第21話 アンニュイ
窓の外は今日もいい天気。
でも、アンリの心の中はどしゃ降り。ハリケーンと言ってもいい。
おじいちゃんはもう怒ってないし、アンリの行動を褒めてくれた。でも、アンリは責任を取れないのに皆を巻き込んだ。そしてアンリの代わりに怒られた。すごく申し訳ない気分。
「あら、アンリ、今日は食事のときから元気がないみたいだけどどうしたの?」
朝食を食べたあと、なんとなくそのまま座っていたら、おかあさんがアンリの正面に座ってきた。そして微笑んでる。
「おかあさん、アンリは昨日の事でちょっとだけへこんでる。別の言い方をすると、アンリはアンニュイ」
よく知らないけど、多分、アンニュイの使い方は合ってるはず。こう、がっくり、って感じ。違ってても語感がいいからアンニュイって事にしよう。
「おじいちゃんはもう怒ってないって言ってたし、よくやったって褒めてたでしょ? ちゃんと反省しているならもう気にしなくていいんじゃないかしら?」
「そんなことない。これはアンリへの罰。悪いことをしたのに怒られないって、怒られるよりも辛い感じ。それに謝れないのも同じくらい辛い」
イタズラした時に怒られるのは当然。ギリギリまでシラを切るけど、最後は謝って手打ち。それが必要。
でも、今回は怒られるような事をしたのにアンリは怒られてもいないし、謝ることも出来ない。アンリの代わりにヴァイア姉ちゃん達が怒られて、アンリの代わりに謝ってた。
考えただけでため息が出ちゃう。
「そうね。でも、反省しているなら大丈夫よ。ヴァイアちゃん達だって怒ってなかったでしょ?」
「うん、みんな大人。アンリのせいなのに誰もアンリの事を怒ってなかった。でも、これまた怒ってないから、アンリは皆に謝ることが出来ない」
「なら、お礼を言ってきたらどうかしら? 助けてくれてありがとうって。謝れなくてもお礼は言っていいと思うわよ?」
おかあさんが輝いて見える。
「それは盲点だった。さすが、アンリのおかあさん。その提案にものすごく賛同できる。それは年の劫というやつ?」
「そんなに歳じゃないのよ?」
おかあさんの顔は笑っているのに目が笑っていない。いけない。おかあさんに言ってはいけないことがあるのを忘れてた。歳の話は厳禁。ここは逃げの一手。
「おかあさん、アンリはそろそろ勉強の時間。おじいちゃんを呼んでくる」
「……本当にそれほど歳じゃないのよ? そりゃピチピチとはいわないけどね?」
念を押された。大事な事なんだろうけど、アンリにはよく分からない。でも、いいことは聞けた。勉強が終わったらヴァイア姉ちゃん達にお礼をしに行こう。
でも、その前にまずは勉強だ。準備しておじいちゃんを呼んで来よう。
用意をしてから、おじいちゃんのいる書斎までやってきた。扉を二回だけノックする。コンコンって音が結構好き。
「おじいちゃん、お勉強の時間だよ」
『もうそんな時間か――おや?』
そんな声が聞こえてきてから、おじいちゃんが扉から出て来た。
「アンリ、今日は随分と早いじゃないか? まさかとは思うが、昨日の事があったから真面目にしようとかいう事なのかい? もう、怒ってないから、そんな風にしなくてもいいんだよ?」
「そういう理由じゃない。本当に真面目に勉強するつもり」
「理由を聞いても?」
「昨日、フェル姉ちゃんに敗北した。だからもっと知識を身に着けて次は勝つ。リベンジのための勉強」
「ふむ、昨日は聞けなかったが、なかなか面白そうな話のようだ。ちょっと勉強前に聞かせてもらおうか。さあ、一緒に行こう」
おじいちゃんと一緒に勉強する部屋へ移動した。
ここで食事をしたり、村の皆と話し合いをしたりする万能な部屋。すぐに外へ出られる扉があるのもポイント高い。
おじいちゃんとテーブルに向かい合って座る。アンリ専用の椅子は、ちゃんとテーブルに届くのが嬉しい。足をブラブラできるのも最高。
「さて、昨日はエルフの話だけしかしなかったのだが、他にも何かあったのかい? フェルさんと何の勝負を?」
「フェル姉ちゃんと知恵比べみたいなことをした。でも、アンリは敗北。アンリは皇帝になれても、クーデターが起きてすぐに帝位を奪われる。そして放浪の旅に出る感じ。その後、大きな竜を倒してドラゴンスレイヤーとして名を馳せるところまでは想像したけど、負けは負けだと思う」
おじいちゃんがポカンとしてる。ドラゴンスレイヤーは言い過ぎたかな?
「ええと、なんでアンリが皇帝になるのかな? そもそもなんでそんな話に?」
「エルフの森にルハラの帝位を簒奪しようとしている人がいた。エルフが危ないから手を貸してほしいって言ってたけど、そんな事にはならないとアンリが見破った。そこまでは問題ないんだけど、その後が問題。帝位を簒奪するために、アンリの作戦を教えてあげたんだけど、それだけだと皇帝にはなれても、すぐに皇帝の座を奪われそうだった。ううん、確実に奪われると思う。残念」
おじいちゃんの口が開いたままだ。お行儀が悪い。でも、このまま続けちゃおう。
「フェル姉ちゃんはちゃんと皇帝になってからのことも考えていて、そうならないように、皇帝になってから味方してくれる人を探しておけって言ってた。皇帝になるまでの事だけじゃなくて、その後のことも考えていなかったアンリの敗北。くやしいから、もっと勉強してフェル姉ちゃんに負けない知識を得るつもり」
これからは真面目に勉強しよう。そしてやらない時は全力でやらない。そう、メリハリ。メリハリが重要。
「えっと、アンリ? そのルハラの帝位を簒奪しようとしている人とは? 名前を聞いたかい?」
「たしか、ディーンって人」
「……ディーン……? 確か、大粛清で……いや、生き残ったのか……?」
「おじいちゃん?」
「……他には誰かいたかい? そのディーンに従っているような人のことなんだが」
「ディーンって人は傭兵団『紅蓮』の団長だった。その傭兵団の幹部が五人いた。女の人三人と男の人が二人。ヴァイア姉ちゃんの話だと『紅』って傭兵団だったみたいけど、名前を変えたみたい」
「『紅』か。撤退戦では無類の強さを誇った傭兵団の事だね」
「おじいちゃんはその傭兵団の事を知ってるの?」
「……まあ、昔ちょっとね。アンリ、すまないが、ちょっと勉強は待ってくれ。お父さんと話してくるから」
「うん、分かった」
おじいちゃんはテーブルを立って別の部屋に行っちゃった。せっかく勉強にやる気を出しているのに、出鼻をくじかれた気分。
少し待つと、おじいちゃんが戻ってきた。
「待たせたね」
「おとうさんに用事だったの? なにか問題?」
「いや、そうじゃないよ。ウォルフ――お父さんにはちょっと調べて貰いたい事があってね。お父さんは明日からちょっとルハラへ行ってくるからその話をしてたんだよ」
「そうなんだ? アンリも行っていいの?」
「いやいや、ダメだよ。お父さん一人だけだ。お使いみたいなものだからね」
「そうなんだ。それじゃお土産を頼まないと。戦力を整えるために剣が欲しい。エルフと戦った時もアンリは木の上にいただけで何にもできなかった。あれはボスとしてどうかと思う」
もっと先陣を切って戦わないと。
「……そんなことをしたのかい?」
しまった。ヴァイア姉ちゃん達はそこまで言ってなかったのかも。でも、もう言っちゃった。後には引けない。
「大丈夫。ちょっとエルフと手合わせしただけだから。森に火はつけてないよ?」
「そんなことしたらエルフの人達と全面戦争になってたよ……まあいい。それじゃ勉強を始めようか」
「うん。今日からバリバリ勉強する。そしてフェル姉ちゃんを倒す」
アンリが本気で勉強したときのすごさにおそれおののくがいい。いっぱい勉強して次の知恵比べの時はフェル姉ちゃんに勝利するぞ。
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