第80話 お願いと命令
知らないお姉ちゃんのことを聞こうかと思ったら、直後にヴァイア姉ちゃん達がやってきた。
フェル姉ちゃんはヴァイア姉ちゃん達を心配そうに見ている。
「ヴァイア、ロン、怪我は大丈夫か?」
「フェルちゃん! ニアさんが!」
「フェル、すまない、俺が不甲斐ないばかりに……」
「二人とも席に着け。これからニアを取り戻すための作戦会議を行うが、ニアを取り戻すのは絶対だ。どうやるか、というだけの話だからとっとと会議を終わらせて、ニアを迎えにいくぞ」
ヴァイア姉ちゃんがフェル姉ちゃんに抱き着いたけど、フェル姉ちゃんはヴァイア姉ちゃんの背中をぽんぽんしてあやしてる。
ヴァイア姉ちゃんもロンおじさんもちょっとだけ元気になったみたい。怪我も治ったみたいだし、今はフェル姉ちゃんもいる。それだけで元気になるのはよくわかる。
知らないお姉ちゃんのことを聞こうかと思ったけど、後にしよう。ディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんも来てるし、そろそろ始まるみたいだ。
おじいちゃんが全体を見渡した。
「揃いましたな。では、フェルさん。ニアを取り返すというお話でしたが、具体的にはどうされるか教えてもらえますか?」
「具体的? ニアがいる場所に攻め込み取り返す。それだけだ。邪魔する奴は叩き潰していけばいい」
「し、しかしですな、ここに来た傭兵団というのは無敗を誇る有名な傭兵団らしいのです。それにアダマンタイトの冒険者が指揮を執っていまして、その、そう簡単には倒せないかと……」
そう、それが問題。アンリもそれだけが引っかかってる。フェル姉ちゃんは負けないと思うけど、魔物のみんなはどうなんだろう? 強い魔物さん以外は行かないほうがいいかもしれない。
「問題ない。傭兵団は三百人くらいだと聞いた。総合的に私一人よりも強い可能性はあるが、こっちには魔物達がいる。倒せない理由がない」
フェル姉ちゃんは魔物のみんなも戦いの頭数に入れているんだ。傭兵の人たちも三百人くらいいるし、さすがにフェル姉ちゃんだけだと厳しいのかな。でも、すごく心配。
フェル姉ちゃんはアンリのそんな心配をものともしない感じで、色々と話を始めた。
ニア姉ちゃんを助けに行くのは絶対だけど、魔族が人族の国に攻め込むと大変なことになるから、ちゃんとした理由があることを宣伝してから攻め込むみたい。大義名分が必要ってことかな。それをいろんな国に知ってもらうってことだと思う。
オリン国から来ている執事のオルウスおじさんはそのために村へ来た。ルハラの貴族が傭兵を使ってニア姉ちゃんをさらった証拠を調べに来たとか。
そして昨日の夜に傭兵たちの鎧の破片を見つけて、そこから記憶を見るという魔法をメイドのハイン姉ちゃんが使った。村を包囲して女性を連れて行った記憶が見えたから、立派な証拠になるとか。
たぶん、ヴァイア姉ちゃんがやった爆発の魔法で傭兵の人たちの鎧がちょっと壊れたんだと思う。証拠品があったのはヴァイア姉ちゃんのおかげなのかも。
そしてクロウって貴族を通してオリンの国王様へ連絡してくれるみたい。ということは、オリン国はフェル姉ちゃんの味方になったということかな。
その話がまとまると、ユーリおじさんが手をあげた。
「すみません、私が発言をしても?」
おじいちゃんがユーリおじさんに頷く。
「えっと、ユーリと言います。冒険者ギルド所属のアダマンタイトです。そういう事でしたら、私が手伝います。ちょうど包囲されたときに私もいましたから、それを冒険者ギルドに連絡してルハラに攻め込むのは正当な理由がある、と声明を出してもらうようにします」
オリン国だけじゃなくて冒険者ギルドもフェル姉ちゃんに味方してくれるってことかな。アンリの中でユーリおじさんへの好感度がかなり上がっている。ディア姉ちゃんにも色々情報を提供してくれているみたいだし、すごくいい人なのかも。
でも、隣に座っているお姉ちゃんが、ユーリおじさんを睨んだ。
「それは私の役目。あ、私はスザンナ。冒険者ギルドのアダマンタイト」
アダマンタイトの冒険者ってこと? フェル姉ちゃん達よりも若そうなのに相当強いってことだ。すごい。
おじいちゃんが嬉しそうにユーリおじさんとスザンナ姉ちゃんに頭をさげた。
「ありがたい申し出ですな。オリン国や冒険者ギルドがこの件を支持してくれるのであれば、フェルさんにかける迷惑も少ないでしょう」
「迷惑をかけるなんて水臭いぞ。この村の皆には、私が魔族であっても良くしてもらってる。これは恩返しのようなものだ。魔物達はちょっと違うが似たようなものだぞ?」
ジョゼちゃんがフェル姉ちゃんの言葉に頷く。
恩返し、そう言ってくれた。でも恩に思ってくれるようなことはしてないと思う。それに恩返しで危ないことをさせてもいいのかな……どんな理由であっても危険なことにはかわりないはず。
「フェル姉ちゃん」
フェル姉ちゃんの名前を呼んだら、微笑みを返してくれた。
「アンリ、久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「村に攻めてきた傭兵達はともかく、指揮していたアダマンタイトの人はすごく強そうだった」
レオールって人はなんだか嫌なものに操られているような感じで、なんとなく気分が悪くなった。それにすごく危険そう。
「ニア姉ちゃんが争うなっていったから皆に戦わないようにお願いしたけど、本当は皆が怪我したり死んじゃったりするかもしれないと思って戦わないようにお願いした」
フェル姉ちゃんはアンリの言葉に頷く。
「フェル姉ちゃんがいれば絶対に勝てる?」
この答えを聞きたい。フェル姉ちゃんなら大丈夫だと思うけど、本人の口からちゃんと聞いておきたい。
「……アンリ、家の周辺で草むしりした後、勝負に勝ったと思うのか?」
フェル姉ちゃんは何を言っているんだろう? アンリの質問に答えず、脈絡のないことを言っているように思う。でも、何かあるのかな? 真面目に答えてみよう。
「草むしりは勝負じゃない。タダの草むしり。勝ち負けはない」
あれは単純な作業。でも、草むしりをして草を残したらアンリの負けかも。次の日も草むしりをさせられちゃう。
「それと同じことだ。三百人程度の人族なんて、アダマンタイトの奴がいようがいまいが草むしりと変わらん。攻め込むとは言ったが、正確にはニアを迎えに行って帰ってくるだけだ。邪魔する奴はいるだろうから、そういう奴らは排除するがな」
フェル姉ちゃんの言葉にジョゼちゃんも頷く。
つまり相手にならないって言ってるのかな。さっきはフェル姉ちゃん一人よりも傭兵団のほうが強いかもしれないけど、魔物のみんながいれば問題ないみたいなことを言ってた。
「当然、傭兵以外の兵士達もいるだろうが、一万人いても結果は変わらん。掛かる時間が違う程度だ」
計算がおかしい気がする。三百人と一万人じゃ全然違うと思うんだけど、それだけ魔物のみんなが強いってことなのかな? それともアンリを安心させるために言ってる? もしかして無理してるのかもしれない。だから、本当のことを教えて欲しい。
「でも……」
「アンリ、例えお前が駄々をこねても私達はニアを取り戻しに行くぞ? お前がどういう意味で言ったかは知らないが、以前、魔物達に同じ村に住む家族だと言ったんだろう?」
魔物会議の時に言ってる言葉だと思う。村に住むならみんな家族ってたしかに言ってる。おじいちゃんの言葉だけど、アンリもそう思ってるから間違ってない。
「うん。言った」
「魔物にとって家族というのは重い言葉だ。魔物は家族のために死ぬことくらい簡単にできる。意思の疎通ができない下位の魔物でも子供のために自分が犠牲になることを厭わない。だから、家族を守れない魔物は、下位の魔物よりも下ということで屈辱的な事なんだ」
屈辱的? アンリはジョゼちゃん達にそんなことをお願いしたってこと?
ジョゼちゃんのほうを見たら、ちょっと申し訳なさそうにしているけど、ゆっくり頷いた。
「村長やニアが言ったということもあるが、魔物達はアンリのお願いだから屈辱的であったとしても聞いてくれたんだぞ?」
「アンリが屈辱的なお願いをした? アンリは皆に嫌われちゃった?」
アンリはなんてことをしちゃったんだろう。ジョゼちゃんはニア姉ちゃんを助けたかったけど、アンリがそれを抑えたってことだ。ほかのみんなだってルハラへ行きたいって言ってたけど、アンリが行っちゃダメって言った。
アンリは皆に家族だけど助けに行くなっていう屈辱的なお願いをしたんだ……。
落ち込んでいたら、フェル姉ちゃんは首を横に振った。
「アンリの事を嫌う奴がいるわけないだろう? そもそも魔物達を守りたくてそういうお願いしたんだろうが。それすらわからないような奴がいるなら私が殴ってやる」
「私も殴ります」
フェル姉ちゃんの言葉にジョゼちゃんも同意してくれた。
嫌われていないと言ってくれるのは嬉しいけど、アンリが屈辱的なお願いをした事実は変わらない。みんなにちゃんと謝らないと。
そんなことを考えていたら、フェル姉ちゃんがちょっとだけ笑った。
「アンリ、私が魔物達を引きつれてニアを連れ戻す。だからアンリはボスとして皆に命令しろ」
「命令?」
「お願いでもいい。ボスとして、お前の望みをすべてお願いしろ。出発前に言ってもらうから、今のうちから考えておけ」
そっか、フェル姉ちゃんはアンリにみんなのボスとして命令しろって言ってるんだ。アンリの望みを全部言えって。
そうだ。アンリはみんなのボス。組織というのはボスが迷ったらダメ。おじいちゃんからそんなことを聞いた気がする。
なら、みんなにアンリのお願いを命令として言わせてもらおう。大丈夫。ボスの命令は絶対。ニア姉ちゃんを助け出して、みんなで無事に帰ってきて欲しいって命令すれば、絶対に守ってくれる。
フェル姉ちゃんに力強く頷いた。
よし、みんなにガツンとお願いと命令をするぞ。
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