第77話 確定した未来
建物全体が揺れるような衝撃があった後、すぐに窓に近寄った。
広場にはロンおじさんとヴァイア姉ちゃんが倒れていて、ニア姉ちゃんは傭兵に羽交い絞めされている。
「アンタ! ヴァイア!」
レオールって人がパンパンと自分の服からほこりを払うようなしぐさをしていた。そして大きく息を吐きだす。
「驚きましたね。こちらのお嬢さんは宮廷魔導士か何かですか? あれほどの爆発を起こせるとは。私のスキルが間に合わなかったら、こちらが大怪我してしまいましたよ」
さっきの爆発の音はヴァイア姉ちゃんがやったんだ? でも、レオールって人は無傷っぽい。周囲の傭兵たちは盾を構えているけど、その盾や装備品がボロボロだ。
そんなことよりも、ロンおじさんやヴァイア姉ちゃんが倒れてる。立ち上がらないってことは意識がない?
「おじいちゃん! ヴァイア姉ちゃん達を助けないと!」
「もちろんだ。司祭様、治癒魔法をお願いしたい。一緒に広場へ」
「当然じゃな。急ごう」
おじいちゃんと司祭様が広場へ移動する。そして司祭様はロンおじさんとヴァイア姉ちゃんに治癒魔法を使った。
「まさかとは思いますが、次は貴方が相手をされるのですか?」
「……そんなわけはない。村の方針としては、お前達と争わずにこのまま行かせる……ニア、すまない。ロンとヴァイア君のことは必ず助けるから心配するな」
「ああ、村長、頼んだよ。それだけが心配だからね……」
「それとニアに言っておきたいことがある……絶対に自暴自棄になるな。ニアの……ファンが必ず会いにいくだろうからな。それまで体を大事にしておくといい」
「私のファン?」
「ニアの料理をこちらが幸せになるほどの笑顔で食べる人だ。しばらくすれば帰ってくるだろうから、その人が会いに行くまでちゃんと待っていなさい。ニアもその人に料理を食べてもらいたいだろう?」
村にいる人ならだれでも分かる。ニア姉ちゃんの料理をものすごい笑顔で食べるのはフェル姉ちゃんだけだ。おじいちゃんはフェル姉ちゃんがニア姉ちゃんを助けに行くと、そう言ってるんだ。
ニア姉ちゃんは笑顔になってから頷いた。
「そうだね。あの笑顔をもう一度見ないと死んでも死にきれないよ」
「貴方達は何を言ってるのですか? まあ、貴族様に招待でもされれば、料理くらい食べさせてもらえるとは思いますがね。そんなことよりも、ですよ。手荒な真似はしたくないと思いましたが、こちらもずいぶんと被害を受けました。その分くらいはお返ししましょうかね」
「……女神に誓ったことを反故にされるので?」
「何事もなければ村を襲うつもりはなかったんですがね。こちらとしてもやられっぱなしで何もしなかったとなれば、傭兵団として舐められてしまうのですよ」
村を囲んでいる傭兵の人たちが武器を構えた。
でも、そんな危険な空気を読まずに、ユーリおじさんが広場へ出てきた。さっきまで食堂にいたのに、いつの間に?
「レオールさんでしたよね? 少々お待ちいただけますか?」
「貴方は?」
「初めまして。アダマンタイトの冒険者、ユーリと言います。武器庫、のほうが分かりやすいですかね?」
「ああ、貴方が。大陸の東側を縄張りとするアダマンタイトの冒険者ですね。あらゆる武器を使いこなすので、付いた二つ名が武器庫だとか。お目にかかれて光栄ですよ。ですが、なぜここに?」
「仕事ですよ。まあ、それはいいでしょう。同じアダマンタイトの冒険者として、聞きたいことがありまして……貴方がしていることは犯罪行為なのですが、それはどう考えているのですか? アダマンタイトの品位を落とす真似はやめてもらいたいのですが」
「犯罪? いえいえ、それは解釈の違いです。私はさらわれたこの人を連れ戻せ、と依頼されたのです。それは犯罪行為ではないでしょう? 冒険者ギルドからも正式に依頼を受けているので、犯罪にはなりませんよ」
「そうですか。なら、村を襲うことも犯罪行為ではないと? 今度はどのあたりに解釈の違いがありますかね? それとも正式な依頼があったりしますか?」
「……確かにそんな依頼はありませんね。ですが、こちらは襲われたんですよ? 多少ならともかく、そちらのお嬢さんのせいで多大な損害を被りました。ならばやり返しても問題ないのでは?」
「確かにそうですが、貴方を襲った男性とお嬢さんはすでに意識がなく重体です。十分やり返しているでしょう? それ以上の行為をする必要はないと思いますが?」
二人とも笑顔で話をしている。これはユーリおじさんの勝ちだと思うけど、なんで助けてくれるんだろう?
レオールって人は大きく息を吐いた。
「貴方と戦ってみたいとも思いましたが、より大きな被害が出そうですね。分かりました。こちらとしても、この女性を連れ帰ることが最優先です。ここは貴方の顔に免じて引きましょう」
「貴方が引くなら何もしませんので安心してください。ああ、そうそう。別件ですが、アダマンタイト全員に出された依頼をご存知ですか?」
「魔族を殺せという依頼のことですか? 達成した場合、ヒヒイロカネというアダマンタイトよりも上のランクになれるとか。でも、今はその依頼、凍結されていますよね?」
「ええ、その依頼のことです。その魔族を倒す予定はありますか?」
「いえ、ありませんね。大陸の西側にいるアダマンタイトは忙しいので、わざわざそんなことはしませんよ。偶然会うことがあれば戦いますがね。ですが、急に何の話です?」
「一つ警告しておこうと思いまして。その魔族はとても強いです。近い将来、お会いすると思うので、お気を付けください」
「それはどうも。ですが、とても強い? 戦ったことがあるのですか?」
「ありますよ」
「結果を聞いても?」
「ボコボコにされましたね。しかも本気ではなかったそうです。貴方と戦うときはその魔族が本気を出すと思いますので、死なないようご注意を」
レオールって人は眉間にしわを寄せた。でも、すぐに顔を横に振ってから笑顔になる。
「ご忠告、感謝しますよ。では我々はこれで。女神様の祝福があらんことを……」
レオールって人は優雅に頭を下げてから、ニア姉ちゃんを連れて行った。そして村の周囲からも傭兵の人たちがいなくなる。
ニア姉ちゃんはずっとロンおじさん達のことを見てた。すごく心配そうな目。自分のことよりもロンおじさん達を案じてたんだと思う。
「アーシャ! ウォルフ! ロン達をすぐにベッドへ運んでくれ! 司祭様、しばらくは治癒魔法をお願いします」
「心得た。リエル様の治癒魔法のように完治させることはできないが、命はつないでみせる。あと、手が空いている者は、雑貨店からポーションをあるだけ持ってきてくれ」
ロンおじさん達を空いている部屋に移動させるみたい。大丈夫かな。司祭様が治癒魔法を使ってるけど、すごく心配。
そう思っていたらユーリおじさんが戻ってきた。
「ああいうことは苦手なんですけど、引いてくれて助かりました。時間稼ぎは出来たと思うのですが、あれでよかったですかね?」
なぜかユーリおじさんはジョゼちゃんに向かってそんなことを言ってる。ジョゼちゃんは何も言わずにユーリおじさんに向かって頷いた。
「えっと、時間稼ぎってどういうこと?」
「実はヤト様がユーリ様にレオールの気を引くように頼んでいたのです」
「なんでそんなことを? あれ? ヤト姉ちゃんは?」
いつの間にかヤト姉ちゃんがいなくなっている。どこへ行ったんだろう?
「ヤト様は影移動のスキルを使って、ニア様の影に潜りました。影の中からニア様をお守りするとのことです」
「そうなんだ! じゃあ、ニア姉ちゃんは安全なんだね! しばらくしたらヤト姉ちゃんがニア姉ちゃんを連れ帰ってくる?」
「安全ですが、連れ帰ってくることはありません」
「……それはおじいちゃんやアンリが戦わないでってお願いしたから?」
連れ帰るにしても誰かと戦わないといけない。ヤト姉ちゃんに戦わないでっておじいちゃんがお願いしてるからダメなのかな?
「それもありますが、ただ連れ帰るだけでは、またルハラから傭兵達が来てしまうからですね。それともう一つ理由があります」
「もう一つ?」
「ニア様を救う方は決まっています。それはロン様しかいません。私たちが助けるのは野暮というものです」
確かにそうかもしれないけど、ロンおじさんはひどい怪我だし、相手はルハラの貴族。太刀打ちできないと思う。
「でも、ロンおじさんだけでニア姉ちゃんを取り返すのは――」
「もちろん、ロン様一人だけというわけではありません。この状況を知れば、必ず何とかしてくれる、そういう方をアンリ様はご存知ですよね?」
知ってる。今は村にいないし、この状況も知らないけど、知ったなら必ず助けてくれる。おじいちゃんも、それにユーリおじさんもそうなる未来を言ってた。
「フェル姉ちゃんなら絶対に何とかしてくれるってことだよね?」
「はい。フェル様がこの状況を知れば、必ずニア様を取り戻しに行くでしょう。たとえルハラ帝国と戦争になったとしてもやるはずです。できるだけ早くそうなるように、なんとかフェル様に連絡を取ってみます。念話が届かない理由は分かりませんが、繋がるまで何度も念話を送ってみますので、今しばらくお待ちください」
「うん。よろしくね」
アンリの不安はこんな形で当たった。ニア姉ちゃんが連れていかれて、ロンおじさんとヴァイア姉ちゃんは重体、そしてレオールって人は何となく不気味な感じで勝てそうにない。
昔ならこの状況を受け入れるしかなかったと思う。
でも、今は違う。この村にはフェル姉ちゃんが住んでるんだ。フェル姉ちゃんなら必ずニア姉ちゃんを取り戻してくれる。それは確定した未来だ。
フェル姉ちゃん、みんなが待ってるんだから、早く帰ってきて。
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