第191話 作戦の決定と大人の話
メイドさん達が作ってくれた夕食はビーフシチューだった。
フェル姉ちゃんは絶対にまずいって言うなって言ってたけど、あれをまずいなんて言う訳がない。みんなで美味しいって言いながら食べた。ほかにも新鮮なお野菜とかパンを食べたけど全部美味しくてアンリは満足。
メイドさん達も満足顔だった。おもてなしをするのが本当に好きなんだなと思う。
でも、メガネのステア姉ちゃんはまだまだって顔をしていた。ちょっとお話を聞いたら、メイドの腕がどうこうじゃなくて、もっと高級な食材でもてなしたかったとか。牛さんのお肉って高級だと思うけど、そんなもんじゃ足りないみたい。
なんでもフェル姉ちゃんがこの町で病気が蔓延したときにドラゴンの卵という超高級食材を町の皆に振舞って、しかもそれをメイドギルドの功績にしちゃったみたいで、そのお返しをしたかったとか。
対外的にはメイドギルドが振舞ったことになっているけど、町の人はフェル姉ちゃんが振舞ったことを知っていて、今日の料理の食材は町の人が持って来てくれたものみたい。
フェル姉ちゃんはエルフと取引してソドゴラ村にリンゴをもたらしてくれたし、ここではドラゴンの卵を振舞った。フェル姉ちゃんの恩恵って色々なところにあるんだなって今更ながらに思う。
美味しい夕食を食べ終わって会議室に戻ってきた。これからまた作戦会議だ。
部屋の中が夕食前の状態に戻ってからフェル姉ちゃんが口を開いた。
「さて、お腹がいっぱいのところ悪いが、まずはどうやってリエルを救い出すかを決めたい。もう少しだけ付き合ってくれ……アンリとスザンナは部屋に戻っていてもいいぞ。退屈だろ?」
フェル姉ちゃんは何を言っているんだろう。大事な作戦会議でアンリ達を仲間外れなんて認めない。首を横に振って否定した。もちろんスザンナ姉ちゃんもだ。
「退屈じゃない。リエル姉ちゃんを助ける作戦を決めるんだからちゃんと聞いておく。アンリとしては全員で突撃するのを推したい」
「アンリの言う通り。一点突破。最初に最大の一撃で相手を怯ませる。そして相手が混乱しているところに突撃するのがいい」
スザンナ姉ちゃんは分かってる。初っ端にぶちかまして相手をひるませるのが兵法。先手必勝。
オリスア姉ちゃんも頷いてアンリ達に同意してくれてる。
「夕食前の話を思い出せ。そんなことしたら普通の人を巻き込むだろうが」
あまり覚えていないけど確かにそんなことを言っていた気がする。出来るだけ普通の女神教の人を巻き込みたくないとか。倒すのは四賢と邪魔をする異端審問官達だけで、普通の人には攻撃しないって言ってたかな。
となると、最初に女神教の人を逃がせばいいのかな?
「それなら驚かせるのがいいと思う。最初に大聖堂をぶっ壊せばいい。多分、みんな逃げる」
女神教の象徴らしい大聖堂。そこを破壊すれば相手へのダメージは甚大だ。
「言ってることが過激すぎる。極力被害は出したくない。人的にも建物的にもな」
「フェル姉ちゃんはわがまま」
フェル姉ちゃんは心外って顔をしている。でも、どう考えてもわがまま。これから戦おうって言うのにそんなことばっかり考えているなんて。
被害を出したくないって言うフェル姉ちゃんの気持ちはすごくいいと思う。そういうフェル姉ちゃんだから皆に好かれてる。でも、いまやるべきはリエル姉ちゃんの救出。ほかのことに構いすぎると本命であるリエル姉ちゃんの救出に失敗しちゃうと思うんだけどな。
急におじいちゃんが手をあげた。なにか意見があるのかな?
「フェルさんは人族に気を使い過ぎです」
「そうか? そんなことは無いと思うのだが。でも、それがどうしたんだ?」
「友好的な関係を築くために、被害をできるだけ出したくないというのは分かります。ですが、中途半端にやるよりも圧倒的な力を見せつけて対応した方が被害は少ないと思いますよ」
さすがおじいちゃん。アンリもその意見に賛成。相手に勝てないって思わせることができれば戦わなくても勝てる。フェル姉ちゃんならそれが出来ると思う。
おじいちゃんがさらに続けた。
「圧倒的な力を見せることで恐怖を感じる人はいるでしょうが、逆に魔族と戦うよりも仲良くした方がいい、そういう風に思わせることができるかもしれません」
「それは都合が良すぎる展開じゃないか? 可能性としては低いと思うぞ」
「今回は女神教に非があります。それはオリンやルハラ、それにいくつかのギルドが声明を出して証明してくれるのですよね? でしたら、問題ないでしょう。極力被害を押さえてリエル君を助けた後、印象操作をすればいいのです」
印象操作?
どういうことだろう? フェル姉ちゃんも「印象操作?」っておじいちゃんに聞き直してる。
「はい。例えばですが、魔族がリエル君を助けたのは義に厚いからだ、とか、魔族は敵対者にだけ容赦しない、とか、すべてが終わった後で情報を流すのです」
「意味は分かるが、情報を流すなんてできるのか? 少なくともロモン全域ぐらいに流さないと意味がないと思うのだが」
「ステアさん、どうでしょうか?」
おじいちゃんがステア姉ちゃんのほうを見てそう言った。
アンリはピンときた。メイドさん達を使って魔族はいい人って情報を流すんだ。おじいちゃん、なんて策士……!
「可能でございます。メイドギルドの力を使って、フェル様、いえ、魔族の皆様の印象を操作してご覧に入れます」
「操作するって言うなよ。洗脳じゃないけど、それじゃ女神教と変わらないだろ?」
「全く違います。私達は事実を述べるだけの事。操作と言うよりは宣伝です……ちょっと尾ひれがつきますが、噂話とはそう言う物でございます」
ステア姉ちゃんは笑顔でそう言っているのにすごく悪そうな顔に見える。あれは悪人がやる顔だ……!
でも、すぐに普通の笑顔に戻った。
「メイドギルドはフェル様に借りがあります。一生をかけてでも返せないほどの借りが。印象操作をすることで、何かを求めることはありません。ご安心ください」
フェル姉ちゃんはステア姉ちゃんの言葉を聞いて、それでやることに決めたみたいだ。リエル姉ちゃんを救出したらロモン国でメイドさん達が魔族さんはいい人だと印象操作する。
実際にフェル姉ちゃんを筆頭にルネ姉ちゃんやレモ姉ちゃん、それにオリスア姉ちゃん達だってみんないい人。嘘じゃないんだから印象操作でもないんじゃないかな。ただの宣伝だ。
でも、ステア姉ちゃん、見返りは何もいらないって言ってたのに、フェル姉ちゃんに主従契約を迫ってる。これがメイドさんの交渉術なのかな? ネゴシエーターアンリとしてもちゃんと勉強しておこう。
その後も色々とお話が続いて、最終的にはフェル姉ちゃん達が真正面から突っ込むことと、被害を少なくするために普通の女神教の人達は避難させるように仕向けることに決まった。
聖都には四賢がいるわけだし、戦いはその人たちに任せて自分たちは戦いの邪魔にならないように逃げようって感じで女神教の人達を誘導するみたいだ。
その作戦でいいと思うんだけど、フェル姉ちゃんはもっと考えなくちゃいけないって顔をしている。
「えっと、本当にいいのか? もっとちゃんと考えるべきじゃないか?」
これ以上女神教の人たちに配慮する必要はないと思うんだけど……みんなはどう思ってるんだろう?
「考えすぎじゃないかな?」とヴァイア姉ちゃん。
「問題は起きた時に考えるものだよ?」とディア姉ちゃん。
「面倒ニャ」とヤト姉ちゃん。
「案ずるより産むが易しですぞ」とおじいちゃん。
うん、やっぱりフェル姉ちゃんは考えすぎだと思う。それじゃアンリも言っておこう。
「後は野となれ山となれの精神」
フェル姉ちゃんは複雑そうな顔をしていたけど、なんとなく吹っ切れた感じになった。
そして皆に色々と指示を出している。
アンリは特にないんだけど、司祭様と一緒に聖都へ入って女神教の皆を避難させる役目かな?
そして気になることが一つ。
オリスア姉ちゃんがあの勇者の相手をするみたいだ。フェル姉ちゃんにはリエル姉ちゃんのところへ行って貰う必要があるから任せて欲しいってお願いして、フェル姉ちゃんが許可を出した。
この戦いは見ておきたい。
オリスア姉ちゃんは魔族だから強いのは分かってる。でも、あの勇者に勝てるのかな? フェル姉ちゃんなら絶対に勝つと思うけど……オリスア姉ちゃんも自信がありそうだし、ぜひとも見よう。
「大体の予定は理解してくれたと思う。細かい内容は移動中に従魔達と相談しながら決めることにする。なにか質問はあるか?」
聖都まで五日はかかるみたいだから、それまでに細かいことを決めるってことかな。なら特に質問もないと思う。
みんなが手を上げなかったら、フェル姉ちゃんは頷いた。
「なら会議は終わりだ。しばらくベッドでは寝れないから、今日はゆっくりしてくれ。それじゃ解散」
フェル姉ちゃんがそういうと、みんなが席を立つ。よし、アンリ達はフェル姉ちゃんと地下闘技場で修行しよう。
「村長、ちょっといいか?」
みんなが部屋を出ようとしているときにフェル姉ちゃんがおじいちゃんを止めた。どうしたんだろう?
「なんでしょうかな?」
「何度も言ってるんだが、やっぱり聖都へ一緒に行くんだよな?」
「そうですな。ご迷惑とは思いますが、ついて行きますぞ」
「そうか。ならせめて事情を教えてくれないか? リエルを助け出してから来た方が安全なのに、何で無茶をしてまでついて来るのか分からなくてな。念のため確認しておきたい」
フェル姉ちゃんは今更何を言っているんだろう。村の住人であるリエル姉ちゃんがさらわれた。村長であるおじいちゃんが行くのは当然。その孫のアンリも当然という理屈だ。おとうさん達はお留守番だけど。
おじいちゃんはちょっと難しそうな顔をしていたけどフェル姉ちゃんに頷いた。お話をするって意味かな。よし、アンリも聞こう。
あれ? おじいちゃんがアンリ達を見てる?
「アンリ、スザンナ君。私はフェルさんと大事な話があるから、部屋へ戻りなさい」
「アンリもお話を聞きたい」
「アンリ」
この目はあれだ。おじいちゃんが大人の話をするからアンリは聞いちゃダメって時の目。アンリにはまだ早いってことなんだと思う。
気になるけど仕方ない。こういう時のおじいちゃんはものすごく強い。
「……おじいちゃんがその目をするときは頑固。粘ってもダメなのが分かった。仕方ないからアンリは大人しく撤退する。戦略的撤退」
「スザンナ君、すまないがアンリの事を頼むよ」
「まかせて。私はアンリのお姉ちゃん。二人で部屋へ戻ってる。アンリ、行こう」
スザンナ姉ちゃんと手を繋いで部屋の外へ出た。そして扉を閉める。
「アンリ、どうする? 盗聴する? いつもみたいに水で中の会話は聞けるよ?」
その手があった。でも、今回はいいかな。おじいちゃんがあの目をしてアンリを遠くにやるときは、アンリが聞いちゃいけない話をするとき。興味はあるけど、聞かないほうがいい気がする。
「ううん、今回は聞かないでいい。でも、フェル姉ちゃんが出てくるのを近くで待っていよう。出てきたらそのまま闘技場へ拉致する。今日は勉強をしてないし、夜に始める可能性があるからそれをつぶさないと」
「それは重要だね。なら近くを見て回ろうか。メイドギルドって面白そうだよね」
「うん、アンリはギロチンを見たい」
よし、フェル姉ちゃん達のお話が終わるまでメイドギルドを探検しようっと。
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