第81話 出陣

 

 フェル姉ちゃんに、みんなにお願いや命令をしろと言われた後、ロンおじさんが一緒に行くって言いだした。アンリも一緒に行きたいけど、ここはぐっと我慢。


 フェル姉ちゃんは本の物語を例に出して、ロンおじさんに騎士としてニア姉ちゃんを助けにいくんだろって当たり前のように言った。


 その理論はわかる。大半の物語でお姫様を救うのは騎士。王子様が助けにいくというのもあるけど、普通、王子様が一人で助けに行ける訳がない。絶対に止められる。


 ロンおじさんはそれを聞いて家を出て行っちゃった。すぐにでも準備をするみたいだ。


 そしてヴァイア姉ちゃんも行くことになった。ロンおじさんがフェル姉ちゃんに連れて行ってくれと言った後に、ヴァイア姉ちゃんも行くって言いだしたからだ。


 フェル姉ちゃんはそれを了承。どうやらヴァイア姉ちゃんにやって欲しいことがあるみたい。何をするのかはわからないけど、ニア姉ちゃんはヴァイア姉ちゃんのおかあさんみたいなものだから一緒にいくのは当然だと思う。


 その次はリエル姉ちゃん。しかもフェル姉ちゃんから誘った。


 リエル姉ちゃんは快諾。というか、連れて行かなかったらリエル姉ちゃんを敵に回す行為とまで言ってた。さすがリエル姉ちゃん。危ないはずなのにそんな心配は全く考えていないみたいだ。


 アンリとしてもリエル姉ちゃんが一緒なら安心。どんな怪我もたちどころに治せそうだから、ぜひとも一緒に行って欲しい。


 そしてディア姉ちゃんは一緒に行かないみたい。


 フェル姉ちゃんからも「ディアはいいや」って言われてた。でも、ディア姉ちゃんは別のお仕事がある。村との連絡係をしてほしいってフェル姉ちゃんは言ってた。念話で色々情報を交換するのかも。


 あとフェル姉ちゃんはヤト姉ちゃんのこと聞いてたけど、それはジョゼちゃんが説明していた。


 あの時、ヤト姉ちゃんは影移動のスキルでニア姉ちゃんの影に潜った。ユーリおじさんが傭兵たちの気を引いている間に潜り込んだから気付かれていないだろうし、今も一緒のはず。そしてヤト姉ちゃんから情報を送ってくれるってことをジョゼちゃんが説明してた。


 作戦会議は一通り終わったんだけど、フェル姉ちゃんはディーン兄ちゃんのほうへ視線を向けた。


「ディーン、なにか言いたいことはあるか?」


 名前を言っちゃった。ここではルート兄ちゃんで通してたのに。


 ディーン兄ちゃんはフェル姉ちゃんに向かって頷いた。


「決めました。フェルさんが行うことに対して便乗させてもらいます」


「そうか。頑張れよ」


 アンリにはこのやり取りが分かるけど、おじいちゃん達には分からなかったみたいだ。首を傾げてディーン兄ちゃんを見ている。


「あの、フェルさん、そちらの方はフェルさんの紹介でこの村に来た方ですよね? どういう方なのでしょう?」


「申し遅れました。ディーンと言います。……ルハラ帝国の皇族で現皇帝の弟にあたります」


 ディーン兄ちゃんがそう言うと容姿が歪んだ。あれ? いつの間にか、結構若い人に変わっちゃった。二十代前半くらいだったのに、十代半ばくらいにまでなってる。フェル姉ちゃんと同じくらいかも。もしかして幻視魔法?


 姿もそうだけど、ディーン兄ちゃんの言葉に皆が驚いている。ルートって名前だと思ったら、ディーンって名前だし、しかもルハラ帝国の皇帝の弟。アンリも初めて聞いたら、頭の処理が追い付かないと思う。


 結局ディーン兄ちゃんは、フェル姉ちゃんがルハラへ攻め込むのに便乗して帝都を襲撃するみたい。そしてオルウスおじさんはオリン国として声明を出すことをディーン兄ちゃんに約束してた。


 ディーン兄ちゃんが帝位を取り返したらオリン国が支持するってことみたい。でも、それが出来なかったら何もしないとか。実質支援していない気もするけど、帝位簒奪後にディーン兄ちゃんを皇帝として他国が認めるってことは、それなりにすごいのかも。


 そしてディーン兄ちゃん達はフェル姉ちゃんにお礼をしてから家を出て行っちゃった。すぐに別動隊と合流するために帝都まで急ぐみたいだ。


 なんだかすごい。フェル姉ちゃんがニア姉ちゃんを助けに行くって言っただけなのに色々なことが動いている。国やギルドまで支援してくれるみたいだし、いつかアンリもフェル姉ちゃんみたいになりたい。


「よし、これで済んだな。ジョゼフィーヌ、魔物達に出発の準備をさせろ。そして広場で待て。私も準備が終わったらすぐに行く。ヴァイア、リエルも準備してくれ。ディアとスザンナは村のことを頼んだぞ」


 フェル姉ちゃんの言葉に皆が頷く。そして色々と慌ただしくなった。アンリへの指示はないけど、さっき頼まれたお願いと命令のことはしっかり考えておこう。


 でも、その前に旗を作っておかないと。


「ヴァイア姉ちゃん。忙しいところごめんなさい。雑貨屋に文字を書ける道具ってある? 筆とか墨とか」


「え? 一応あるけど、何に使うの?」


「アンリは一緒に行けないから、せめて旗を持っていってもらおうかと思って。アンリも気持ちは一緒に行きたいってアピールしておきたい」


「そっか。じゃあ、この試作品の魔道具を渡すからこれで描いてみて。魔力を充填させておいたから、それなりに描けるよ。黒一色だけど、墨でいいなら問題ないよね?」


「うん、ありがとう。そうだ、ヴァイア姉ちゃんは一緒に行くんでしょ。気を付けてね」


「もちろん気を付けるよ。すぐにニアさんを連れ帰るからね! それじゃ私も忙しいからあとでね!」


 ヴァイア姉ちゃんはそう言うと、すぐに家を飛び出して行っちゃった。


 つい昨日までベッドで横になってたんだけど、リエル姉ちゃんの治癒魔法はすごい。それともフェル姉ちゃんがそばに居るから? アンリもフェル姉ちゃんがそばにいると元気になる感じだし。


 おっといけない。みんなを待たせる訳にも行かないからすぐにでも旗を作ろう!




 ヴァイア姉ちゃんから借りた筆の魔道具で、真っ白なシーツに文字を書いた。どちらかと言うと描いたかな。


 四文字熟語で「大胆不敵」とでっかく描いた。超大作だ。


 魔物のみんなはレオールって人を怖がってなかった。怖がっていたのはアンリだけ。なら度胸があって恐れを知らないみんなのことを表すこの言葉が、ものすごくマッチしていると思う。


 これを持っていってもらおう。棒がないから布のままだけど、それは現地で調達してもらうしかないかも。


 よし、すぐに広場に行こう。


 布を丁寧に畳んでから広場にでると、魔物のみんながビシッと整列してた。すごく壮観。


 ジョゼちゃんがいたから、畳んだ布を渡した。


「アンリ様、これは?」


「うん、魔物ギルド用の旗を作ってみた。でも、棒がないから布だけ。アンリは一緒に行けないけど、気持ちだけは一緒。良かったら使って」


 ジョゼちゃんは、ちょっとだけプルプル震えている。そして頭を下げた。


「ありがとうございます。確かに受け取りました。この旗に誓って必ずニア様を取り返します」


「うん。でも、それ以外にもお願いしたいことがあるから、それはこれから皆に言うね」


「フェル様が言っていた、お願いの件ですね?」


 ジョゼちゃんに頷いたところで、フェル姉ちゃんが森の妖精亭から出てきた。そしてアンリを見つめる。


「アンリ、こっちに来てくれ」


 頷いてからフェル姉ちゃんに駆け寄った。そして広場に整列しているみんなの前に立つ。


「お願いは考えたか?」


「うん」


「よし、お前達。ボスからのお言葉がある。心して聞け」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、皆が頭を下げて話を聞く体勢になった。本当なら逆なんだけどな。アンリが頭を下げてお願いしなきゃいけないのに。でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。すぐに言わないと。


「皆、この間はごめんなさい。そして、私のために屈辱的なお願いを受け入れてくれてありがとう」


 みんながちょっとソワソワしてる。どういう感情なんだろう。ううん、それはあと。今はお願いをしないと。


「皆には改めてお願いする。フェル姉ちゃんと一緒にルハラに行ってニア姉ちゃんを取り返して」


 ソワソワが激しくなった。顔は見えないけどちょっとうれしそうな雰囲気だ。


「よし、ボスのお願いは聞いたな? さっそく――」


「待って、まだある」


 そう、まだ言ってないことがある。ボスとしてこれを言わないとダメ。


「こっちはお願いじゃなくて命令。誰も欠けることなく村へ戻って来て。死ぬことはもちろん、大怪我することも許さない。全員無事に村に戻ってくることが絶対条件」


 さらにみんなのソワソワが激しくなる。もしかして暴れたいのかな?


 フェル姉ちゃんはちょっとだけ笑った後にみんなのほうを見た。


「お前達、ボスのお願いと命令は頭に叩き込んだな? ……大丈夫そうだな。よし、ボスのお言葉は終わりだ。楽にしていいぞ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、魔物のみんなが雄たけびを上げた。ものすごい大音量。気合はじゅうぶんと見た。アンリの言葉で気合が入ってくれたのなら嬉しいな。


 そうだ、フェル姉ちゃんにもお願いしておかないと。


「フェル姉ちゃん。皆を守ってあげて。アンリも行きたかったけど、お爺ちゃんが駄目だって言うから行けない」


 おじいちゃんが駄目って言わなければアンリも絶対について行った。その心意気は伝わって欲しい。


「アンリ、ボスって言うのはな、安全なところで踏ん反り返っていればいいんだ。魔物達を信じて、いい子にしていればアンリの望みは私がすべて叶えてやる」


 フェル姉ちゃんはまたちょっとだけ笑うと、アンリの頭の上に手を乗せて雑に撫でた。雑なんだけど、すごく優しい感じ。自然とアンリの頬が緩んじゃう。それに胸がポカポカする。


 そっか。いい子にしていれば、フェル姉ちゃんがアンリの望みをかなえてくれるんだ。ならアンリは今日からいい子になる。なんちゃっていい子じゃなくて、正真正銘のいい子。


「うん、勉強もするしピーマンも食べる。いい子にしているから皆でちゃんと帰って来て」


「ああ、任せろ」


 もう安心だ。フェル姉ちゃんは約束を守ってくれる。ならあとはアンリが約束を守ればいいだけ。アンリがいい子にしていればすべてが上手くいく。


 その後フェル姉ちゃんは村のみんなと話を始めた。帰ってきたときに宴会をするから用意しておいてくれって話みたい。それにはアンリも賛成。


 フェル姉ちゃんは最後におじいちゃんと話した後、一度深呼吸をした。


「いくぞ、お前達、ニアを取り返すぞ!」


 みんながさっきと同じように雄たけびを上げた。そして村のみんなも「頼むぞ」とか「気をつけてな」とか応援の言葉を投げかけている。そんな声援を送られながら、みんなは村の入口から出陣していった。


 それを見て思う。どうしてアンリはあそこにいないんだろう。


 子供だし弱いからって言うのはわかってる。でも、一緒について行きたかった。


 弱くても悪いことじゃない。でも、何かをするためには強くなきゃいけないんだ。これからもっともっと強くなろう。今度何かあったら連れて行ってもらえるように力をつけるんだ。それがいまアンリにできる唯一のこと。


 よーし、今日から頑張って絶対に強くなるぞ!

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