第192話 おじいちゃんの悩み
フェル姉ちゃんとおじいちゃんのお話がいつ終わるか分からないからメイドギルドを探索することにした。
でも、もうそれなりに遅い時間。あまり迷惑にならないように探索しよう。
近くにいたメイドさんを捕まえてお話を聞いた。まずはメイドギルド全体の把握をしないと。
メイドギルドの一階は飲食店。
ここでお客さんを主人に見立ててメイドの訓練をしているとか。ウェイトレスさんみたいなことをするみたいだけど、どう違うのかアンリには分からない。たぶん、色々あるんだと思う。
二階は色々な部屋がある。会議室があるのも二階。それにここには住み込みのメイドさん達がいるとか。何人か一緒に同じ部屋に住んでいるみたい。
三階はお客さんのための部屋。アンリ達が泊っている部屋も三階。滅多に貸し出すことはなくて、ベッドメイクや掃除の訓練のための部屋であることが多いとか。だからあんなにベッドが綺麗だったのかな。
そして四階は王宮って呼ばれている場所で王様が住んでいるような場所を再現しているみたい。メイドギルドでは王様のところに仕えるメイドもいるみたいでそういう訓練をするために作ったとか。
そして、その王宮にはフェル姉ちゃんが泊っている。
フェル姉ちゃんは魔王だから王様なのは間違いないんだけど、なんかすごく嫌そうな顔をしているとか。でも、メイドさん曰く、嫌よ嫌よも好きのうち、ということでガンガン攻めるみたい。メイドさんは色々と強い。
「色々とお話を聞けたけど、どこへ行ってみようか?」
「なら飲食店に行ってみない? 夜でもやってるみたいだし、寝る前に行くって言ってた人もいたから誰かいるかも。というか、ほかに行くところがないし」
「うん。ギロチンは二階のどこかにあると睨んでいるけど、メイドさんが『それは言わぬが花』って言ってたから探しちゃいけないのかも」
「うん、あったらあったで怖いしね」
そんなわけで、スザンナ姉ちゃんと一階の飲食店へ向かった。
飲食店に足を踏み入れると、森の妖精亭みたいにたくさんのテーブルがあって町の人が楽しそうに食事をしていた。
森の妖精亭みたいだけど、広さはこっちのほうが上かな。三十メートル四方くらいあると思う。昼間はさらにギルド入口前にもテーブルを置いて飲食ができるみたい。オープンカフェって名前だとか。オシャレすぎる。
「いらっしゃいませ、お嬢様方」
メイドさんが近づいてきてアンリとスザンナ姉ちゃんにお辞儀した。
お嬢様ときた。そんな扱いを受けたのはお誕生日以来。よきにはからえって言うべきかな?
でも、よく見たら、男性客はご主人様で女性客はお嬢様って呼んでいるみたい。メイドさんの練習だからそういうルールなのかな。
「お二方ともフェル様のご関係ですよね? あちらのテーブルにお二人ほどお見えになっておりますが、ご案内しますか?」
「うん、それじゃお願いします」
「どうぞこちらです」
メイドさんに案内されると、そこには司祭様とアミィ姉ちゃんがいた。
司祭様がアンリに気づいてニッコリと笑ってくれる。
「おお、アンリとスザンナか。どれ一緒に何か食べるかの?」
「夕食を食べたばかりだからアイス以外なら飲み物だけでお願いします」
「私も飲み物だけで」
「アイスなんてソドゴラ村でしか食べられんぞ。それじゃ飲み物……ホットミルクがいいかの。アミィはどうする?」
「私もホットミルク。寝る前はそれが一番いいと思う」
司祭様がホットミルクを四つ頼んでくれた。司祭様のおごりと思いきや、フェル姉ちゃんの関係者からお金は貰えないと無料になった。フェル姉ちゃんの影響力はどこまでも強い。
すぐにメイドさんがホットミルクを持って来てくれた。ちょっとだけお砂糖が入っているみたい。これはいい邪道。
みんなで一口だけ飲んでホッと一息。
「えっと、アンリちゃんとスザンナちゃんでいいのかな?」
「うん、そっちはアミィ姉ちゃんでいいんだよね? 司祭様のお孫さん。アンリは村長の孫。孫つながりで仲良くしてください」
「私はアンリのお姉ちゃんだから仲良くしてもいいよ」
「二人とも面白いね。二人のことは念話でおじいちゃんから色々と聞いてるよ。元気な子がいるって」
「アミィ姉ちゃんのことも司祭様からよく聞いてる。目に入れても痛くないくらい可愛いって。正直、そんなことをしたらすごく痛いと思うけど、それくらい我慢できるってことだと思う」
アンリがそう言うとアミィ姉ちゃんは司祭様のことを笑顔でバシバシと叩いた。司祭様も嬉しそうにしているから大丈夫だとは思うけど、司祭様はお歳を召しているからもうちょっと手加減したほうがいいと思う。
二人ともすごく仲がいいのは分かった。理想のおじいちゃんと孫って感じ。アンリとおじいちゃんも負けてないとは思うけど。
それにしても、おじいちゃんか。
おじいちゃんはアンリに何かを隠している気がする。今日のフェル姉ちゃんとのお話とかもそうだけど、たまに家でもアンリは追い出されて聞けないお話がある。
アンリにはまだ理解できない難しい話なのかもしれないけど、ちょっとくらい教えてくれないかな……そういえば、アンリが家を出される時に司祭様が来ていた時があったかも。
「おじいちゃんはアンリに何か隠していると思うんだけど、司祭様は何か知ってる?」
「……アンリは村長がなにか隠していると確信しているのかの?」
「なんとなくそう思うだけ。今、フェル姉ちゃんとお話している内容もアンリには聞かせられないお話なんだと思う。内容をすごく知りたいわけじゃないんだけど、仲間外れ感がちょっと複雑」
司祭様は「なるほどのう」と言ってちょっと考え込んじゃった。
その司祭様を見たアミィ姉ちゃんはちょっとだけ首を傾げる。
「おじいちゃん、アンリちゃんに言えないお話の内容を知っているの?」
「……そうじゃな、知っておる。何度か相談も受けた。でも、それは儂の口からは言えん」
「そうなんだ? アンリには聞かせられない話なの?」
「まあ、そうじゃな。アンリにはまだ早い……アンリ、お主は歳の割には聡明じゃ。村長が意地悪でお主に何も言わないわけじゃないのは理解しておるな?」
それはもちろん分かってる。おじいちゃんはアンリに意地悪なんてしない。勉強は嫌っていう程させるけど。
司祭様に頷いた。
「なら、村長がアンリに話をする日が来るまで待ってやってくれんか。村長も悩んでおるんじゃ。言うべきか、言わざるべきかをな……いや、どうすればいいのかを悩んでいるかもしれん」
「よく分からないけど、そうなの?」
「うむ。もしかしたら今日、村長はフェルに悩みを打ち明けて何かしらの答えを出すかもしれん。もちろん何の答えも出ない可能性もあるがの」
おじいちゃんは悩んでるんだ? それとアンリに聞かせられない話の関係はよく分からないけど、アンリがもっと大人になれば教えてくれるみたいだ。
「私はアンリに隠し事なんてないからね?」
「うん、そこは全然心配してない。スザンナ姉ちゃんとアンリは運命共同体。アンリも隠し事はなしで行く」
モヤモヤするけどアンリにはスザンナ姉ちゃんもいるしフェル姉ちゃん達もいる。それに大きくなったら教えてもらえるわけだし、その時まで楽しみは取っておこう。
うん、モヤモヤはこれで終わり。それじゃ今度はアミィ姉ちゃんのことを聞こうかな。
「アミィ姉ちゃんは普段どこで何をしているの? ソドゴラ村に来たことはないよね?」
「ソドゴラ村は境界の森にあるので危険だから行ったことはないよ。私はオリン国のエルリガって町で女神教のシスターをしているんだ――あれ? 女神教がつぶれたら私って無職……? そういうことなの……?」
「女神教の代わりにリエル様が新しい宗教を作ってくださるからそれに鞍替えじゃ。無職にはならんから安心せい」
「さすがリエル様。この前、エルリガでお会いしましたけど、本当にやさしくて、純粋で、天使のような方でした。そんなリエル様が作られる宗教。私はすでに信者と言ってもいいですね!」
やさしくて、純粋で、天使……? 確かにやさしいし、見た目は天使っぽいけど、純粋かな? リエル姉ちゃんは裏表がない感じだから、ある意味純粋なのかもしれないけど。
その後も色々お話を聞いたんだけど、リエル姉ちゃんがいかに素晴らしいかをアミィ姉ちゃんが語っただけだった。途中、明らかにリエル姉ちゃんじゃないような感じがしたんだけど、否定するのは野暮な気がするから黙って聞く。
でも、そろそろ限界。司祭様も良くするけど話がループしてる気がする。
「アンリ、そろそろ村長さんとフェルちゃんのお話がおわるんじゃないかな?」
スザンナ姉ちゃんに言われて結構時間が経っているのに気づいた。これはいけない。
「うん、その通り。会議室の前で捕まえないと。それじゃ司祭様、アミィ姉ちゃん、お話をありがとう」
「うむ、それじゃまた明日からよろしく頼むぞ」
「またリエル様のお話を聞かせてあげるね!」
「……うん、機会があったらよろしくお願いします」
出来ればない方向でお願いしたい。
それはそれとしてさっそく会議室へ行こう。
二階への階段を上がると丁度フェル姉ちゃんとおじいちゃんが会議室の扉から出てきた。よし、捕まえよう。
廊下を走って近寄り、近距離からフェル姉ちゃんに思いっきりタックル。
「二人ともいきなりなんだ。廊下は走っちゃダメだぞ。魔族だってそのルールは守る」
「フェル姉ちゃん、お話は終わった? リエル姉ちゃんを助けるために修行しよう。地下の闘技場で特訓。夜の勉強を回避するためにもお願い」
「どこから突っ込めばいいんだ? ボケは一つだけにしろ」
「フェル姉ちゃんが何を言っているか分からない。どこもボケてない」
変なところはなかったはず。どれも真面目に言った。よし、背中ががら空き。おんぶに移行しよう。
背中をよじ登っていたら、フェル姉ちゃんがおじいちゃんのほうを見た。
おじいちゃんが笑顔で頷く。
「フェルさん、良かったらアンリやスザンナ君と遊んでやってくれませんか。リエル君のことは心配ですが、息抜きも必要だと思いますからな」
「おじいちゃん、これは遊びじゃない。修行」
「いつの間にか背中に回り込んでおんぶ状態なのに修行とか言うな……私が修行するって意味じゃないよな?」
勉強をしないためにも闘技場での修行を時間の限りする。おんぶすることでフェル姉ちゃんを人質に取ったも同然。交渉はアンリが有利だ。
今日は勉強しないって言おうとしたら、おじいちゃんがいきなりアンリとスザンナ姉ちゃんの頭を撫でた。これは新しいパターン。
「なら、アンリ、スザンナ君、今日の勉強はいいから、フェルさんに稽古をつけてもらいなさい。少しでも強くなれるようにね。おじいちゃんも色々教えてあげよう」
……はっ! いけない、あまりにも想像してない言葉をおじいちゃんが言ったからちょっとだけ思考がとまっちゃった。
でも、これは危険な兆候。上手い話には裏がある。
「おじいちゃんが勉強しなくていいって言う時は危険。のちに大変な事が待っている。フェル姉ちゃん、おじいちゃんと会議室でどんな取引をしたの? ちゃんと合法?」
「取引なんかしてない。ちょっと話を聞いていただけだ。アンリ、修行とやらに付き合ってもいいが、私の稽古は厳しいぞ?」
「分かった。スザンナ姉ちゃんと協力してフェル姉ちゃんを倒す。手加減はしない」
「うん、フェルちゃんをボコボコにする。リベンジマッチ」
「お前ら返り討ちだぞ? あと、二人そろって私にぶら下がるな。重い」
フェル姉ちゃんは闘技場へ向かって歩き出した。
なんだろう? おじいちゃんがちょっとだけ清々しいというかいつもよりも明るい感じ。司祭様が言ってた悩みが解決したのかな?
たぶんだけどいい方向に解決したんだと思う。おじいちゃんの顔を見れば分かる。しかもそれはフェル姉ちゃんとのお話の中で。どんなことがあったのかは知らないけど、おじいちゃんの悩みを解決するなんて、やっぱりフェル姉ちゃんはすごい。
なんとなくうれしいから思いっきりぎゅっとした。
「おい、アンリ、あんまり首を強く締めるな。いつも言っているだろう、そこは頸動脈だ。危ないだろうが」
「……実はこうやってフェル姉ちゃんの弱点を探してる。ここはフェル姉ちゃんにあまり効果がないのが分かった」
うれしいからぎゅっとしたって言うと、なんでって聞かれちゃうからちょっとだけ嘘を吐く。
「もう絶対におんぶしてやらん」
「それじゃ次は肩車でお願いします」
肩車は却下されたからおんぶを継続だ。
フェル姉ちゃんの背は小さいけど背中は大きい。物理的と言うよりも精神的に。こう、背中で語る感じ。アンリもフェル姉ちゃんみたいになれるかな?
いや、なろう。いつかはフェル姉ちゃんを部下にするつもりだけど、まずはフェル姉ちゃんに追い付いていつか追い越すんだ。
よーし燃えてきた。闘技場で修行してモリモリ強くなるぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます