第133話 ドラゴニュート

 

 昨日の夜に起きた地震なんてものともせずに今日も朝から勉強が始まった。


 おじいちゃんは鋼の心を持っている。


 この村に被害はないけど、大霊峰が噴火したんだから、ちょっとくらい勉強をお休みにするとかいうことを考えないのかな? いや、考えるべき。


「おじいちゃん、昨日、大霊峰が噴火したよね?」


「そうだね。珍しいこともあるものだ」


「えっと、何かを心配するとか、避難するとか、勉強をお休みにして大霊峰へ行ってみるとか、何かないの?」


「ないよ。そもそも大霊峰が噴火したところでこの村まで影響はないからね。溶岩が流れてくるわけでもないし、噴石が飛んでくることもない。ちょっと地震はあったが、ロンが補強している家はあれくらいの揺れならびくともしないからね」


 言われてみると確かに何の影響もないのかも。でも、諦めない。なんとかして勉強をしない方向へもっていかないと。それがアンリの生き様。嫌なことは全力でやらない。


「それじゃ、噴火に驚いた魔物さんが村のほうへ来るってことは? 村の防衛は大事だと思う」


「それならジョゼフィーヌさん達が森の全域を調べてくれているよ。ワイルドボアとかの群れを確認するとか言ってたかな」


 皆が有能過ぎて困る。もうちょっと手を抜いて欲しい。これはもう手詰まり。大人しく勉強をしたほうが早いかも。


「大霊峰にいるドラゴニュートはとても凶暴だと冒険者ギルドで聞いてます。アダマンタイトの冒険者でも、基本的には近づかないように言われているのですが、この村までくる可能性は大丈夫でしょうか?」


 スザンナ姉ちゃんがおじいちゃんにそんな質問をした。


 これはいい質問。ドラゴニュートは凶暴っていうのは一般常識レベル。ジョゼフィーヌちゃん達が負けるとは思わないけど、村も念のために備えたほうがいいと思う。


「スザンナ君、そんなに畏まった言い方はしないでいいよ。スザンナ君も私の孫のようなものだからね」


 おじいちゃんがそう言うと、スザンナ姉ちゃんは恥ずかしそうに「ど、努力します……する」って言った。


 うん、スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんなんだからもっとくだけた感じに話しかけていいと思う。


 おじいちゃんは恥ずかしがっているスザンナ姉ちゃんを見て少しだけ微笑んだ。


「さて、スザンナ君の言う通り、確かにドラゴニュートは凶暴だね。でも、その心配はないよ」


「どうして?」


「ドラゴニュート達は大霊峰を出ることはないんだ。彼らは龍神を崇めていてね、龍神がいると言われている大霊峰を守っているから離れるようなことはないそうだよ。長い歴史の中で大霊峰が噴火したことはある。でも、その時もドラゴニュート達があそこを出たという話はなかったようだよ。今回も同じだろうね」


 残念。この案でも村の防衛はしないみたいだ。もう潔く勉強しよう。


 でも、せめて大霊峰のことを勉強したい。


 アビスちゃんが言うには大霊峰が噴火したら、フェル姉ちゃんがそこへ行く可能性が高いって言ってた。フェル姉ちゃんならドラゴニュートに負けることもないだろうけど、ほんのちょっとだけ心配なことがある。


 フェル姉ちゃんが暴れたら、ドラゴニュート達は大霊峰を逃げ出すかもしれない。たぶん、噴火なんかよりもフェル姉ちゃんのほうが危険。念のため情報収集しておかないと。


「おじいちゃん、今日は大霊峰とドラゴニュートについて勉強しない? タイムリーな感じだから」


 おじいちゃんは腕を組んでちょっと考えるそぶりをしてから頷いた。


「そうだね。今日は大霊峰についての勉強にしようか」


 おじいちゃんは地図を取り出してから境界の森の上、つまり森の北側を指した。


「大霊峰はここだね。この村からすれば北になる。村のすぐそばを川が流れているだろう? あの川をずっと上流に向かえば大霊峰へ行けると言われているね。ごく稀にだが、川の上流から変なものが流れ着くときがある。それはドラゴニュートの物じゃないかって言われているんだ。証明はされていないけどね」


 それは知ってる。以前、川で遊んでいたら変なものが岩に引っかかっていて、それをアンリが拾った。キラキラして綺麗だったから秘宝として大事に持っている。名前は「逆鱗」。何となく鱗っぽいからそんな名前にした。あとでスザンナ姉ちゃんに見せよう。


 その後もおじいちゃんの説明が続いた。


 大霊峰は岩しかない不毛の大地で、作物なんかは育つことはないだろうって話みたい。みたいっていうのはあんまり情報がないからとか。


 そもそもドラゴニュートは魔族並みに危険で話も通じないから大霊峰を調べようとしたこともないだろうってことみたい。それに大霊峰には多くのドラゴンがいるとか。


 ドラゴニュートに会わずにドラゴンと遭遇する可能性は極めて低いから、ドラゴンの素材はものすごく高価で取引されているって以前聞いたことがある。


 あと、ドラゴンステーキっていう王族だってほとんど食べられない幻の料理があるとか。ぜひ食べてみたい。


 そしてドラゴニュート。


 姿形はリザードマンというトカゲが二足歩行した感じの魔物にそっくりらしい。でも、ドラゴニュートはトカゲじゃなくて竜。つまり、竜が二足歩行しているとか。


 あまり違いがよく分からないけど、リザードマンは肌がツルツルで、ドラゴニュートは肌が鱗っぽいみたい。間違うと烈火のごとく怒るとか。


 あと、ドラゴニュートは魔物じゃなくて人。人族やエルフ、ドワーフみたいに人枠みたい。ドラゴニュートは共通語が話せる。これが人枠になっている理由。


 昔、強い人がドラゴニュートの村に行って、そこで力を見せたら歓迎してもらえたとかの逸話があるとかないとか。


 未開の土地。そして強いと歓迎。そこはかとなくロマンを感じる。大きくなったら行ってみたい……もしかして、フェル姉ちゃんならものすごく歓待してもらえるんじゃないかな?


「そういえばアダマンタイトの中で噂になってたことがあるよ」


 スザンナ姉ちゃんが何かを思い出したようにそんなことを言った。


「アダマンタイトの一人に『巨人』って二つ名の人がいて、大霊峰に向かったらしいんだよね。そこでドラゴニュートを相手に修行すると言ってたとか」


 巨人……? 大きい人型の魔物であるジャイアントとか、一つ目の大きな魔物であるサイクロプスくらい大きいのかな? その魔物さんを見たことはないけど、すごく大きいとか聞いたことがある。もし見かけたら、魔物ギルドにスカウトするのもいいかもしれない。


「ふむ、アダマンタイトとはいえ、ドラゴニュート相手に修行か。無事に帰って来れるといいんだけどね」


「大霊峰が噴火したらフェル姉ちゃんがそこへ行くかもってアビスちゃんが言ってた。もしかしたら、大霊峰で会えるかも。それなら無事に帰って来れるんじゃないかな?」


「……フェルさんが大霊峰へ行くのかい?」


「うん、アビスちゃんがその可能性が高いって言ってた。アンリとしては寄り道しないですぐに帰ってきて欲しいけど。フェル姉ちゃんはもっとアンリと遊ぶべき」


 アンリもお金があれば、冒険者ギルドにアンリと遊ぶ依頼をだしてフェル姉ちゃんを雇うのに。ヴィロー商会のラスナおじさんにお金を稼ぐ秘訣とかを聞こうかな?


 その後も、おじいちゃんと大霊峰についての勉強が続いた。


 色々教えてもらったけど、結論は危険だから行かないほうがいいって内容が多かった。


 そんな場所にフェル姉ちゃんは行くみたいだけど、そこは心配しなくても問題はないと思う。問題なのはいつまでいるのか、ということ。何の理由があって行くのかは知らないけど、早く帰ってきて欲しいな。


 でも、フェル姉ちゃんについていけなかったことが今更ながらに悔やまれる。


 大霊峰はドラゴンなんかも多く生息するから危ないって教えてもらったけど、アンリにはそれがロマンいっぱいに見える。ドラゴンの素材を使った防具とか最高のロマン。


 アンリの魔剣フェル・デレは、ミスリルをベースにした武器になるけど、それに引けを取らない防具が欲しい。あえて言うならドラゴンの素材を使った防具。それに人界征服をする前にドラゴンスレイヤーとして名を上げておきたい。


 うん、夢が広がる。大霊峰は宝の山。いつか行かないと。そのためにはもっと強くならないといけない。


 午後はアビスちゃんのダンジョンで修行だ。今日もしっかり強くなるぞ。

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