第76話 傭兵団
村の西のほうからたくさんの足音が聞こえてきた。森の妖精亭の窓は全部閉め切っているのに、それでも聞こえるほどの大きな音だ。
窓から外を覗くと、広場の中心におじいちゃんが立っている。剣を腰に差しているけど大丈夫かな。
そして村の入口にたくさんの人が見えた。みんな似たような装備をしているけど、それほど規律正しいようには思えない。軍隊じゃないのかな?
たくさんの人たちから一人の男性が出てきた。三十代くらいの男性で金髪のオールバック。なぜかその人だけ服装が違う。全員が赤っぽい鎧を着ているのに対して、出てきた人は黒色の服。あの服装の名前はなんて言ったっけ? キャソック? 牧師さんの服とか聞いたことがあるような。
おじいちゃんの前まで歩くと、丁寧にお辞儀した。
「初めまして。傭兵団『暁』の団長をしているレオールです。ここはソドゴラ村で間違いないでしょうか?」
「アカツキ……ルハラを拠点にしている傭兵団のことですな。たしか常勝無敗だとか」
「博識ですね。ええ、その通りです。失礼ですがお名前を伺っても?」
「ソドゴラ村の村長を務めているシャスラと申します。ところで、この村へは何をしに来られたのでしょうか? 全員が武装しているようですが」
レオールって人はニコニコしているけど、何となく目が濁っている感じ。それにかなり嫌な感じがする。アンリの気持ちが落ち着かないのはこの人のせいなのかも。
「ええ、ちょっと人を探しに来たのですよ。この村にいるとの情報を得ましてね。申し訳ないのですが、逃げられないように周囲を包囲させてもらいますよ。ああ、ご安心ください。その方を捕えるだけで、村に被害は出しませんよ」
誰のことだろう? ユーリおじさんとかディーン兄ちゃんのことかな? もしかしてフェル姉ちゃん?
「驚きましたね。あれは私と同じアダマンタイトですよ。初めて会いますけど」
「え?」
声がしたほうへ振り向くとユーリおじさんがいた。アンリと同じ窓から外を覗いてる。
今の言葉からすると、レオールって人はアダマンタイトの冒険者?
「ユーリおじさん、あの人のことを知ってるの?」
「ええ、名前だけですけどね。通称、神父。アダマンタイトの冒険者でありながら、傭兵団の団長であり、敬虔な女神教の信者でもあります。まさかとは思いますが、フェルさんを狙ってきたのでしょうか?」
「そうなの?」
「アダマンタイトの冒険者に対してフェルさんを討伐する依頼が発せられたのですよ。その依頼は一時的に止められていますが、それを無視してフェルさんを討伐しようと考える可能性はありますね」
そういえば、カブトムシさんも誰かに襲われたって言ってた。もしかしてアダマンタイトの冒険者に襲われたのかな?
でも、今、フェル姉ちゃんは村にいない。なら、このまま帰ってくれるのかな?
「レオールさんと言いましたな。ちなみに、どなたをお探しですか?」
「とある女性です。貴族様からの依頼なのですが、連れ去られた女性を取り戻せとのことでしてね」
女性? ユーリおじさんやディーン兄ちゃんは男性だから違う。となるとやっぱりフェル姉ちゃん? でも、フェル姉ちゃんは連れ去られてなんていない。誰のことだろう?
「まさか……」
ニア姉ちゃんの声が聞こえた。振り向くと、ニア姉ちゃんが顔面蒼白って感じになっている。それに隣にいるロンおじさんも。
「……その探している女性の名前を聞かせてもらっても?」
外からおじいちゃんの声が聞こえた。
「ニアという方です。どうやらロンという男に騙されてさらわれたようでしてね。行方不明だったのですが、この村にいるという情報を得たので取り戻しにきたのですよ。さて、村長さん。ニアを連れてきてもらえますか? こちらとしても村で手荒な真似はしたくないので、自主的に来てくださるとありがたいのですが」
「……少し時間を貰っても?」
「どうぞ。あちらの建物に村の方が全員いらっしゃるのでしょう? 連れて来てもらえるなら助かります」
おじいちゃんが険しい顔でこっちへ向かってきた。そしてみんなの居る食堂へ足を踏み入れる。おじいちゃんは、ニア姉ちゃんのほうを見た。
「ニア……」
「……村長。すまないね。あいつらは私をご指名のようだ。いつかこんな日が来るとは思ってたけど、まさかこんなに早いとはね。ああ、安心しておくれ。すぐにでも出て行くからさ」
ニア姉ちゃんがそう言うと、ロンおじさんが立ち塞がった。
「ニア! 何を馬鹿なことを言ってる! ここを出て行くなんて認めるわけないだろう!」
「馬鹿なことなんて言ってないさ。あいつらが言ったことを聞いていただろ? 手荒な真似はしたくないって。私が黙って出て行けば、それだけで村は無事なんだ。それが一番いい解決方法じゃないか」
「何を――何を言ってる! あの時、お前は俺が守ってやると言っただろう!」
「ああ、覚えているよ。嬉しかったね。でもね、それを実現させる必要はないさ。その言葉だけで、私は幸せだったんだ。それで十分だよ」
ロンおじさんは「ダメだ! 絶対にダメだ!」って何度も言っている。そこへヴァイア姉ちゃんも駆け寄ってきた。
「ニ、ニアさん! 駄目だよ! あの人たちに付いて行くなんて!」
「ヴァイア、すまないね。あんたの親代わりもここまでだ」
「い、嫌だよ、そんなの! ずっと親でいてくれるって言ったじゃない!」
「すまないね。でも、もう決めたことさ。それに――」
ニア姉ちゃんはちらっとだけノスト兄ちゃんのほうを見た。
「アンタには一生を添い遂げたい人がいるだろう? なら、私がいなくても大丈夫さ。いいかい? 世の中に本当に好きになれる男なんて少ないんだ。この人しかいないって思ってるなら、絶対に逃がすんじゃないよ」
「ニ、ニアさん……」
ニア姉ちゃんはヴァイア姉ちゃんを抱きしめてからポンポンと背中を叩いた。そして厨房のほうへ歩いていく。
戻ってきたときには、小さな鞄を持っていて、その鞄の中には包丁とかの調理器具が入っていた。
ニア姉ちゃんはそこから青白く光る一本の包丁を取り出す。それを大事そうに布に巻いてから、ロンおじさんの前に出した。
「この包丁のことを頼むよ。フェルちゃんからの大事なお土産なんだ。私をムンガンの奴に渡したとしても、その包丁だけは死守してくれないかい?」
「そんな、お願い、聞けるわけ、ないだろうが……包丁があっても、お前がいないんじゃ……」
「私の最後のお願いだ。ここへ置いておくから頼んだよ」
ニア姉ちゃんが包丁を包んである布をテーブルの上に置くと、今度はヤト姉ちゃんのほうを見た。
「ヤトちゃん、すまないね。料理のことをもっと教えてやりたかったんだけど」
「……一言、助けを求めてくれれば、あんな奴ら蹴散らすニャ。人族に手を出すのはフェル様の命令に背くことになるニャ。でも、命令違反をしてでも助けてやりたいニャ」
ヤト姉ちゃんの言葉にジョゼちゃんが頷いた。
「もちろん、私も同じ気持ちです。どうか、助けをお求めください。確かにあの者たちは強いかもしれません。ですが、我々なら必ず勝利して見せます」
アンリがジョゼちゃんの言葉を通訳してあげると、ニア姉ちゃんは笑顔で首を横に振った。
「二人ともありがとうよ。でもね、今回退けたとしても、次はどうするんだい? もっと大軍を送ってくるかもしれないよ? ルハラ帝国と言うのは、周囲と戦争をしたい国なんだ。ちょっとでも理由があれば、すぐに攻め込んでくる。ルハラという国と戦争しても勝てるのかい?」
ヤト姉ちゃんもジョゼちゃんも下を向いて何も答えなかった。
「意地悪な言い方だったね。でも、そういうことさ。ムンガンの奴は私をあきらめない。私を手に入れるまでずっと軍を送ってくるだろう。私のせいで村のみんなが傷つくのは見てられないよ」
ニア姉ちゃんはみんなをぐるっと見渡した。
「さて、迷惑をかけたね。私にとってここでの生活は一生の宝だったと胸を張って言えるよ。この思い出があれば、どこでだってやっていける。いままでありがとうよ」
みんな、すすり泣いたり、悔しそうにしたり、すごく辛そう。アンリも悔しい。
「それじゃ、村長。私は行くよ」
「ニア……」
「言っとくけど、絶対にあいつらとは戦わないでおくれよ? 無駄に村を危険にさらす必要はないんだからさ」
ニア姉ちゃんはそう言って、森の妖精亭を出て行った。
急いで窓に近寄り、外を見る。ニア姉ちゃんはレオールって人の前までゆっくりと歩き、目の前で止まった。
「貴方がニアですか?」
「ああそうさ。ムンガンのところへ連れて行きなよ。ただし、この村に少しでも被害を出したら、自決するから注意するんだね」
「素晴らしい。他人のために犠牲になるとは、それこそ女神教の教え。もちろん約束しましょう。女神ウィン様に誓って村を襲うような真似はしません。ですが――」
「ですが、なんだい?」
「身を守るために、村の人を傷つけることは了承いただきたい」
「え?」
いつの間にかロンおじさんが剣を持ってレオールって人に切りかかっていた。あれはおじいちゃんの剣?
「ニア! 行くんじゃない! お前は俺の嫁だ! 誰にも渡すつもりはない!」
「アンタ! 何やってんだい!」
「ふふ、貴方も素晴らしい。勝てないと分かっていても勝負を挑みますか。それと、そちらのお嬢さんも」
ヴァイア姉ちゃんもいつの間にか広場に出ている。
「ニアさん! 行かなくていいよ! たとえルハラと戦争になっても勝って見せるから!」
「二人ともやめな!」
ニア姉ちゃんがロンおじさんとヴァイア姉ちゃんを必死に止めようとしている。
「ヤト様、助けを求められていませんが、我々も戦うべきでは?」
「もちろんニャ。ジョゼフィーヌ、アビスの魔物達に号令を――」
「二人ともおやめください」
おじいちゃんがヤト姉ちゃん達の前に立ち塞がった。
「ロンとヴァイア君は仕方ないですが、村がルハラと戦争になるような行為は避けなくてはいけません。これは村長としてお二人にお願い――いえ、命令させていただきます」
「村長にはお世話になってるニャ。でも、それとこれとは話が別ニャ。ニア様を連れていかれたら、たぶん私はフェル様に殺されるニャ」
「その時は私が盾となりましょう。どうか、お願いします」
おじいちゃんが頭を下げた。ヤト姉ちゃんはすごく険しい顔をしている。
「アンリ様」
ジョゼちゃんがアンリのほうを見た。
「アンリ様は我々魔物達のボス。村長よりもアンリ様の命に従いましょう。どうかご命令を」
アンリの命令を聞いてくれる。アンリとしてはニア姉ちゃんを助けたい。でも、ずっと不安な気持ちが続いてる。それはあのレオールって人から感じる嫌な気配。なにかがレオールって人に取り付いている感じ。それがとても怖い。
たぶん、ジョゼちゃん達でも敵わないなにかがあの人の周りにいる感じがする。
「ジョゼちゃん。今は耐えて。あの人と戦っちゃいけない。勝てるかもしれないけど、被害が大きいと思う」
フェル姉ちゃんがいない時に、従魔であるジョゼちゃん達を怪我させるわけにはいかない。
「ボスの命令は……絶対です。かしこまりました」
ジョゼちゃんがそう言った直後、広場から大きな爆発の音が聞こえた。
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