第134話 プロトタイプ・フェル・デレ
今日の午後はスザンナ姉ちゃんと一緒にアビスを攻略する。
ロビーでの模擬戦じゃなくてダンジョンの攻略だ。いろんな罠や魔物さんがうじゃうじゃいるに違いない。本気だしていかないと。
「アンリ、準備はどう?」
スザンナ姉ちゃんがアンリのほうを見てそう言った。
スザンナ姉ちゃんは冒険に必要な物を亜空間に入れているから準備はすでに終わっている。残念だけどアンリは空間魔法が使えないから丈夫な革製の鞄を袈裟懸けにしている。ここにすべてを入れた。
「うん、いつでも行ける」
「本当? ハンカチとかタオルは持った? あと、マッピングするための紙とか鉛筆。それにポーションとか携帯食料、それに水筒も重要だよ? パーティーを組む時はそれを専門にやってくれる人もいるけど、今日は私とアンリの二人だけだし、アンリの勉強も兼ねているからね?」
そう、今日のアンリは冒険者見習いという立場。
冒険者はパーティーを組んでダンジョンを攻略する。前衛、中衛、後衛を考えたり、盾役とか魔法や弓が得意な人、治癒魔法が使えたり、戦利品を運ぶ専門の人がいたりとバランスよく組むのがいいんだけど、今日の攻略はスザンナ姉ちゃんと二人きりだ。つまり一人で何役もこなさなくちゃいけない。
スザンナ姉ちゃんの心配は分かるけど、アンリはそのあたりをもっと子供のころから独学で勉強してた。今のアンリに隙は無い。
エクスプローラーアンリの力に恐れおののいて。
「スザンナ姉ちゃん、安心して。アンリはちゃんと準備している。昨日の夜にゴソゴソしていたのはその準備」
おかげでちょっと寝不足。
あれ? 完璧に準備したのに、スザンナ姉ちゃんはちょっとだけ残念そう。もしかして、アンリに指導したかった? なら、なんとかフォローしないと。
「あ、そうだ。携帯食料はトウモロコシだと大きいかな? ヒマワリの種にしたほうがいい? 干し肉はお金がないから買えなかった」
「それなら保存がきくヒマワリの種のほうがいいかな? たった数時間だけど、本当の冒険みたいにするからそういうのもちゃんとしておいた方がいいかも。状態保存の魔法を使えるならまた別なんだけど」
「うん、それなら交換しよう。さすが、スザンナ姉ちゃん。頼りになる」
そういうと、スザンナ姉ちゃんは照れた。
フォローしようと思って質問したけど、スザンナ姉ちゃんはちゃんと考えて答えをくれた。確かに携帯食料に好きな食べ物を持っていくのはちょっと違うかも。トウモロコシは帰って来てから食べよう。
準備は終わったから行動だ。
大部屋に入ると、おかあさんが部屋を掃除していた。おかあさんはアンリ達を見て笑顔になる。
「あら、アンリ、スザンナちゃん、二人とも遊びに行くの? でも、ずいぶんと重装備ね? 魔物の心配はないけど、村の外に出るのは駄目よ?」
「大丈夫。アビスちゃんのダンジョンへ行くだけ。戦利品に期待してて」
「戦利品……? なにかを探しにいくの? それじゃ楽しみにしているわ」
「うん。それじゃ行ってきます」
「えっと、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。二人とも遅くなる前に帰ってくるのよ」
よし、いざ出陣だ。
家を出て、畑を通り、ダンジョンの入口まで移動する。
入口の近くには小さな小屋があって、窓の部分が受付みたいになっている。そして中にはバンシー姉ちゃんがいた。
バンシー姉ちゃんはアンリ達に気づくと笑顔になった。泣き叫ぶのが得意なバンシー姉ちゃんだけど、笑顔も素敵。
「いらっしゃいませ、アンリ様、スザンナ様。お二人とも村の住人なのでフリーパスですが、アビスに入られますか?」
「うん、今日から本格的にアビス攻略に乗り出す。最下層まで行ってアンリの名前を壁に刻むつもり」
「そうですか……実は魔物の皆もそろそろそんな風になるんじゃないかと覚悟していました。それぞれの階層に守護者がいますので気を付けてくださいね。たぶん、本気で止めてくると思います」
「望むところ。たとえ皆でも手加減はしない。だからそっちも手加減しないで」
「はい、皆に伝えておきますね。では、いい冒険を!」
バンシー姉ちゃんに手を振りながらダンジョンの階段を下りる。
この間のヴィロー商会事件でダンジョンが乗っ取られそうだったから、その対策に小屋で入場の手続きをすることになった。この小屋は魔物ギルド本部も兼ねているから、バンシー姉ちゃんが受付嬢として入場手続きしているみたい。
でも、入場手続きは村に住んでいない人だけ。アンリやスザンナ姉ちゃんは村の住人だからフリーパスだ。ちなみに、部外者の人が手続きしないで中に入ると、大変なことになるみたい。こう、物理的に危険だとか。
エントランスに着くと、ドワーフのグラヴェおじさんがいた。両手で一本の剣を抱えているけど、どうしたんだろう?
「おう、アンリ、待っとったぞ」
「グラヴェおじさん、アンリに用事?」
「未完成じゃがプロトタイプ――まあ、お試し版じゃな。それが出来たから、使い心地を試してもらおうと思って持ってきたんじゃ」
グラヴェおじさんはそう言って両手で抱えていた剣をアンリのほうへ差し出した。
もしかして……!
「さっきも言ったが、これは未完成じゃ。それとアンリにはまだ危険だから刃は潰してある。とはいえ、これは巨大な鈍器といってもいい。絶対に人のいるところで振り回してはいかんぞ? それにアビスのダンジョン以外でも使用はダメじゃ。ダンジョンの中ならアビスが色々とサポートしてくれるから自由に使っていいぞ」
『はい、絶対に怪我なんてさせませんから安心して振り回してください』
「うん、約束は守る。アビスちゃんのダンジョン以外で使ったりしない」
そう言って、グラヴェおじさんから剣を受け取った。
長さが一メートルちょっとくらいで幅は十センチくらいかな? 刀身がちょっとだけ青白い感じに光ってる。柄の部分はシンプルで何の装飾もない。そしてグリップの部分は滑らないようになにか細工がしてあるのかな? ぎゅって握れば手から離れることはなさそう。
未完成とはいえ、これが魔剣フェル・デレ――アンリ専用の剣。初めて持った剣なのにすごく手にしっくりくる。
でも、結構な大きさなのに、見た目よりかなり軽い。
「ずいぶん軽いけど、なにかしてあるの?」
「それは刀身のミスリルに黒竜の牙を混ぜてあるからかもしれんな。牙には重力を遮断するようなスキルが付いていたらしいぞ。アビスがそんな風に言っておった」
『はい、黒竜は重力魔法を得意としていたらしいので、それが影響しているのでしょう。重量軽減のスキルがその剣についています』
なんて至れり尽くせり。まさにアンリのための剣。
「それとこれも装備しておくといい。持ち運びが楽になるはずじゃ」
グラヴェおじさんからベルトみたいなものを渡された。腰に巻く黒くて細い帯で、さらに袈裟懸けのように肩のほうへの帯も付いている。
「これはなに?」
「剣帯じゃ。その長さの剣じゃ腰に差すわけにもいかんじゃろ? 背負えるタイプの帯にしておいた。それにヴァイアの嬢ちゃんが魔法を付与してくれたんじゃ。ほんのちょっとだけ魔力を使うが、装備者の意志によって着脱が可能じゃぞ」
ヴァイア姉ちゃん、なんて素敵なものを。
剣帯を装備する。そして剣を背中のほうへ持っていって、くっつけと念じたら、剣が背中にくっついた。手を放しても剣が落ちたりしない。
今度は剣のグリップを握って、離れろ、と念じたら、剣が離れた。
簡単に言うと、最高。
「どうじゃ? ちなみに鞘はないぞ。背中から抜くときは邪魔になるから、むき出しのままじゃ。ただ、ヴァイアの嬢ちゃんがそれじゃ危ないとか言い出して、背負っている時は剣の周囲に簡易結界が展開されるようになっておる」
試しに背負ってからスザンナ姉ちゃんに触ってもらった。
「うん、剣の周りにうっすらと結界が張られているね……でも、結界って一度張ったら移動できるものだっけ? 何これ? おかしいよね?」
スザンナ姉ちゃんは不思議がっているけど、ヴァイア姉ちゃんならそれくらいやってくれそうな気がする。ヴァイア姉ちゃんが帰ってきたら、アンリの秘宝をあげよう。それくらいすごいものを貰っちゃった。
でも、その前にグラヴェおじさんにお礼だ。
「グラヴェおじさん、ありがとう。この剣は生涯大事にする」
「礼はまだ早いぞ。それは未完成だと言ったじゃろ。これからもちょくちょく手直しするつもりだから、完全体になるまで礼はとっておけ。だが、完成したときにはいい酒をおごるんじゃぞ?」
「分かった。人界で一番高価なお酒をプレゼントする」
「うむ、期待しておるぞ。そうそう、武具というのは大事に長く扱えば魂が宿ると言われておる。大事にしてやってくれ」
「うん。フェル姉ちゃんの名前が入った剣を雑に扱う訳がない。今日から一緒に寝るくらい大事にする」
グラヴェおじさんは嬉しそうに頷くと「何かあればすぐに言ってくれ」と言って工房へ戻っていった。
はっきり言って、アンリのテンションはすでに限界を超えている。すぐにでもダンジョンを攻略したい。
「スザンナ姉ちゃん、さっそくダンジョン攻略に乗り出そう。アンリは今、とてつもないパワーを発揮できると思う。控えめに言って無敵」
「うん、でもアンリ、そういう時こそ冷静に行動するのが格好いい冒険者。気持ちは分かるけど、冷静に行こう」
「頑張る。それじゃ早速行こう」
そうは言ったけど、これで燃えなきゃアンリじゃない。冷静でいつつもテンションを下げずに行こう。
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