第52話 お姫様

 

 今日はロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんの結婚式だ。


 昨日はお手伝いできなかったけど、今日の結婚式はアンリにも手伝えることがある。むしろ、アンリじゃないとできない。


 結婚式は妖精が花嫁さんを花婿さんの前まで連れて行って精霊に報告させるという内容。アンリはその妖精になってオリエ姉ちゃんをロミット兄ちゃんのところまで連れていく。


 これは結婚式で最も重要な最初のイベント。つまりアンリは一番槍。しっかり妖精の仕事をしないといけない。今日の結婚式はアンリにかかっていると言ってもいい。失敗は許されない。


「さあ、アンリ、おめかししましょうか」


「うん、おかあさん、ドンときて」


 アンリがたまに着るおしゃれなドレス。おかあさんが立派な箱からそれを取り出してくれた。この服は背中で紐を結ぶのが多いから一人じゃ着れない。そして最後にギュって締め付けられるからちょっと苦しい。


 おかあさんが大きな鏡の前でアンリにおしゃれな服を着せてくれる。ほのかにピンク色のヒラヒラなドレス。防御力は低そうだけど、魅力向上の効果がありそう。今日のアンリは妖精。フェアリーアンリとして魅力をまき散らさないと。


「はい、出来たわ。可愛いわよ」


「うん。多分、そうじゃないかってアンリも思ってた」


 完璧。本物の妖精だって今のアンリにならひれ伏すかも。もしかしたら精霊だってひれ伏すかもしれない。


「アンリ、あの秘宝を出してもらえる? 青色の宝石が付いたペンダント」


「このドレスを着るときはあれもつけるんだよね? ちょっと待って、箱の中に大事にしまってあるから」


 八大……今は九大秘宝になってるけど、その一つ。ここぞというときにしか身に着けないアンリの大事なアクセサリー。アンリのおばちゃんからおかあさんが受け継いで、さらにアンリが受け継いだ。


 名前はなかったからアンリが命名した。これは「ディープブルー」。見てると吸い込まれそうな深い青がすごく神秘的。


 箱からそのペンダントを取り出しておかあさんに渡す。おかあさんはアンリの背後に回ってアンリの首にかけてくれた。いつも思うんだけど、おかあさんはこれをアンリに付けてくれるときは、いつも涙ぐんでる感じ。どうしたんだろう?


「……素敵よ、アンリ」


「うん、でも、おかあさん。このペンダントって何かあるの? これを付けてくれるときのおかあさんはいつも泣きそうな感じ。もしかしてアンリに渡したくなかった? 受け継いだけど返したほうがいい?」


「そんな恐れ多い……って、違うわよ、これを身に着けているアンリを見るとね、すごく嬉しいのよ。昔を思い出すからかしらね……」


 昔? アンリはこれを数えるくらいしか身に着けたことはないはずだけど?


「さあ、それはいいから、おとうさん達にも見せてあげましょう? アンリの可愛らしい姿をね!」


「うん、お披露目は大事。もしかしたらあまりの可愛らしさに目が堪えられないかも。最初は片目で見たほうがいいって伝えておいて」


 おかあさんに連れられて、大部屋へ入る。おかあさんに手を引かれてエスコートされたから、ちょっぴりお姫様気分。


 大部屋にはおじいちゃんとおとうさんがいて、椅子に腰かけてた。そしてアンリを見るとちょっと驚いてから、溢れんばかりに笑顔になる。


 ここはアンリがポーズを取るところだと思う。


 クルっと右に一回転してからスカートの裾を掴んで、ちょっと上げる。右足を左足の後ろにもっていって、つま先で床をコツンと叩いた。そしてちょっとだけお辞儀。


「フェアリーアンリ、爆誕」


 みんなが拍手してくれた。うん、今日のアンリの動きはキレてる。これはヤト姉ちゃん達とのダンスも上手くいきそう。


 おじいちゃんがちょっと涙目になってうんうんと頷いている。


「そうしていると、アンリは本物のお姫様みたいだよ……」


「うん、実は薄々気づいてた」


「……え?」


「今のアンリは妖精のお姫様。そこら辺にいる普通の妖精じゃ留まらない。フェアリープリンセスにクラスチェンジした気がする」


「ああ、そういう……そうだね、今日のアンリは妖精のお姫様だ。結婚式の妖精役はアンリに任せるからよろしく頼むよ?」


「まかせて。今日のアンリは一味違う。昨日、初陣を勝利で飾ったからかもしれない」


 昨日は色々な経験をした。それがアンリを成長させたんだと思う。


 おじいちゃん達へのお披露目が終わった後は、森の妖精亭で待機することになった。おじいちゃん達も色々準備があるようだから、アンリは邪魔しないようにしていないと。


 森の妖精亭でもみんなが慌ただしく準備してる。主に食事の用意とかだけど、邪魔にならないように端っこのテーブルで待機。テーブルに置かれている大量のサンドイッチは適当につまんでいいって教えてくれたから朝食代わりに食べておこう。


 みんなが忙しく働いているから、ここにいると色々聞こえてくる。


 ディア姉ちゃんはオリエ姉ちゃんのところで衣装とかお化粧のチェックをしてるみたい。こういう時のディア姉ちゃんはいつもの十倍くらい真面目だからすごく頼りになると思う。


 リエル姉ちゃんは教会で司祭様とお話中みたい。今回の結婚式はリエル姉ちゃんが仕切るから、その打ち合わせかな。あとでアンリも教会に行かないと。あそこから花嫁さんをステージに連れて行くのがアンリの仕事。頑張ろう。


 フェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんのことは聞こえてこないけど、二人は何をしてるんだろう? 昨日の話だと、フェル姉ちゃんのほうはもう手伝わない感じになってたから、今も何もしてないはずなんだけど。


 フェル姉ちゃんは、ちょっと暴れていた魔物さん達の問題を解決して従えたし、結婚式で料理の食材をいっぱい買ってきてくれたから手伝いは免除されてる。ディア姉ちゃんがオリエ姉ちゃんの服を最終調整するからその時は手伝っていたけど、それ以降は何もしないって宣言してた。


 だから今も暇してると思うんだけど、まだ寝てたりするのかな? もしかしたら昨日の夜もフェル姉ちゃん達は恋バナで夜遅くまで盛り上がってた? それならアンリも一緒に聞きたかった。


 昼食は一緒だったからアンリも色々な恋バナを聞けた。ヴァイア姉ちゃんがノスト兄ちゃんにホの字だったから、アドバイスしてあげた。あれはおかあさんが家族会議で言ってた言葉。多分、効果的なはず。リエル姉ちゃんもあれは「捨てがまり」っていう恋愛戦術だって言ってたからすごいやつなんだと思う。


 そうだ、今日は結婚式の二次会があるはず。アンリも参加して夜更かししよう。多分、フェル姉ちゃん達もここで楽しく過ごすからアンリも一緒にいるべき。


 そんなことを考えながらサンドイッチを食べていたら、フェル姉ちゃんが二階から下りてきた。


「おはよう、フェル姉ちゃん」


「おはよう。珍しいな? 今日はここで朝食か?」


「今日はみんな忙しいから、ここで大人しくするように言われてる。このサンドイッチ、朝食用だから好きに食べていいって言ってた」


「そうなのか? じゃあ、遠慮なく頂くか」


 朝の挨拶をしてから、二人でサンドイッチを食べる。フェル姉ちゃんはアンリのおすすめであるタマゴサンドをモグモグ食べてる。本来ならアンリも負けないくらい食べたいけど、今日はダンスの出し物があるし、このサンドイッチは前菜みたいなもの。本番のためにお腹のスペースを空けておかないと。


 それにしてもフェル姉ちゃんはいつもの執事服だ。フェル姉ちゃんはおめかししないのかな?


「フェル姉ちゃんはその服装で結婚式に出るの?」


「む? 結婚式について詳しくないが、この格好では問題あるか?」


「多分ないと思う。でも、みんないつもよりいい服を着て式に参加する」


「アンリはいい服を着ているな?」


「おめかしした。今日のアンリはお姫様バージョン。ひれ伏すがいい」


「お姫様か。だが、ひれ伏さんぞ」


 フェル姉ちゃんにはアンリの魅力が伝わらなかったみたいだ。なかなか手ごわい。誘惑耐性スキルとか持ってるのかな?


 それはいいとして、フェル姉ちゃんは結婚式でも執事服のままなんだ。フェル姉ちゃんもそういう服だけじゃなくて、以前着てたウェイトレスの服みたいなヒラヒラな服も似合うと思うんだけどな。


 まだ結婚式まで時間があるから、フェル姉ちゃんに結婚式の流れを教えてあげた。アンリも全部は知らないけど、大体は教えた通りだと思う。多少間違っても大丈夫。基本的な進行は司祭様がやってくれるから安心。でも、今日はリエル姉ちゃんが進行するんだっけ? ちょっとだけ嵐の予感。


 結婚式の流れを教え終わったら、ヴァイア姉ちゃんが入ってきた。エルフさんが到着したことをフェル姉ちゃんに伝えに来たみたい。エルフさんも結婚式に呼んでたんだ? エルフさんが持ってきた食材とかがあるかも。これは楽しみ。


 広場に出ると、ミトル兄ちゃんと数人のエルフさんがいるのが見えた。ミトル兄ちゃんはフェル姉ちゃんと話をした後、アンリ達を見て笑顔になる。


「お、ヴァイアちゃんもアンリちゃんも今日は可愛らしい服を着てるな! いつも可愛いけど、五割増しぐらいで可愛いぜ!」


「あ、ありがとうございます」


「ひれ伏すがいい」


 ミトル兄ちゃんにも効かなかった。五割増しで可愛いって言ってくれたのに。ミトル兄ちゃんも耐性持ちかな? もしかしたら種族の違いかも?


 色々と結婚式の話をしてから、ミトル兄ちゃんはヴァイア姉ちゃんに連れられてアンリの家に向かった。おじいちゃんに挨拶に行くみたい。


 アンリは今日の出し物で踊るステージを念入りにチェック。結局合わせの練習はできなかったけど、ディア姉ちゃんから教わった踊りを完璧にマスターしたから大丈夫。フェル姉ちゃんに「意識高いな」って褒められた。


 でも、直後にフェル姉ちゃんが周りをキョロキョロしだした。どうしたんだろう?


「そういえば、ディアやリエルはどこにいるんだ? 今日は珍しく会っていないが」


「ディア姉ちゃんは花嫁さんのところで衣装やお化粧のチェック。リエル姉ちゃんは、教会で司祭様と打ち合わせ中」


「詳しいんだな?」


「情報は重要。情報を制するものが人界を制す」


「アンリは人界を征服するつもりなのか?」


 愚問。でも、それをするためには色々と準備が必要。もっともやらなくちゃいけないのはフェル姉ちゃんをアンリの部下にすること。百歩譲って共同でもいい。


「フェル姉ちゃんが協力してくれるなら、やぶさかではない」


「協力するわけないだろ」


「残念。気が変わったら言って……チェック完了。フェル姉ちゃん、宿に戻ろう。そろそろ始まるかもしれないから待機しないと」


「そうか。結婚式の事はよく分からんから、アンリの言葉に従おう」


 フェル姉ちゃん自身は人界征服に興味がないみたい。でも、昔の偉い人は言った。嫌よ嫌よも好きのうち。今の言葉で言うとツンデレ。アンリが大きくなるまでに何度でも誘えばいい。


 一番手っ取り早いのはフェル姉ちゃんに勝つことだけど、それだと結構先のことになりそう。だからいろんな手を打っておくべき。いつかフェル姉ちゃんを落として見せる。それまで根気よく勧誘しよう。

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