第20話 責任

 

 気持ちよく寝ていたら、なにか声が聞こえてきた。多分、ディア姉ちゃんの声。


「ジョゼフィーヌちゃんだっけ? このままじゃ村の門は入れないよ? カブトムシさんのほうが大きいし。どうして中に誘導しようとしてるの?」


「スララスラララ」


 ジョゼフィーヌちゃんの声だ。多分「大丈夫です」って言った。


「えっと、問題ないのかな? ……いや、問題あるよね? あれ? ぶつかるよね? あ、あ、あぁ!」


 なにか大きな音が聞こえて、荷台がものすごく揺れた。フェル姉ちゃんの膝から転げ落ちそうになる。でも、耐えた。


 さっきのショックでフェル姉ちゃんも起きだしたみたい。でも、状況をよく分かってない。周囲を見て眉間にシワを寄せて周囲を見てる。


 ヴァイア姉ちゃんも今起きたみたい。キョロキョロしてる。ヤト姉ちゃんは冷静だけど、耳がピンと立っていて驚いているみたい。


 えっと、アンリも分からないけど、どういう状況なんだろう?


 よく見ると、カブトムシさんが村の門に突っ込んでた。どうみても入れる大きさじゃないのに。


 無理やり入ろうとしたから、門がちょっと壊れちゃった。おじいちゃんに怒られるかも。


 村のみんなが集まって来て騒がしくなっちゃった。それにおじいちゃんも家から出て来た。どうすればいいんだろう?


「あ! そうか、これなら!」


 ディア姉ちゃんが小さな声で何か言ってる。あれは悪だくみの顔。


 おじいちゃんが近くにやってきた。アンリの方を見てちょっとだけホッとした感じになる。でもすぐに威圧的な笑顔になった。これは雷が落ちる前触れ。


「フェルさん、これはどういう状況ですかな?」


 あれ? ディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんの背後に回った?


「皆で怒られよう?」


 そんな声が聞こえた。フェル姉ちゃんは慌てた感じで皆をみたけど、目をそらされたみたい。


 ……ピンときた。これはチャンス。フェル姉ちゃんには悪いけど、巻き込まれてもらおう。あとでヒマワリの種をあげるから許してほしい。肩たたき券も付けるつもり。


 アンリはしっかりとフェル姉ちゃんを見据えた。こういう時は堂々とする。堂々と巻き込む。


「一蓮托生」


 フェル姉ちゃんは、訝し気な顔をしてから慌てた。


「待て、村長。これは罠だ。私を巻き込むためにコイツらがわざと入り口を壊したんだ」


 状況からすると、ジョゼフィーヌちゃんがやったと思う。こうやってフェル姉ちゃんを巻き込むために。


 でも、おじいちゃんにはバレバレだった。


 フェル姉ちゃんは無罪放免。森の妖精亭に一人で行っちゃった。ここはアンリも一緒に行こう。色々とうやむやにしないと。


「お前達、どこに行くつもりだ? お前達はすぐに家に来なさい。説教する」


 人生はそんなに甘くない。アンリはそれをいま思い知った。昨日からの経験値を踏まえて、アンリはちょっとだけ大人になったかも。


 元々怒られるのを覚悟で行ったんだし、ちゃんと怒られよう。そして罪のない綺麗な体になる。


 でも、今のアンリ達は罪人。だから大人しく連行される。ヴァイア姉ちゃん達も一緒だし、アンリだけが怒られるわけじゃない。だから大丈夫。


 ジョゼフィーヌちゃん達やカブトムシさん、それに植物系の魔物のみんなは我関せずだ。門を壊したのはジョゼフィーヌちゃんの発案だと思うけど、それを認める気はないのかも。そして門の修理を始めだした。アンリもあんな風に自由に生きたい。


 アンリ達が家に入ると、お父さんとお母さんいた。


 お母さんは何も言わずにアンリに抱き着いてくる。


「無事でよかったわ」


「うん、ヤト姉ちゃん達がいたから大丈夫だった」


「そうね、でも、私達を心配させた罰は受けてもらうわよ?」


「それは覚悟の上。いくらでも怒られる」


 お母さんが離れると、今度はお父さんが来た。


 そして何も言わずにアンリの頭をなでてくれた。何も言わないけど、心配してくれていたんだと思う。いつもよりも撫で方が優しい。いつものナデナデよりもさらに上があるとは驚き。


「さて、お前達。これから説教するが、フェルさんが来るまで正座していてもらおう」


 多分、かなり軽い罰。床は木製だからちょっと痛いけど、これくらいは我慢できる。


 みんなで正座した。


 おじいちゃんはゆっくりとアンリ達を見渡してからため息をついた。


「みんな無事だったからいいものの、何かあったらどうする気だったんだ。それにアンリを連れて行くなんて何を考えている」


 これはいけない。門を壊したことは皆で怒られるけど、フェル姉ちゃんを助けに行ったのはアンリの発案。ボスとしてアンリが優先的に怒られないと。


「おじいちゃん、待って。フェル姉ちゃんを助けに行ったのはアンリが言いだしたこと。皆は手伝ってくれただけ。怒るならアンリだけにして」


「……ニアからその話は聞いている。アンリが言い出したことだが、おいていかれたのだろう? アンリがそれを追っていったのも知ってる」


「なら――」


「しかし、だ。アンリだけ村に帰すことだってできたはず。それに三人だけで行くという事に関しても私は村長として怒らないといけない」


 今はフェル姉ちゃんを助けに行ったことを怒ってるんじゃなくて、みんなの行動を怒っているということなのかな?


「まず、ヤト君。貴方がフェルさんを助けに行くのは問題ない行為だと思う。だが、みんなを巻き込むのはよくないね」


「申し訳ないニャ」


 ヤト姉ちゃんが頭を下げている。でも、ヤト姉ちゃんはアンリのワガママを聞いてくれただけ。おじいちゃんに怒られるスジはない。


「おじいちゃん、ヤト姉ちゃんはみんなの護衛をしてくれただけ。お礼を言うならともかく、怒っちゃダメ」


「アンリ、それも知ってはいるが、怒らなくてはいけないことなんだ。本来なら年長者であるヤトさんはみんなを止める立場。心配だから護衛を引き受けたのだろうが、本当に心配しているなら行くのを止めるべきなんだよ」


「その通りニャ。アンリ、庇ってくれているのは嬉しいけど、これは私が自分で判断して行動したことニャ。大人なら事情は関係ないニャ。私は皆を連れてエルフの森に行ったという結果をちゃんと怒られるべきニャ」


 そういうのはよく分からない。結果だけで判断するなら情状酌量が必要なくなっちゃう。


 でも、ヤト姉ちゃんは自分が怒られるべきだって思ってるみたい。なら何も言わない方がいいのかも。ヤト姉ちゃんの覚悟を邪魔しちゃいけないと思う。


「ヤト君は大人だね。ヤト君本人の性格なのか魔界での教育なのかは分からないが、ちゃんと反省しているならこれ以上言う必要もないだろう。では次、ヴァイア君とディア君」


「は、はい!」


「はい」


 ヴァイア姉ちゃんはちょっとおっかなびっくり、ディア姉ちゃんは結構落ち着いている感じだ。


「二人ともなんでこんな無茶をしたんだね? 君達はそんなに行動的な子でもないだろう? なんで今回に限ってこんな過激な事を?」


「フェ、フェルちゃんが友達だからです!」


「ヴァイアちゃんと同じ理由です」


 アンリはお友達というか部下にしたいからだけど、ヴァイア姉ちゃん達はフェル姉ちゃんが友達だから助けに行ったみたい。


「……たった数日で二人ともフェルさんを友達だと思っているのか。年齢が近いというのもあるだろうが、フェルさんの人徳なんだろうね。困るわけじゃないが、色々と心配事が増えそうだ」


 おじいちゃんはため息をついてから、ヴァイア姉ちゃん達を見た。


「君達は十五歳を過ぎた大人だ。自分の行動には責任が持てる歳。たとえ何かがあって死んだとしても、それは自分の責任だろう。でも、君達には心配してくれる人がいると言う事を忘れちゃいけない。大人だし、物事の責任はとれるだろうが、それで周りを心配させるのは無責任だと言えるだろう」


「は、はい……ごめんなさい……」


「すみませんでした」


 ヴァイア姉ちゃん達がおじいちゃんに謝ってる。


 でも、これって全部アンリが企画したこと。ヴァイア姉ちゃん達が大人で責任が取れる歳だとしても、アンリが怒られるべきことだと思う。


「さて、最後はアンリだ」


「うん」


「三人が私に怒られていた所はみていたかい?」


「うん、見てた」


「どう思った?」


「アンリが怒られるべきことを、代わりに怒られている感じがした」


「そうだね。アンリ、お前はまだ小さい。何も出来なければ、責任もとれない。三人がアンリの代わりに怒られたんだ。だからアンリの事は怒らない。みんなが代わりに怒られたからね」


「え……?」


 そんなのってない。みんなが怒られて、アンリだけ無罪放免なんて。


「おじいちゃん、そんなのはダメ。アンリにも怒って」


「いや、怒らないよ。これがアンリへの罰だからね」


「アンリへの罰……?」


「そうだ。アンリはなんの責任も取れないのに皆を巻き込んだ。そして皆が怒られた。アンリの代わりにだ。皆がアンリを止めたのに、アンリはみんなについて行った。アンリは悪くないよ。アンリを村に戻さなかったみんなが悪いんだ」


「これはアンリが計画したこと。なら発案者のアンリが怒られるべき。そういうつもりで村を抜け出した。だから怒って。アンリにも謝るチャンスを――」


「アンリに謝る機会はない。それがアンリへの罰。覚えておきなさい、アンリ。お前の行動によってみんなが謝る羽目になったんだってね」


 アンリのせいで皆が怒られて、アンリは謝る機会がない。そんなのってひどい……そっか、これがアンリへの罰なんだ。アンリが皆を巻き込んで、皆に罪をなすりつけたも同然。そんな罪悪感を持っていろっていう罰。


 ちらっと三人を見たら、皆が微笑んでる。多分、気にするなって意味。


 ……アンリは自分で責任が取れないことをやらかしたんだ。怒られないし、謝れない……すごく悪いことをした気分。ちょっと泣きそう。


「アンリ」


 おじいちゃんが呼んでる。でも、顔を上げられない。


「もう一度言うが、今日の事をしっかり覚えておきなさい。そしてまだみんなから守られている子供にすぎないということをちゃんと理解するんだ」


 おじいちゃんの声が優しい。やっぱり怒ってはくれないんだ。


「さて、説教はここまでだ。皆、よく無事に戻ってきた。そしてアンリ、よくやったぞ」


 なんでアンリは褒められているんだろう? 皆を無責任に巻き込んで大変な事をしたのに。


「今回の件は確かに褒められたことじゃない。でも、村に住んでいるフェルさんを助けに行こうとした気持ちだけは、おじいちゃんとして嬉しく思う。フェルさんだから、という理由があったかもしれないが、たとえそうでも、アンリは正しいことをしたんだよ」


「うん……」


「アンリが大きくなっても、仲間を見捨てずに助けようとする気持ちだけは、ずっと持っていて欲しい。その気持ちや行動がいつかアンリを助けてくれるはずだからね」


「うん、村の皆は家族。家族は見捨てちゃいけないっておじいちゃんはいつも言ってる。アンリもそう思う」


 おじいちゃんは笑顔で頷いた。


「さあ、皆、もう怒ってないから安心しなさい。まあ、門の事もあるしフェルさんが来るまで正座はしていてもらうけどね。その間、エルフの森でなにがあったか聞かせてもらえるかな?」


 おじいちゃんが皆に色々と聞いている。アンリの出番はなさそう。


 昨日から今日にかけて色々あった。


 フェル姉ちゃんを助けに行った事は後悔していない。でも、アンリはその行動に責任が取れない年齢。だからアンリの代わりに皆が怒られた。


 アンリは卑怯者だということ。


 早く大人になりたいな。全ての行動に責任が取れる歳になりたい。


「たのもー」


 そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんがやってきた。


「遅いよ、フェルちゃん! 足がもう無理! 限界! 折れちゃう!」


 ディア姉ちゃんがフェル姉ちゃんに文句を言ってる。そもそもアンリのせいで正座させられてるのに。


「折れるわけないだろ。罰がそんなもので済むなら良かったじゃないか。それにアンリは何も言わずに堪えているぞ?」


 アンリへの本当の罰は正座じゃない。もっと大きな罰にちょっと落ち込んでいたけど、フェル姉ちゃんの顔をみたら元気が出てきた。


「正座には慣れてる。それに、多分、麻痺耐性スキルを覚えた。アンリには効かない」


 フェル姉ちゃんが複雑そうな顔をしてる。


「フェルさんが来たので、罰はここまでだ。皆、正座を解きなさい」


 おじいちゃんは罰がここまでって言った。正座の罰は終わっても、アンリの罰は続くと思う。


 今日の事をしっかり胸に刻んでおこう。アンリにはまだ責任も無責任もないんだ。誰かがアンリの肩代わりをすることをしっかり理解しておかないと。


 それにしてもフェル姉ちゃんが来てから毎日がすごく新鮮。とくに最近はすごく濃い日だった。フェル姉ちゃんがいると、これからもいろんなことが起こりそうな気がする。またやらかしそうだから注意しないと。これからは頑張って耐えようっと。

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