第79話 もう一つの出会い
まだ暗い時間なのに、なんとなく目が覚めた。
いつもより一時間くらい早いけど、今日はフェル姉ちゃんが帰ってくる日だし、もう起きちゃおう。でも、昨日、遅くまで考え事をしてたからちょっと眠い。
ううん、ここは気合を入れて起きよう。二度寝はダメ。フェル姉ちゃんをちゃんと待っていないと。
顔を洗ってから大部屋へ向かった。部屋にはおじいちゃんとおかあさんがいる。二人とも何となく元気そうだけど、どうしたんだろう?
二人に朝の挨拶をすると、挨拶を返してくれた。そしておかあさんが笑顔でアンリを見る。
「今日は早いわね」
「うん、今日はフェル姉ちゃんが帰ってくる。アンリがちゃんと迎えてあげないと」
あれ? おじいちゃんがちょっと苦笑いをしてる?
「フェルさんなら昨日の夜に帰ってきたよ。今は森の妖精亭で寝ているんじゃないかな」
「そうなの!? でも、そういう時はアンリも起こすべきだと思う。おじいちゃんはわかってない」
「いやいや、もう日をまたいでいたからね。そんな時間にアンリを起こすわけないだろう」
「ちょっと残念だけどわかった。なら、これからフェル姉ちゃんの部屋に突撃かましてくる。相談事もあるし」
「まだ寝させてあげなさい。帰ってきた後も魔物さん達と話をしていたようだし、それほど寝ていないだろうからね……ところで相談事ってなんだい? まさかとは思うけど、連れていけと言う話じゃないだろうね? 絶対にダメだよ?」
おじいちゃんはするどい。でも、行けないことはアンリだってわかってる。これは遊びじゃない。本当の戦い。今のアンリは足手まといでしかない。
「一緒に行けないことはちゃんとわかってるけど、それでいいのかなって思ってる。みんなに危ないことをさせるのに、アンリは村にいていいのかなって」
「なるほど……でも、それはおじいちゃん達だってそうだ。村のことなのに、フェルさんや魔物の皆さんたちに危ないことを押し付けている。でも、適材適所と言う言葉がある。今回、荒事になるならフェルさん達に任せたほうがいい」
「それはそうなんだけど……」
でも、何もしないっていうのはどうかと思う。せめて何か支援できればいいんだけどな……そうだ。魔物ギルドを設立したんだった。ジョゼちゃん達に魔物ギルドの象徴みたいなものを渡そう。アンリも魔物ギルドの会長だし、せめて気持ちは一緒ってことをアピールしたい。
「おかあさん、大きい布と長い棒ってないかな?」
「布はあるけど長い棒はないわね。何に使うの?」
「皆のために旗を作る。アンリは一緒に行けないけど、気持ちは一緒ってことで旗だけでも持っていってもらうつもり。何か格好いい字を書く」
「それでアンリが納得するなら構わないけど……わかったわ。綺麗なベッドシーツを提供する。お母さんたちもフェルさんや魔物のみんなと気持ちは一緒だからね!」
「うん、そのシーツを使って最高の旗を作る」
白い布だから、そこに黒い文字を書こう。書くものはヴァイア姉ちゃんの雑貨屋さんに置いてあるかな? あ、そうだ、フェル姉ちゃんが帰ってきたのならリエル姉ちゃんも帰ってきたはず。
「おじいちゃん、リエル姉ちゃんも帰ってきた? ヴァイア姉ちゃん達は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。さすがは聖女様だね。ロンもヴァイア君もあっという間に完治させてしまったよ。今はゆっくり寝ているから安心しなさい」
「よかった。アンリもいざという時のために治癒魔法を教えてもらおうかな」
「そうだね。もうすこし大きくなったらリエルさんに教えてもらうといい。さて、今日は忙しくなるから急いで食事をとってしまおう」
「忙しくなるって、どういう意味?」
「フェルさん達がここに集まることになっているんだ。ほかにもいろんな人が集まってくる。そして今後のことについて話をすることになっているんだよ」
それならアンリも参加しないと。
「アンリも参加する。これは決定事項。たとえおじいちゃんでもアンリを部屋から出すことはできない。ちょっと魔剣を取ってくる」
「そういうと思っていたよ。追い出したりはしないから、最初から参加しなさい。でも、大人しくしているんだよ?」
「うん、約束する」
よーし、まずは腹ごしらえだ。たぶん、皆で作戦会議をすると思う。アンリも張り切って発言しなきゃ。
食事が終わった後、大部屋で皆を待つ。
おじいちゃんがディア姉ちゃんに色々な人を連れてきて欲しいとお願いしているみたい。ディア姉ちゃんが家を出て行ったからこれから続々集まってくると思う。
「お邪魔いたします。会議の場所はこちらだと聞いたのですが、間違いなかったでしょうか?」
「オルウス殿ですな。はい、こちらでフェルさんの話を伺うところです。どうぞ、お掛けになってください」
誰だろう? 執事さんっぽい人とメイドさんの二人が入ってきた。執事さん六十歳くらい? メイドさん達は二十代っぽいけど、三人ともすごく強そう。おじいちゃんは知っているみたいだけど、いつから村にいたんだろう?
「おじいちゃん、あの人たちは誰?」
「ああ、あの人は――」
おじいちゃんがそう言いかけると、執事さんが立ち上がって頭を下げてきた。
「初めまして。オリン国の貴族であるクロウ様に仕えるオルウスと申します。後ろに控えている者は、同じくクロウ様に仕えるメイドです。右がハイン、左がヘルメになります」
メイドさんたちも名前を言いながら、アンリに頭を下げてくれる。
いけない。ここはアンリもちゃんと挨拶しないと。アンリ専用の椅子から飛び降りて頭を下げた。
「私はアンリ。村長の孫。この村のナンバースリー」
そう言うと、オルウスおじさんはアンリのほうを見ながら微笑んでくれた。
「はい、アンリ様ですね。フェル様とはご縁がありまして、同行させていただきました。今回の件、微力ではありますが、協力させていただきますので、よろしくお願いします」
「そうなんだ? 村のためにありがとうございます」
オルウスさんはまた微笑んでから椅子に腰かけた。
なんだろう。動作に隙が無い感じ。執事さんが椅子に座っているのは何となく違和感があるけど、座っててもビシッとしてて格好いい。その後ろに立ってるメイドさん二人も微笑んでいるけど微動だにしていない。なんかすごい。
オルウスおじさん達を見ていると、入口からディーン兄ちゃん達が入ってきた。
「失礼します。村長のお宅はこちらでよろしかったですか?」
「おや、確かルートさんでしたな? ディア君はルートさん達にも声を……? ああ、ルハラに関係することですから呼んだのかもしれませんね。どうぞ、そちらへおかけください」
そっか、おじいちゃんはディーン兄ちゃんをルートって名前だと思ってるんだ。
おじいちゃんは、ディーン兄ちゃんがルハラ関係で呼ばれたと思ってるけど、本当は違うと思う。ディーン兄ちゃんが帝位を簒奪しようとしているからディア姉ちゃんが呼んだんだ。
食堂で話を盗み聞きしたときはどうするか決めてなかったみたいだけど、どうするのかな?
ディーン兄ちゃんが椅子に座って、その後ろにロックおじさんとベル姉ちゃんが立つ。
そのタイミングで今度はジョゼちゃんが来た。
「失礼いたします」
「ジョゼフィーヌさんもお話に加わるのですね? それでしたらそちらの席へどうぞ」
ジョゼちゃんがおじいちゃんに頭を下げると、椅子に座った――アレは椅子の上に立ってるのかな?
座ったジョゼちゃんを見て、オルウスおじさんが少しだけ不思議そうな顔をした。
「失礼ですが、そちらのスライム……だと思うのですが、どういった立場の方なのでしょうか?」
「ええ、こちらはジョゼフィーヌさんと言って、フェルさんの従魔になります」
「フェル様の従魔ですか」
オルウスおじさんはジョゼちゃんに頭をさげて自己紹介をしている。ディーン兄ちゃんたちと違ってジョゼちゃんは魔物だから不思議だったのかな。アンリは慣れちゃったけど、確かに不思議かも。魔物が人族の村で普通に暮らすのはたぶん、変。
これもフェル姉ちゃんのしわざ……おかげなのかも。
そう思っていたら、入口からフェル姉ちゃんが入ってきた。何も変わってない、久しぶりのフェル姉ちゃん。ちょっとだけ目に涙が溜まっちゃった。
フェル姉ちゃんは部屋を見渡してから、アンリのほうを見ると微笑んでくれた。そして次の瞬間にはキリッとした顔になって頷く。
ああ、フェル姉ちゃんだ。「もう大丈夫だ」って感じの顔にすごく安心する。あのレオールって人のこととか不安なことはまだあるけど、フェル姉ちゃんがいるなら何の問題もないって思わせてくれる。
早くフェル姉ちゃんとお話がしたい……あれ? でもフェル姉ちゃんと一緒に入ってきた二人は……?
よく見たら、一人はユーリおじさんだった。
でも、もう一人のお姉ちゃんは誰だろう?
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