第253話 親友

 

 フェル姉ちゃんとクル姉ちゃんを冒険者ギルドに残して、アンリ達は森の妖精亭にやってきた。


 ここは相変わらず人が多い。冒険者さんが増えたからだと思う。そもそもこの村に食堂と宿があるのはここだけだし、混むのは当然かも。たまに座れないほど混んでいる時もあるけど、フェル姉ちゃんがいつも座るテーブルは予約席扱いだから、ここだけはいつでも使える。


 そんな予約席を持っているフェル姉ちゃんは、クル姉ちゃんと一緒に冒険者ギルドで魔石の換金中だ。終わったらこっちで合流することになってるから、いつものテーブルに座って待っていよう。リンゴジュースを頼みたいけどおごってもらう手前、それはマナー違反。我慢だ。


 我慢を紛らわせるためにちょっとだけ二階のほうを見た。


 さっきフェル姉ちゃんが言ってたけど、ヴァイア姉ちゃんの赤ちゃんがそろそろ生まれるみたい。出産が近い時は安静にしていなくちゃいけないらしくて、ヴァイア姉ちゃんはしばらく前から森の妖精亭で寝泊まりしている。フェル姉ちゃんの隣の部屋だ。その部屋に行くのはいつもの日課だったのに今日はまだ行けてない。


 その部屋でリエル姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんのサポートをしている。出産と言うのは結構危険なこともあって、普通は治癒魔法が使える人を呼んでおくとか。当然、この村で一番の治癒魔法使いはリエル姉ちゃんだ。これ以上の人材はいないと思う。


 ちょっと前にオリエ姉ちゃんのお産も手伝っていたし、リエル姉ちゃんの手腕はプロ並みって聞いた。もともと女神教の時もリエル姉ちゃんは貴族さんの赤ちゃんが生まれるときに引っ張りだこだったみたいで、お手の物らしい。


 マナちゃんもいつかリエル姉ちゃんと一緒にそういうお仕事をしたいとか言ってたっけ。


 そのマナちゃんはなんだか考え込んでるみたいだけどどうしたんだろう?


「マナちゃん、どうかした?」


「うん……さっきのフェルさんの言葉を理解しようとしてるんだけど、あまりよく分からなくて」


 アンリと同じだ。実はアンリもよく分かってない。強くなっても慢心しちゃいけないって言うのは分かるんだけど。


「私はなんとなくわかるかな。昔、似たようなことを両親に言われたし」


「スザンナ姉ちゃんは分かったんだ?」


 スザンナ姉ちゃんの両親って言うと、冒険者だったはず。フェル姉ちゃんと似たようなことを言ったってことは正しいことなんだと思う。


「私もね、いつの間にか水が操れるようになったんだけど、これって結構すごいんだよね。ユニークスキルだし」


「うん、正直、反則だと思う」


「そう、反則的な力。だからこそ使い方には注意したほうがいいって言われた。自分で大きな力を振り回しているように思えるけど、過信すれば大きな力に振り回されることになるとも言われたかな。あまり意味は分からなかったけど、今はなんとなくわかる気がする」


 アンリはフェル・デレを振り回していると思ってるけど、本当はフェル・デレに振り回されているってことかな? 遠心力的な話?


 マナちゃんも首を傾げてる。もう少し大きくならないとちゃんとは理解できないのかも。


 あと何のために力をつけたのかも考えろって言われた。アンリが強くなる目的はフェル姉ちゃんを倒して部下にすることだけど、そもそも力をつけるのに理由なんていらないと思う。強いほうが格好いい。


 ……色々考えたけど、しっくりこない。おじいちゃんの勉強より難しい。


 慢心しちゃいけないと、力に頼るのは最後ということを約束した。慢心しちゃいけないって言うのは足元をすくわれるとか、そういう話だと思う。でも、力に頼るのは最後っていうのはなんでかな? 約束だからそうするつもりだけど、理由がよく分かってない。


 色々と悩んでいたら、クル姉ちゃんがやってきた。でも、一人だけだ。フェル姉ちゃんは一緒じゃないのかな?


「クル姉ちゃん、フェル姉ちゃんは?」


「フェルさんはネヴァさんと一緒にディアさんを説教してる。私たちに変なことを教えたって絞られてるね。それで遅くなってるけど、そのうち来ると思うよ」


 冒険者の流儀に従って物理的な自己紹介をするつもりだったけど、それはダメな事みたいだ。ディア姉ちゃんが言ってることも間違ってはいないと思うけどやっぱりダメなのかな?


「クル姉ちゃんはフェル姉ちゃんに言われたことをどう思う? 内容を理解できた?」


「なんとなくわかるかな。たまにいるんだよ、強い傭兵団に所属してるのを笠に着て傍若無人に振舞う人が。強ければ何をしてもいいっていう考えをしてるんだろうね」


「そうなんだ?」


「フェルさんが言いたかったことなのかは分からないけど、力に溺れるってそう言うことなのかなって。それにウル姉さんやベル姉さんも似たようなことを言ってたよ。力は好き勝手に生きるためのものじゃなくて、守りたいものを守るためのものだって言ってたかな?」


 何となくだけどいいことを言ってるような気がする。


 アンリはまだよく分かってないけど、これはずっと考えないといけないかも。とりあえずすぐに叩きのめすみたいな考えはやめよう。戦えば勝てるかもしれない状態でも、剣を抜くのは最後の最後だ。まずはそれを守る。


 決意を新たにしたところで、二階からリエル姉ちゃんがおりてきた。


「リエル母さん!」


 マナちゃんが嬉しそうにリエル姉ちゃんを呼んだ。


 リエル姉ちゃんはその声に反応したけど、顔がげっそりしてる。ものすごく疲れた顔をしているけど、大丈夫かな?


「おお、マナ達か。こんな時間に珍しいじゃねぇか。何やってんだ?」


「フェルさんが夕食をおごってくれるって言うからここで待ってるの」


「フェルの奴、帰って来てたんか。それじゃ俺も一緒に食事をするか」


「それはいいんだけど、リエル姉ちゃん、すごくお疲れみたい。もしかしてヴァイア姉ちゃんのお産はすごく大変なの?」


「ああ、大変だ。ヴァイアとノストがいる部屋に一緒にいるって言うのは想像を絶するくらい疲れる。壁を殴りたくなるのをぐっとこらえて治癒とか栄養を分け与える魔法を使うからな……その辺に殴っていい物ってあるか?」


 いつもの事だった。でも何となくわかる。あの部屋にいるとチョコレート並みに甘い。胸焼けする。


「とりあえずヴァイアのことはノストに任せて俺は避難だ。まあ、ここにいればすぐに部屋へ戻れるから問題ないだろ」


 リエル姉ちゃんはそう言うと、マナちゃんの隣に座った。


「ところでお前たちのほうはどうしたんだ? なんとなく悩んでる顔だぞ?」


「実はさっきフェル姉ちゃんにお説教された。力に溺れるなとか」


 リエル姉ちゃんがびっくりした顔でアンリ達を見た。そしてニヤリと笑う。


「そうか、お前ら、フェルに説教されたか」


「そうなんだけど、なんで笑ったの?」


「俺も前にフェルに説教されたからな」


「そうなんだ?」


「ああ。俺がいい男だったら誰でもいい、みたいな言動をするのがむかつくんだと」


「あ!」


 スザンナ姉ちゃんが何かを思い出したように声を上げた。もしかしてスザンナ姉ちゃんは知ってるのかな?


「そういや、あの時はスザンナとルネがいたっけか。その後に危ないことに巻き込まれる気がしてヒヤヒヤするとも言ってたな。まあ、心配してくれたんだろうな」


「うん、そんなことを言ってた」


 スザンナ姉ちゃんとルネ姉ちゃんがいた……もしかしてメーデイアで疫病を治した頃の話かな?


「でも、そんなことよりもな、フェルは嬉しいことを言ってくれたんだよ」


「何を言ったの?」


 スザンナ姉ちゃん以外がテーブルに身を乗り出した。みんな興味津々だ。もちろんアンリも。


「俺が親友だからだと。俺がそのへんのどうでもいい奴だったら何も言わない、勝手にしろと思うだけらしいぜ。でも、俺が親友だから言いたいことは言うそうだ」


 リエル姉ちゃんは階段をおりてきたときの疲れた顔じゃなくて、すごくツヤ肌のいい笑顔になった。聖女スマイルだ。


「そんなことがあったんだ?」


「ああ。俺にとっては忘れられない最高の思い出だな。お前たちもフェルに説教されたんだろ? どういった状況なのかは知らねぇけど、フェルはお前たちのことも親友だと思って説教したんだと思うぜ? どうでもいいと思われてるなら何も言わないだろうからな」


 リエル姉ちゃんにそう言われると、みんなちょっと驚いた後に照れた。アンリもちょっとだけ照れくさい。


 そっか、フェル姉ちゃんはアンリ達を親友だと思ってるから説教したんだ。それはなんとなく嬉しい。


 そこへディア姉ちゃんを引きずったフェル姉ちゃんがやってきた。


「待たせたな。早速食事に――リエルも来てたのか」


「よう、親友!」


 リエル姉ちゃんが笑顔でそう言うと、フェル姉ちゃんが複雑そうな顔をした。


「なんだいきなり? 言っておくが、リエルにはおごらないぞ。おごるのはアンリ達だけだ。それとおごるのはディアになった」


「フェルちゃん横暴! 自分の意見を通すために力を使うのは良くないと思う!」


「ディアがアンリ達に余計なことを教えるからだ。それとも説教が足りないか?」


「すみませんでした。おごらせてください」


 ディア姉ちゃんがちょっとしょんぼりしてる。ここはアンリが教えてあげよう。これを聞けば嬉しくなるはず。


「ディア姉ちゃん、大丈夫。フェル姉ちゃんが説教するのはディア姉ちゃんが親友だから」


「え、何の話?」


 フェル姉ちゃんも不思議そうな顔をしていたけど、急にハッとした顔になって、リエル姉ちゃんとスザンナ姉ちゃんを見た。


「あの時のことを話したな? お前らちょっとこっち来い。話がある」


「お、なんだよ、説教か? いいぜ、親友だからな!」


「うん、私も親友。いくらでも説教される」


 ディア姉ちゃんはよく分かっていないみたいだけど、楽しい雰囲気が辺りを包んだ。


 やっぱりフェル姉ちゃんがいると違う。遺跡探索で村にいないことが多くなったけど帰ってきたときはいつも楽しい。


 それにアンリ達はフェル姉ちゃんの親友認定されてるのが分かった。フェル姉ちゃんに心配されてるって言うのがすごく心地いい。説教された内容は完全には理解してないけど、理解できるように色々考えてフェル姉ちゃんを安心させようっと。

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