、荷物を亜空間にポイポイ入れてた。アンリの空になったお弁当箱も。やっぱり空間魔法は勉強して覚えないと。おじいちゃんに教えてもらおう。
フェル姉ちゃんは家の中をぐるりと見渡してから頷いた。
「うん、大丈夫だな。よし、帰ろう」
フェル姉ちゃんの言葉に従って、皆で外に出る。
昨日は楽しかった。あんな日がずっと続けばいいのに。
今日はもう村に帰るけど、昨日は色々勉強になった様な気がする。強くなるコツみたいなものも聞けたし、これからモリモリ強くなろう。
……あれ? フェル姉ちゃんが止まっちゃった。どうしたんだろう?
「待て待て、なぜここでやるんだ。もう帰りたいから、私達が帰った後にやってくれないか?」
フェル姉ちゃんは何を言っているんだろう? よく見えないからちょっと横にずれて見てみよう。
エルフの人達と傭兵の人達が向き合っているみたいだ。
「ほっほっほ、フェル殿もぜひ居て頂きたいですな」
「ああ、アンタにも居てもらいたい」
エルフのおじいちゃんと、傭兵団にいる黒髪の人がフェル姉ちゃんの方を見てそう言った。フェル姉ちゃんは凄く嫌そうな顔をしている。
でも、アンリには分かる。ピンときた。これは戦の匂い。見逃しちゃいけない。
「戦の匂いがする。フェル姉ちゃん。見ていこう?」
「アンリはちょっと黙っていてくれるか。それに、言っておくが、これからアンリは村長に怒られるんだぞ。もしかしたらここに来た奴ら全員が怒られる。少しでも早く帰って謝った方が良い」
「大丈夫。たんこぶは子供の勲章。問題ない」
村を抜け出したときから、その未来は不可避。覚悟はできてる。
それでもフェル姉ちゃんは帰ろうとしたけど、昨日外へ放り出されたミトルってチャラそうなエルフがお土産を渡すことを条件に交渉してきた。
交渉というか、事前に決められていたみたいに、フェル姉ちゃんはここに残ることになった。聞いたことがある。これは「ちょろい」というアレ。
事情はともかく、ここに残ることになった。アンリには分かる。これから面白いことが起きる。
これだからフェル姉ちゃんと一緒にいるのは楽しい。
エルフの人が土の地面にゴザを敷いて、そこへフェル姉ちゃんが座った。胡坐で。アンリにそこへ座れと言っているようなもの。なら遠慮なく座ろう。
あと、飲み物が必要。こういうのは特等席で、美味しいものを飲みながら見るのがいい。
「はじめて。あと、リンゴジュースもってきて」
昨日、突撃した時と同じ。みんながアンリを注目している。これでアンリがこの場を支配した。誰がボスなのか皆に伝わったはず。こうやって今のうちから外堀を埋めておこう。
でも、エルフと傭兵団の人達は何をするのかな?
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