第167話 スザンナ姉ちゃん対ムクイ兄ちゃん

 

 ゾルデ姉ちゃんがドラゴニュートの皆に模擬戦や一緒に訓練をしたい旨を伝えた。


 ドラゴニュートの皆はものすごくびっくりしてる。トサカ以外の判別ができない顔なんだけど、驚いたのだけは完全に分かった。それくらい顔に出して驚いたんだと思う。


「ゾルデさんなら分かるけど、こっちの……えっと、アンリ? とスザンナ? も一緒に訓練するのか? もしかしてゾルデさん並みに強いのか?」


「私もあんまりよく知らないかな? でも、スザンナちゃんのほうは私と同じアダマンタイトの冒険者だから強いよ」


「ええ? ドワーフも人族もすげぇな、こんなに小さいのに強いのか! でも、どうだろ? 俺達と一緒にやって訓練になるかな? すげぇ危ない気がするんだけど。なんか踏んづけただけで潰れそうじゃね?」


 トサカをつけたムクイ兄ちゃんが二人のドラゴニュートさんを見た。


 たぶんだけど、こっちの人たちのほうが年上なのかな?


「さすがに体格が違いすぎて一緒にやる意味がないような気がするな。それに模擬戦といっても、本当に強いのか? ムクイに見た目で判断してはいけないといつも言ってはいるが、どうみても強そうに見えん」


「それなら戦ってみたらいいんじゃないかしら? 一回だけ模擬戦をしてお互いに利がありそうなら続けるっていうのはどう?」


 模擬戦をして実力を確かめるってことかな?


 それだったら望むところ。今のアンリにフェル・デレはないけれど、七難八苦があるから大丈夫。それに勝てなくたっていいはず。一緒に訓練しても大丈夫ってところを見せつければいい。


 その提案を受けると返事をしようとおもったら、スザンナ姉ちゃんが前に出た。


「なら私が相手をする。そっちも一人出して」


 スザンナ姉ちゃんが一対一の模擬戦を申し出た。


 あれ? アンリは出なくていいのかな?


「スザンナ姉ちゃん、アンリは?」


「アンリはドラゴニュートと体格が違いすぎるから模擬戦にならないと思う。ドラゴニュート達と模擬戦をするのは私だけでいい」


 まさかの裏切り。というよりは、アンリのことを心配してくれたのかな? でも、体格が違うってそれはスザンナ姉ちゃんも同じだと思う。確かにアンリよりは背は高いけど。


 スザンナ姉ちゃんはユニークスキルがあるから大丈夫なのかな。確かに今のアンリには物理的な攻撃しか出来ないわけだけど。


「確かにアンリちゃんとムクイ達じゃ全然違うから模擬戦にならないかな。スザンナちゃんも小さいけど、私と同じアダマンタイトだから大丈夫だと思う」


 そしてゾルデ姉ちゃんが援護射撃。やっぱりアンリは模擬戦に出れない感じの流れだ。


「分かった。それじゃスザンナ姉ちゃん、頑張って。応援してる」


「うん、必ず勝って見せる」


 スザンナ姉ちゃんがこっちをみて力強く頷いた。


 すごく燃えているみたいだ。アンリもしっかり応援しよう。


「ふむ、本当にやるのか。なら、ムクイ、お前に任せる。手を抜く必要はないぞ」


「おっしゃ! ……と言いたいところなんだけど、本当に強いのか? なんだかそうは見えないんだよな。ゾルデさんみたいに馬鹿デカい斧を持ってるわけじゃねぇし。うーん……負けても文句言うなよ?」


「そっちこそ負けても手を抜いたなんて言わせないから」


「……自信があんのか? よし! それなら本気でやってやるぜ!」


 そんなわけで、スザンナ姉ちゃんとムクイ兄ちゃんが模擬戦をすることになった。


 ルールは簡単。致命的な攻撃をもらうか、降参したら負け。


 アビスちゃんのダンジョンでは致命傷になる攻撃はできないから、本気で武器を振れる。どういう理屈なのか分からないけど、アビスちゃんは最高だから問題ない。


 スザンナ姉ちゃんとムクイ兄ちゃんが五メートルくらいの距離で向き合った。


 ムクイ兄ちゃんは石で出来た剣と盾を持っている。


 剣はブロードソードかな? ちょっと幅広の剣。ボロボロで使い込まれている感じがする。盾はバックラーって呼ばれているものだと思う。丸い形の盾。直径三十センチくらいだけど、ムクイ兄ちゃんが持つともっと小さく感じる。


 スザンナ姉ちゃんは武器を持っていないけど、腰には魔法で作った水が入っている管が何本もある。


「なあ、武器を持ってないんだけど、もう始めていいのか? まさかフェルさんみたいに格闘技?」


「私は魔法が主体だから両手をあけてる。いつでもかかって来ていいよ」


「おお、魔法か! 俺達だと姉ちゃんが得意なんだけどな……あ、昔、実験台にされたことがあったっけなー……おし、その苦い思い出を忘れるためにも手は抜かねぇぞ!」


 そう言ってムクイ兄ちゃんはスザンナ姉ちゃんのほうへ走り出した。


 低姿勢なのにすごく速い。なんだろう、あのセラって人の動きに似てる。地面擦れ擦れを走る感じがそっくりだ。


「【水鳥】」


 スザンナ姉ちゃんが魔法を使った。手のひらから水の形をした鳥がたくさんムクイ兄ちゃんのほうへ飛んでいく。


 ムクイ兄ちゃんはその鳥を剣で払った。一振りでかなりの数を吹き飛ばす。ほとんど吹き飛ばされたけど、いくつかは当たったみたい。でも、それをまったく気にしない感じでスザンナ姉ちゃんのほうへ近寄った。


「そんなんじゃ効かねぇな!」


 スザンナ姉ちゃんにムクイ兄ちゃんの剣が迫る。スザンナ姉ちゃんはその横なぎの剣をバックステップで躱した。そして躱しながら水鳥の魔法を連発した。


 いくつかは当たっているけど、剣と盾に遮られてほとんど効果がないみたいだ。でも、スザンナ姉ちゃんは止めようとしない。離れた位置からずっと魔法を使ってる。


 ムクイ兄ちゃんの周りには水たまりがいっぱいになった。あ、もしかすると。


 ようやくスザンナ姉ちゃんの魔法が止まった。ムクイ兄ちゃんはほとんどダメージを受けていないと思う。


 ムクイ兄ちゃんはニヤリと笑った……気がする。たぶん、あれは笑ってる。


「本当にゾルデさんと同じくらい強いのか? わりぃけど、俺にはほとんど効いていないぜ?」


「だろうね、その鱗は堅そうだし、ほとんど意味はないかな」


「なんだよ、もう諦めんのか? まあ、降参してもいいぜ? 俺も姉ちゃんからのトラウマが解消されたから模擬戦に意味があったしな」


「まさか。本番はこれから。魔法主体なのは間違いないけど、最初から手の内は明かしたりしない」


 スザンナ姉ちゃん両手をムクイ兄ちゃんに向けて「水よ」と言うと、地面の水たまりが意志を持った感じになって動いた。


「おわぁ! なんだこれ!?」


 水が紐みたいになってムクイ兄ちゃんを捉えた。縛り上げながら、ムクイ兄ちゃんを水で覆うように囲んでいく。そしてすぐにムクイ兄ちゃんの全身を覆った。


 すごい。球体の水の中にムクイ兄ちゃんが浮いている感じになっちゃった。


 スザンナ姉ちゃんはその球体に近づいて手を触れた。


「ドラゴニュートといえども、息をする必要はあるでしょ? そのままだと溺れるよ。降参する?」


 ああやって中にいるムクイ兄ちゃんに話しかけているのかな?


 ムクイ兄ちゃんは少しだけ首を横に振った。降参しないってことだと思うけど、あの水の中じゃほとんど動けないって聞いたことがある。このままだと溺れないかな?


 あれ? でも、動きがちょっと激しくなってきた? とくにしっぽの動きが激しい。


「嘘……これを破れるの?」


 ムクイ兄ちゃんのしっぽが水の球体の真下から抜け出た。そして地面に刺さる。次の瞬間、ムクイ兄ちゃんは背中側に吹き飛ぶように球体から抜け出しちゃった。


 あれはしっぽを軸にして、球体から出たのかな?


 すごい方法で外へ出たけど、勢いがあり過ぎて地面に頭をぶつけてる。すごく痛そう。


「そんな方法で外へ出るなんてすごいね。ドラゴニュートにはもっと大きな球体にしないとダメかな?」


「グエッ! ゲホッ! 溺れるところだったじゃねぇか! それに頭がいてぇ!」


 少し経つと、ムクイ兄ちゃんが立ち上がった。


「おし、仕切り直しだ! 次はもう食らわねぇぞ!」


「待て、ムクイ、お前の負けだ」


 もう一人のドラゴニュートさんがムクイ兄ちゃんを止めた。


「なんで! 水の球体からは抜け出たぞ! 勝負はまだついてねぇ!」


「いや、抜け出れたのはスザンナが攻撃せずに降参を求めたからだろう。あのまま攻撃されていたらお前の負けだ」


「お、おお? そう言われればそうなんだけど……ああもう、俺って誰になら勝てんだよ! この村の奴ら、おかしいだろ! なんで皆こんなに強いんだよ!」


「お前はまだ若いんだからこれからだ、これから。だいたい、そんなこと言ったら俺達だってこの村で誰に勝てるのかさっぱり分からん……」


「そうよねぇ……」


 なんかドラゴニュートさん達が落ち込んでる。この村の皆はフェル姉ちゃんを筆頭に皆がおかしいから落ち込む必要はないと思う。


「勝負はついたね。ならこれで一緒に訓練してくれる約束だから」


「ああ、もちろんだ。こちらにも利があることがはっきりわかった。こちらからお願いしたいくらいだ」


 うん、これで、ゾルデ姉ちゃんやムクイ兄ちゃん達と訓練できることになった。


 アンリとしては模擬戦もしたいけど、訓練だけにしておこう。でも、いつかムクイ兄ちゃんやゾルデ姉ちゃんにも勝つ。


 あれ? ゾルデ姉ちゃんがスザンナ姉ちゃんのほうにすごい笑顔で近づいた。


「やーやー、スザンナちゃん強いね! よし! 私とも模擬戦しよう! 魔法主体の相手とはなかなか戦えないからね!」


 スザンナ姉ちゃんが腕を組んでちょっと首を傾げた。


「それなんだけど、アダマンタイト同士って戦っちゃダメだったよね。ギルドの規則でそうなってるはず」


「ちょ、スザンナちゃん、そんなことをいま言わないでよ! この私のやる気はどうすればいいの!」


 なんか冒険者間のルールがあるのかな? その辺りはよく分からないけど、スザンナ姉ちゃんとゾルデ姉ちゃんは模擬戦をしちゃダメみたいだ。


 それはともかく、アンリは一緒に修行してくれる仲間をゲットした。


 今日はもう時間がおそいから無理だけど、明日から頑張るぞ。

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