第255話 魔術師ギルドのグランドマスター

 

 お勉強が終わって昼食も済んだから、今日も元気にヴァイア姉ちゃんの雑貨屋に突撃した。


 ダンジョンへ行く前にここへ寄るのが最近の日課だ。みんなもリンちゃんを見たいから満場一致でここへ来ることに賛成してる。


 雑貨屋の中では、柔らかそうな布にくるまれたリンちゃんをヴァイア姉ちゃんが大事そうに抱えている。


 みんなでそれを覗き込むように布の中を見た。今は眠っているみたい。


 みんな静かにしているけど、ヴァイア姉ちゃんが布に軽い防音の魔法を付与しているから、ちょっとくらいの騒音ならリンちゃんの眠りを妨げることにはならないとか。商品化したらすごく売れそう。


 それはいいとして、控えめに言ってもリンちゃんはかわいいと思う。妖精女王たるアンリもタジタジ。もしかすると今後の結婚式ではリンちゃんが花びらを撒くかもしれない。これが世代交代。老兵はただ消え去るのみ。


 でも、あと五年くらいはアンリがやらないといけないかも。さすがにハイハイも出来ない状態じゃ花びらを撒けない。アンリがしっかりと指導してフェアリーリンとしてやっていけるように色々と仕込んでいこう。


「みんなありがとうね、いつも見に来てくれて」


「ヴァイア姉ちゃん、お礼は不要。リンちゃんを一日一回は見ないと逆に落ち着かない。でも、フェル姉ちゃんにはお礼をしたほうがいいかも」


「そうなんだよね。フェルちゃんも毎日のようにここへ来てはお土産と称して色々持ってくるからあとでお礼しないとね」


 リンちゃんが生まれて一週間、フェル姉ちゃんは毎日ここへリンちゃんを見に来ている。アンリ達も似たようなものだけど、フェル姉ちゃんは頻度が違う。一日に数回は来てるとか。


 朝昼晩は必ずいるし、赤ちゃんにお土産をたくさん持ってくる。まだ普通の食事も出来ないのにワイルドボアを狩ってきたときはみんな呆れてた。もちろんアンリも。


 でも、それだけリンちゃんが生まれたことを喜んでいるんだと思う。それにいつもは三日くらいで遺跡のほうへ行っちゃうんだけど、今回に限ってはすでに一週間も村に滞在してる。


「フェル姉ちゃんってリンちゃんが好きすぎると思う」


「リンちゃんがっていう訳じゃないと思うよ。ほら、オリエさんのところも生まれたときは毎日のように通ってたし。赤ちゃんが好きなんだろうね」


「確かにアンリも好き。かわいいからずっと眺めていられる」


「フェルちゃんの場合はかわいいからって言うよりも、命に対してすごく尊さを感じてるんだと思うよ」


「尊さ?」


「ほら、アンリちゃん達も知ってるでしょ、フェルちゃんは不老不死だからね、命の大事さ、大切さを人一倍知っているんだと思う」


「えっと、よく分かんない」


 スザンナ姉ちゃん達も首を傾げてる。そもそも命は尊いものだけど、不老不死だから命がすごく尊いってどういうことなんだろう? イメージ的にはその逆のような気もするけど。


「フェルちゃんが前に言ってたんだけどね、自分は命を冒涜している存在なんだって。不老不死というのは死なない、逆に言えば生きていないと同じだって。限りある生を懸命に生きられる私達が羨ましいって言ってたよ」


「フェル姉ちゃんは難しいことを言う。アンリにも分かるように言って欲しい。フェル姉ちゃんだって生きてるよね? 不老不死だけど、アンデッドと言う訳じゃないんだから死んでるわけじゃないのに」


「フェルちゃんの理論だとそうなんだよ。だから新しく生まれてきた命を大事にしてるんじゃないかな。もちろん、知り合いの赤ちゃんだからってこともあるだろうけどね」


 不思議理論。フェル姉ちゃんはたまにそういう訳の分からない感じのことを考えてる。フェル姉ちゃんだってちょっと不老不死なだけでみんなと一緒なのに。


 そんな話をしていたところへタイミングよくフェル姉ちゃんがやってきた。


「ヴァイア、リンは元気か? さっきエルフの村まで行ってきた。すりおろしリンゴだったら食べられるかと思ったんだが――アンリ達も来てたのか」


「フェル姉ちゃん、赤ちゃんはまだそういうのは食べられないと思う」


「……そうか。なんとなくそうじゃないかとは思っていたんだが、こうジッとしてられなくてな。ならこのリンゴはアンリ達が食べてくれ。ヴァイアのほうはたぶん暖かい食べ物のほうがいいだろうし、その辺はニアが詳しいだろうからな」


「いつもありがとうね、フェルちゃん」


「気にするな。ヴァイアはリンのことで手一杯だろう。動ける奴が動けばいいんだ……またリンを見せてもらっていいか?」


 ヴァイア姉ちゃんが頷くと、フェル姉ちゃんが布にくるまれているリンちゃんを見た。二十秒くらいジッと見つめた後に大きく息を吐く。


「寝てるな」


「あの、フェル姉ちゃん、もっと他の感想とかないの? あれだけ見ててその感想? 大体、なんで思いっきり息を吐いたの?」


「いや、なんとなく息を止めてしまってな。呼吸してなかったから苦しくなって息を吐いたんだが。それになんだっけ? 感想? もちろんかわいいぞ。魔界では赤ちゃんを見る機会がなくてな、間近で赤ちゃんを見るのは新鮮だ。オリエの赤ちゃんも可愛かったが、リンもかわいい。これは将来美人になるな。今から楽しみだ」


 フェル姉ちゃんはリンちゃんに対してものすごく親目線。アンリも妹みたいに思ってるから分からなくはないけど。


「フェルちゃん、抱いてみる?」


 ヴァイア姉ちゃんがそう言ってリンちゃんをフェル姉ちゃんのほうへ渡そうとした。


 でも、フェル姉ちゃんは後ずさった。それにちょっとだけ顔が引きつっている。


「待て、ヴァイア、渡すな。危ないかもしれん。力加減を間違えたら大変だ。一応筋力低下の魔法を重ね掛けしているが、万が一と言う可能性もある。ちょっと遠くから見るだけで問題ないからしっかりかかえていてくれ。それに抱きかかえて泣かれたりしたらショックだ。あと数年は心の準備が必要だな」


「……フェル姉ちゃん、あと数年経ったらリンちゃんは赤ちゃんじゃないと思う」


 他にも筋力低下の魔法を重ね掛けしてるんだとかツッコミたいけど、まずはそこから。


「……そうか。それならそれで仕方ないな。まあ、抱きかかえるのは無理だが、あと数ヵ月もすればほっぺたはつつけると思う。今、練習してるからもう少し待ってくれ」


 なんだろう。アンリの中でフェル姉ちゃんのイメージがどんどん崩れていくんだけど。


「それはいいとして、ヴァイア、本当に一年後、村を出てエルリガへ行くのか? リンがまだ小さいだろう? もう少し先に伸ばせないのか?」


「……うん、それはもう決まってることだからね。クロウさんもすごく申し訳ない感じだったけど、国王様直々の依頼だから反故にするのは出来ないんだって」


 ちょっと待って欲しい。ヴァイア姉ちゃんが村を出て行くって言った?


「何の話? ヴァイア姉ちゃんはどこかへ行っちゃうの?」


 アンリだけじゃなくてみんなも驚いてる。そんな話は初めて聞いた――そういえば、リエル姉ちゃんが教会に籠城したときそんな話をしてたっけ? 確かあの時、二年後に村を出るとか言ってた気がする。


「アンリちゃん達にはちゃんと言ってなかったかもしれないね。私ね、一年後にオリン国のエルリガって町で魔術師ギルドのグランドマスターをすることになってるんだ。だからその時にノストさんと一緒に村を出る予定なんだよ」


「そうなんだ……誰を倒せばそれをなかったことにできるの? オリン国の王様?」


「アンリちゃん落ち着いて。誰を倒しても予定は変わらないから。私ね、昔から、魔法が使えない、もしくは得意じゃない人のために働きたいって思ってたんだ。私がそうだからね」


 確かにヴァイア姉ちゃんは魔法が使えない。フェル姉ちゃんが来てからヴァイア姉ちゃんは魔法を使えるようになったけど、それは魔道具を作り出して使ってるだけで、ヴァイア姉ちゃん自身は魔法を使えないはずだ。


「魔術師ギルドのグランドマスターになればそれが出来るかもしれない、そう思ってエルリガへ行くのは自分で決断したことなんだ。誰かに言われて強制的にやってるわけじゃないから応援してくれないかな」


「この村でやるわけにはいかないの?」


「オリン国が主導でやるギルドだからね。この村はどの国にも所属していないし、ここにギルドの本部を作るわけにはいかないかな」


 決定事項みたい。ヴァイア姉ちゃんもリンちゃんもそれにノスト兄ちゃんも一年後には村からいなくなっちゃうんだ。


 村に冒険者の人は増えたけど、いなくなっちゃう人もいる。あと一年あるって言ってもすごく寂しい。


 ちょっと下を向いてたらいきなり頭を撫でられた。この雑だけどやさしい撫で方はフェル姉ちゃんだと思う。


「ヴァイア、行く予定が変わらないのは分かった。なら、遠距離転移魔法の進捗はどうなんだ?」


 遠距離転移魔法?


「うん! それはもうほぼ完成してるよ! シアスさんの転移魔法を改良したんだけど、まだ魔力の消費量が激しいからもう少し抑えた感じにカスタマイズしているところ。村を出る前に完璧な術式を構築できるよ!」


「出来てたのか……アンリ、ヴァイアは遠距離の転移魔法をすでに作ってあるみたいだぞ。村から出ることになるが、いつだってエルリガから村へ来れる。それに以前くれた念話用の魔道具があるだろ? いつでも会話はできるからそんなに寂しそうにするな」


 村を出るけどいつでも会える?


「そうなの、ヴァイア姉ちゃん?」


「連絡をくれればいつでも飛んでくるからね! もちろん村でやる宴会にも参加するよ!」


 それなら問題ないかも。村には住んでないけど会いたい時に会えるなら何の問題もない。ちょっとは寂しいけど。


「それならヴァイア姉ちゃんのことを応援する。頻繁に村へ帰って来て」


「出来るだけ村に来るようにするから。もちろんリンちゃんもノストさんも連れてくるよ!」


「うん、その時はみんなで来て。でも、あと一年あるならこれからはずっとヴァイア姉ちゃん達とお話する。そうだ、リンちゃんにアンリの顔を覚えてもらわないと」


「待てアンリ。それは私が先だ。リンには私の顔と共にこの魔族の角を格好いい物だと教えておこうかと思ってるからアンリはその後だ」


「それは横暴すぎる。悪いけどこれは譲れないから、武力による説得も辞さない。この前フェル姉ちゃんに説教されたけど、最初から最後の手段を使わせてもらう」


「リンちゃんが起きちゃうから二人とも暴れないで」


 ヴァイア姉ちゃんに怒られた。でも、負ける訳にはいかない。リンちゃんにアンリの顔を覚えてもらえるようにこれからも毎日通おうっと。

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