第18話 帝位簒奪

 

 泊った家の前にゴザを敷いてフェル姉ちゃんが座っている。その膝にアンリが座った。


 目の前には左側に傭兵団の人達。右側にはエルフの人達がいる。


 傭兵団の一番手前は、多分だけど団長。その人がフェル姉ちゃんと同じように土の地面にゴザを敷いて座っている。着ていた鎧とかは脱いでいて今は軽装。武器も手放しているから丸腰だ。


 団長の後ろには女の人と、男の人が立っている。この二人はちゃんと装備しているみたい。でも、男の人は上半身に何も着ていない。あれは無防備ってアピールなのかな?


 その二人の後ろにも三人いて、女の子が二人と男の子が一人いる。傭兵団のほうは全部で六人だ。


 エルフの人達はおじいちゃんみたいな人が三人座っていて、その後ろにミトルってチャラそうな人と、もう一人、厳つい感じのエルフが立っている。その後ろにはエルフ達がずらりと並んでいて、手には弓矢を持っているみたい。


 エルフの方はいつでも戦えるぞって感じ。やっぱり戦いが始まるのかな?


 個人的にはエルフの方を応援したい。リンゴは大事。


 そんなことを考えていたら、団長が座ったまま頭を下げた。


「まずは名乗らせてもらおう。傭兵団『紅蓮』の団長をしているディーンだ。早速だが、謝罪しよう。エルフ達にいらぬ騒動を与えてしまい申し訳ない。今は無理だが、落ち着いたら今回の詫びに何でもしよう」


 グレン? 昨日、ヴァイア姉ちゃんが言ってた傭兵団の名前はクレナイって名前だった気がする。違う傭兵団なのかな?


 団長のディーンって人とエルフのおじいちゃん達が色々と話をした。難しい言葉もあったからよく分からないけど、まとめるとこんな感じ。


 エルフの皆を騙してごめん。でも、戦争するからエルフの力が必要。今度の戦いに力を貸して。


 ものすごく虫のいい話。アンリだったら手伝わないな。


 しかも戦う相手はルハラ帝国。かなり強い軍事国家だっておじいちゃんから聞いてる。エルフの人達を仲間にしたくらいで勝てるものなのかな?


 そもそも傭兵団の兵力を知らないから何とも言えないけど、ルハラ帝国と同じだけの兵力を集められるとは思えない。でも、冗談でこんなことは言わないはず。例え戦力的に劣っていてもやるつもりなのかも。


 それにエルフの人達は、敵対しなくても、この森で戦略魔道具の試し打ちされちゃうみたい。


 色々と条件があるけど、アンリだったらどうしようかな?


 こういう問題はいつもおじいちゃんが出してくれる。アンリもちょっと考えてみよう。こういう勉強だったらいつも楽しいのに。


 あれ? いつの間にか皆が黙ってる。どうしたのかな?


 ディーンって人が周囲を見渡してから大きく息を吸ったみたい。


「俺が今の皇帝を殺し、新たな皇帝となる。そうすれば、ルハラ帝国がエルフの森に攻め込んだりはしない。だから、俺が皇帝になるために力を貸してくれ」


 ……皇帝になる? ディーンって人は継承権を持っているってことなのかな? いや、持っていた?


 そういえば、おじいちゃんがそんなことを言ってたっけ? 帝国で皇帝が殺されちゃって皇帝が変わったとか、そんな話を聞いたことがある。


 でも、ディーンって人は生きてるわけだから、皇帝じゃないはず。本当なら今の皇帝よりも継承権が高いってことなのかな?


 エルフのおじいちゃんが顎のおひげを触ってる。アンリも触りたいけど、我慢。


「貴方が皇帝になる? 帝位を簒奪するということですかな?」


「傍から見たらそうだろう。だが、俺は継承権を持っている、いや持っていた、か。簒奪したのは今の皇帝だ。それを取り戻す」


 やっぱりそうなんだ。でも、本当かな? いうだけならアンリだって継承権を持っているって言える。


 フェル姉ちゃんはどう思っているのかな?


 振り返りつつフェル姉ちゃんを見たら、興味なさそうな顔をしてる。聞いてはいるみたいだけど、早く終わってくれって感じの雰囲気がすごい。


「信じられませんな。それに仮に貴方が正当な皇帝だったとしても、力を貸す必要はありませんな」


「何故だ? このままではエルフの森は戦略魔道具によって滅ぼされる可能性があるのだぞ? そうなるぐらいなら力を貸してくれても良いのでは?」


「エルフにメリットがない。それに――もがもが」


「アンリ、黙ろう。な?」


 フェル姉ちゃんに口を押えられた。せっかくアンリが指摘してあげようとしたのに。


「お嬢ちゃん、どういうことかな?」


 ディーンって人はアンリの言葉に食いついた。なら指摘してあげよう。でもその前にフェル姉ちゃんの手だ。これを何とかしないと。


 でも、こういう時の対処は知ってる。口を押さえられたら噛む。そういう護身術。でも、フェル姉ちゃんだから甘噛みにしておく。


 ものすごく嫌そうに手を離してくれた。これでアンリを邪魔する手はない。ガンガン指摘しよう。


「皇帝になったら森に攻め込まないと言っていたけど、そんな保証はどこにもない。そんな口約束に命は掛けられない」


 そもそも、皇帝の継承権を持っているって話も怪しい。


「俺が皇帝になったらエルフの森だけでなく周辺国とも戦争はしない。それは決定事項だ。今の仲間たちにも公言している。だからその約束を破ることはない」


 やれやれ。ディーンって人は何も分かってない。鼻で笑っちゃう。


「笑止」


「なんだと?」


 笑いが止まると書いて笑止。あれ? 鼻で笑ったら笑止じゃない? ……難しい事は後にしよう。


 おじいちゃんに鍛えられているアンリならすぐに問題を見つけ出せる。一個一個指摘してあげよう。


「ルハラが戦争を止めても、ウゲンとトランは止めない。それ以前にルハラが内戦状態になったら確実に侵攻してくる。戦争を起こしても貴方が皇帝になる前にルハラが滅ぶ。エルフはそれを待つだけで良い」


 おじいちゃんはいつも言ってる。国を攻め落とすなら周辺国に気を使わないとダメだって。アンリもそう思う。


「待つのは良いが、戦争が始まる前に戦略魔道具がエルフの森に使われるぞ?」


「それはない。使われた後なら周辺国がルハラに隷属して、もっと強大になる。そうなればルハラには勝てない。貴方は戦略魔道具が使われる前に戦争を始めるはず」


 ルハラ帝国、トラン王国、ウゲン共和国は奇跡的なバランスで成り立ってるっておじいちゃんから聞いてる。バランスが崩れたら一気に取り込まれるとも聞いた。


 ルハラ帝国が力を付けたら、トラン王国はともかく、ウゲン共和国は取り込まれちゃうと思う。そうなったらもう勝ち目はない。今が一番弱い時だと思ってやらないと。


「なら、俺が帝位を諦めた場合はどうする? 内戦がなければ、ルハラ帝国はエルフの森に戦略魔道具を使ってくるぞ? 今、手を組めば、俺たちを利用できるとも言えるぞ?」


「貴方は諦めない。だからその条件は意味がない」


 エルフを騙そうとするなんて相当な覚悟が必要なはず。諦められるようなことなら、最初からそんなことはしない。


 ディーンって人が驚いてる。でもすぐに笑った。


「そうだな、諦めない。お嬢ちゃんが正しい」


 おじいちゃんとの勉強が役に立った。ここはドヤ顔してもゆるされる。ちょっとのけ反っておこう……フェル姉ちゃん、暴れないで。


 あれ? でも、何だろう? ディーンって人の後ろの方にいる小さな男の子もちょっと笑ってる気がする。なにか面白いことがあったのかな?


「お嬢ちゃんならどうする?」


 質問された。ならここはアンリの知識を惜しみなく披露しよう。おじいちゃんの受け売りだけど、アンリの手柄にする。


「ルハラの皇帝になれても、国内が疲弊しては他国に攻め込まれる。短期間で疲弊することなく決着をつけることが必要。国内で陽動的なクーデターを起こして、手薄になった帝都に少数精鋭で攻め込み、皇帝を倒すのが手っ取り早い。ただし、暗殺は駄目。皇帝を倒したときに貴方が正当な皇帝だと宣言しなければ、別の人が皇帝になる可能性が高い」


 おじいちゃんはこういう作戦が大好きなんだと思う。いつも国落としの戦略をアンリに教えてくれる。いつかアンリにやれって事なのかな?


 ディーンって人は感心したように「なるほどな」って言ってる。でもまだまだ。


「でも、この作戦は貴方が正当な帝位の継承権を持っている、もしくは持っていたことが大前提。無ければ、ただの反逆者で終わる」


「それは問題ない。言うことは出来ないが証明できるものをいくつか持っている」


「なら、アンリの言えることはこれぐらい」


 一気にしゃべったから喉が乾いちゃった。でも、アンリのリンゴジュースはもうない。フェル姉ちゃんのジュースを貰おう。大丈夫、フェル姉ちゃんは大人だから怒ったりしない。


 皆がアンリの事を色々言ってる。こういう目立ち方、嫌いじゃない。後でおじいちゃんにお礼を言わないと。


「フェル殿は何か意見がありますかな?」


「ああ、アンタの意見も聞きたい」


 エルフのおじいちゃんと、ディーンって人がフェル姉ちゃんに意見を求めてる。


「いや、興味がない。もう、終わりで良いだろ」


「フェル姉ちゃんの意見も聞きたい」


 アンリも聞きたい。フェル姉ちゃんならどんな風に国を落とすのかな?


 ものすごいため息をつかれた。この位置だとアンリにため息がかかるのに。


「作戦のことはどうでもいい。だが、ディーンは皇帝になって何をしたいんだ?」


 フェル姉ちゃんは、皇帝になることよりも、皇帝になってからの事を言い出した。それって必要なのかな? 皇帝になればめでたしめでたしじゃないの?


 でも、フェル姉ちゃんの言っている事を聞いていると、確かに皇帝になってからの事の方が大事な気がしてきた。


 帝位を簒奪しても、また簒奪される可能性だってあるんだ。それを考えておかないとダメかも。


 それに皇帝になったからって、皆がいきなり言う事を聞いてくれるわけじゃない。そうなると他国から攻められちゃう。フェル姉ちゃんの意見は正しい。


 ……いけない。皇帝になっただけじゃダメだ。そこからも大事。それに皇帝になってから考えるのは遅いって言ってる。アンリもそう思う。その前に手を打っておかないと。


 これはフェル姉ちゃんに完敗。おじいちゃんの作戦じゃダメだ。皇帝になれても、すぐにルハラ帝国が終わっちゃう。


「フェル姉ちゃん。私が短慮だった。初めての敗北。悔しい」


 剣でも負けたけど、あれはまだ本気じゃない。でも、今回は本気だった。おじいちゃんの知恵も借りたのにアンリは敗北。アンリが皇帝になっても、認められずにまたクーデターが起きちゃうんだ。


 でも、これは模擬戦みたいなもの。練習でならいくら負けてもいい。


 ここからはフェル姉ちゃんの考えを引き出しつつ、アンリの知識として蓄えないと。


 勉強は嫌いだけど、こういうのは大好き。よし、頑張るぞ!

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