第254話 親バカ
フェル姉ちゃんが帰って来て三日後、ヴァイア姉ちゃんの赤ちゃんが生まれそうになってる。今日は朝から村のみんなはてんやわんやだ。今は昼食を食べ終わってまったりしているけど。
ヴァイア姉ちゃんの部屋にはリエル姉ちゃん、メノウ姉ちゃん、ハイン姉ちゃん、ヘルメ姉ちゃん、そしてマナちゃん達がいて頑張ってる。アンリ達は何もできないから食堂の方で待機。
本当はアンリもお手伝いをしたかったんだけど、お母さんにアンリが生まれた時のことを聞いたら、ものすごく困った顔をされて何も教えてくれなかった。もしかしたらアンリが生まれたときはすごく大変だったから、あまり言いたくないのかも。
それはそれとして、ちょっと困ったことが起きてる。フェル姉ちゃんに落ち着きがない。さっきから二階へ行く階段のところを行ったり来たりしてる。
そんなフェル姉ちゃんにディア姉ちゃんが声をかけた。
「フェルちゃん、いいから落ち着いて。椅子に座って深呼吸でもしなよ」
「何言ってる。私は落ち着いてる。でも、時間がかかり過ぎじゃないか? 大丈夫なんだよな?」
「それ、五分前にも言ったよ……ノストさんが慌てるならともかく、なんでフェルちゃんがそこまで慌ててるの」
当のノスト兄ちゃんは心配そうにはしてるけど、椅子に座って二階のほうへ視線を向けているだけだ。フェル姉ちゃんに比べたらものすごく落ち着いてる。
「だから私は落ち着いてる。少し心配なだけだ。むしろお前たちのほうが薄情じゃないか? ヴァイアと子供になにかあったらどうする? どんなことが起きても対処できる状況にしておくべきだろう」
「あの部屋にどれだけの人材がそろってると思ってるの。お産に対してなら人界で最強の人たちがいるんだから安心して待ちなよ」
「リエルがいる時点で確かにその通りではあるんだが……アビスやスライムちゃん達も呼んだ方がいいか? そうだ、ウェンディに言って精霊たちも呼んでおくか」
「アビスちゃんはともかくジョゼちゃん達や精霊さん達に何をさせる気なの……」
今日のフェル姉ちゃんはかなりポンコツだ。それだけヴァイア姉ちゃんを心配しているんだろうけど、なんていうか見ていて面白いくらいになってる。
しばらくはみんなで面白くなってるフェル姉ちゃんを見てたけど、スザンナ姉ちゃんが笑顔になってアンリ達のほうを見た。
「それにしても楽しみ。ヴァイアちゃんの子供は男の子と女の子、どっちかな?」
「それも気になるけど、私は魔力量が気になるかな。ヴァイアさんの子供ならすごく魔力量が多そうじゃない? スキルとか魔力量って遺伝しやすいらしいよ。まあ、ユニークスキルは全く関係ない人が身につけることがあるみたいだけど」
確かにそれは気になる。
オリエ姉ちゃんとロミット兄ちゃんの子供は女の子だった。もう半年くらいかな。生まれた直後に見せてもらったけど、すごくかわいかった。そろそろ歩けたりするのかも。しゃべれるようになったらアンリ姉ちゃんって言ってくれるかな? ううん、言わせる。
魔力量に関しては確かに多そうな気がする。そもそもヴァイア姉ちゃんが規格外だから、赤ちゃんも同じくらい規格外になるかもしれない。もしくはものすごく頭がいいとか。
「ノストさんは男の子と女の子どちらがいいですか?」
クル姉ちゃんが近くのテーブルに座っているノスト兄ちゃんに問いかけた。
ノスト兄ちゃんはクル姉ちゃんに微笑みかける。
「無事に生まれてくれればどちらでも構いません。どちらだとしてもヴァイアさんと自分の子供ですから」
「おおー」
アンリでも分かる。これはイケメンの回答。でも、確かにその通り。どっちだとしてもヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの子供だ。男の子でも女の子でもいつかアンリが剣を教えてあげよう。
そんなことを考えていたら、二階からメノウ姉ちゃんがおりてきた。そして笑顔になる。
「ヴァイア様のお子様が無事に生まれました。かわいい女の子――ちょ、フェルさん!」
フェル姉ちゃんがすぐに駆け出した。メノウ姉ちゃんの横を通り過ぎてすぐに見えなくなる。
「ちょっと! フェルちゃん! ノストさんより先に行ってどうするの! ノストさん、早く向かって!」
「は、はい!」
ディア姉ちゃんに促されてノスト兄ちゃんも階段を駆け上がっていった。そして残ったアンリ達は沈黙だ。
……なんだろう。喜ぶタイミングが分かんない。もう喜んでいいとは思うんだけど、フェル姉ちゃんがスタートダッシュをかましたからタイミングがずれた。
でも、そこはさすがのメイドさん。メノウ姉ちゃんは一度だけ咳をしてから笑顔になった。
「ヴァイア様のお子様が無事に生まれました。かわいい女の子ですよ」
その言葉にみんなの歓声があがった。そして拍手が沸き起こる。
「ヴァイアさんはお疲れですので、一度にたくさん行くのはよろしくありません。なので、まずはニアさんとロンさん、どうぞ、お部屋まで」
「そうなのかい? それじゃ先にヴァイアの子、私達の孫に会わせてもらおうかね!」
「おう、そうだな! 俺達の孫か!」
ニア姉ちゃんとロンおじさんが階段をあがっていった。アンリもすぐに見たいけど、ここは我慢。
それにしてもフェル姉ちゃん、あっという間に行っちゃった。ヴァイア姉ちゃんは大丈夫かな? あの勢いで部屋に突撃されたら大変だと思うんだけど。
「メノウちゃん。もう名前の鑑定は終わってるんでしょ? 名前は何?」
スザンナ姉ちゃんの質問はいい質問。
世界規則っていう不可侵のルールで生まれたときからすでにユニークな名前がついてるはず。名前を鑑定する魔道具がもともと女神教にあって、今はそれを聖人教が使ってるとか聞いたことがある。
「名前はリンちゃんですね。私が見た限りでは、目はヴァイアさんに似ている感じで、鼻はノストさんに似てましたよ」
「イケメンの女の子になるのかー、将来が楽しみだねぇ」
「そうですね。それに魔力量も赤ちゃんとは思えないほどで、将来はヴァイアさんを越えるかもしれませんよ」
なにやらリンちゃんはハイスペックな赤ちゃんみたい。これはぜひとも会いたい。将来的にはアンリと一緒に人界征服してくれないかな。
……あれ? フェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんが二階からおりてきた。その後ろにはハイン姉ちゃんとヘルメ姉ちゃん、それにお手伝いをしていたマナちゃん達もいる。もしかすると部屋は親子水入らずって状態になってるのかな。
でも、何だろう? リエル姉ちゃんがすごく呆れた顔になってる。
「フェルよぉ、いきなり部屋に突撃してくるなよ。ビックリしたじゃねぇか。それに赤ちゃんを見て泣くなよ。そういうのはノストにやらせるもんだろうが」
「まあ、その、なんだ。少しだけ、ほんのちょっとだけだけ心配だったから、勢い余って突撃してしまった。あと、言っておくが別に感動して泣いたわけじゃないぞ。ほら、あれだ、部屋に行く途中で足の小指を角にぶつけたんだ。あれは魔王でも痛い」
「フェルが足をぶつけたら、ぶつかったほうが壊れるだろうが。嘘を吐くならもうちょっとマシな嘘を吐け」
よく分かんないけど、フェル姉ちゃんはリンちゃんを見て泣いたんだ? 感動してないって言ってたけど、どう考えても嘘。たぶん、感動して泣いたんだと思う。
「よし、気分がいいから今日は私のおごりで宴会をしよう。なんかこう、腹いっぱいに食べたい気分だ。皆を呼んで盛り上がるぞ」
フェル姉ちゃんがそう言うとまた歓声があがった。
なんというか、フェル姉ちゃんの喜びようがすごい。リミッターが外れている感じだ。
「ヴァイア姉ちゃんの子供が生まれたからすごくうれしいの?」
「うん? いや、普通だが。まあ、確かにちょっとは嬉しいけどな。そうそう、さっき、ちらっと見たけど、可愛かったぞ。目はヴァイアに似ていて、鼻はノストに似ていたかな。こう、泣き声が力強くてな、命に満ち溢れている感じだ。それに魔力量もすごい。将来はヴァイアみたいな立派な魔法使いになれると思う。あと、やっぱり赤ちゃんは小さいよな。手なんか、こんなに小っちゃくて、指なんかも曲がるのかこれって心配になるくらいだ。あと、ほっぺた。あれは触りたい。もう少し大きくなったら突かせてもらおうかと――」
「分かったからちょっと待って。みんながポカーンとしちゃってるでしょ」
フェル姉ちゃんがいつになく饒舌。これってアンリの知ってる言葉で言うと、親バカじゃないのかな? ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんを差し置いてフェル姉ちゃんが親バカになってる。これはどうなんだろう? 結婚式で新郎新婦のご両親よりも友達が号泣するっていう話と似てる。
でも、それだけ嬉しいんだと思う。アンリもヴァイア姉ちゃんに赤ちゃんが生まれてすごくうれしいけど、フェル姉ちゃんレベルまでは至ってない。なんでそこまで喜んでいるのは分からないけど、魔族さんはみんなフェル姉ちゃんみたいな感じなのかな? それともアンリも赤ちゃんを見たらああなっちゃう?
会うのが楽しみ。早く会ってみたいな。
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