第154話 四人の賢い人

 

 フェル姉ちゃんが朝食を食べている間も色々お話を聞かせてもらおう。


 それにしてもフェル姉ちゃんは気前がいい。朝食だけじゃなくてリンゴジュースも奢ってもらった。フェル姉ちゃんは太っ腹。そう言ったらなぜか「太ってない」って反論してきたけど、そういう意味じゃない。


 リンゴジュースを飲みながら、フェル姉ちゃんのお話を聞く。昨日の夜も色々聞いたけど、それ以外にも色々と面白いことがあったみたい。一緒に行きたかったな。今度行くっていう獣人さん達の国にも行けないし、すごく残念。


 スザンナ姉ちゃんもアンリと同じように思っているみたいで、さっきからちょっと羨ましそうにしてる。


 フェル姉ちゃんについていけないなら、アンリが行くところへフェル姉ちゃんを連れて行くべきかな? でも、おじいちゃんはアンリを村の外へ連れて行ってくれないからダメかもしれない。


 この間、エルフさんの森へ行った時は怒られた――よく考えたらあれは怒られてないけど、謝る機会を奪われた感じだから怒られたも同然。ああいう誰かを巻き込むのはもうやめようっと。いまでもスザンナ姉ちゃんを巻き込んでいるけど、スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんだから仕方ない。これからもガンガン巻き込む。でもいつかちゃんとお礼をしよう。


 そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんは朝食を食べ終わったみたいだ。すごく幸せそうな顔をしてる。そしてリンゴジュースを飲みながら何か考えているみたいだ。


「さて、私は出かけるが二人はどうするんだ?」


「アンリ達は午前の勉強が始まる。忍耐力を鍛える時間」


 いつだって午前中はお勉強。長期休暇が欲しい。それかもっとワンパクな勉強をさせてくれないかな。川で魚を取る訓練とか、そういうサバイバル的な。


「忍耐力じゃなく知識を得る時間だぞ。でも、頑張っているようだな。偉いぞ」


「うん、頑張って脱出経路は確保した。まだばれてないからおじいちゃんに言わないで」


「私の言っている頑張り方と方向性が違う」


 脱出したところで、ジョゼちゃん達に捕まるんだけど。むしろそっちが問題。どうあがいても絶望しかない。


 自然とため息が出た。スザンナ姉ちゃんも同じ感じにため息をつく。楽しい時間はすぐに終わっちゃう。


「アンリ、そろそろ行こうか。時間が遅れるとそのぶん伸びるだけだから早めに終わらせた方がいいよ」


「うん。覚悟は決まった。やるかやられるかの戦いに行こう……あ、でも、ここで言いたいセリフがあった。スザンナ姉ちゃん、ここはアンリに任せて先に行って。かならず追い付くから」


「大丈夫。私はアンリを見捨てない。さあ、一緒にいくよ。肩を貸そうか?」


「お前らのその茶番はなんだ?」


「フェル姉ちゃんはノリが悪い。でも、そこがフェル姉ちゃんのいいところ。それじゃアンリ達は勉強に行く。止めないで」


「ああ、うん、止めないからこっちをチラチラ見るな。早く行け」


 仕方ないから食堂を出よう。




 家に帰るとおじいちゃんが出迎えてくれた。


「おかえり、二人とも。昨日は楽しかったかい?」


「ただいま。うん、皆に色々とお話をしてもらって楽しかった。フェル姉ちゃんがババ抜きでラジットって人を倒したところは興奮した」


「……ババ抜き? 何の話だか分からないが楽しかったのなら何よりだね。スザンナ君も楽しかったかな?」


「はい、楽しかったです。私はエルフが女神教の賢者に勝ったところが興奮しました」


「……女神教の賢者? エルフが勝った?」


「えっと、リエルちゃんを攫おうとしたところをフェルちゃんが助けようとしたんですが、フェルちゃんはうまく動けない状態だったらしいです。そこにエルフのミトルさん達が来て助けてくれたとか。リエルちゃんを攫われなくて済んだのはエルフのおかげだって言ってました」


「そういえば、司祭様もそんなことを言っていた気がするね。おそらくリエル君から説明を受けていたんだろう。しかし、相手は賢者か……」


 賢者って賢い人ってことだと思う。でも、フェル姉ちゃんやリエル姉ちゃんに敵対している時点で賢くない。看板に偽りアリだ。


 それはともかくおじいちゃんが考え込んじゃった。


「おじいちゃん、賢者に何かあるの? 知ってる人だったりする?」


「いや、知らないよ。名前は知ってるけどね。たしか賢者シアス。女神教の四賢と言われている一人だ。四人の賢い人って字を書くんだよ」


 四賢ってことかな。でも、あと三人いるんだ?


「他の三人は知ってるの?」


「一人はリエル君だね。聖女リエル。四賢の一人だよ」


「そうなんだ? でも、賢い……?」


 リエル姉ちゃんはいつも誰かと結婚したいとしか言ってないからそういうイメージがない。むしろ獲物を狙う捕食者。賢くなくてもワイルドな感じがすごく好きだけど。


「四人の賢い人と言う字はかくけど、実際に賢いかどうかはまた別の話だからね」


「アンリも村長もすごく酷いこと言ってないかな? リエルちゃん、治癒魔法に関しては相当すごいよ? 町を一つ救ったくらいだし。確かに普段はあれだけど」


 それはアンリも聞いたことがある。メーデイアの町で疫病みたいのが流行ったけど、フェル姉ちゃん達と協力してみんな治しちゃったとか。


「そういえばそうだったね。リエル君に治癒魔法を使わせたら右に出る者はいないってほどの使い手だったよ。治癒魔法は医学知識があるほど効果が高いから、相当勉強したんだろう。そう考えると確かに頭はいいんだろうね――まあ、普段はあれだけど」


 リエル姉ちゃん、普段が足を引っ張ってるみたい。普段のリエル姉ちゃんもアンリは好きなんだけどな。


 ……そうだ。今日はこのまま女神教の勉強になだれ込む感じにしよう。普段のお勉強よりははるかにマシだ。アンリは自分の賢さが怖い。


「えっと、四賢は四人なんだよね? 賢者、聖女と後二人は?」


「アンリは女神教に興味があるのかい?」


「そういう訳じゃないけど、これも勉強」


「まあ、いい心がけかな。色々知っておくのは悪いことじゃないよ。でもおじいちゃんが知っているのはもう一人だけだね。勇者バルトス。この人が四賢の一人だよ。さっき言った賢者シアスと共に魔族と戦った英雄だ」


 それは聞いたことがある。勇者と言えば、女神教の勇者。名前は初めて聞いたかな?


 でも、フェル姉ちゃんのいう勇者はあのセラって人のことだ。女神教の勇者のことじゃない。どういうことなのかな? もしかして自称勇者?


 まあ、それはいいとして四賢はあと一人いる。それはおじいちゃんも知らないのかな?


「もう一人は知らないの?」


「いや、使徒と呼ばれる四賢がいるのは知ってるよ。使徒の字はこうだね。ただ、名前を知らないんだ。たしか異端審問官を統括している人、だったかな? リエル君なら知っているとは思うけどね」


「分かった。ならリエル姉ちゃんに聞いてくる」


「いやいや、そこまでしなくていいから。さて、そろそろ勉強を始めようか」


「おじいちゃん、勉強は女神教のことでいいんじゃないかな?」


「おじいちゃんも女神教のことはあまり知らないんだよ。それに今日の勉強は算術だよ。そろそろ次の段階へ進めようと思ってね」


 まさかの算術。いけない。ここは全力で女神教の勉強をしてもらわないと。


「えっと、女神教はなぜかリエル姉ちゃんを攫おうとしているから、その対策を考えないと。そのためにも女神教の勉強をしよう。特別講師として司祭様とかリエル姉ちゃんを呼べばいいんじゃないかな? むしろ呼ぶべき」


「それもそうだね。でも、それは別の日にしよう。今日は算術。おじいちゃんの頭はそれで決まってるから」


 ダメだ。おじいちゃんがそう言ったらそれで決まりだ。反抗むなしく終わっちゃった。


 仕方ないから悪あがきはやめて勉強をしよう。でも、算術か。こう、天国から地獄へ真っ逆さまって感じ。昨日の夜に楽しかった分、そのしわ寄せが来ている気がする。


 アンリ一人だったら大変だけど、今は頼りになるスザンナ姉ちゃんがいる。頑張って二人で乗り切ろう。

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