第202話 白い球

 

 空中都市に青い光が何度も当たる。全部で六回くらい当たった。


 あの空中都市にはフェル姉ちゃんがいる。あれはフェル姉ちゃんがやってるのか、それともフェル姉ちゃんを攻撃しているのか、どっちなのか分からない。


 女神教の人達は女神様が怒っているとかそんなことを言ってお祈りしてる。


 そして誰かが空中都市が落ちるって言いだした。


 よく見ると確かに落ちてる気がする。でも、こっちじゃなくてもっと北のほうへ落ちそう。


 こんなのを見たらもう我慢できない。


『フェル姉ちゃん、大丈夫!?』


 腕輪による念話でフェル姉ちゃんに呼びかけた。そうしたらみんなもフェル姉ちゃんに呼びかけてくれた。


 でも、フェル姉ちゃんから返事はない。まさかとは思うけど、フェル姉ちゃんはあの攻撃で――


『念話はフェルちゃんに届いていないかも。なにか妨害されている感じ。盗聴や妨害されないように術式を組んだんだけど……みんな、ごめんなさい』


 ヴァイア姉ちゃんが謝ってる。謝ることなんてなにもないのに。


『おじいちゃん、アンリ達も向かおう。レメト湖へリエル姉ちゃんを迎えに行かなきゃいけないし、空中都市が落ちたのならフェル姉ちゃんも迎えに行かないと』


『それは……そうなんだが、あれが落ちたならフェルさんも――』


『フェル姉ちゃんは大丈夫! フェル姉ちゃんは空中都市が落ちたってやられたりしない! 絶対に帰って来てくれる!』


 念話で大きな声を出した。たとえおじいちゃんでもその可能性はゼロ。フェル姉ちゃんの背中を見て不安な気持ちになったけど、そんなのはただの気のせい。


 フェル姉ちゃんが死んじゃうなんてことはない!


『うむ、アンリ殿の言う通りだ。我々の主であるフェル様が死ぬ? そんなことは魔界が滅びてもありえん。どこに落ちたとしても、フェル様をお待たせするわけにはいかん。すぐに迎えに行きましょう!』


 オリスア姉ちゃんが賛同してくれた。そうすると皆もそうしようって言ってくれる。


 改めて近くにいるおじいちゃんを見る。そうしたら頷いてくれた。


『そうだね、おじいちゃんが間違っていたよ。フェルさんがやられるわけない。ちゃんと迎えに行ってあげないとね』


『うん、それにおなかをすかしていると思うからたくさん料理も持って行かないと気が利かないって言われる。そっちもちゃんと準備しておこう』


 アンリがそう言うとみんなが笑ってくれた。そしてすぐに準備をするって言って用意を始めてくれる。


『すまない。俺は女神教のことがあるからここを離れられない。すまないがフェルやリエルのことを頼む』


 アムドゥアおじさんからの念話だ。それは仕方ないと思う。


 そしてなぜかおじいちゃんが教皇のティマって人のことをアムドゥアさんにお願いしていた。よく分からないけど、知り合いって言ってたから心配しているのかも。でも教皇は悪い人なんだから放っておいてもいいと思う。


 しばらくしたら、ジョゼちゃん達が広場に集まってきた。周囲の人は怯えているけど、そんなことは気にしていられない。アムドゥアおじさんが何とかしてくれると思うから放置。


『みなさん、カブトムシのゴンドラにお乗りください。すぐにでも空中都市へ向かいます』


 ジョゼちゃんは冷静な感じだけど、結構焦っているように見える。言葉にしては言わないけど、フェル姉ちゃんのことをかなり心配しているみたいだ。


 周囲がさらに騒がしくなる。何だろうと思ったら、スザンナ姉ちゃんが水のドラゴンを作ってくれていた。


「アンリ、村長さん、行こう。あの様子だとすぐに地面に激突すると思う。急いで出発しないと」


「うむ、そうだね。それじゃアンリ、行こう」


「うん!」


 ドラゴンの背中に乗るとすぐに上昇を始めた。そして空中都市のほうを見るとすぐに動き出す。


「スピード重視で行くから気を付けて」


 スザンナ姉ちゃんがそう言うと、水のドラゴンがこれまで以上のスピードで動き出した。


 地上を見ると、魔物のみんなはすでに走り出していたみたい。そして後ろからはカブトムシさんがゴンドラを持って追いかけてきてくれている。ジョゼちゃん達も空を飛んでついてきてくれた。みんなすごいスピードだ。


『ええと、方角的にはレメト湖の北西だね。二十五分後にあの突風が吹く場所あたりに落ちると思う!」


 ヴァイア姉ちゃんからの念話だ。でも、そんなことが分かるのかな?


『ヴァイア姉ちゃん、そんなことが分かるの?』


『うん! 空中都市の落ちるスピードやレメト湖に落ちるって言う白い球の場所と方角から計算したよ! 時間の誤差は二、三分かな? よほどのことがない限り、範囲の誤差は五キロもないと思う!』


 確かに小さくだけど空中都市と白い球が見える。でも、見えるだけで計算できるものかな? これが算術の力……? でも、ヴァイア姉ちゃんの頭はいい方にちょっとおかしいから算術は関係ないのかも。


 空中都市が落ちそうな場所――突風が吹く場所と言えば、聖都へ行くときに通った場所だ。


 年に数回、ものすごい風が吹くから家を建てられなくて誰も住んでいない場所だってディア姉ちゃんが言ってた。ケンタウロスさんのような魔物達がいたけど、見渡す限り草原で人は住んでいないはずだ。


 ここからだとどんなに急いでも三日はかかるかな? 寝ないで進むなんて出来ないし、それがもどかしい。


『皆さま、よろしいですか?』


 ステア姉ちゃんの声だ。どうしたんだろう?


『直接空中都市が落ちる場所へ向かうのではなく、一度レメト湖へ向かってください。実は先ほど、二個目の白い球が空中都市から放たれました。もしかすると、それにフェル様がいらっしゃるかもしれません』


『本当!?』


 空中都市はもうかなり遠くて小さくしか見えない。リエル姉ちゃんがいるという白い球もものすごく小さく見える。


 アンリにはフェル姉ちゃんがいるというその白い球が見えないけど、ステア姉ちゃんは空中都市に近いから見えたのかも。


『アンリ様、白い球については間違いありません。そして飛び出した方向からして、おそらくレメト湖へ落ちるでしょう。ただ、その白い球にフェル様がいらっしゃるかどうかは、私の憶測にすぎないのです。ナガル様のおかげでもうすぐ着きます。状況はすぐに分かると思いますので、まずはレメト湖へお寄りください』


 みんなから了承した旨の返事が出される。そして少しだけ向かう方向が変わった。


 その白い球にフェル姉ちゃんがいるなら、空中都市にいるよりも安全なはず。どんな状況なのか早く知りたい。




 誰も何も言わずにしばらく経った。そろそろ空中都市が落ちる時間になるけど、フェル姉ちゃんは二つ目の白い球にいるのかな……それともまだ空中都市に――


『皆さま、確認できました!』


 ステア姉ちゃんの声だ。その声はすごく嬉しそうに聞こえる。なら――!


『二つ目の白い球にフェル様がいらっしゃいます。白い球に小さな窓のようなものがあって中を確認できました。気を失っているようですが、見た限り怪我はないようですし、息はされているようです。もちろんリエル様も一つ目の白い球の中にいらっしゃいました』


 みんなから歓声が上がった。


 アンリは歓声の代わりに涙が出ちゃった。それにスザンナ姉ちゃんも目に涙を溜めてるみたい。


『ただ、申し訳ありません。この白い球ですが、どうやって開ければいいのか分からないのです。ナガル様の攻撃でもびくともしないようでして――皆さまの知恵を拝借したく思います』


 白い球が開かない? フェル姉ちゃんやリエル姉ちゃんを外へ出せないってこと? まだ問題があるみたいだ。でも、見たことも無い物に関しての知恵なんてない。


『それでしたら、私が開けられると思います』


『この声ってもしかしてアビスちゃん?』


『はい、お久しぶりです。皆さんのチャンネルに割り込ませてもらいました。実は先ほどリエル様を目覚めさせるプログラムを送ってもらいましたので、ちょうど聖都へ向かっていたのです。なので、これからレメト湖へ向かいますね。すぐに着きますからご安心を』


 また歓声が上がった。今回はアンリも「うおー」ってはしゃいじゃった。でも、プログラムってなに?


 まあ、フェル姉ちゃんが無事ならそんなことどうでもいいや。ヴァイア姉ちゃんが「私の術式に割り込めるなんて……」ってショックを受けてるみたいだけど、それを慰めるのもあと。


 今はすぐにでもレメト湖へ行こう!

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