第203話 恩返し

 

 空中都市が落ちた日の翌日、お昼ごろにレメト湖に着いた。


 ほぼ丸一日休憩なしで移動したから、スザンナ姉ちゃんやカブトムシさん、それに地上を走っていた魔物の皆はフェル姉ちゃんの姿を確認すると、すぐに眠っちゃったみたいだ。


 アンリは移動中に眠っちゃったけど、みんなは徹夜しているみたい。でも、ほかの皆は眠ったりせずにフェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんの近くにいる。


 レメト湖ではステア姉ちゃんとナガルちゃん、それにアビスちゃんがいた。


 湖の近くにテントを張って、その中にフェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんを寝かせていたんだけど、二人とも目を覚まさないみたい。


 リエル姉ちゃんの場合はアビスちゃんが理由を知っている。話を聞いてもよく分からなかったけど、なんかこう、深く眠らされたみたい。でも、それはアビスちゃんが何とかできる。


 ただ、フェル姉ちゃんも目を覚まさないのに原因が分からないみたいだ。


 呼吸もしているし、怪我もない。それなのに目を覚まさないとか。


「アビスちゃん、フェル姉ちゃんは大丈夫なの?」


「正直なところ何とも言えないです。フェル様の場合、死ぬことはないのですが精神的なダメージを受けているのかもしれませんね。空中庭園で何があったのでしょうか。これからまた調べてみますので、もうしばらくお待ちください」


 空中庭園と言うのは空中都市のことみたい。正式名称が空中庭園とか。でも、そんなことはどうでもいい。問題はフェル姉ちゃんが目を覚まさないことだ。


 みんなで色々相談した結果、フェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんを聖都まで運ぶことになった。


 ソドゴラ村へ戻ってもいいんだけど、聖都へ行かなきゃいけない理由がある。


 ロモン国のいたるところで女神教に対する暴動が起きているってアムドゥアおじさんから連絡があった。すぐにでもリエル姉ちゃんに邪神を討ち取ったと宣言してもらいたいとか。


 正直そんなことしてる場合じゃないんだけど、リエル姉ちゃんに頑張ってもらわないとどうしようもないみたい。フェル姉ちゃんが原因不明の昏睡状態だけど、もともとの計画通りに進めようって話に決まった。


 だからまた聖都まで移動。でも、今日はもうお日様が沈みそうだから出発は明日の朝だ。


 聖都からここまで一日で来たからスザンナ姉ちゃん達がかなり疲れてる。明日の朝まではぐっすり眠って欲しい。それにおじいちゃん達も眠っていないはずだからゆっくりしてほしい。


『皆さま、ここは私達が見張りをしておきますので、お休みください』


 ヴァイア姉ちゃんが作った念話の魔道具は魔物言語の翻訳機能付きだ。それを使ってジョゼちゃんがみんなにそう言った。


 ジョゼちゃんを含むスライムちゃん達は睡眠が必要ない魔法生物でずっと起きていられるみたい。むしろ眠ることが出来ないとか。


 ジョゼちゃんの言葉に皆が頷くと大きな焚火を中心にしてみんなで横になった。来る途中一睡もしていなかったから横になったらすぐに眠っちゃったみたいだ。


 アンリは移動中も寝ていたからそんなに眠くない。ジョゼちゃん達と一緒に見張りをしよう。


「アンリ様は眠らないのですか?」


「うん、アンリはスザンナ姉ちゃんのドラゴンの上で眠ってたから大丈夫。もう少し遅い時間になったら寝るつもり」


「そうですか」


 ジョゼちゃん達は周囲に結界を張った後、アンリの横に座った。


 結界を張った上に周囲を警戒してくれているみたいだけど、さっきからテントのほうをチラチラと見ている。


 フェル姉ちゃんのことが心配なんだろうな。ヤト姉ちゃんやオリスア姉ちゃん達はテントのすぐ隣で眠ってるし、魔界出身のみんなはフェル姉ちゃんを守ろうって気持ちが溢れすぎてる。


 気持ち的にはアンリも負けていないと思う。本当はテントの中で寝たいくらいだけど今日はヤト姉ちゃん達に譲ろう。


「フェル様は目を覚まされるでしょうか?」


 ジョゼちゃんが小さな声でそう言った。エリザちゃんやシャルちゃん、マリーちゃんも辛そうな感じの顔をしている。


「フェル姉ちゃんは大丈夫。ちょっとお寝坊さんなだけ」


「そう、ですね。ですが、フェル様がああなったのはこれで二度目です。今度は目を覚ましてくださるでしょうか……」


「二度目?」


「はい、一度目は三年程前ですね。フェル様は魔界で大けがをされました。今回は怪我をされていませんが、あの時と同じような感じです。何度呼びかけても目を覚まさずにいました。あの時のことを思い出すと、今でも心が痛みます。なぜ、私達はフェル様が危険な時にそばにいないのか。あのようなことにならないように頑張って強くなったのに、私達はまた同じことを繰り返しました。従魔失格ですね……」


 ジョゼちゃんが今までにないくらい落ち込んでる。ほかの皆も同じ感じだ。


「私達は従魔でありながら、フェル様に守られています。本来は逆です。私達がフェル様をお守りしなくてはいけないのに、私達はなんて無力なのでしょう。どれだけ強くなってもフェル様を守ることが出来なければ何の意味もないのに……」


 ジョゼちゃんは右手を振り上げた。そして地面に叩きつけようとして――しなかった。地面に当たる前に止めて握りこんだ手を開く。


「フェル様に魔力を頂き、スライムという種族から進化して、魔界でも生きられる力を得ました。私達はその恩をフェル様に返せていません。たとえこの命がなくなっても返さなくてはいけない恩なのに」


 やれやれ、ジョゼちゃんは勘違いをしている。そんなことでフェル姉ちゃんに恩は返せない。ボスとしてちゃんと教えてあげないと。


「ジョゼちゃん、それに皆も。アンリの意見だけど言っていい?」


「意見ですか? もちろんです。何でも言ってください」


「うん、なら言うけど、フェル姉ちゃんは皆に死んでまで恩を返して欲しいなんて思ってないと思う。どちらかと言えばずっと一緒にいて欲しいはず。命を投げ出しても恩を返すんじゃなくて、泥水すすってでも生き残るほうがフェル姉ちゃんは喜ぶと思う」


 ジョゼちゃん達が目をぱちくりしている。


「そう、でしょうか?」


「間違いない。具体的なことは知らないけど、フェル姉ちゃんは魔界でジョゼちゃん達を助けたんだよね?」


「はい、他の魔物にやられそうなところを助けてもらいました。そして魔力を分けてもらい、魔界にいる魔物にも負けないくらい強くなったのです」


「フェル姉ちゃんはジョゼちゃん達に恩を返して欲しいから助けたって訳じゃないはず。助けたいと思ったから助けた。だから、その命を捨てたとしても恩を返すことにはならないと思う。その命をずっと大事にするのが恩返しになるはず。それに生きてさえいれば、何度でも助けるチャンスはある。今回は駄目だったけど、フェル姉ちゃんのことだからこれからも危険がいっぱい。だいたい、一回フェル姉ちゃんを救ったくらいじゃ恩返しにならない。何十回も救わないと」


 すごくいい加減なことを言っている気がする。でも、これはアンリの正直な気持ち。フェル姉ちゃんだってそう思ってるはず。命を捨ててまで恩を返されても嬉しくない。


 ジョゼちゃん達はぽかんとしていたけど、笑顔になった。


「さすがアンリ様は私達のボス。私達よりもフェル様のことを理解しているようで、ちょっと嫉妬してしまいます」


「いつか部下にするためにフェル姉ちゃんの研究は欠かせない。思考トレースは重要。交渉するとき有利になる。そしてアンリの研究結果によると、フェル姉ちゃんは男前。もしジョゼちゃん達がフェル姉ちゃんのために命を投げ出そうとすると、逆に命を投げ出してもジョゼちゃん達を助けようとするから止めた方がいいと思う。今回のリエル姉ちゃんがいい例」


「……その通りです。それがフェル様でした」


「うん、目を覚まさないのは心配だけど、フェル姉ちゃんは絶対に目を覚ます。それを信じて待っていれば大丈夫。ちなみに一回目はどれくらい寝てたの?」


「たしか一週間ほどでした。目を覚まされたときに魔王となっていたので驚いたものです」


「フェル姉ちゃんはその時から魔王なんだ? なら今回も何かあるのかな? 魔王よりも上――ということは魔神?」


 王の上は神でいいのかな?


「魔神ですか。魔界には魔神城という場所があるのですが、そこに神がいたという話はありますね。大昔には魔神がいて女神教のように魔族が信仰していましたが、今は廃れていますね」


「そうなんだ? もしかしたらフェル姉ちゃんが起きたらそうなってるかもしれない」


「なかなか面白い話をされていますね」


 テントの中にいたアビスちゃんが外へやってきた。


 いままでフェル姉ちゃんとリエル姉ちゃんを診ていてくれたんだけど、それが終わったのかな?


「アビスちゃん、フェル姉ちゃん達はどんな感じ?」


「リエル様のほうは問題ないでしょう。精神への干渉を取り払いましたので、二、三日中には目を覚まします」


「フェル姉ちゃんは?」


「正直、分かりません。ただ、命の心配はありませんよ。そもそもフェル様は死にませんから。問題はいつ目覚めるか、なのですが……」


 珍しくアビスちゃんが言い淀んでる? どうしたんだろう?


「どれくらいかかるか分かるの? もしかしてすごく長い? 二週間?」


「……調べた限りですと、一ヵ月から半年はかかるかもしれません」


「そんなに!?」


 ……いけない。みんな寝てるのに大きな声を出しちゃった。


 でも、一ヵ月から半年なんて……前の時は一週間くらいだってジョゼちゃんが言ってたのに。


「なぜあんなことになっているか分かりませんが、フェル様もリエル様のように精神的な干渉を受けたようです。残念ながらどういったものなのか私には理解できないものでしたが、それの影響がなくなりそうなのがそれくらいですね。空中庭園でフェル様は一体何をされたのでしょう? それに――」


「それに、なに?」


「ええ、あの脱出ポッド――フェル様がいた白い球のことですが、その中にこの小手がありました」


 アビスちゃんはグローブのようなものを取り出した。フェル姉ちゃんが乗っていたという白い球の中にあったんだ? でも、左手だけ? どこかで見たような気もするけど……思い出せない。


「これは相当なものです。私よりもはるかに優秀な疑似永久機関……しかもフェル様に使用権限があり、私ではセキュリティを突破できませんでした。なぜこんなものが?」


 アビスちゃんが何をいっているのか分からないけど、不思議なものだというのは分かった。


 それはそれとして、一ヵ月から半年……すごく長い。


 ……ううん。フェル姉ちゃんのことだ。アビスちゃんの予想よりも早く目を覚ますかもしれない。それに長くなってもいい。それまでアンリ達がフェル姉ちゃんを守るだけだ。


 ジョゼちゃん達を見渡した。


「フェル姉ちゃんが目を覚ますまでみんなでしっかり守ろう」


 ジョゼちゃん達とアビスちゃんが頷く。うん、気持ちはみんな一緒だ。


 フェル姉ちゃんはいままでみんなを守ってくれた。なら今度はアンリ達がフェル姉ちゃんを守る番。それが恩返しになるはず。


 お寝坊さんのフェル姉ちゃんが目を覚ますまで頑張るぞ!

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