第135話 ジャングルと階層守護者

 

 アビスちゃんのダンジョン地下二階にやってきた。


 アビスちゃんが言うにはここは第二階層って言うみたい。エントランスがあるところが第一階層。そして第二階層はジャングルエリア。密林だ。たぶん、危険な魔物がうようよいるに違いない。


 以前、フェル姉ちゃんとここまで来たことがあったけど、あれ以来ここには足を運んでいなかった。ここからはガンガン攻略していこう。


 念のため装備を確認。


 アンリの背中には未完成だけど、魔剣フェル・デレ、そして腰には魔剣七難八苦。メインウェポンが七難八苦で、フェル・デレはサブウェポン。でも、フェル・デレを抜いたら相手は死ぬ。そんな感じの設定。口上も考えておかないと。


 そして持ってきた革の鞄には色々な物が入ってる。魔法で代用できるものもあるけど、普通のダンジョン攻略では魔力を温存したほうがいいから魔法はあまり使わないみたい。スザンナ姉ちゃんは魔力量もかなりあるから空間魔法を使っちゃうみたいだけど。


 うん、準備は万端。


 そう思ってスザンナ姉ちゃんを見たら、周囲をぐるぐる見渡してる。


「ダンジョンにジャングルがあるっておかしいよね? しかも明るいし」


 スザンナ姉ちゃんがそんなことを言い出した。実はスルーしてたけど、アンリも確かにおかしいとは思う。でも、今更その疑問を持つことに意味はないと思う。


 理由を聞かれたら、アビスちゃんだから、という答えしかない。


「スザンナ姉ちゃん、深く考えちゃいけないと思う。アビスちゃんは最高で最強。これくらいやれる」


「そうかな……? 魔物の皆でトーナメントをやってた時にここの映像が流れていたから、ジャングルになってたのは知ってたんだけど、実際に見るとその異常さがよく分かるよ」


 スザンナ姉ちゃんはいくつかのダンジョンに行ったことがある。そのスザンナ姉ちゃんがここはおかしいって言ってる。アビスちゃんがいる時点で普通のダンジョンじゃないのは分かってるけど、なんとなく誇らしい気分。


 ぜひとも唯一無二のダンジョンになってもらいたい。


「確かに考えても仕方ないかな。それじゃ地下へ行く階段を探そう……ジャングルで階段を探すってどうやるのか私も知らないけど。とりあえず、周辺の地図を作っていこうか?」


「うん、マッピングは大事。完璧な地図を作ろう」


 アビスちゃんはダンジョンをいろんな風に変えられるけど、アンリ達が冒険している間は変化させないって言ってくれたから、この状態の地図を描くのは効果的なはず。


 それにちゃんとした冒険にするために、冒険中は話しかけないでと伝えておいた。アビスちゃんがものすごく寂しそうな感じがしたけど、これは仕方ない。至れり尽くせりの冒険じゃアンリは強くなれない。


 でも、スザンナ姉ちゃんから言わせれば、これは接待冒険。貴族の子供が、大量の護衛をつれてダンジョンに入るみたいなものだとか。そこはアンリが五歳であることを加味してほしい。


 よく考えたら冒険者の人ってすごい。普通の人はこんなお試しみたいなダンジョン攻略なんてしない。ダンジョンデビューの時から死と隣り合わせの冒険をしてるんだ。


 アンリは恵まれているってちゃんと理解しないとダメかも。こういうことが出来るのも全部フェル姉ちゃんのおかげだ。帰ってきたらお礼代わりにゴッドハンドを炸裂させよう。


「アンリ、ぼーっとしてたらダメだよ。いつ魔物に襲われるか分からないんだから。それに紙と鉛筆を出して地図を描いて」


「うん、まかせて。超大作を描いて見せる」


「だいたいでいいからね。なにかこう目立つ物があればそれを描きこんでくれればいいから。それと一応これね」


 スザンナ姉ちゃんはそう言って亜空間から黒い石みたいなものを取り出した。あれって魔石かな?


 それをスザンナ姉ちゃんは地面に埋めた。何のおまじないだろう?


「スザンナ姉ちゃん、それは何の意味があるの?」


「これは迷わないための対策だね。魔石ってわかる? ダンジョンにいる魔物がこれになることがあるんだけど、これに探索魔法で印をつけておくんだよ。そうするとどこからでもこの場所が分かるって寸法。上に行く階段の近くに埋めておけば、迷子になっても戻って来れるから。まあ、探索魔法が使えないと意味がないけど、私は使えるからね」


「そんな方法があるんだ? でも、この魔石を誰かがどこかへ持って行っちゃったらどうするの?」


「これは迷子対策の一つってだけだよ。そういうことも想定して色々と対策しておくんだ。地図だって迷子対策の一つだしね」


 色々あるんだ。冒険者の対策とかはおじいちゃんに教えてもらってないから、すごく勉強になる。こういう勉強ならいくらでもするのに。


「それじゃまずは向こうへ行ってみようか? 普通のダンジョンなら右の壁沿いに進むとかあるんだけど、ジャングルだから勝手に進んでいいよね」


「うん、それじゃ進もう」


 さあ、冒険開始だ。




 地図を描きながらジャングルをくまなく歩いた。大体三分の一くらいは埋まったかな? 全体像が見えないから実際は分からないけど。


 本当のジャングルはもっと暑くてジメジメしているし、小さな虫も多いから大変なんだけど、ここはアビスちゃんが作った疑似的なジャングルだからそういう大変なことはないみたい。


 スザンナ姉ちゃんには物足りないみたいだけど、アンリにはちょうどいいんじゃないかな、と言ってた。


 それにしてもこのジャングルはすごくバリエーションがある。


 小さな泉みたいなものがあったり、滝があったり、誰かが住んでたみたいな小屋があったりと、演出がすごい。


 それに小屋を調べていた時、ゴブリンに襲われた。それはもちろん返り討ち。紫電一閃は使えないけど、普通に戦って勝てた。そして小さい魔石をゲット。これがお金になるんだからすごい。


「アンリは強いよね。昨日までは模擬戦をしてたけど、普通、五歳の子がここまで戦えるかな?」


「実はアンリは自分と同じくらいの子って見たことないから分からない。たまに商人の人が村を通るけど、そのときでも一番小さいのはスザンナ姉ちゃんくらいだった気がする」


「それはそうだろうね。境界の森に小さな子は連れてこないよ。今はフェルちゃんのおかげで森は平和だけど、ちょっと前までは危険の代名詞だったからね。あ、でも今も危険なことは変わりないかな。魔族のフェルちゃんがいる訳だし」


 そっか、ずっと住んでいるから分からなかったけど、この森は危険だった。アンリと同い年くらいの子が来るわけない。


 フェル姉ちゃんと一緒にお出かけできるようになったら、同年代の子にも会えるかな? どれくらい強いのかちょっと確認してみたい。


「それじゃアンリ、今度はここへ行ってみようか? そろそろ夕飯の時間だし、今日はそこを最後にしよう」


 スザンナ姉ちゃんがアンリの書いた地図の空白部分を指す。いわゆる未踏領域。


「うん、それじゃ最後にそこへ行ってから今日は帰ろう。夕飯に遅れると怒られちゃう」


 そんなわけで木や草をかき分けつつ行ってなかったところを探索した。


「あ」


 木や草が途切れたと思ったら、地面に下へ続く階段があった。ちょっとシュールな感じだけど、これが第三階層へ行く階段だと思う。


「スザンナ姉ちゃん、階段があったよ」


 そう言ったんだけど、スザンナ姉ちゃんは何かを警戒している感じで周囲をキョロキョロしている。


「アンリ、警戒したほうがいい。鳥の鳴く声が聞こえない。もしかしたら魔物が近くにいるのかも」


 そう言われると確かに。アンリも周囲を見渡す。


「まさか今日中にここまで来るとは――木に登っておいた甲斐がありました」


 上の方から声が聞こえてきた。知ってる声だ。この声は――。


「そこだ! 【水鳥】!」


 スザンナ姉ちゃんが木の上に向かって水鳥の魔法を使った。鳥の形をした水が勢いよく飛んでいく。


「え、あ、ちょ! 冷たい!」


 そして木の上から誰かが落ちてきた。地面に落ちてしりもちをついて腰をさすっている。


「痛たたた。ちょっと待ってください。せめて口上を言わせてくださいよ。せっかく木に登って待ってたのに」


「シルキー姉ちゃん、何してるの?」


 家事大好きの妖精さん、シルキー姉ちゃんだ。こんなところで何をしているんだろう?


 シルキー姉ちゃんは立ち上がって服に付いたほこりを払った。いつもの薄茶色の服に白いエプロン、それに頭には白い三角巾だけど、なんとなくいつもより身軽そう。


「あれ? バンシーから聞きませんでした? 各階層に守護者がいるって」


「そういえば、そんなことを言ってた。あ、もしかして」


「そうです! この私が第二階層守護者、鮮血のシルキー! 私を倒さない限り、次の階層へは行かせませんよ!」


「それはいいんだけど、なんで鮮血?」


 どう考えてもイメージがない。


「料理するときに返り血を浴びることが多くてそう言われるようになりました……せめて血ぬきしたワイルドボアを渡してほしい……」


 大した由来じゃなかった。でも、気になる。そもそも家事しか出来ないシルキー姉ちゃんが戦えるのかな?


「あの、シルキー姉ちゃん、その、戦えるの? アンリとしてはあまり実力差があると戦いづらいんだけど」


「私を弱いと思っているのですね? まあ、そうかもしれません。私の得意なことは家事であり、戦いじゃありませんから。ですが――」


 シルキー姉ちゃんはそこで一旦言葉を止めた。いわゆる溜め。


「戦えないとは一言も言ってませんよ!」


 なんかすごいプレッシャーを感じる。もしかしてシルキー姉ちゃんはすごく強い?


「いいですか? シルキーとは家事が得意なことで有名ですが、本来は家を守るのがメインの役目なのです! 侵入者には容赦しませんよ! このアビスは私達魔物の家と言っても過言じゃありません――つまりアンリ様達は私たちの家に入ってきた侵入者です!」


 シルキー姉ちゃんはそう言いながらエプロンの内側から包丁を取り出した。しかも二本。それを両方の手で一本ずつ持った。


「グラヴェさんに作ってもらったこの『万能包丁』に斬れぬものなし! さあ、侵入者は排除です!」


 グラヴェおじさんが作った包丁? そういうことならアンリもあれを使わざるを得ない。


「シルキー姉ちゃん、その包丁を見せたのは失敗だった。それがグラヴェおじさんの作品なら、アンリも出し惜しみはしないということ」


 そう言いながら、背中にある魔剣フェル・デレのグリップに手をかける。


「初めに言っておく。アンリ以外にこの剣を見たものは誰もいない。この剣を抜いたとき、それは相手の死を意味するから」


「え? それって今日渡された剣ですよね? もう誰かを……?」


「それって私も含まれるの? さっき見たけど……?」


「……そういう設定なだけ。二人ともノリが悪い。もっと驚く感じでお願いします」


 まあいいや。魔剣フェル・デレのデビュー戦、シルキー姉ちゃんには悪いけど、絶対に白星で飾るぞ。

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