第78話 本当の戦い
ニア姉ちゃんが連れていかれて二日経った。
村のみんなはしょんぼりしている。
おじいちゃんもそうだ。アンリにしばらくは勉強をしなくていいと言ってくれた。嬉しいはずなんだけど、あんまり嬉しくない。おとうさんはルハラへ行っちゃうし、家の中も暗い感じ。
「村の者はみんな家族だと言っても、それは自分たちで何とか出来るから言えた言葉でしかない。ルハラという国を相手にそんなことは言えなかったよ。アンリからしたらおじいちゃんは口だけに見えるだろうね」
おじいちゃんが寂しそうにそんなことを言った。
たぶん、夜盗に襲われた時のことだと思う。あの時はヴァイア姉ちゃんが人質になったけど、家族は見捨てないと言って、みんなで夜盗に捕まった。でも、それは捕まっても何とかできるから言えた言葉だという意味かな。
でも、ルハラという国にニア姉ちゃんを連れていかれたときは、抵抗をしなかった。おじいちゃんはどんな時でも村のみんなは家族だっていう言葉を違えたからそんなことを言ったのかも。
たしかにそうかもしれないけど、あの時は仕方なかったと思う。それにニア姉ちゃんは自分から出て行った。それは村のみんなのことを守ろうとしたからだ。おじいちゃんだって、村のみんなを守ろうとしてニア姉ちゃんを止めなかった。
どうすればよかったのかはアンリには分からない。でも、ニア姉ちゃんもおじいちゃんも間違ってはいないと思う。村のみんなもそれは分かってると思うんだけどな。
唯一抵抗したロンおじさんとヴァイア姉ちゃんは宿で眠っている。司祭様とノスト兄ちゃんが二人を診ているって言ってた。アンリは邪魔になるから寝ている部屋には入れない。でも、司祭様にどんな状況なのかは聞けた。
「リエル様がいればすぐに治るのじゃが、儂の治癒魔法では完治に一ヵ月はかかるじゃろうな。まあ、リエル様もすぐに戻られるだろうし、いまも命に別状はないから心配はいらんぞ」
リエル姉ちゃんもフェル姉ちゃんと一緒にいるから、帰って来てくれさえすれば何とでもなると思う。でも、フェル姉ちゃんにもリエル姉ちゃんにも連絡が取れない。ジョゼちゃんが数時間おきにフェル姉ちゃんに連絡しているみたいだけど、まだチャンネルにつながらないとか。
そして魔物のみんなはちょっとだけイライラしている。
「ジョゼ! 村の人族が攫われたのだぞ! なぜここで待機せねばいかんのだ! 村の者は誰であろうと家族であろう! 家族を攫われてなぜのんびりしている!」
「そうクモ。ここで待ってたってなにも解決しないクモ。村長やアンリ様の命令だからと言ってそれに従う必要はないクモ」
「今はまだ動くな。大人しくフェル様の帰りを待て。我々は村の家族であるが、フェル様の従魔であることを忘れるな。フェル様は人族との関係を改善するために人界へやってきた。我々がルハラで好き勝手に暴れていいものではない」
大狼さんやアラクネ姉ちゃん、それに魔物のみんなはニア姉ちゃんを助けに行こうとしてるけど、それをジョゼちゃん達が抑えている。
アンリとしてはどっちの意見もわかる。早くニア姉ちゃんを助けたいけど、フェル姉ちゃんがいない状況でそれをやるのは危なすぎる。フェル姉ちゃんが帰ってくるまでは行っちゃダメだ。アンリもルハラへ行かないようにみんなにお願いしている。でも、そろそろ限界なのかも。
ディア姉ちゃんはほかの冒険者ギルドへ問い合わせをしている。ディア姉ちゃんが忙しくしているのは初めて見た。
「メーデイアのギルドとは直接連絡が取れないんだけど、ユーリさんが王都にある本部に問い合わせてくれたんだよね。どうやらメーデイアの冒険者ギルドのギルドマスターをフェルちゃんが捕まえたみたいなんだよ。それで何の因果関係か、疫病が発生したとか。それで町ごと隔離されているのか、もしかするとフェルちゃんも病気になっちゃったのかな? リエルちゃんでも治せないほどの疫病なのかも」
フェル姉ちゃんが病気? でもリエル姉ちゃんがいるなら大丈夫だと思う。連絡がつかないのは安静にしているとかそういう理由なのかな?
「そうそう、ユーリさんもアダマンタイトの冒険者として、あの行為は見逃せないから色々と手を打ってくれてるみたいだよ」
ユーリおじさん、見た目に反していい人だった。あとでお礼を言っておこう。
そしてちょっと問題なのはディーン兄ちゃん達。ルハラ出身の冒険者ということで、今回の件を疑われていた。でも、ディア姉ちゃんが三人の身元を保証したから事なきを得たみたい。意外とディア姉ちゃんは村のみんなに信頼されているのかも。
そして、ディーン兄ちゃん達は今回の騒動、というか今後の行動をどうするか考えているみたい。
「ルハラの貴族がこんなことをしでかすとは……兄は貴族を抑えられていないんじゃないか? それともどうでもいいと思っているのか?」
「いや、そんなことよりも、これからのことを考えようぜ。賭けてもいいが、フェルの奴は絶対にルハラへニアを取り返しに行くぞ? そうなればルハラは大混乱だ。どうするよ?」
「私はチャンスだと思う。ウル姉さんにも連絡して意見を仰いだほうがいい」
「確かにその通りではあるんだが、しかし、それはあまりにも……どちらかと言えば、ニアさんを救出するのを手伝ったほうがいいのでは? フェルさんに恩を売るという姑息な手段だけど、帝位簒奪も手伝ってくれる可能性はある」
「フェルの何を手伝うんだよ? 大体、フェルには武具の素材を貰ったし、修行する機会やアドバイスもくれたんだぜ? 俺たちはすでに返せないほどの恩を貰ってんだ。ちょっと手伝うくらいじゃ恩返しにもならねぇよ」
「ぐっ……いや、まあ、それは間違ってないけど……」
「そんなことよりも、ディーンが皇帝になってルハラの問題を解決したほうが、フェルや村のためになると思う。恩を返すならそれしかない。たぶん、ウル姉さんも同じことを言うと思う」
「……その通りではあるね。だが、ちょっと待ってくれ。フェルさんが帰ってくる前までには決めるから」
たぶんだけど、フェル姉ちゃんがルハラへニア姉ちゃんを取り返しに行くから、それに合わせて帝都へ攻め込むことを考えているのかも。
いい作戦だとは思うけど、フェル姉ちゃんを相手にルハラは帝都にいる軍隊を動かすかな? フェル姉ちゃんがすごく暴れればやってくるかもしれないけど、そうなると今度はフェル姉ちゃんが危ないような気がする。
どうするにしてもフェル姉ちゃんに連絡がつかないとダメかも……今日の情報収集はこれくらいにしておこうかな。まだ夕食には早いけど、今日はもう家に帰ろう。
家に帰ると、大部屋にはおじいちゃんとおかあさんがいた。アンリを見るとちょっとだけ微笑んでくれる。でも、なんかこう無理してる感じ。
「ただいま」
「おかえり。今日はもう外へは行かないのかい?」
「うん、今日の情報収集は終わり」
この二日間、色々な人に話を聞いたけど、だいたいは同じだ。
フェル姉ちゃんならなんとかしてくれるかも、みんながそう思ってる。もちろんアンリも。まだ連絡はつかないのかな。
そう思った直後に、家の扉をノックする音が聞こえた。
「誰だろう?」
おじいちゃんが扉を開けると、そこにはジョゼちゃんがいた。
「ジョゼちゃん、どうしたの? アンリに用事? 遊ぶのはちょっと気分じゃないんだけど」
「いえ、遊びに来たのではありません。村長、アンリ様、フェル様に連絡がつきました」
「本当!?」
ここからはアンリがジョゼちゃんの言葉を通訳しながらおじいちゃんに伝えよう。おじいちゃんにジョゼちゃんの言葉を伝えると、おじいちゃんは驚いた。
「ジョゼフィーヌさん、それは本当ですか? フェルさんはいままでどうしていたのですか?」
「詳しくは聞いておりませんが、一週間ほど気を失っていたそうです。今日お目覚めになったばかりだとか」
もしかして病気になってたのかな?
「そうでしたか……それでフェルさんはなんと?」
「はい、ニア様の状況をお伝えしたところ、すぐに戻るとのことです。リーンの町で落ち合う手はずになっていまして、先ほど、カブトムシの青雷を送りました。遅くても明日には戻られるでしょう」
「そうですか。わかりました。教えてくださってありがとうございます」
え? それだけ? ううん、違う。フェル姉ちゃんならそれだけのはずはない。
「ジョゼちゃん、フェル姉ちゃんは他になにか言ってなかった?」
ジョゼちゃんが少しだけ口角をあげた。あれは不敵な笑みってやつだ。
「フェル様は戦いの準備をしろと命令してくださいました。ニア様をさらった貴族、そして傭兵団を相手に戦いを仕掛けると。そしてニア様を取り戻すと、そうおっしゃいました」
両手をはちきれんばかりに天に向けて勢いよく伸ばす。
「やっぱり! フェル姉ちゃんは最高!」
喜んでばかりじゃいられない。おじいちゃんに教えてあげないと!
「フェルさんが、そんなことを……しかし、フェルさんだけでは――」
「ニア様を助け出すのはフェル様と私達魔物の仕事。これはゆずれません。そしてフェル様がやると言ったらそれは決定事項です。少し村を空けますが、必ずニア様を連れて帰ります。とはいえ、明日にでもフェル様と詳しい話をしてもらえると助かります。では、私は明日の準備がありますので」
おじいちゃんにそう伝えると、おじいちゃんはジョゼちゃんに深く頭をさげた。ジョゼちゃんもおじいちゃんに頭をさげてから畑のほうへ向かった。
フェル姉ちゃんが帰ってくる。しかもルハラの貴族に戦いを仕掛けて、ニア姉ちゃんを助けるって言ってくれたみたい。こんなに頼もしいことはない。
あ、でも、フェルちゃんは大丈夫だと思うけど、ジョゼちゃん達は大丈夫かな。大きな怪我とかしたらやだな。
それにニア姉ちゃんを取り返しにいくのにアンリは一緒に行けないと思う。フェル姉ちゃんやジョゼちゃん達に全部をお願いするのはどうなんだろう?
それにあの傭兵団にいたレオールって人。あの人はなんとなく嫌な感じがする。フェル姉ちゃんは大丈夫だと思うけど、ほかのみんなは?
フェル姉ちゃんが戦いを仕掛けるって言ってくれたのは嬉しいけど、これは本当の戦いなんだ。フェル姉ちゃん達に怪我をして来てってお願いしているようなもの。それにいくら強くたって無傷のままでいられるわけがない。最悪、命を落とすことだってあるのかも。
すごくモヤモヤする。アンリ達は魔物のみんなに危険なことをさせようとしている。ヴァイア姉ちゃんやロンおじさんが怪我をしたように、皆も怪我をする可能性は高い……最悪なことを想像したら、ちょっとだけ気分が悪くなってきた。
……明日、フェル姉ちゃんに会える。色々お話をしよう。
遊びや模擬戦じゃなくて、これは本当の戦いなんだ。アンリ達は――ううん、アンリは村にいるだけでいいのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます