第193話 プチパレード
まだ朝も早い時間、町を出る準備をした。
昨日の夜、闘技場でフェル姉ちゃんと戦ってから、今日は早く町を出るぞと皆に連絡をしていた。みんな首を傾げていたけど、フェル姉ちゃんがすごく真剣な顔で言っていたからとりあえずみんなで準備をしている。
フェル姉ちゃんと遅くまで闘技場で戦ったからまだ結構眠い。そもそもなんでこんなに早く出るんだろう?
朝だけどどう考えても夜逃げ。こんなにコソコソして町を出なくていいと思うんだけど。むしろ大手を振って町を出たい。
準備が終わったので、アンリはスザンナ姉ちゃんの水トカゲに二人乗り。
そしてみんなでメイドギルドを出て町の中央広場に向かい、南門に続く大通りへ出た。
その大通りにはたくさんの人が並んでいる。相変わらずメイドさん達も道の左右に並んでいるみたい。
フェル姉ちゃんが「遅かった」みたいな顔をしているけどどうしたのかな?
そして近くにいたステア姉ちゃんとメノウ姉ちゃんは満面の笑みだ。
「ステア。昨日、見送りはいらないと言わなかったか? 言ったよな? 言ったと言ってくれ」
「はい、そう言っておりました。フェル様のお言葉です。この耳でちゃんと聞いております」
「じゃあ、なんでメイド達は道に並んで見送りに来ているんだ?」
「メイドとして見送りには来ておりません。皆、プライベートで並んでいるだけです。ちなみに私もプライベートでここに来ております」
メイド服を着て、道沿いに並んでいるけどプライベート。アンリでも分かる。それは嘘。
「フェル様、覚悟をお決めください。堂々と門のところまで歩けばいいだけです。本来ならもっと派手なパレードをしたかったのですが、時間がないとのことで泣く泣く中止にしました。それを考えたら余裕ではないですか」
「確かに派手なパレードと比較したら余裕だけどな、そもそも、パレードの話なんて初めて聞いたぞ。言っておくが、そんなことをしたらこの町が無くなるからな? 絶対に手加減しないぞ」
パレードってなんか大きな乗り物に乗って道を練り歩く感じのあれかな? すごく見たい。今回はプチパレードって感じだから、リエル姉ちゃんを助け出した後に見せてもらおう。
フェル姉ちゃんは嫌そうな顔をしながらも、ステア姉ちゃんとメノウ姉ちゃんに案内されて道のど真ん中を歩き出した。
フェル姉ちゃんが歩くと、道沿いにいる町の人は手を振っているし、メイドさん達はお辞儀をしている。朝早いのにすごく派手だ。
よく見るとメノウ姉ちゃんの弟さんのカラオ兄ちゃんと幼馴染のククリ姉ちゃんがいた。二人とも笑顔で手を振ってくれてる。
昨日、修行の後にメノウ姉ちゃんと二人がやって来てフェル姉ちゃんと色々お話をしていた。
カラオ兄ちゃんが病気になったからフェル姉ちゃんがこの町まで来たわけなんだけど、すごく不思議な縁に思えちゃう。
よく考えたら、スザンナ姉ちゃんも一緒だ。スザンナ姉ちゃんがフェル姉ちゃんを襲ったから一緒にソドゴラ村まで来てくれたわけだし、これもすごい縁なんだと思う。
スザンナ姉ちゃんを背中越しに見上げた。
「どうかした?」
「スザンナ姉ちゃんが村に来てくれたのは、この町に来ようとしていたフェル姉ちゃんを襲ったおかげなのかなって思って」
「そうだね。私はアダマンタイトの中でも最弱って言われていたから魔族を倒してなんとか強さを証明したかったんだ。そのおかげでアンリとも出会えたから不思議だよね。でも、世の中は広い。自分は強いと思ってたのに、フェルちゃんどころか、メノウちゃんにも負けちゃったし」
村から脱走しようとして失敗したときのことだと思う。うん、メイドさんは強い。
「アンリ達は修行したから以前よりも強くなっているはず。今度は勝てるかもしれない」
「そうだといいんだけど……でも、フェルちゃんに戦いを挑んだのはずっと昔の事みたい。まだ二、三ヵ月前とかそんなものなのに」
「それだけ濃い日々を送っているのかも。アンリもフェル姉ちゃんかが来てから毎日が楽しくてあっという間だった」
まだ半年もたってないんじゃないかな? それなのにいろんなことがあった。アンリの今までの五年よりも充実した日々だ。
そんなことを考えていたら、町の南門に着いた。なぜかフェル姉ちゃんがぐったりしている。
門番の人が「開門!」と言うと、門がゆっくりと開く。
門が開き終わると、今度は「敬礼!」と門番の人が言った。すると門の近くにいた兵士さんみたいな人達が槍で空を指す。ちょっと斜めに掲げるのが格好いい。
フェル姉ちゃんがさらにぐったりしているけど、門を出る前に町のほうを振り返った。アンリ達も一緒に振り返る。
「えっと、見送りありがとう。リエルは必ず救い出す。帰りも寄るから、その時はよろしく頼む。じゃあ、行ってくる」
さっきまで騒いでいたのにシーンとしちゃった。でも次の瞬間には大歓声だった。町の人達がリエル姉ちゃんをよろしく頼むってお願いしているみたい。あと気を付けてとか、フェル姉ちゃん達の無事を祈ってくれているみたいだ。
フェル姉ちゃんは頷いてから門を通って外に出た。アンリ達もそれに続く。
いまだに町のほうからは歓声が上がっている。
フェル姉ちゃんもリエル姉ちゃんもこの町ではすごく人気みたいだ。ちょっとだけ誇らしい感じだけど、ソドゴラ村だって負けてないって言いたい。むしろアンリがフェル姉ちゃんを一番好きって自負してる。
門を通って少し歩くと、魔物のみんなが待っていてくれたみたいだ。すでに準備万端みたい。
さあ出発と思ったところでステア姉ちゃんがフェル姉ちゃんに近づいた。
「素晴らしいお言葉をありがとうございます。メイド達は元より、町の皆さんもフェルさんにより一層の忠誠を誓うでしょう」
「なんで忠誠を誓うんだよ。私達を見送ってくれたのだから、それに応えただけだ。感謝しただけだぞ?」
「ご安心を。忠誠と言ったのは、メイドのジョークでございます。ですが、そういう事に感謝ができる方だからこそ、我々の主人となっていただきたいのです。これは本気です」
以前、メノウ姉ちゃんに聞いた真の主って意味かな? メイドギルドはフェル姉ちゃんを真の主になってもらうように画策しているのかも。
これは危険。
フェル姉ちゃんはアンリの部下にするつもりだから、もしかしたらメイドさん達がアンリの敵になるかもしれない。
できれば、メイドさんを味方につけたい。ジョゼちゃんのときみたいに部下にしたら真の主になってもらうように命令するって言えば、味方になってくれるかな?
……それは後で考えよう。今はリエル姉ちゃんの救出が優先。
フェル姉ちゃんが、なぜか何もかも諦めた感じの顔になった。
「それじゃ早速聖都へ向かって出発する。世話になった――いや、まだお願いすることがあるから、その時はよろしく頼むな」
「はい、ヴァイア様から妨害や盗聴できない念話用魔道具を頂きましたので、いつでもご連絡ください。ではメノウ。フェル様のために尽力なさい」
「はい。例えこの身が引き裂かれようとも、フェル様の役に立って見せます」
なんかすごいことを言ってるけど、メノウ姉ちゃんはメイドさんだから常識の範囲内。アンリはメイドさんの常識を勉強したから驚かない。
そうこうしているうちに出発の準備が整ったみたいだ。
ここから南はロモン聖国。つまり敵陣。空を飛ばずに地上を歩いて進むことになる。カブトムシさんが運ぶゴンドラにも車輪がついて地上バージョンになった。
スザンナ姉ちゃんの水トカゲもちょっと大きくなっておじいちゃんとの三人乗り。
フェル姉ちゃんはゴンドラには乗らずにケルベロスのロスちゃんに跨った。あのモフモフしているロスちゃんにはアンリも乗ってみたいけどたぶんフェル姉ちゃん以外は乗せてくれないような気がする。あとで交渉してみよう。
フェル姉ちゃんがロスちゃんに跨ったままステア姉ちゃんのほうを見た。
「それじゃ、行ってくる。連絡したら、他のギルドにも連絡して声明を出す様にお願いしてくれ」
「畏まりました。一斉に声明をだすようにタイミングを計って対応致します」
「よろしく頼む。よし、皆、準備はいいな? なら、出発だ」
フェルちゃんがそう言うと、ゴンドラや魔物の皆が動き出した。
でも、フェル姉ちゃんが急に振り返る。
「おい、ステア――」
「行ってらっしゃいませ! ご主人様!」
ステア姉ちゃんがそう言うと、いつの間にか町の外に来ていたメイドさん達も一斉に「行ってらっしゃいませ! ご主人様!」と言った。
メイドさん達はすごく笑顔。お見送り出来て嬉しいのかな。笑顔がすごくまぶしい。
その状況とは裏腹にフェル姉ちゃんはロスちゃんの背中でぐったりとうつ伏せになった。どうしたんだろう?
「フェル姉ちゃん、大丈夫?」
話しかけたのに返事がない。
そうしたらおじいちゃんが「フェルさんはああいうのが苦手なんだよ。そっとしておきなさい」って言った。
アンリにはよく分からないけど、フェル姉ちゃんはああいうのが苦手なんだ?
これも一応弱点なのかな……?
まあいいや。フェル姉ちゃんはお疲れみたいだしそっとしておこう。
それにここからは敵陣。緊張感をもって進もうっと。
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