第19話 上に立つ者の役目

 

 ディーンって人がフェル姉ちゃんにどうすればいいか聞いている。


 その返答は「自分で考えろ」だった。


 確かにそうかもしれない。皇帝を目指しているのに、他人に聞いてばかりじゃダメ。フェル姉ちゃんが言う通り、そんな皇帝には誰もついてこない。


 でも、ディーンって人はまだ皇帝じゃないし、アンリも違う。ならフェル姉ちゃんの考えを聞いておかないと。


「フェル姉ちゃんがこの人の立場ならどうする?」


「コイツの立場じゃないから、考えるだけ無駄だ。余計なことはしない」


 ディーンって人に教えなくてもいいからアンリには教えて欲しい。


「後学のために教えて」


 フェル姉ちゃんが複雑そうな顔をしている。アンリの熱心さに驚いたのかも。そしてまたアンリに息が掛かるくらいのため息をついてから説明してくれた。


 フェル姉ちゃんの説明だと、皇帝になった後で味方してくれる人を探しておく必要があるみたい。皇帝になっても、周りが認めてくれるかどうかは分からないから、ちゃんと根回ししておかないとダメってことかな?


 ……何だろう? フェル姉ちゃんがディーンって人をジッと見つめた。そして軽くため息をつく。話は続けてくれるみたいだけど、なにかあったのかな?


 次にフェル姉ちゃんは極悪非道なことを教えてくれた。おじいちゃんから聞いた魔族のイメージそのもの。


 ウゲン共和国とトラン王国を戦争させるように仕向けるって言った。ルハラでクーデターが起きたら他国が攻めてくる可能性があるから、それをさせないためにそういう事をするみたい。


 ディア姉ちゃんからちょっとだけ批判の声が上がった。


 アンリもそう思う。やって良い事と悪い事ってあると思う。


「確かに酷い。だが、物事の優先順位を考えるべきだ。その時点で皇帝ではなかったとしても、皇帝を目指しているなら、ルハラ帝国とその国民を最優先に考えるべきだな。他国に攻められてしまったらルハラ帝国の国民が酷い目に遭う。そうなるぐらいなら他国同士を戦争させるぐらいの事をしなくてはな」


 これは結構考えさせられる。フェル姉ちゃんの言う通りかも。極悪非道だとおもったけど、綺麗ごとだけじゃダメなんだ。全ては守れないんだから、守れる物だけはどんなことをしても守らないと。それが皇帝の――上に立つ者の役目だと思う。


「勉強になる」


 やっぱりフェル姉ちゃんは凄い。絶対、部下にしないと。強い上に、参謀ポジションもいけるなんて最高。


 あとは状況が分からないから答えられないみたい。


 ディーンって人はこれだけでも十分成果があったみたいで、「参考になった」って言ってる。うん、アンリも参考になった。


 でも、フェル姉ちゃんはちょっと難しそうな顔をしている。説明した内容が上手くいかないと思っているのかな? アンリはいけると思う。


 その後、フェル姉ちゃんは戦略魔道具の事を聞いていた。エルフの人達のために何とかする気なのかな?


 フェル姉ちゃんは聞くだけ聞いたら「もう帰る」って言った。うん、アンリも色々勉強したし、今日はもう十分。早く帰って最後の修羅場を乗り切らないと。ここは怒られる人を増やしておじいちゃんの怒りを分散してもらおう。


 最後にエルフのおじいちゃんが、世界樹を枯らしたかって聞いてた。ディーンって人は枯らしていないって言ってる。でも、何だろう? フェル姉ちゃんの心臓がどきどきしてる? アンリの頭にそんな振動が伝わってくる。何か知っているのかな?


 いつの間にか傭兵団の人は無罪になったみたい。フェル姉ちゃんも無罪だから、罪人なんていないってことになった。みんなで無罪放免。めでたしめでたし、なのかな? とりあえず解散。これで終わりだ。


 最後まで楽しかった。これからアンリは怒られるけど、元は取った感じ。これなら怒られてもお釣りがくる。


 でも、あれは何だろう? スライムちゃん達が大きなカブトムシを連れてきた。あと、シャルロットちゃんが荷台を運んでるみたい。


 フェル姉ちゃんとジョゼフィーヌちゃんが話をしてる。フェル姉ちゃんは遠い目をしているけど大丈夫かな?


 お話が終わったみたいだから、カブトムシがなんなのか聞いてみよう。


 フェル姉ちゃんは、傭兵団の人と話を始めちゃった。ならジョゼフィーヌちゃんに聞こう。


「ジョゼフィーヌちゃん、このカブトムシさんはどうしたの? 固そうだけど食べるの?」


 カブトムシがびくっとなった。驚かしちゃったかもしれない。


 ジョゼフィーヌちゃんは首を横に振って、地面に文字を書き始めた。


『昨日の夜に出会って拳で語り合いました。私が勝ったので村に連れて帰ります。エルフ達はフェル様を連行したのですからやり返します。これで手打ちです』


「そうなんだ。うん、分かる。やられたらやり返す。それは当然の事。でも、村に住むなら家族だからイジメちゃダメだよ?」


『はい、もちろんそんなことはしません。村でなにか力仕事をしてもらうつもりです。畑を耕すとかですね』


 確かにパワーはありそう。角でポーンと投げ飛ばせる感じ。アンリも軽くやって貰おうかな。少しでも空を飛べるってロマン。


 そういえば、カブトムシって普通に飛べたような気がする。全長三メートルくらいあるけど、こんなに大きくても飛べるのかな?


「カブトムシさんは空を飛べるの?」


 コクン、と頭を下げた。立派な角が当たりそうでちょっと危なかったけど、ジョゼフィーヌちゃんが防御してくれた。気を付けるように注意してる。


「そうなんだ。それじゃいつかアンリを乗せて飛んで。空を自由に飛べるって素敵」


 またカブトムシさんはコクンと頭を下げた。今度は大丈夫。角は当たらない。


 空を飛べるってどんな感じだろう。楽しみ。


 周りを見たら、いつの間にかみんなで帰る準備をしてる。フェル姉ちゃんはまだ傭兵団の人と話しているけど。


 帰りはシャルロットちゃんが持って来た荷台をカブトムシさんが引っ張って運んでくれるみたい。


 荷台は屋根がない四角い箱型で、木製の車輪が二つ付いてる。エルフの人が使っていた物らしいけど、ボロボロだったから貰ってきたとか。ちょっとだけ直して、村で本格的に直すみたい。格好良くしてほしい。


 あれ? スライムちゃん達がヤト姉ちゃんの亜空間に何か入れているけど、あれは何だろう? エルフの人達から戦利品を奪って来たのかな?


「ヤト姉ちゃん、何をしているの? 亜空間に入れているのはなに?」


「これは私がエルフさんと交渉して交換してもらったものだよ」


 ヤト姉ちゃんに聞いたのに、ヴァイア姉ちゃんが答えた。


 聞いてみると、魔道具と色々な食べ物を交換したとか。見た感じかなりいっぱいある。


「ヴァイア姉ちゃんの雑貨屋で売り出すの?」


「そうだね。でも、食べ物だからニアさんに渡して料理を作って貰おうかな。その時はアンリちゃんにもご馳走するよ」


「アンリはヴァイア姉ちゃんが大好き」


「嬉しいけど、なんでこのタイミングで言ったの?」


 こういうアピールは大事だと思う。ご馳走してもらえなくなったら大変。


 そろそろアンリも荷台に乗り込もうとしたら、ディア姉ちゃんが荷台から顔を出した。


「ヴァイアちゃん。アンリちゃんを荷台に乗せるから、ちょっと持ち上げてくれる?」


「うん、ちょっと待ってね」


「アンリは高い高いにこだわりがある。こう、わきの下を持って……うん、そう」


 ヴァイア姉ちゃんに持ち上げられて、荷台にいるディア姉ちゃんにパスされた。こういう乗り方も悪くない。お姫様な気分。


 こっちの準備は終わったみたい。後はフェル姉ちゃんだけだ。


 ……まだかな? ちょっと眠くなってきちゃった。


 ようやくフェル姉ちゃんのお話が終わったみたい。傭兵団の人は西の方へ向かって歩いて行っちゃった。木が多いから、すぐに見えなくなる。なんとなくだけど、また会いそう。


 フェル姉ちゃんはこっちへやってきた。そして今度はエルフの人達と別れの挨拶をしている。


 村から連行された時は不穏な感じだったけど、今はそんなことない。和気あいあいだ。


 挨拶が終わったら荷台に乗りこんできた。膝はアンリの場所。座ってもなにも言わないから問題なし。


 ディア姉ちゃんが「じゃあ、しゅっぱーつ!」って声をあげた。そうすると、荷台が動き出す。


 ジョゼフィーヌちゃんほどじゃないけど、これも速い。


 フェル姉ちゃんの膝の上で空を見上げる。今日はポカポカして気持ちがいい。森の中だから日差しはちょっとしかないけど暖かい。


 カブトムシさんが引っ張る荷台はほとんど揺れないけど、わずかに揺れる振動がアンリの眠りに誘う感じ。


 これは寝ちゃっていいってことだと思う。ジョゼフィーヌちゃん達が護衛をしてくれてるみたいだし、気を抜いても大丈夫なはず。


 昨日は遅くまで起きてたし、アンリはまだ子供。寝るのが仕事と言っても過言じゃない。それにフェル姉ちゃんが温かい。あらがうのは無理。


 昨日と同じように、フェル姉ちゃんにくっ付いたまま寝ちゃおう。


 それじゃ、おやすみなさい……。

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