第252話 力に溺れた者

 

 アンリ達は強面のおじさん達に絡まれている。


 村に冒険者の人が来るようになってからそういうのが増えた。冒険者は強さがすべて、とまではいかないけど、強い人にはそれなりに敬意を払う。つまり今アンリ達は見くびられているってこと。


 それを払しょくするための物理的な自己紹介が必要。アンリ達が強いと分かってくれれば問題ない。


「私の名はアンリ。確かに冒険者ごっこと言われても仕方ないけど、四捨五入したら大体冒険者。それにこの剣はアンリ専用の剣。おじさんには使いこなせないから諦めて」


 アンリがそう言うと、おじさんがびっくりしたような顔になった。でも、徐々にその顔が怒りに変わる。


「おいおい、冒険者だと言うなら力づくで奪っちまうぞ? 俺は弱い者いじめが嫌いなんだ。優しく言ってるうちに寄越したほうが賢明だと思うがな?」


「すごく気が合う。実はアンリも弱い者いじめは好きじゃない。叩きのめされたくなかったら、剣を奪うなんて言ってごめんなさいって謝って」


 おじさん達は動きが止まっちゃった。アンリの言った言葉が理解できていないのかもしれない。これはもう少し丁寧に説明しないとダメかな。


「もっと詳しく説明する。おじさん達はアンリよりも弱いから剣を奪うなんて不可能。やろうとするだけで返り討ちにあう。だからそんなことはせずに、非礼を詫びるのがスジってお話」


 マナちゃんだけはオロオロしてるけど、スザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃんはうんうんと頷いてる。うん、これだけ説明したらちゃんと分かってくれると思う。


「このガキィ!」


 先頭にいたおじさんがアンリに飛びかかってきた。でも遅い。そんなんじゃアンリを捕まえることは出来ない。それにスザンナ姉ちゃん達も。マナちゃんはちょっと危ないかも。


 アンリとスザンナ姉ちゃんは右に、クル姉ちゃんはマナちゃんを抱えて左に避けた。おじさんはその間を通り抜けたけど、勢い余ってテーブルに突っ込んじゃった。派手な音がしておじさんが転ぶ。


 二人のおじさんが転んだおじさんのほうへ駆け寄った。そして立ち上がらせる。


「てめぇら……!」


 おじさんが剣を抜いた。なんか怒ってる。自分からテーブルのほうへ突っ込んだのに。


 でも、剣を抜いたのならそれは戦いの合図。冗談では済まされない。


「何の騒ぎ!?」


 ネヴァ姉ちゃんが奥の部屋から出てきた。確かあそこはスタッフルームだったっけ?


 ネヴァ姉ちゃんは周囲を見渡してからため息をついた。


「またアンリちゃん達なの? それにディア、貴方がいるのに何でこんなことになってるの!」


「いや、アンリちゃん達なら大丈夫かなって」


「勝てる勝てないじゃなくて、こうならないようにするのが受付嬢の仕事でしょうが!」


「いきなり出てきてなんだ? こっちは馬鹿にされたんだ。悪いが詫びがなきゃ、剣をおさめる気はないぜ?」


「私はこのギルドのギルドマスター、ネヴァですわ。子供達相手に本気にならないでくださいな。そこにいる子達はまだ成人してませんので背伸びしたい年頃なんです。小さな村ですし、大目に見てあげてもらいたいですわね」


 ネヴァ姉ちゃんがおじさん達をなだめている。アンリとしては剣を奪おうとしたことにすごく怒ってるけど、もう言わないって言うなら許してもいい。


「なら詫びとしてその剣を渡しな。見た感じ、相当な業物だ。ガキが背伸びで持つようなもんじゃねぇ。剣もそう言ってるぜ?」


 ギルティ。このおじさんは許しちゃいけない。


 冒険者の中にはならず者みたいな人もいるって聞いた。これまでに来た冒険者の人達も最初はアンリ達のことを侮っていた感じではあったけど、剣を奪おうとはしなかったし、アンリ達がちゃんと冒険者っぽいことをしているのを知って、ある程度は認めてくれている。だから今は仲良くなってる。


 でも、このおじさんとは仲良くなれそうにない。なら力で分からせる。この剣の所有者はアンリだ。


 背中のフェル・デレを抜いた。そして構える。


 それと同時に入口のドアが開いた。


 入って来たのは燃えるような赤い髪に羊の角――フェル姉ちゃんだ!


「……どういう状況なんだ? アンリ、なんで剣なんか構えてる?」


「おかえりなさい、フェル姉ちゃん。実はそこのおじさんがアンリの剣を奪おうとしている。だからそれは無理だって力で教えるつもり」


「……そうか。アンリの言っていることは正しいのか?」


 フェル姉ちゃんが剣を抜いたおじさんのほうに問いかけてる。アンリの言葉は優先的に信じて欲しいんだけど。


「ハッ! 間違いないぜ? ガキにはもったいないほどの剣だ。代わりに俺が使ってやるよ」


「分かった」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、いきなりおじさんの前に転移した。そしてボディに一発。


「ごはぁ!」


 おじさんは一撃で意識を奪われちゃったみたい。


「ネヴァ、ディア、改装はしても地下の牢屋ってまだあるんだよな? こいつを放り込んでおいてもらえるか? それとそこの二人。自分で行くか、気絶してから行くか選ばせてやる。どうする?」


 残ったおじさん達は自分の足で行くみたいだ。そして倒れたおじさんを二人が担いでいくみたい。


 とりあえず、フェル姉ちゃんのおかげで片付いた。これで剣を奪われる心配はない……と思うんだけど、フェル姉ちゃんがアンリ達を見る目がちょっと厳しい。もしかして怒ってるのかな?


「えっと、フェル姉ちゃん?」


「いい機会だ。お前達、そこのテーブルにつけ」


 フェル姉ちゃんの言うとおりにしてみんなでテーブルにある椅子に座った。そしていきなりフェル姉ちゃんが溜息をつく。


「お前達、危険なことはするな。この村に冒険者が増えた。女、子供は絡まれやすいんだから気を付けろと言ったろう?」


「大丈夫。アンリ達より強い冒険者はユーリおじさん達くらいだし。さっきのおじさん達程度なら勝てる」


「……そうだな。お前たちはこの一年で見違えるくらい強くなった。スザンナは元々アダマンタイトだし、クルも年齢の割に強い。アンリやマナも普通の冒険者には負けないだけの力をつけただろう。でもな、そういう時期が一番危ないんだ」


「えっと、負けないのに危ないの? 慢心は良くないってお話?」


「それもある。だが、重要なのはその力を無責任に振るうなということだ」


 よく分かんない。スザンナ姉ちゃん達もよく分かってないみたいで首を傾げてる。


 フェル姉ちゃんもアンリ達がよく分かってないのに気づいたみたい。改めて皆を見渡した。


「力に溺れるという言葉を聞いたことがあるか? 手に入れた力を過信することだ。そしてそういう奴はその力を使って好き勝手に振舞う。さっきの冒険者はアンリ達が弱いと思ってその剣を奪おうとしたんだろう? アイツらは自分達よりも弱そうな奴から何かを奪ってもいいと思ってるんだ」


「それはさっきのおじさん達のことでアンリ達の事じゃないと思う」


「そうか? アンリはあの冒険者達に勝てそうだったから、力で言うことをきかせようとしたんじゃないのか?」


「そうだけど、そうしなかったらフェル・デレを奪われてた」


「そうだな。でも、力で分からせるのは最後の最後だ。アイツらに話が通じるとは思えないが、あの場にはネヴァもディアもいたんだから、そっちに頼ることだって出来たはずだ。なんでアンリは剣を抜いた?」


「ディア姉ちゃんから冒険者の流儀的な話を聞いたからかな? 冒険者は舐められちゃいけないって」


「ディアの奴、何を教えてるんだ……まあ、冒険者には確かにそういう部分もある。でもな、アンリ、お前たちはまだ若い。舐められて当然なんだ。こういうことがある度にアンリは相手を叩きのめして言うことをきかせる気か? それに相手を叩きのめして言うことをきかせることと、アイツらが剣を奪おうとしたことに何の違いがある?」


 そう言われると確かにそうなのかな? アンリは自分の意見を通すために力を振るっている?


 あのおじさん達は力でフェル・デレを奪おうとした。それに抵抗するためだけど、アンリも力でおじさん達に言うことをきかせようとした。それが同じことだって言ってるのかな?


「いいか? お前たちは短期間で力をつけた。それが悪いとは言わない。だが、何のために力をつけたのかをしっかり考えろ。力というのは自分の意見を通すための武器だ。でもな、最初から言うことを聞かない奴は叩きのめせ、なんて考えるのは力に溺れた者がする思考だ」


 ちょっと難しいけど、なんとなく分かる、かな?


 スザンナ姉ちゃん達もなんとなく難しそうな顔をしてる。アンリと同じではっきりとは理解できていないのかも。


 そんな難しい顔をしているスザンナ姉ちゃんが何かに気づいたようにフェル姉ちゃんのほうを見た。


「フェルちゃんもそういうことがあったの?」


 その質問にフェル姉ちゃんは頷く。


「恥ずかしながら魔王の力を手に入れたときはあまりの万能感に喜んだものだ。それに魔族の皆は私の命令に何でも従ってくれた。当時の私は傲慢だったと言ってもいいだろう……まあ、今でもそういうところはあるけど。お前たちはそんなふうになるなよ?」


 フェル姉ちゃんは突然魔王になったって聞いてる。突然力を手に入れたってことなんだろう。なにか苦い思い出があるから、アンリ達にはそうなるなってアドバイスをしてくれてるのかも。


「分かった。完全には理解できていないけど、力に頼るのは最後の最後にするって約束する。それに強さを過信したりしないように気を付ける」


 アンリがそう言うと皆も頷いた。


「そうか、分かってくれて何よりだ……すまないな、久しぶりに帰って来ていきなり説教するなんて。お前達夕食はまだか? お詫びじゃないが、森の妖精亭で夕食をおごってやるぞ?」


 それを聞いて行かないわけがない。それにフェル姉ちゃんが帰ってくるのは一ヵ月ぶり。どんな遺跡に行ったのか興味がある。しっかり教えてもらおう。


 ……あれ? でもいつもは帰ってくる前に連絡をくれるんだけど、今回はそうじゃなかった。急いで帰ってきたのかな?


「フェル姉ちゃん、夕食はおごってもらうけど、今回は連絡なしで帰ってきたよね? なにかあったの?」


「うん? ああ、そうだったか。リエルから連絡を貰ったから急いで帰ってきたんだが、まだ大丈夫だよな?」


「大丈夫って何が?」


「ああ、すまん。端折り過ぎたな。そろそろヴァイアの赤ちゃんが生まれるだろ? リエルからそう連絡を貰ったから帰ってきたんだ。まだ生まれてないよな?」


 そういえばそうだった。ここで遊んでる場合じゃない。ヴァイア姉ちゃんに会いに行かないと。

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