第16話 パジャマパーティー
フェル姉ちゃんにちょっと怒られた。主にディア姉ちゃん達が。
アンリは右足を人質に取っていたからそんなにお咎めは無かった。ジョゼフィーヌちゃん達もお咎めはないみたい。というより、怒られる前に移動しちゃった感じ。アンリも見習いたい。
フェル姉ちゃんがエルフから借りているという家に入った。当然フェル姉ちゃんの膝の上はアンリの指定席。有無を言わさず座る。拒否権はない。
色々と話を聞くと、どうやらフェル姉ちゃんは冤罪だったみたい。
本当に無実だとはびっくり。アンリのイタズラはほとんどが真実なのに。
それにエルフの森にある世界樹を治したし、どこかの傭兵団を倒してエルフからの信頼も勝ち取っていた。しかも、いきなり家に入ってきたチャラそうなエルフを一撃のノックアウト。
さすがはフェル姉ちゃんだ。
でも、今はみんなから質問攻めをされてタジタジしてる。
「フェルちゃん? さっきのプロポーズってどういう事かな? ここは素直に白状した方がいいと思うの。その話、詳しく教えて!」
いつもが穏やかなヴァイア姉ちゃんがフェル姉ちゃんに詰め寄ってる。目が怖い、というよりも、好奇心でいっぱいな目だ。
さっき入って来たチャラそうなエルフが「フェルからのプロポーズは受けられない」とか言ったことが発端だと思う。
「それはアイツの勘違いだ。食事を作ってくれと言ったのをプロポーズと勘違いしただけだから、これっぽっちも関係ない」
「プロポーズ以外で、どうしてそんなことを言うの!」
「いや、だからそれはな――」
ヴァイア姉ちゃんの追及が止まらない。これがパジャマパーティー。寝る前に恋バナをするのが王道だって聞いたことがある。アンリは初めての経験。
それにこんな時間まで起きてるなんて大人。いつもならベッドで羊を数えている頃。夜更かしは良くないって言うけど、今日くらいは問題ないはず。こんなに楽しいのに寝ている場合じゃない。
明日、おじいちゃんに怒られることは確定だから元を取るためにも今日楽しんでおかないと。
「――それじゃ、全く関係ないの? ロマンス無し?」
「ようやく理解してくれたか。そもそもロマンスなんかあったら、ミトルの奴を外に放り出したりしないだろうが」
あのチャラいエルフはミトルって名前みたい。ノックアウトしてから、流れる様に外へ放り出したからよく見てなかったけど、見た目は二十歳くらいかな? エルフだからもっと年上なのかも。
話がまとまりそうなところでディア姉ちゃんが手をあげた。どうしたんだろう?
「それじゃ魔界にフェルちゃんの彼氏とかいないの? 気になる人とかでもいいけど」
「その話、詳しく!」
「それはアンリも聞きたい。フェル姉ちゃんに彼氏がいたらきっと強い」
フェル姉ちゃんと一緒に部下になって貰おう。
「いないニャ」
ヤト姉ちゃんが答えた。これは個人情報の漏洩にならないのかな?
「ヤト、何でお前が答える? いや、まあ、その通りなんだけど。というか、この間、同じ会話をしなかったか? 魔界から荷物を持ってくるのがイケメンかどうとか聞いて、恋人がいるかどうか聞かれたような気がするぞ?」
フェル姉ちゃん達はそんな会話をしてたんだ? そういう時はアンリも呼んで欲しい。
ディア姉ちゃんがニヤニヤしながら「じゃあさ」と言った。
「幼馴染とかいないの? こう、将来結婚してあげるって言っちゃうような相手がいた可能性はあるよね?」
「そもそも魔界には結婚というシステムがない。そんな約束をするわけないだろ」
「フェル様が小さい頃はとてつもなく弱かったから、そういう恋愛関係は全くなかったニャ」
「余計なこと言うな。というか、さっきからなんでヤトが答えるんだ? たしかに魔族の中じゃ弱かったけど」
フェル姉ちゃんの子供時代にはすごく興味がある。強くなるためのヒントがあるかも。
ジョゼフィーヌちゃんは、フェル姉ちゃんが本ばかり読んでいたなんて言ってるけど、それだけじゃないはず。色々聞いておかないと。
「恋愛関係の話じゃなくてもいいから、フェル姉ちゃんが子供だった頃の話をして。やっぱり素振りとかした? 一日百回? それとも千回? あと、腕立て伏せは連続何回?」
「素振り? 腕立て伏せ? まあ隠すような事でもないので言うが、子供の頃にそんなことをしたことはないぞ。いつも本を読んでたくらいだな」
「それは嘘。何もしないで強くなれる訳がない。なにか秘密があるはず。アンリにも教えて。さては腕立て伏せじゃなくて腹筋? もしかしてお腹が割れてる?」
フェル姉ちゃんのお腹をペシペシと叩いた。
おかしい。あんまり固くない。むしろポヨポヨ。
「やめろ。私は魔族なんだから、人族とは構造からしてちょっと違う」
「フェル様は本当に小さなころは何もしてなかったニャ。いつも本を持って読んでるような変な子だったニャ」
「ヤト、だから余計な事は――変な子だと思ってたのか?」
「じゃあ、フェルちゃんはどんな格好だった? 小さい頃は可愛かったんだろうなぁ」
ヴァイア姉ちゃんがそんな事を言っている。見た目なんかどうでもいいのに。強くなった秘密が知りたい。
「フェル様はいつも片手に本を持ってたニャ。あとメガネをかけて、髪も今より長かったニャ。いつもボサボサだったから、私が櫛で梳かしてあげたニャ。服ももっと女の子らしい服だったニャ。懐かしいニャー」
「さっきからなんで躊躇なく説明してるんだ? そういうことは言わなくていいから。子供の頃の話をされたら誰だって嫌だろ?」
ヴァイア姉ちゃんがポンと手を叩いた。
「そういうことなんだね、フェルちゃん!」
「なにがだ?」
「つまり、私達の子供時代の事を聞きたいってことだよね! フェアじゃないことが嫌なんでしょ? じゃあ、私も子供の頃を言うよ!」
「まったく違う。別にお前達の子供時代とか知りたいとか思ってない」
「私はいつも術式の勉強をしてたよ! もう、朝から晩まで勉強して魔法を使えるように頑張ったんだ!」
「いや、聞いてないんだが――」
「私は強制的に勉強と特訓をさせられてたなー、よく覚えてないけど。でも、いつか復讐してやるって思ってるよ!」
「強制的に勉強させられてそれなのか?」
「私は護衛と訓練を兼ねてフェル様と遊んでいましたニャ」
「あれって遊びか? あの頃、お前にボコボコにされたのを今でも根に持ってるんだが?」
「アンリは今が子供時代と言っても過言じゃない」
「知ってる」
知られてた。でも、いいことを聞いた気がする。
フェル姉ちゃんはヤト姉ちゃんと訓練してたんだ。フェル姉ちゃんが強くなった理由はこれかな?
「ヤト姉ちゃんはフェル姉ちゃんとどんな訓練をしてたの? スクワットとか?」
「タダの模擬戦ニャ。アンリの持っている木刀みたいなもので打ち合うだけニャ。先に攻撃を受けた方が負けニャ」
そういうのはアンリもお父さんとやる。毎日のようにやればアンリもフェル姉ちゃんくらい強くなれるかな?
「獣人のヤトについていくのが大変だった。速すぎて捌ききれないんだ」
確かに今日見たヤト姉ちゃんはすごく速い。あっという間に相手に近寄って気絶させてた。これからはパワーよりもスピードの時代なのかも?
あれ? なんでヤト姉ちゃんは微妙そうな顔をしてるんだろう?
「最初はフェル様に勝ててたニャ。でも、その内、全く勝てなくなったニャ……」
「フェル姉ちゃんが強くなったって事?」
「強くなった、と言っていいかどうか分からないニャ。スピードもパワーも当時は私の方が上だったニャ。でも、全然攻撃が当たらなくなったニャ」
「どうして?」
「当時のフェル様が言うには、動きが読める、だったニャ。その意味に気づくまでかなりの時間を要したニャ」
アンリはよく分からない。動きが読めるってことは、未来予知?
フェル姉ちゃんは答える気がなさそう。でも、これは大事。弱くても勝てる方法を知っておかないと。
「フェル姉ちゃん、どういうこと?」
「もういいだろ? そろそろ遅い時間だ。寝よう。明日は早く帰りたいからな」
「パジャマパーティーの次の日はお寝坊してもいい。人族にはそう言う法律がある。知らないの?」
「それが嘘だという事は知ってる……仕方ない。教えてやったら寝るんだぞ? 私は昨日から寝不足なんだ。昨日、今日と夜にたたき起こされて結構つらい」
「分かった。聞いたら寝る。だから教えて」
フェル姉ちゃんはため息をついてヤト姉ちゃんを見た。
「尻尾と耳の動きで攻撃する場所が分かったんだよ。猫耳がペタンとしている時は突っ込んでくるとか、尻尾が下を向いていると、足元へ攻撃してくるとか。単純にヤトの癖を見抜いただけだ」
ヤト姉ちゃんの方を見ると、ものすごく落ち込んでた。
「獣人の本能みたいなものニャ。フェル様が言っていた意味に気付いた時ショックでちょっと寝込んだニャ」
「でも、ヤトの奴、すぐに癖を直して襲って来たんだぞ? 酷い奴だろ?」
「何言ってるニャ。癖を直してまた勝てると思ったら、フェル様はいつの間にか空間魔法を覚えていたニャ。転移されるから攻撃が当たらなくなってさらに勝てなかったニャ! だから私も空間魔法覚えたのに、魔力が少なくて転移が出来なかったニャ! 酷いのはフェル様ニャ!」
「どこが酷いんだ。その代わり影移動ができるようになっただろうが。ヤトの場合、見えない場所から殺気無しで襲って来るから怖いんだよ」
なんだかフェル姉ちゃんとヤト姉ちゃんが言い争ってる。どっちが酷いかを競ってるみたい。
それにしても、いいことを聞けた。そっか、戦ってる人の癖を見抜くんだ。そうすればパワーやスピードが劣っていても勝てるかもしれない。アンリも戦う時は相手をよく見よう。
……あれ、なんだか景色がフラフラしてる?
「アンリ、頭がフラフラだぞ? 眠いんだろ? そろそろ寝よう。私も眠い」
ヴァイア姉ちゃん達も、もう寝ようと言ってるみたい。とうとうアンリにも限界が来た。これ以上、眠気に逆らうのは良くないかも。
「……うん。今日はここまで。続きはまた明日」
「続かないぞ――おい、もしかして一緒のベッドで寝るのか?」
「……大丈夫。アンリの寝相はいい方」
多分だけど。
「いや、そういう心配をしているわけじゃ――」
フェル姉ちゃんがなにか言ってるけど、よく聞こえない。もうダメ。このまま意識を手放そう。
今日は楽しかった。明日も今日と同じくらい楽しいといいな……。
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