第22話 牛、豚、ニワトリ

 

 今日は色々と書き取りの練習。腕が痛くなるほど書いた。これは多分、腕を鍛える訓練。


 窓の外をみたらもう夕方。いつもより時間の進みが早い感じ。ちょっと張り切り過ぎたかも。でも、あとちょっとだから頑張ろう。


 書き終わった分をおじいちゃんに見せたら、おじいちゃんは笑顔になった。


「うん、いいね。それじゃ、今日はここまでにしようか」


「もう終わりでいいの? いつもより早いと思う。あ、でも、嫌ってわけじゃない。むしろ、どんと来いって感じ」


「今日は頑張ったようだからね。少し早めに終わらせよう」


 勉強を頑張ると早く終わるなんて、そんなルール知らなかった。これを知れたのはフェル姉ちゃんのおかげ。後でお礼を言いに行こう。


 勉強道具の後片付けをして、アンリの部屋に持っていく。ちゃんとしまってから、また勉強した部屋に戻ってきた。


「おじいちゃん、それじゃ遊びに行ってくる」


「ああ、構わないよ。今日はしっかり勉強したんだから、後は遊びなさい」


 よし、許可もでた。フェル姉ちゃんと遊び倒す。でも、今日はその前に皆にお礼をしに行かないと。


 気合を入れて外へ飛び出そうとしたら、おかあさんに呼び止められた。


「アンリ、今日の夜はピーマンだから心の準備をしておいてね」


 それはアンリにとって死刑宣告も同じ。そんな軽く言わないで欲しい。


「おかあさん、やっぱり歳の事を言ったから――」


「違うわよ。そんなことで嫌がらせをするわけないでしょ。元々その予定だったの。だけど、明日からお父さんが出かけるでしょ? ピーマンだけじゃなくてお肉もあるから安心して」


 安心できる要素は全くないけど、ピーマンだらけの夕食じゃないならまだ大丈夫かも。でも、今日の夜はピーマンという事実が色々とテンションを下げてくる。


 なんとか対策を考えないと。でも、その前にお礼をしてこよう。まずはディア姉ちゃんからかな。


 ドアを開けて外に出た。


 あれ? 広場に村の人じゃない誰かがいる。誰だろう?


 家に戻ってドアを閉めた。一応確認しておかないと。


「おや、アンリ。遊びに行ったんじゃないのかい?」


「おじいちゃん。村の広場に強そうな牛さんと豚さんとニワトリさんがいる。これはあれかも。にわにはにわにわとりがいるってやつ。多分、裏庭にはいないと思うけど」


 そもそも庭じゃなくて広場だけど、多分似たような物だと思う。


「うん? ロンの飼っている動物達が逃げ出したのかな? でも、強そう……?」


 おじいちゃんが窓からお外を見た。ちょっと顔が引きつってる。でも、すぐに真面目な顔になった。


「ウォルフ! アーシャ! 広場に魔物がいる! 武器を持て!」


 おじいちゃんがおとうさんとおかあさんに指示を出している。でも、魔物? あの牛さん達は魔物なのかな?


 もう一度よく見ようとドアを開けようとしたらおかあさんに止められた。


「アンリ、危険だから外へ出ちゃダメよ」


「あれは魔物なの? 牛さんや豚さんが二足歩行しているだけだと思うけど?」


「牛の方はミノタウロスって魔物よ。豚はオーク。本来ならそれほど脅威になる魔物じゃないけれど、あれは強いわ。それに持っている武器が厄介ね。ものすごく強そう……ミスリル、もしかしたらオリハルコン製かも。でも、なんでそんな武器を持っているのかしら?」


 ミスリルにオリハルコン。ものすごく硬い金属だって聞いたことがある。それで出来た武器を持っていると結構威張れるとかディア姉ちゃんに聞いたことがある。アンリも欲しい。


 でも、牛さんと豚さんが魔物なら、あのニワトリさんも魔物なのかな?


「あのニワトリさんも魔物なの?」


「そうね、あれはコカトリス。あの集団の中では一番厄介よ。緑色のブレスを吐くんだけど、それに触ると石になるの。くちばしでの攻撃も同じね。出来るだけ風上で戦わないと危ないわ」


 どういう理屈でそうなるのかは分からないけどすごい。ピーマンを投げたら石にしてくれるかも。


『フェ、フェルちゃん! 村に魔物が襲ってきたよ! 助けて!』


 外からディア姉ちゃんの声が聞こえた。もしかしたらフェル姉ちゃんに助けを求めたのかも。


 あ、フェル姉ちゃんが戦うなら見ておかないと!


 ドアを開けるのは無理そうだから窓から見学。おじいちゃんの横に立って窓の外を見る。


『ここを襲うというなら私が相手だ』


 フェル姉ちゃんが悠然と魔物達の前に立つ。格好いい。


 おじいちゃんは、おとうさんが持って来た槍を持ちながら、アンリと一緒に窓の外を見てる。そしてちょっとだけ息を吐いた。


「フェルさんは村を守ろうとしてくれているようだね。魔族なのにおかしな人だ」


 おじいちゃんはそう言いながら笑ってる。フェル姉ちゃんなんだから当然だと思うけど、おじいちゃんの中だと違うのかな?


 外を見ていたら、おとうさんがおじいちゃんに近づいてきた。


「我々も行きますか?」


「いや、フェルさんに任せてみよう。強そうな魔物だが、フェルさんの相手にはならないと思う。下手に手伝うと足手まといになりそうだ。だが、いつでも行ける様にしていてくれ」


「わかりました」


 フェル姉ちゃん一人に任せるみたい。アンリがもっと大人で強かったらフェル姉ちゃんのサポートをするのに。もっともっと強くならなくちゃ。


 あれ? でも、ちょっと様子がおかしい気がする。牛さんも豚さんも武器を地面に置いちゃった。


 おじいちゃん達も不思議に思っているみたい。


 牛さんからフェル姉ちゃんに何かを渡した。手紙みたいだ。


 それをフェル姉ちゃんが読む。そうしたら、手のひらになにかを書いて飲み込んでるけど何をしているのかな? あ、ちょっとよろけた。


 そして思いっ切りため息を吐いてる。牛さん達がちょっとビクッとなってる。


 おじいちゃんが、「ふむ」と言った。


「どうやら危険はなさそうだな。フェルさんの知り合いなのかもしれん。ちょっと話を聞いてこよう」


「分かった。アンリも行く。サポートは任せて」


 そんなアンリの意見は却下された。仕方ないのでこのまま外を見る。


 牛さん達は広場の端っこの方へ移動して座った。膝を抱えて。なにがあったんだろう?


 そしてフェル姉ちゃんとおじいちゃんが話をしている。でも、すぐに話は終わったみたい。フェル姉ちゃんは森の妖精亭へ行っちゃった。そしておじいちゃんは家へ戻ってきた。


「あの魔物達はやっぱりフェル姉ちゃんの知り合い?」


「そのようだね。スライムちゃん達と同じ魔界の魔物で、フェルさんの部下のようだ。森の開拓用に呼んだと言っているが、それは嘘だろうね。ただ、私と話をする前に絶対に暴れるなと命令していたみたいだし、村を襲うために呼んだわけじゃないのは、はっきりしているよ」


「フェル姉ちゃんがそんな事するわけない」


 おじいちゃんは笑顔で頷いた。


「はは、そうだね。私もフェルさんがそんなことをしないと確信しているよ。それにあの魔物達が来たのはフェルさんにとっても予想外だったようだね。魔界に連絡すると言っていたよ」


「それじゃもう危険はない?」


「そうだね。危険はないだろう。それじゃ私は村の皆に大丈夫だと言う事を伝えてくる。心配しているだろうからね。お前達も武装を解きなさい」


 おとうさんとおかあさんは一緒に頷いてから別の部屋へ行っちゃった。そしておじいちゃんは外へ出る。


 アンリは一人残されたけど、特に何も言われてない。なら、フェル姉ちゃんの部下に挨拶しておかないと。


 念のため、おとうさん達にバレないように、こっそり外へ出る。


 そしておじいちゃんにも見つからないように、牛さん達のところへ移動。抜き足、差し足、しのび足。


 そして対面。膝を抱えて座っている牛さんと豚さん、それに普通に座っているニワトリさん。近寄ったら、不思議そうな顔でアンリの事をジッと見つめてる。


 それじゃまずは自己紹介。


「私の名前はアンリ――」


「スラスススラススススラララ?」


 ジョゼフィーヌちゃんの声に遮られた。というよりも、アンリの存在に気づいていなかったみたい。牛さんが大きいからかな。ジョゼフィーヌちゃんがアンリに気付いたらペコリと頭を下げてきた。


「モーモーモモーモーモモー」「フゴフゴフゴ、ブヒブヒフゴ」「コッケコケコケ」


 よく分からないけど、何かしゃべってるみたい。多分だけど、ジョゼフィーヌちゃんが、なんでここにいるんだ、と聞いて、牛さん達が、フェル姉ちゃんに呼ばれたって言ったと思う。


 ジョゼフィーヌちゃんが腕を組んで考え込んじゃった。でも、数秒後に頷いて地面に文字を書き始める。


『ここだと邪魔になると思うので畑に連れて行きます』


「そうなんだ。ならアンリも行く。自己紹介が途中だったから」


『分りました。では一緒に行きましょう』


 今日はディア姉ちゃん達にお礼をしに行こうかと思ったけど、まずはこっちの対応をしよう。お礼は明日。だって、こんな刺激的なことを先延ばしには出来ない。それにアンリがボスだって教えるには最初が肝心。さっそく皆でお話しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る