第75話 不安な気持ち

 

 これは絶対におかしい。


 フェル姉ちゃんが帰ってこない。それに連絡もない。ジョゼちゃんの話だと、念話も届かないみたいだ。正確には妨害されている可能性があるとか。


「フェル様のことですから無事だと思います。メーデイアには遺跡があるようなので、そこへ向かったのではないでしょうか。その遺跡では念話が使えないとか、そういう事情があるのかもしれません」


 ジョゼちゃんもちょっとは心配しているようだけど、そこまで不安には思っていないみたいだ。フェル姉ちゃんのことを信頼しているからだと思う。


 アンリもフェル姉ちゃんが怪我をして動けないとかじゃないと思ってる。でも、連絡がないのは心配。それにカブトムシさんから不安になる話を聞いている。


「フェル様をメーデイアへ輸送中に襲われたんですよ。背丈はアンリ様より大きいですが、ずいぶんと若い人族の女性でしたね。水を操るスキルを使っていて、かなりの強さでした。でも、フェル様が倒されましたよ。その後はとくに敵対してませんでしたね。汚したゴンドラもちゃんと掃除してくれましたし」


 カブトムシさんがゴンドラを掃除しながらそう教えてくれた。このゴンドラは荷台の代わりにグラヴェおじさんが作ったもので安全性が向上したとか。初めてのお客さんはフェル姉ちゃんだったみたいだ。


 それはいいとして、フェル姉ちゃんはアダマンタイトの冒険者に襲われたみたい。フェル姉ちゃんが倒してメーデイアへ一緒に運んだらしいけど、その後のことはカブトムシさんも知らないって言ってた。


 一度勝てたら何度でも勝てるとは思うけど、再戦して大変なことになってるのかもしれない。


 それにメーデイアの冒険者ギルドが大変らしいって話をディア姉ちゃんが言ってた。


「たぶん、フェルちゃん絡みだと思うけど、メーデイアの冒険者ギルドが大変なことになってるみたいでね。何かあったかメーデイア支部に聞いてみたんだけど、情報規制されているみたいで全く分からないんだよ。それにメイドギルドが暗躍しているみたいで、リーン経由でも情報が入ってこないんだ。フェルちゃん、何をしたんだろうね?」


 なにか問題が発生していたら、だいたいフェル姉ちゃん絡みなのはアンリでも分かる。たぶん、何かやらかした。そのせいで帰ってこれないのかな?


「こら、アンリ。勉強中は集中しなさい」


 おじいちゃんが呆れた顔でアンリを見ている。


「心外。アンリはフェル姉ちゃんのことをこれでもかってくらい集中して考えてる」


「勉強に集中しなさいって意味だよ。たしかにフェルさんの帰りは遅いけど、そのうちにひょっこり帰ってくるから安心しなさい。だいたい、フェルさんをどうこうできるわけがないんだから」


 それはその通りなんだけど、なんとなく心がザワザワする。


 フェル姉ちゃんの心配はしてるんだけど、それとは別にフェル姉ちゃんがいないことに不安を感じる。良くないことが起こりそうな気配っていうのかな。なんとなく落ち着かない。


「アンリ? どうかしたのかい?」


「うん、なんというか、寒気がする感じ」


「ふむ、風邪でも引いたのかな?」


 おじいちゃんがアンリのおでこに手を当てた。ちょっとひんやりしたおじいちゃんの手が気持ちいい。


「特に熱はないようだが、体の調子が悪いのかい?」


「わかんない。なんとなく寒いって言うか、背筋がピリピリする」


「もしかしたら風邪の引き始めなのかもしれないね。なら、今日の勉強はここまでにしようか」


 おじいちゃんがそう言った直後に、家の扉をノックする音が聞こえた。


「おや、だれかな?」


 扉を開けると、外にはジョゼちゃんがいた。ちょっとだけ困っているような顔をしている。どうしたんだろう?


「お勉強中にすみません。アンリ様、村長へ通訳をお願いしてもよろしいですか?」


「うん、いいよ。おじいちゃん、お話があるんだって」


「私にかい? 一体、何かな?」


「実は大狼のナガルから連絡がありまして、武装した集団が西からこちらへ向かっているようです。規模は三百人程度。一人だけ強そうな奴がいる、とのことです」


「そうなの? うん、すぐにおじいちゃんに伝えるね」


 ジョゼちゃんが話した内容をおじいちゃんに伝えると、おじいちゃんは顎に手を当てて唸りだした。


「武装しているということは商人ではないな。しかも三百人となれば、それなりの軍隊と言えるだろう。そして西から来たならルハラの軍隊か……ここへ向かっているというよりも、エルフの森へ向かっている可能性がありそうだが――」


「それはなさそうです。エルフの森をすでに通過していると連絡がありました」


 おじいちゃんにそのことも伝える。


「……危険かもしれないな。ジョゼフィーヌさん、ありがとう。その者たちの目的は分からないが、この村を目指している可能性が高い。三百人を相手に勝てる訳じゃないが、身を守ったほうがいいだろう。もしかしたら、村のみんながアビスへ逃げ込むかもしれないが、それは大丈夫かな?」


「もちろんです。フェル様にもこの村を守るように言われています。何かあればすぐにアビスの中へお逃げください。あと、念のため魔物達をアビスへ引き上げさせます。村で魔物が我が物顔で居たら問題があるかもしれませんからね。私だけは森の妖精亭にいますので、なにかあればすぐに言ってください」


「ありがとう、ジョゼちゃん。おじいちゃんにも言っておくね」


 おじいちゃんにそのことを伝えると、おじいちゃんはジョゼちゃんに頭を下げた。


「助かります。魔物の皆さんとフェルさんに感謝を」


 ジョゼちゃんは首を横に振ってから、「感謝は不要です。私達も村の一員ですから」と言って扉を閉めた。


「さて、ちょっときな臭くなってきた。色々と準備をしておくべきだろう。ウォルフ! アーシャ! 来てくれ!」


 おじいちゃんがおとうさんとおかあさんを呼ぶと、色々と指示をだしている。村にいるみんなの避難をまかせるみたいだ。


 おかあさんたちに指示を出した後、おじいちゃんはアンリのほうを見た。


「アンリにもお願いしたいことがある」


「わかった。魔剣を取ってくる」


「いやいや、そうじゃないよ。ジョゼフィーヌさんの通訳をお願いしたいんだ。ヤトさんも魔物の言葉は分かるみたいだが、念のためアンリにもお願いするよ。それにジョゼフィーヌさんの近くにいたほうが安全だろうからね」


「うん。そういうことなら近くにいる。通訳はまかせて」


「よろしく頼むよ。さて、それじゃ私は広場で相手を待とうか。エルフの森を通過しているなら近くまで来ているだろう。ウォルフとアーシャはみんなの避難を頼むぞ。森の妖精亭なら守りに適しているし、裏口からアビスへ向かえるだろうからな。なにかあればすぐにアビスへ逃げるんだぞ」


 おとうさんとおかあさんが頷いた。


「ええ、分かったわ。それじゃアンリ、行きましょう」


「うん、こういう時は早めに行動」


 おとうさんとおかあさんはアンリと一緒に家を出てから、森の妖精亭に連れてきてくれた。そしてすぐに出て行っちゃった。村のみんなをここに集めるために忙しいみたいだ。アンリも邪魔しないようにしないと。


 食堂にはニア姉ちゃんとヤト姉ちゃん、それにジョゼちゃんがいた。三人でお話していたみたい。


 ニア姉ちゃんがアンリに気づいて、近寄って来てくれた。


「アンリちゃん、ヤトちゃん経由でジョゼフィーヌちゃんから聞いたんだけど、村へ軍隊が近づいてきてるみたいだね。ここならヤトちゃんやジョゼフィーヌちゃんもいるし安全だよ」


「うん、たぶん、武力的に負けていないと思うからここは安全」


 そのはずなんだけど、なんだか不安な感じ。ジョゼちゃんもヤト姉ちゃんもすごく強い。でも、不安な気持ちがなくならない。フェル姉ちゃんがいればそんなことも思わないんだろうけど。


「ジョゼちゃん、フェル姉ちゃんから連絡はない?」


「はい、ありません。こちらからも連絡したのですが、通じないようです」


「そっか……」


 不安な気持ちが収まらないままうろうろしていたら、村のみんながここへ集まってきた。


 みんな意外と場慣れしているというか、不安に思っている人はいないみたい。不安に思っているのはアンリだけなのかな?


「アンリ様、ご安心ください。もし村の皆さんを傷つけるようなことがあれば、我々魔物達が黙っていません。今はアビスで待機していますが、私の号令一つで襲い掛かりますので」


「うん、でも、なにかこう、ザワザワする気持ちが止まらないんだ。なんでだろ?」


 なにか嫌なことが起きそうな、そんな気配。こういう時の勘は外れて欲しいな。

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