第82話 スザンナ姉ちゃん
フェル姉ちゃん達を見送った。
もう何も心配はない。ちょっとだけ待てば、ニア姉ちゃんは帰ってくるし、みんなも怪我をせずに戻ってくる。そして帰ってきたら宴会だ。その日はたくさん食べるし、夜更かしもする。フェル姉ちゃんの土産話を聞きながら一緒に寝るのもありかも。
でも、そのためにアンリはいい子にならないといけない。フェル姉ちゃんが約束を守ってくれるならアンリも守っておかないと。
隣にいるおじいちゃんを見上げた。
「おじいちゃん、さっそく勉強しよう。今までのサボってた分を取り戻さないと」
おじいちゃんは目をぱちくりさせてからアンリを見た。
「えっと、急にどうしたんだい? アンリからそんなことを言うなんてちょっと驚きなんだが」
「アンリはフェル姉ちゃんと約束した。みんなを信じていい子にしていれば、フェル姉ちゃんはアンリのお願いをかなえてくれるって。なら、今日からアンリはいい子。どこに出しても恥ずかしくないくらいのいい子になる。いわば、超アンリ」
今日から毎日食器洗いも辞さない。むしろ村中の皿を洗ってもいい。それともまずは草むしりからかな? 村中の草を根こそぎ引っこ抜く。
「アンリ、ちょっと落ち着きなさい。いい子になるのはいいけれど、フェルさん達が出掛けてしまったからね。残った者で村をしっかり守らないといけないから、その話し合いをするんだ。それまではアンリもゆっくりしてなさい」
確かにそれは必要かも。魔物のみんながいないから、村の防衛力が落ちている可能性はある。それにヴァイア姉ちゃんがいないと雑貨屋さんは使えないし、ロンおじさんもニア姉ちゃんもいないから森の妖精亭の経営や、牛さんや豚さん、ニワトリさんの飼育もできない。
誰かが代わりにやらないといけないから、それを決めるのかな。アンリがやるとしたら、ニワトリさんのタマゴを持ってくるくらい。ニワトリになら勝てると思う。
そんなことを考えていたら、ディア姉ちゃんが近寄ってきた。
「村長、村の防衛に関しては最適な人たちがいますよ。快く引き受けてくれました!」
「ディア君? 防衛に最適な人たちとは?」
「いまこの村には冒険者ギルドの最高戦力ともいえるアダマンタイトの冒険者がいますからね! もちろんこの二人、ユーリさんとスザンナちゃんです!」
アンリが知らないスザンナっていうお姉ちゃんとユーリおじさんがいる。
ユーリおじさんがおじいちゃんに頭を下げた。
「今回の件は同じアダマンタイトの冒険者がやらかしていることですから、この村の防衛に関しては私達が無償で行いますよ。ギルドのグランドマスターからもそうするように言われていますので気兼ねなく何でも言ってください」
「私はこの村の住人だから村を守るのは当たり前。フェルちゃんからもお願いされたし、大船に乗ったつもりでいて」
「そうでしたか。それは心強いです。ぜひともお願いします。ですが、スザンナさんは村の住人ですか……?」
「うん、昨日から住んでる。だから村の住人」
いつのまにかスザンナ姉ちゃんは村の住人だった。
アンリとおじいちゃんがびっくりしていると、スザンナ姉ちゃんがアンリを見つめてきた。
「この村にいる女の子ってあなたのこと? 確かアンリって言われてたっけ?」
「うん。名前はアンリ。それに村にいる子供はアンリだけ。オンリーワン。アンリに何か用事?」
「私はスザンナ。用事って言うか、フェルちゃんからアンリと遊んでやってくれって頼まれてる。私のほうが年上だから、お姉ちゃんって呼んでいいよ」
スザンナ姉ちゃんはそう言うと、得意顔で胸をそらした。
良く分からないけど、フェル姉ちゃんがスザンナ姉ちゃんにアンリと遊ぶように言ったってことかな?
フェル姉ちゃんはアンリのことをすごくよく考えてくれてる。でも、これは罠。アンリはいい子にしていないといけないから、こんな誘惑には乗らない。すごく遊んで欲しい。アダマンタイトの強さをこの目で見たい。でも、ダメ。まずは勉強。話はそれから。
「スザンナ姉ちゃん。お誘いは嬉しい。でも、アンリはいま、いい子キャンペーン中。勉強もしないで遊ぶなんて許されない。勉強が終わったら遊びたおすけど」
「スザンナ姉ちゃん……」
話をちゃんと聞いてくれたかな? スザンナ姉ちゃんはボソッとそんなことを言ってから、照れた感じになってる。どこに照れる要素があったんだろう?
そんなスザンナ姉ちゃんをユーリおじさんがほほえましい感じで見ている。
「スザンナさん、お姉ちゃんと言われて嬉しいのですか?」
ユーリおじさんがそう言うと、スザンナ姉ちゃんはハッとした感じで咳払いをした。
「そういう呼ばれ方がちょっと新鮮だっただけ。まあ、ちょっとだけ嬉しかったけど。本当にちょっとだけね」
「ああ、そういえばスザンナさんは――」
「余計なことは言わないでいい。でも、アンリは勉強があるんだ。なら終わるまで私はあの宿で休んでる。勉強が終わったら来て。勉強のあとで遊ぼう。そうだ、それまではユーリと模擬戦しようかな」
「勘弁してください。だいたい、アダマンタイト同士は戦っちゃいけません。冒険者の資格をはく奪されますよ? ギルドカードに記憶されますから、言わなきゃバレないとかないですからね」
「面倒くさいルール。その割にはフェルちゃんを倒したらヒヒイロカネってランクに上げてやるとか勝手なルールを作るくせに」
フェル姉ちゃんを倒せ?
そういえばカブトムシさんがフェル姉ちゃんを運んでいるときに襲われたとか言ってたっけ?
もしかして襲ったのはスザンナ姉ちゃんなのかな。でも、フェル姉ちゃんはスザンナ姉ちゃんに村の防衛をお願いしてたし、手打ちになったんだと思う。
「いや、まあ、そうなんですけど。そもそも魔族が人界にいるのはかなりのイレギュラーですからね。魔族の恐ろしさを知っている世代からするとルールを変えてでも何とかしたいものなんですよ」
魔族の恐ろしさ? やれやれ、わかってないみたいだからアンリが教えてあげよう。しっかり聞いて欲しい。
「魔族は怖くない。どちらかと言うと優しいし、楽しい。これは覚えておいたほうがいい」
スザンナ姉ちゃんはうんと頷いて、ユーリおじさんは苦笑いって感じだ。
「そうですね。今朝、会議の前にフェルさんと話す機会があったのですが、ルハラに対して何の躊躇もなく攻め込むと言いましたよ。こっそりニアさんを取り返しにいくのかと思ったら、国と戦争してでも取り返すという答えで驚きましたね。それに、私が手引きしたように疑われて、死ぬかと思いました。味方に優しく、敵に容赦ない感じですよね」
「フェル姉ちゃんに疑われたんだ? ユーリおじさんはいい人なのに。冒険者ギルドに連絡してくれたり、ディア姉ちゃんに情報を教えてくれたりしたんだよね? そうだ、お礼を言ってなかった。ユーリおじさん、ありがとう」
今度はユーリおじさんが照れ臭そうに頭を掻いている。
「はは、いい人ですか。まあ、フェルさんとは敵対するよりも、仲良くしたほうがいいと思ったまでです。いい人なんかじゃありませんよ。だから礼は不要です」
いい人はみんなそう言う。アンリは騙されない。でも、いい人じゃないと思われていたほうがいいのかな。ううん、これはあれだ。照れ隠し。大人になると良くするって聞いた。フェル姉ちゃんもそんな感じだから何となくわかる。
あれ? ユーリおじさんとスザンナ姉ちゃんと話をしていたら、いつのまにかおじいちゃんとディア姉ちゃんがいなかった。よく見ると、オルウスおじさん達と話をしている。何の話をしているんだろう? アンリも聞いたほうがいいかな。
「それじゃ、スザンナ姉ちゃん。勉強が終わったらアンリと遊んで。あとで森の妖精亭へ行くから」
「わかった。待ってるから。それじゃ、ユーリも一緒に行こう。模擬戦は諦めるから、朝に飲んでた飲み物を飲ませて。あれはいい香りがした」
「結構いい茶葉ですからね。まあ、いいでしょう、おごりますよ」
ユーリおじさんとスザンナ姉ちゃんは森の妖精亭へ向かって歩き出した。
あの二人はアダマンタイトの冒険者。フェル姉ちゃんと比べるとそんなに強そうには見えないんだけど、いろいろすごいことができるのかな。あとで見せてもらおう。
でも、それはあと。おじいちゃんのところへ行こう。
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